ウマ娘 ワールドダービーDLCカサマツ編 東海ダービーレギュレーション   作:ウママママ

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1回誤爆したのは内緒


N31-違和感

《フジマサマーチ! 速い速い! スプリングCも一着で通算4勝目をマーク!》

 

 ――スプリングC。1600m、名古屋レース場。

 東海ダービーの前哨戦で、フジマサマーチは1着を勝ち取った。

 

 ハッキリ言ってしまえば、順調過ぎて怖いと思ってしまうほどには上手く進んでいる。

 直前模試で、第一志望校の判定が余裕のA判定であったかのような――嬉しさはあるが、油断はしてはならない、少し不気味にも思えてしまう感覚。

 オグリキャップに2勝、かつ今年のスプリングCの覇者であるフジマサマーチ。今年の東海ダービー勝者予想に、フジマサマーチの名が上がるのは間違いなしである。

 

 ただ、それはあくまで何も知らない外野から(・・・・)見た場合の話であって。

 表層上(・・・)。表層上は、何も問題がなさそうに見えるのだ。

 

(……なんか、違うんだよな)

 

 そして、海堂の『なんか違う』という予想は、あながち間違いではなかった。

 今のフジマサマーチが快調か不調かで言えば、ほぼ間違いなく『不調』である。

 

 フジマサマーチは、初の名古屋レース場で1着を取得している。2着とのバ身差も、およそ1バ身と4分の1の差がついている。

 ただ、不調である。杞憂の可能性もあるが、今の状態は決して好調とは言い難い。

 

 誰よりも強い覇気はある。

 絶対に負けないを具現化したウマ娘がフジマサマーチであることを海堂は知っていたし、それは限りなく正解に近かった。

 デビュー戦、秋風ジュニア、ジュニアクラウン、ゴールドジュニア。規模が小さかろうが、ライバルがいなかろうが。真摯に向き合い、自身の『最高』を貫く姿勢。これで覇気がないはずがない。

 

 他者を圧倒する力もある。

 フジマサマーチと同年代のウマ娘で、未だ重賞勝利経験がない――というか、デビューすらできていないウマ娘というのはごまんといる。

 そんな中、既に重賞を複勝しているオグリキャップやフジマサマーチが異常であるだけで、これが現実であるというか、普通である。

 

 とはいえ、そのオグリキャップは更に異常である。

 中央初戦で、重賞【ペガサスステークス《GIII》】に勝利。その中には、既に中央で数勝していたブラッキーエールというウマ娘もいたというのだから。

 

 地方から中央に移籍し、初戦勝利を飾ることのできるウマ娘が10%にも満たないというのは、海堂も知っている。

 その内、中央初戦が重賞レースで、そのレースで自分の走りを具現化して(・・・・・・・・・・・)勝利するウマ娘は何人いるのだろうか。

 

 六平から送られてきたレース映像を確認した時、あまりの衝撃で持っていたスマホを落としてしまった。オグリキャップの走りは、そのレベルの走りであった。

 

 中盤まで後方に控え、一瞬――ふわっと、力を抜く。

 慣れない中央のターフでガチガチに凝り固まった身体を緩ませ、『どこを走れば勝てるか』を具体化させる。軽い減速には、その意味が含まれていただろうということは容易に想像できた。

 

 しかし、問題はその後であった。

 何が起こったのかを一言で表すならば、そのレースで一番人気だったブラッキーエールを、オグリキャップが抜き去っただけ(・・)であったのだが。

 

 一瞬、何が起こったのかわからなかった。気づけば、見慣れた葦毛のウマ娘(オグリキャップ)が先頭を走っていたのだから。

 

 とはいえ、冷静に考えてみれば――カサマツでやってきたことを、中央でもやってみた。そしたら何故か勝っていた、というだけである。

 まぁ、その『やってみた』が一発でできるウマ娘など、歴代で見ても両手で数えられるか数えられないか程度しかいないというのが事実であるのだが。

 

 ――もしかして、とんでもない相手をライバルにしていたのでは?

 ふと、海堂はそう思ってしまったのである。

 

 とにかく、文字通りの怪物と唯一互角に戦えていたフジマサマーチに、他者を圧倒する力が無いわけがないのだ。

 

 となると、何が足りないのか。

 心技体。覇気や目標もあり、力もあり、タッパもあるフジマサマーチは、既に東海ダービーを戦い抜く上での必要な全てが揃っている。

 たた、強いて言うなら――今現在足りていないのは『心』の部分であろうと。そう予想をつけて、海堂は階段を降りた。

 

(燃え尽き症候群……はないか。ハナから目標は東海ダービーだったし)

 

 関係者用通路を歩きながら、海堂は考える。

 元々、フジマサマーチの夢は『東海ダービー制覇』だけであった。オグリキャップを倒したいという気持ちはあったが、それはどちらかと言えば過程の方であって。

 

 ただ、時間が経つにつれて、フジマサマーチの中でオグリキャップの存在が大きくなっていった。

 倒さなければならない敵という認識から、ライバルに近しい何かに変わり、最終的には本物の『ライバル』へと変化した。

 

 そして、圧倒的な力の差を見せつけられて、フジマサマーチはライバルに負けた。

 それが原因で、オグリキャップに勝利することと、東海ダービー制覇の目的が逆になっていたことに気づいてしまい――結果、燃え尽き症候群に近しい何かになってしまった。という仮説を立ててみたのだが。

 

 それはない。頭の中に浮かんだ仮説を否定した。

 

 ならば、原因を直接聞いてみるか。

 そう考えもしたが、それが直接解決に繋がらないだろうなという想像はできていた。

 

 おそらく、フジマサマーチは自身の不調に気づいていない。

 仮に気づいていたとしても、何か妙な違和感が存在するというだけで。それが何かを解明できてはいないし、聞いてみたとしても曖昧な答えが返ってくるだけ。

 

 それに、杞憂だという可能性もある。

 ずっと好調でいるウマ娘など存在しなく、やはり調子の波というものは誰にでもあるものであり、今回、たまたま不調のタイミングで突入したという可能性も無いわけではない。

 

 だから、聞くとしても今ではない。今あれこれ探れば、ただ不安感を煽るだけになってしまう可能性もある。

 とりあえず、今後のためにも何か良い方法を――そう思いながら、海堂は控え室の扉を開いた。

 

「問題なさそうだな」

 

 ペットボトルを持ちながら座るフジマサマーチに、海堂はそう告げる。

 とりあえず、勝ったのだからまずは褒める。何か気がかりなことでもあったか、というのは勝利の余韻から覚めた別日に話せばいいのである。

 

「ええ。初の名古屋レース場で思い通りの走りができたのは大きな収穫です」

 

「俺もそう思う。場所が変わるだけで沈むってウマ娘は少なくないからな」

 

 空気が変わり、見方が変わり、コーナーや直線の長さも変わる。その多くの『変わる』にある程度対応できるというのは、才能でもあると言えるだろう。

 ……まぁ、ぶっつけ本番で芝の重賞に勝利したオグリキャップはもっと異常であるのだが。あれは異常というより、もはや神話レベルの話に近しいのかもしれないが。

 

「そういえば、何故スーツを?」

 

「これからインタビューだからな。質問とは違って新聞にも載るし、身だしなみに気使わないとイメージも悪くなるし……ま、スーツを着るのは初めてだけど、そこそこ似合ってるだろ?」

 

 似合っている、というか。

 身長も低く、それなりに童顔の海堂がスーツを着ると――何故か、高卒の新入社員が背伸びをしたように見えてしまうのだが。

 

 とはいえ、似合っているかどうかで言われたら似合っている。元々顔も整っている方であるのだから。

 

「ええ、似合ってますよ」

 

「そりゃ良かった。地毛が黒だと黒のスーツにも合うし、黒髪で産んでくれた親に感謝だな」

 

 整えられた髪を自分自身で撫でながら、海堂は言う。

 この世界は鹿毛も栗毛も多いし、芦毛も多い。言ってしまえば、地毛が黒髪である人間はかなり少なく――黒髪に憧れ、髪の毛を黒に染めたがる者はそう少なくはない。

 

 黒というのは、自己主張が少ない色である。

 多種多様な髪色がある中で、黒髪は唯一と言っても良いほど『別の箇所が映える』髪色であり、暗い黒色の髪の毛は、他の箇所を目立たせるのに充分である。

 

 そして、黒は全身を同一色で統一させやすい。

 黒髪、黒スーツ、黒靴。全身の色が統一されていた方が、綺麗に見えるというのは間違いではない。

 

 そういう点では、黒は海堂を最も輝かせる色だとも言えた。

 

「インタビューつっても、今日はSPIIのレースだし答えるのは俺だけだな。SPI……東海ダービーになれば、マーチにも質問が回ってくる」

 

 簡単な質疑応答くらいはできるようにしておけ、と。

 今の海堂の言葉からは、そう行った意図が読み取れた。

 

「勿論。答えられるようにしておくつもりではいますよ」

 

「それなら良かった。あんまり心配はしてなかったけどさ」

 

 チラリと腕時計を見て時間を確認し、ウイニングライブの設営がそろそろ終わる頃だと認識する。

 

「んじゃ、行ってきな。ウイニングライブ。ショートカットをお披露目してやれ」

 

「最前列には?」

 

「俺が最前列にいなかったことがあったか?」

 

「……なら、待ってますね。舞台上で」

 

「おう、待ってろ」

 

 何気ない、数秒の確認。

 それを交わして、2人は別々の場所へと向かった。

 

 

――――

―――

――

 

 

 ――元から、海堂真というトレーナーはそこそこ有名であった。

 地方に未成年トレーナーが現れるというのは滅多にない話であり、その上顔も美形であったというのだから。3年前の2月時点で、海堂のことを知っている地方競バファンは少なくなかった。

 

 トレーナーは、ウマ娘と違って、陽の当たらない黒子である。

 しかし、担当ウマ娘が一度でも勝利すれば、色々と属性の詰まった玉手箱と化している海堂は爆発的に有名になる。そう言われていたこともあった(・・・)

 

 結局、海堂が名を馳せたのは、カサマツに現れた新星だのと言われ始めてから2、3年後であったのだが。

 

「東海ダービー一択です」

 

 海堂の発言にフラッシュが炊かれ、発言した当の本人はフラッシュを一身に受け止める。

 目標レースは? と聞かれ、○○に出ます。と答えるトレーナーが大半である中、海堂は『東海ダービー一択です』と言ってのけた。

 

「東海ダービー制覇……それは私の夢でもあり、私の担当ウマ娘のフジマサマーチの夢でもあります。これは譲れないものであり、たとえ誰が何を言おうと路線を変更するつもりはありません」

 

「東海ダービー後はどのような予定で?」

 

「それはまだ決まっていません。ですが、東海ダービーをどんな結果で終えたとしても、走ることはやめません。人々に挑戦することの尊さを、夢を与え続けられる限りは」

 

 フジマサマーチは、質問に答える海堂の隣で静かに聴いていた。

 これらが自分に向けられた質問だと考え、自分ならばどう答えるか。隣に立つ海堂トレーナーならどう答えるか――そう考えながら、インタビューを聴いていた。

 大抵の答えが一致することに、少しばかりの嬉しさも覚えていた。

 

 ただ、それらと同時に――ほんの少しではあるが、疑問も持っていた。

 

 どうしてスーツを着ているかを聞いた時、海堂は『初めて着た』と言っていた。

 初めて着たということは、インタビューを受けること自体も初めてであり――それはつまり、SPII以上のレースの勝利経験がないことを意味する。

 

 世間一般的にはイケメンと称されるであろう顔立ち。卓越した思考能力。適切なレース前のアドバイス。

 トレーナーとして持っている総合的な能力は、地方でもずば抜けている。それはシンボリルドルフに目をつけられる程に。

 

 それにも関わらず、インタビューを受けたことがない。SPII以上の勝利経験が一切ない。

 未だ若く、経験が乏しいからという可能性はあるが――設定された限界値の+1の力を引き出すだけの力がある海堂なら、1年目から重賞勝利経験があってもおかしくないようにも思えるのだ。

 

 そのちぐはぐさ、らしくなさが、フジマサマーチの疑問を招いていた。

 

「オグリキャップの勝利について聞かせてください」

 

 ある質問に対し、ピクリ、とフジマサマーチの耳が反応する。

 ずっと意識し続けていた、ライバルの名前。それがある記者の口から出たからであった。

 

「……オグリキャップには、中央でも戦えるだけの力があります。地方から中央に移籍した時に最も必要なのは、環境に慣れるための適応力であり、適応力がなければ普通は勝てない。ほとんどのウマ娘がその適応力を持たなく、通用しないと考えられていた中、その常識を覆したのだから。それ自体は素晴らしいとは考えています」

 

 ライバルが中央で初勝利を飾ったと聞かされた時は、とても嬉しかった。純粋に喜ぶことができた。

 ただ――それと同時に、少しばかりの不安感を覚えてしまったのも事実で。

 

 別の世界にいるウマ娘だということは、既にゴールドジュニアの時点で発覚していたというか――レース中に、ふと、思ってしまったから。

 逆立ちをしても勝つことができない怪物。それと対等の立場で扱われていた自分自身。

 

 勿論、誇らしいことではある。全体1%未満の世界に入り込んだオグリキャップと、互角で戦い合えたこと。その相手に対し、二度の勝利を重ねたことは。

 

 ――ただ、自分がオグリキャップであったら。中央移籍後の初戦で重賞に出場していたら。

 勝てた、だろうか?

 

 どうしても、自分自身をライバルに重ね合わせて、比較してしまう。そして、私では無理だったと。敵わないと自覚してしまう。

 それが――どこか、自分の足かせのようになっている。それは自覚できていた。

 

「ですが、この場はフジマサマーチや私の動向を聞く場なので。それらに関連した質問だとありがたいです。私はインタビューに慣れていないので……」

 

 軽く注意を促し、質問を自身のウマ娘の動向に向ける。決して反発した態度は取らず、友好的な態度で質問を受ける。

 こういったところが、彼が万人に好かれるところなのだと。フジマサマーチは再度認識し、海堂のインタビューを隣で聴き続けた。

 

 私は、私の走りを行うだけだと。そう考えながら。




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