ウマ娘 ワールドダービーDLCカサマツ編 東海ダービーレギュレーション   作:ウママママ

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N29-春

「休もうか、マーチ」

 

 オグリキャップに負けてから、およそ1週間。

 この1週間の間に、シンボリルドルフと仲良くなったり、教え子が謎の独占欲を見せてきたり、懐かしい過去の夢を見て泣いたり――――とにかく、海堂にしろフジマサマーチにしろ色々あったのだが。

 

 とりあえず、シンボリルドルフと海堂真の全面戦争に休戦協定が結ばれたことで、カサマツの情勢は元通りになった。

 そして、オグリキャップが中央に移籍したということは――言わば、カサマツのシンデレラのセカンドシーズンの始まりである。

 

 そして、そのセカンドシーズン開幕直後。

 とにかく、休めと。海堂はフジマサマーチにそう言った。

 

「……その、休めとは?」

「文字通りの意味。トレーニングを休む、体を動かすにしても少しだけにする。今までトレーニングをやりすぎた分、休む必要がある

 ……って、ちょっと。あんまりさ、こう。納得いってません、みたいな顔を見せないでくれるかな。これが普通なんだからね?」

「納得はしていますが……急ではないですか?」

「急かもしれないけれど、理由はあるから。理由さえ伝えれば納得してくれるよね?」

 

 ケガしにくさA、鉄人。

 某二頭身野球ゲームのようなゲームが発売されていたとしたら、フジマサマーチにはそのような特殊能力が付いていただろう。

 いや、付いていただろうではなく、付いていた。そう断言できるくらいには、フジマサマーチの体は頑丈にできていたと言える。

 

 限界ギリギリのトレーニングを幼少期から行い続け、本当に″限界の直前″とも言えるラインでトレーニングをやめる。そして軽く休んで再開する。

 それを365日、十数年と繰り返しても壊れなかった鋼鉄の脚。″お前よりも長く、レース場に立ち続ける″というオグリキャップとの約束は、実現できる可能性の方が高いだろう。

 

 足が速い、レース勘がある。こういった能力には先天的な遺伝の部分も関わってくるが、後天的な――――つまるところ、遺伝ではない″努力″の部分でも補うことができるといった特徴がある。

 ただ、壊れない、怪我をしないというのは、先天的な部分に全てが詰め込まれていると言っても過言ではない。

 

 言うなれば、怪我をしないというのは才能である。

 最高速度70キロを出すことのできる脚。人間では考えられないその出力に、体と脚が耐えられるかどうか。

 まぁ、大抵は耐えられない。持って2、3年。長くとも5年。故障0で引退をするウマ娘など、極々僅かしか存在しないというのが事実なのだ。

 

 だから、ほとんどのウマ娘はだましだまし戦うのである。

 必要最低限のレースに出場し、それ以外の期間をトレーニングと休養に充てる。そうすれば、故障のリスクも下がってレースも盛り上がる。通算戦績も、ある程度は見ることができる。

 

「トレーニングをしたいって気持ちはわからなくもないよ。オグリキャップに勝ちたいからとか、誰にも負けたくないからとか。ある程度は許してきたね」

 

 オグリキャップに勝つか負けるか微妙なラインにいて、何としてでも勝ちたいから休まずトレーニングさせてくれ。そういった気持ちは、痛いほどわかる。だから、ある程度は尊重してきた。

 ただ、過度なトレーニングは徐々に選手生命を削る。砂時計のように、ジリジリ、ジリジリと気づかぬ内に擦り減ってていく。

 

 誰にでも、限度というものはある。

 そして、見る限りでは――――その限度は、そろそろ来るかもしれないと。

 

「オグリキャップも移籍して、とりあえずは再スタートを切るぞって感じにもなったんだから。これは再スタートを切る直前の休暇だと思って貰えれば良い。この理由で納得できる?」

「納得しました。期限はどうしますか?」

 

 そして、フジマサマーチもすんなりとそれを受け入れた。

 モヤモヤしたら走る。暇があれば走る。時間が来たから走る――――など、今までは、走ることに全てのリソースを注いできた。そのフジマサマーチが、長期休暇を素直に受け入れた。

 

 トレーナーさんっていっつもこうですよね! ウマ娘のことなんだと思ってるんですか――――と、言わなかったのには理由がある。

 

 それは、先頭の景色を譲らないとでもいったランニングウーマンっぷりも、もう過去の話であるからである。

 ライバルを知り、ライバルに勝ち、ライバルに負けたフジマサマーチは、比較的穏やか――――というか、走るだけが全てのウマ娘から、至って健全なウマ娘に変貌していた。

 故に、海堂の指示を素直に聞いた。これが半年前だったら、そんなの要らないんで走らせてくださいとでも言って反発していただろうが。

 

「1週間……だと、脚も鈍るからね。その半分の4日ってとこにしとこう。それなら、髪を切ったりとか服選んだりとか色々できるでしょ?」

「本を選んだりもできますね」

「あぁ、そうそう。本を選ぶで思い出したんだけど、マーチから借りてた本も読み終わったし返すよ」

 

 海堂は鞄から1冊の本を取り出し、フジマサマーチに渡す。

 

「今度、本屋で面白そうなの見つけたら買ってくるからさ。楽しみにしてて」

「そう……ですか。楽しみに待ってますね」

 

 ――――海堂真は、アホである。

 やや語弊があるというか、完全に風評被害であるのだが。実の所、一部アホであるというのは、あながち間違いではない。

 

 そして、そのアホっぷりは今発揮されている。

 言ってしまえば、フジマサマーチの耳がピンと立っていた。揺れるわけでもなく、絞られているわけでもなく。ピンと張っていたのである。

 耳がピンと立っているのは、緊張を表していたり、周囲を警戒していたり。まぁ、″何かしらの機を伺っている″という意味を主に表すのだが。

 

 もう一度言うが。海堂はアホであった。

 9割の確率でパーフェクトコミュニケーションを発揮できるのにも関わらず、肝心な場面で1割を引いて場の混乱を招く、トリックスターであった。

 

「それじゃあ、ゆっくり休んで。怪我には気をつけるんだよ」

 

 故に、それを見て″どうした?″とは言わなかった。ポンコツだったから。

 長期休暇を楽しんでと言わんばかりに手を振り、海堂はトレーナー室から去る。

 トレーナー室の扉が閉じると同時に、ピンと張っていたフジマサマーチの耳は、ぺたんと髪の毛と同化する。

 

「……また、言えなかった」

 

 ――――一緒に、行きませんか? と。

 

 

***

 

 

「すまない、ノルン……」

「良いって良いって〜! あーしに任せときな!」

 

 そして、海堂がポンコツをかました翌日。

 フジマサマーチは、ノルンエースと共にとある場所に来ていた。

 

「しっかし、まさかマーチがあーしに頼むなんてね~。もしかして、遂にファッションに目覚めちゃったとか!?」

「いや、そういうわけでは……」

 

 フジマサマーチは、ノルンエースにコーディネートを組んでもらうように頼んだ。

 別に、ノルンエースが言うように、急にファッション熱が湧いてきたというわけではない。それは否定した。

 ただ――――それならば、この感情を。友人のノルンエースを頼った理由を。どう説明すればよいのか、と。選択を間違えたことに、フジマサマーチは若干後悔していた。

 

 フジマサマーチは、急激なモヤモヤに襲われていた。

 そのモヤモヤが初めて発生したのは、海堂がシンボリルドルフからスカウトされたと告げた時だった。

 

 まさか、行くはずがない。きっと、自分の意思を尊重して残ってくれるはずだ――――いいや、残る。あの人のことだから100%残る。

 スカウトをされたと告げられた直後。心の中では、そう考えていた。絶対に残るといった確信があった。

 

 海堂トレーナーは絶対に残る。ただ、行きたいという意思があるならば″行ってください″と告げる予定だった。

 

 ただ――――その後、自分はどう告げたか?

 行ってください。そう言う予定だったにも関わらず、自分の口から出た言葉は″行かないでください″った。

 

 その後、スカウトを受けた本人の口からも″行かない″と告げられた。結果、行かないでくださいと言ったのが良い方向に傾いたというのは聞かされたし、何より、ちゃんと本人の口から告げられたのが、たまらなく嬉しかった。

 ――――行かないとはわかっていたのに、安心しているのは何故? 

  

 海堂トレーナーを、心の底では信用していないから?

 ……いいや、絶対に違う。そんなはずがない。

 それがわかっていたからこそ、このモヤモヤがどこから来ているのかがわからなかった。

 

 信頼しているかどうかで言えば、信頼している。

 尊敬しているかどうかで言えば、尊敬もしている。

 

 ただ、何かがちょっとだけ違う。

 

「……私も、女性らしくあるべきだと。そう思う時が来ただけさ」

 

 女性らしくあるべき。

 フジマサマーチがノルンエースにコーディネートを組むよう頼んだ理由の全てが、この9文字に包まれていた。

 

 ぽかん、と口を開けて自分を見つめるノルンエースを見て、フジマサマーチは思う。

 ――――このアホっぽさが、ノルンの愛嬌の良さなんだろうな、と。そんなことを考えている場合ではないのかもしれないが。

 

「ちょ、ちょ待って!? ちょちょちょちょっと待って!?」

「待つが?」

「待つが、じゃないって! 女性らしくあるべきだって……その……恋でもしたの!?」

「……いいや、それは違う。断じて違う」

 

 フジマサマーチは、読書家で小説を多く読んでいるが故に、恋がどのようなものであるかは知っていた。

 ただ、この感情が恋に当てはまるかどうか。それはわからなかった。

 

 そして、自分自身が持つ乏しい恋愛観から推測するに――――この感情は、恋ではないだろうと。わからないなりに、そう結論付けた。

 ……まあ、恋をしたことがないがために、それが″恋である″ということを理解できなかっただけであるのかもしれないが。

 

 尊敬し、信頼する海堂に釣り合う女性になりたい。純粋なフジマサマーチの心の中には、その考えしかなかったのである。

 

「ただ、1人の女性として。海堂トレーナーの隣で歩く時は、女性として恥ずかしくない恰好をしているべきだと考えただけだ。決して恋ではないさ」

 

 何度も、デート――――もとい、お出かけに誘おうとしたが、誘えなかった理由がここにあるのだ。

 ただ、″一緒に行きませんか″というだけでよかった。優しい海堂のことだから、断ることは無いだろうと推測できていた。

 

 しかし、だ。

 

 自室にある服を確認してみれば、それはほとんどが男性が着るような――――というか、女性らしさが無いというわけではないが、基本的に女性的な可愛らしさがない。

 まぁ、これは″ある程度の女性らしささえ整っていれば、どんな服でも良い″といった、過去のランニングウーマン時代の考えがモロに現れている結果でもあるのだが。

 

 仮に誘うことに成功したとして、海堂の隣を歩いても恥ずかしくないかどうか。そこが問題であり、今のフジマサマーチは″これではいけない″と考えたようであった。

 とにかく、女性であるのならば、男性の隣に立っても恥ずかしくない服装をしているべきだと。精神的に丸くなったフジマサマーチは、そう考えたのである。

 

「あのさ、マーチ。マーチは海堂のこと、どう思ってんの?」

「そうだな……海堂トレーナーとオグリがいなければ、今の私はいなかっただろうなと考えるくらいには大事な存在だと思っているが」

 

 ――――傍から見たら、完全に恋のソレである。

 自分の傍から離れて欲しくない、他のウマ娘を担当してほしくないといった独占欲。彼の隣を歩く時は、可愛らしくありたいという願望。

 もう一度言うが、これは完全に恋の″ソレ″である。

 

 ただ、フジマサマーチの恋愛観はあまりにも乏しすぎた。幼少期を孤独で過ごしていたが故に、もはや無に等しかった。

 なぜかわからないけどモヤモヤする。離れて欲しくない。女性らしくありたい。

 それらの感情全てを″今までが孤独だっただけでこれが普通だろう″と。あまりに乏しすぎるが故に、そう決めつけていたのである。

 

(……いや、恋じゃん! 恋してる以外の何があんのよ!)

 

 対照的に、ノルンエースは経験豊富なウマ娘であった。

 故に、″それは9割恋だ″と断言できるレベルで確信していた。何も知らなかった娘が、遂に恋心に目覚めたのだと。

 

(……ただ、ねぇ)

 

 ただ――――経験豊富なノルンエースから見ても、海堂という男はイケメンの側にいる。タイプではないというか、教師と生徒という越えられない一線がある故に恋愛対象として見れていないだけであって。

 その上、地方中央問わずトレーナーという職業は″モテる職業ランキング″の上位に属している職業である。既に彼女がいたとしてもいなかったとしても、引く手数多であることは想像できるだろうし、ワンチャンを狙って接近して来る女性は少なくないだろう。

 

 仮に、友人が抱いたそれが本当に恋だったとして。

 恋心に目覚めた直後の初心な友人が、激しいレースに勝てるかどうかというのは――まぁ、1人では到底無理だろうなと。ノルンエースは結論付けた。

 

 これが普通のレースであれば、フジマサマーチは並み居る強敵を全員薙ぎ倒し、誰よりも早くゴール板を切っていた。

 ただ、恋愛のレースとなると話は別である。ポンコツである。

 

 海堂の一番近くにいるというアドバンテージを持ってしても、他の女性に先を越されて負けてしまうかもしれないレベルの弱さ。

 フジマサマーチは、圧倒的恋愛弱者の側にいた。ある程度恋を知っていればまだマシだったのかもしれないだろうが。

 

 何か手助けをしてやらねば、取り返しのつかないことになってしまうかもしれない。

 それこそ、正式に付き合いが始められる年齢になった時には、既に海堂が相手を見つけていて早期結婚をする可能性だって――――

 

「……なら、あーしに任せときな! マーチに似合う服見繕ってやるから!」

 

 そう考えたら、今自分がすべきことが何かが直ぐにわかった。

 

 恋が芽生えたかもしれない。その可能性がある以上、悲惨な結末を迎える前にやるべきことはちゃんとやっておくべきだと。ノルンエースはそう考え、一層やる気を増した。

 ……まあ、問題は、それが恋であるのかないのか、どうなのかに。自分で気づくかどうかなのだが。

 

「あぁ、任せたぞノルン」

「それじゃ、まずは髪バッサリ切っちゃおうか! 前からショートカットの方が似合うと思ってたんだよね!」

 

 永遠に訪れないと考えられていた春は、案外近くまで接近しているのかもしれない。

 春の訪れを、節々で感じる一日となった。




 肝心な場面でミスるトレーナーと、恋心に全く気付いていないウマ娘のポンコンビさぁ……

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