ウマ娘 ワールドダービーDLCカサマツ編 東海ダービーレギュレーション 作:ウママママ
「これで良し……と」
4月5日───その日は、フジマサマーチの誕生日である。
そして、現在時刻は4月2日の午後1時。教え子の誕生日が近づいていて、共に1年間戦ってきたのだから。トレーナーとして何かしらのプレゼントを渡すべきだと。海堂はそう考えていた。
そのプレゼントとして、クッキーを渡そう。そう思ったが故に、海堂は自宅のキッチンでクッキーを作っていた。
もう少し料理ができていれば手作りケーキも作れていたのだろうが、生憎今の料理スキルではクッキー程度のものしか作ることができない。
まぁ、そうだったとしても。きっとフジマサマーチなら喜んでくれるだろうと信じて、生地を混ぜていく。
「……とはいえ、クッキーだけってのもなあ」
自分の担当から誕生日プレゼントとして手作りクッキーを渡され、喜ばないウマ娘はいない。それは確かにそうである、のだが。
クッキーは食べてしまえば無くなってしまう。そういった点を考えたら、一生形に残るプレゼントというのは必要であろう。
ただ───それはそれとして、何をあげれば喜ぶのかがわからない。それが海堂の悩みであった。
別に、担当ウマ娘に誕生日プレゼントを渡したことがないから、悩んでいるわけではない。フジマサマーチの前に担当していたウマ娘にも誕生日プレゼントは渡していたし、2回とも喜んでいたのだから。おそらく、あの時の選択は間違っていなかったのだろう。
しかし、過去に担当したウマ娘とフジマサマーチの好みが同じかどうかでいったら、それは別である可能性が高い。
子犬みたいに元気な彼女と、孤高なオオカミのようにクールなフジマサマーチ。おそらく───というか、好みは根本から違う。
故に、海堂は迷っていた。
何を渡してもとりあえずは喜んでくれる。それがわかっているからこそ、彼女にとっての最高のプレゼントを渡してやりたい、と。
親友のノルンエースや同室のウォークダンサー、交友関係の広いサウスヒロインから聞く。そういった手を使えば、フジマサマーチにとっての最高のプレゼントはあっさりと見つかるだろう、が───
(それだと、サプライズ感が薄れるかもな……)
噂というのは、自然と流れてしまうものである。
″ここだけの話だけどな?″と強く念を押したとしても、噂はどこからか、自然と漏れてしまう可能性が高い。狭いカサマツの地であれば、そうなる可能性は尚更である。
こういったプレゼントは、事前に知らされていない───サプライズ的な一面があるからこそ、嬉しいのであって。
いや、フジマサマーチならきっと喜んでくれる。それはそうだが、できることならば喜びを最大限味わって欲しい。それが本心であった。
だから、その手は取らない。フジマサマーチの中身を知っている者に、何を渡せば喜ぶのかを聞くのではなく。あまり交友関係が深くない者に、君だったら何を渡されたら嬉しいかとアドバイスを貰う。それならば、確実に成功する。
そういった方針が決まったのならば、善は急げである。海堂はスマホを取り出し、とある人物に電話を掛けた。
およそ20秒経過した後に、電話の主が電話に出た。
「やぁ、海堂くん。どうしたんだい?」
電話の主は───トレセン学園生徒会長、シンボリルドルフ。
地方の1トレーナーが、中央の最高権力者に電話をかける。しかもその内容は事務的なものではなく、誕生日プレゼントで悩んでいるからアドバイスをくれといったプライベートなものである。
これだけ見れば、私はそんなに暇ではないぞ───という怒りの雷が、カサマツのとある場所に落ちてくるのではないかという疑問が起こりそうではあるが。
先に結論を言ってしまうが、怒りの雷は絶対に落ちてこない。
というのも、この両者───あの一件以来、度々電話を交わし合うような関係になっていたのである。
オグリキャップの報告などの事務的な内容が2割、プライベートな内容が8割。話の内容の比率を見ればわかるが、その関係は1トレーナーと1生徒というよりか、気軽に話せる友人といった関係に近い。
同じ志を持ち、同じ夢を追う同士である。年齢差が3、4歳しか離れていないのもあって、兄のような存在である。ついでに2人ともギャグが好きだ。そういった理由は色々あるが、今は置いておいて。
「いや、少し聞きたいことがあって。そう時間を取らせはしない」
「安心してほしい。書類整理がさっき終わったばかりだ」
「そっか、それならよかった」
一拍開けて、海堂は内容を伝える。
「……担当ウマ娘の誕生日プレゼントで悩んでるんだ」
「何を渡せばいいかわからない、って話かい?」
「ま、そういうことだな。だから皇帝様にアドバイスを求めたってことだ……ウマ娘の全てを肯定する、皇帝様にね」
「……海堂くん。君も君なりにレベルを上げたようだが、私には遠く及ばないな。私は既にその洒落を考えていた」
私は″高み″で待っている。
雷鳴が轟き、皇帝が放つあまりの覇気に恐怖を覚える。その姿は正に【汝、皇帝の神威を見よ】と言わんばかりの───ではないが、今の一連のやり取りで、2人の関係がどれだけ密接であるかがわかっただろう。
海堂がシンボリルドルフを選んだ理由は、どちらかといえば消去法である。
カサマツトレセンに若者の流行に乗れているトレーナーはいないので却下。大学時代の友人に聞くのはなんか負けた気がするから却下。
そういってどんどん候補を削っていき、こいつに聞けばまず問題ないという相手の第一候補がシンボリルドルフであった、というだけの話である。
とはいえ、海堂のその選択は間違っていなかった。寧ろ最適であった。
シンボリルドルフ自体、ウマ娘からプレゼントを貰うことが多く。その上ウマ娘のことをよく観察していたため、ウマ娘が何を貰えば喜ぶのかを理解していた。
この時に尋ねていたのがシンボリルドルフではなく、その側近のマルゼンスキーであったら───どうなっていたかというのは、自明の理である。
「プレゼントを渡したことがない……というのは違うな。君はそういう記念日を大切にする人だと私は考えている。違うかな?」
「いいや、まったくもってその通りだよ。俺はそういうのはちゃんと大切にするし、なんならクッキーまで作ってるし……あ。
「見事だ、海堂くん。やはり君とは良い話ができそうだよ」
「一旦それは置いておいて。ルドルフなら誕生日プレゼントに何を貰いたいかって話だ」
フジマサマーチとシンボリルドルフの性質は、限りなく近い。
一心に夢を追う心。礼儀正しさ。頭脳明晰であり、読書好きである点。頭は常にクールだが、心の中は常にホットで温まっている。
これだけ見れば、中身はほぼほぼ同一人物だと言っても過言ではない。
つまり───シンボリルドルフから聞いた答えが、直接そのまま使える可能性が高いと。海堂はそう踏んでいた。
「具体的な答えを求めている君には申し訳ないが……私なら、何を貰っても嬉しいと考えるかな」
「その理由は?」
「そのプレゼントが何であったとしても、自分の半身である担当トレーナーからプレゼントを貰えたというだけで嬉しいものさ。君もそうだろう?」
「……確かに、そうかもしれないけどさ」
「強いて言うなら、花はどうだろうか。花に込められたメッセージは、時に人を幸せにするものさ」
「花か……わかった、頭に入れておくよ」
キザっぽいというか、ナルシストっぽいというか───そういった点もあるかもしれないが。確かに、花はプレゼントとして最適であるかもしれない。
花言葉というのもあるし、それらは大抵がロマンチックである。渡された側がどう思うかはともかく、渡す側のメッセージ性は伝わるだろう。
プレゼントは花に決めた。また何かあったら連絡する。そう伝え、海堂は電話を切ろうとする。
「ああ、そうだ。海堂くん。君に伝えたいことがあってね」
だが、シンボリルドルフに引き留められた。
「どうした?」
「六平トレーナーから、君の話……いいや、フジマサマーチの話を聞いてね。私が皇帝であるからこそ、君に良いアドバイスもできると思ってね。是非聞いて欲しい」
六平から聞いた、自分にまつわる話。
そして、シンボリルドルフが″皇帝″であるからこそできるアドバイス。
皇帝というのは、絶対的な存在である。
常に最高位に立ち続け、玉座は誰にも譲らない。その圧力は、全ての者に均一に伝わり───平伏し、過ぎ去るのを待つことしかできない。
そのような皇帝のみが持っている───というか、皇帝に近い存在のみが持っている力のアドバイス。
となると、その内容はほぼ一択に限られる。
「……【領域】の話か?」
「ご名答」
あの時───オグリキャップと戦い、自身の限界を超えた末脚を発揮した時。
あれ以来、領域と呼べる現象は全く起こっていなかった。
領域を発動させるための条件は絞り込めている。ただ、東海ダービーまでにそれを突き止められるかどうかは難しい。それが現状であった。
この半年間でハッキリと分かったのは、フジマサマーチの疑似領域は───1人で形成するものではなく、他人の干渉によって形成されるものである可能性が高いということ。それだけであった。
ジュニアクラウン時、フジマサマーチは最終コーナーを1着で走り抜けた。
スプリングCでも同様であったが、その時は領域は発動していない。ゾーン自体が最終コーナー以降で突入しやすいという傾向となると、領域の形成条件に自己の順位には関係ないのではないか───というのが、海堂の持論であった。
話のテーマが【領域】に変わったせいか、砕けたムードは真剣そのものに変わっていた。
「そもそも、フジマサマーチに起こったものが領域であるかどうかだが……話を聞く限りは、あれは領域であろうと断言できるものであった。それは間違いない」
「ただ……その領域は不安定で、領域というよりかは領域もどきに近い。発動条件も、他者の干渉が必要であるということしかわかっていない。それが今のマーチの領域だ」
「先に、私の領域を例に出して説明しておこう。レースの後半でウマ娘を3回抜き去る。それだけの条件で、私はゾーンに突入し───意識的に、領域世界を構築できるまでに成長した」
「……成長した?」
成長した、という部分に引っかかりを覚える。
シンボリルドルフの領域の発動条件は、まさにガバガバと言える内容であった。
レースの後半、前にいるウマ娘を3回抜き去る。たったそれだけで、超集中状態───ゾーンのその先に突入する。その上、意識的にそれを引き起こすことができるというのだ。
ルーティーンのように領域を構築し、他者を圧倒する。シンボリルドルフが皇帝と呼ばれる所以は、そこにあるのだと。そう納得すると同時に、疑問を覚えた。
成長した───それはつまり、初めからそうではなかったということを意味する。
しかし、今は違う。粗い出来だった領域は、成長することで、誰にも手出しすることのできない唯一無二の領域へと変貌した。
もし、成長したというのがそういう意味であるのならば。領域というものの本質が、ほんの少し見えるような気がする。
「領域には……いくつかのステップが存在する?」
「そう。君や私が知る領域は、3つの段階によって構成されている。私が君に伝えたいのはこの部分だ」
「3つの段階……」
「無意識下の領域、意識下ではあるが不完全な領域、完全な領域。領域というのは、その3つの段階によって区別されている」
「となると……マーチの領域は、その最低レベルのものだってことか。景色はぼんやりとしか見えてなく、領域突入の間は意識がなかったって言ってたしな」
おそらくは、ウマ娘が持つ能力によって決まるのだろう。
地方から領域持ちが出てくるというのは、かなり珍しい話であり───領域を覚醒させる大抵のウマ娘が、中央所属である。
そして、地方所属であったフジマサマーチの領域は最低限度のものであった。
ただ、最低限度のものであったとしても、何かの条件を満たせばレベルも上昇する。シンボリルドルフは、それを知っている。
「平たく言ってしまえばそういうことだね。ただ、その段階を超えて、完全状態で領域に突入するウマ娘もこの世界には存在する。エクリプスのような───神話のような存在でしか、成しえていない偉業ではあるがね」
───
トレセン学園のモットーにもなっている、エクリプスの神話のような偉業。
あまりにも速すぎたが故に、レースを放棄して他のウマ娘が逃げ出したという、嘘のようで本当のような伝説を作ったエクリプス。
なるほど、それならば″領域″が完全構築状態で突入したのはエクリプスしかいない、というのも納得が行く。
エクリプスの他に、ウマ娘はいなかったのだから。
「ただ……自分で言うのもなんだが、私もその″神話のような存在″に近かったようでね」
「……完全状態で領域に目覚めたのか?」
「いや、限りなくそれに近かったってだけさ。私が持っていた不完全な領域は、1ヶ月も経たない内に″完全″と呼ぶことのできるものへと変貌した。シービーやマルゼンスキーも私と同じ過程だったよ」
「それ。領域が成長したって言えるの?」
「ハッキリと″別世界に突入した″とわかったのだから。成長しているとは思うよ」
まぁ、こういった場面で嘘をつかないウマ娘だということはわかっているため、本当のことなんだろうが。
如何せん、ウマ娘ではなく人間であるため″領域に入る″ことの感覚がうまく掴めない。それが少しばかりのもどかしさを生んでいた。
「それで、領域の次元を上げる方法だが……これに関しては、高度なレベルのレースを多くこなす必要があるとしか言えないね。領域を深く知っている私でもレベルアップの条件は知らないんだ。ただ、推測はできる。何が要因であったのかはね」
「歴史に名を遺す。俺はそう聞いているけれど」
「まぁ、そうだね。領域を覚醒させたウマ娘は、等しく歴史を形成する。私が領域を初めて覚醒させたのは、菊花賞に勝利する直前だった。三冠バとして歴史に名を遺したのだから、それは間違ってないと私は考えている」
「三冠を取得した直後……菊花賞の1ヶ月後にあったレースで、ルドルフの領域は完全なものへと昇華した」
ジャパンカップ、もしくは有マ記念。
そのどちらかを経て、シンボリルドルフの領域は完全なものに進化した。
ジャパンカップで外国産のウマ娘と戦い、惜しくも3着。その後の有マ記念で、何事もなかったかのように1着を取得し、同年度4冠を取得───しかも、その内1つはシニア級と戦って得た1着。
なるほど、歴史に名を遺したというのは間違いではない。
というか、100年、200年後にはエクリプスのように神話の存在として扱われていてもおかしくない内容の偉業を成し遂げている。″神話の存在に近い″というのもあながち間違いではない。
逆に言えば、領域が完全なものに進歩するためには、それほどの過程が必要である。
───それは、地方の1ウマ娘がやるには無理な話では? と。海堂は、そう思った。
「ただ、何もここまでする必要は無いさ。GIを1勝……では足りないかもしれないけどね」
「そのGIを1勝が遠い世界の話だって話なんだ……そもそも、マーチは地方所属だよ」
「領域を完全覚醒させたウマ娘はほとんどいない。7割……いや、8割のウマ娘が2段階目で止まってしまうというのが、誰よりも領域を深く知る者としての見解さ。とはいえ、それでも効果は強力なものだ。3段階目の領域には遠く及ばないがね」
「そう、そこ。領域の段階ってのは、どう変わるものなのか。俺が気になってるのはそこなんだ」
3段階にわかれていると言うのだから───次元が上がる度に、効果はより高度なものになるというのだろうが。
シンボリルドルフの言い分から察するに、2段階目と3段階目では大きく変わるみたいである。それがどれほどのものなのかは、あまりピンと来ないが。
「領域の次元が高度になればなるほど、より景色は鮮明に現れる。そうした結果、集中力は極限まで高まり───己の限界を超えた、驚異的な脚が発揮できるようになる。自分の意識下に入った領域であれば、構築が成立した瞬間に、頭の中にルーティーン……つまり、領域の構築条件が流れ込んでくる。ゾーンに突入するのに、何をすれば良いかがわかるようになるんだ」
「構築条件を理解するには領域の次元を上げる。つまりは、レベルの高いレースをこなすしかない。歴史ある格式高いレースに出て、歴史を遺すしかないってことか」
「とにかく、君に覚えておいてもらいたいのは……無意識下にある領域。つまり、今のフジマサマーチの領域では、突入するための条件が何かがわからず。これが最低レベルの領域の欠点であるが、逆に言ってしまえば、領域が高次元なものになればその問題は解決する。狙って領域に突入することさえ可能になるだろうね」
「そうしたら、構築条件もわかって大きな武器になる……わかった。肝に銘じておくよ」
「東海ダービー、楽しみにしているよ」
電話を切り、スマートフォンをポケットに仕舞う。
「……さて、取り出すか。クッキー」
当初の目的とは違ったが、これはこれでタメになったし良かっただろう、と。そう思いながら、海堂はクッキー作りを再開した。
プリティー要素、どのくらい欲しい?
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たくさん
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おおめ
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それなり
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ほどほど
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すくなめ