ウマ娘 ワールドダービーDLCカサマツ編 東海ダービーレギュレーション   作:ウママママ

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N33-赤いアネモネ

 4月5日、午後1時。

 カサマツトレセン校門前で待つウマ娘と、そこに向かって走って行く人間が1人。

 

「ごめん、待った――」

 

 か、と呟こうとした時に。

 海堂は、フジマサマーチの私服というものを初めて認識した。

 

 赤のフレアスカートに、白のニットを組み合わせた女性らしいコーデ。

 芦毛に分類されるフジマサマーチの薄浅葱の髪色とマッチした服装は、女性としての魅力を引き出すには充分であり。

 

 海堂も、その姿を一目見て思っていた。″滅茶苦茶可愛いな″と。

 というか――白に紺色のシャツを併せ、黒色の少しお高めのズボンを履き、数センチ身長を盛ることができる茶色の厚底の革靴を履いただけの自分には、到底釣り合わない、と。こうも考えていた。

 

 海堂にしろフジマサマーチにしろ、元々の顔立ちが良く、正直何を着ても似合うというのは確かであるのだが――それにしても、釣り合わないと思ってしまうほどの美しさであった。

 ウマ娘が持つ容姿端麗な美貌に加え、高身長でスレンダーな体型をしているのだから。一瞬、モデルかと勘違いしてしまうかのような教え子の姿に、若干どぎまぎしてしまったのは間違いではなく。

 

 元から美人であったというのはれっきとした事実であったのだが、ここ最近――強いて言うなら、オグリキャップにゴールドジュニアで負けて、吹っ切れてから。

 フジマサマーチは、それを境に一気に女性らしく、美しくなった。

 

 ただ、口には出さなかった。恋愛マスターと呼べるほど恋愛を嗜んでいなかったのもあったし、勘違いを起こしてしまう可能性もあったから。心の底で、そっと抑えていた。

 

「似合ってるよ、服装」

 

 しかし、教え子がオシャレをしてきて何も言及しないのはどうなのかとも思ったため、似合っているとは言っておいた。

 耳がピコピコと動いたのを見逃さず、とりあえずは間違ってなかった――と、心の中で安堵をして。

 

 寮の門限に間に合い、その上で完璧なエスコートをするためのプランは考えてきたのだから。

 とにかく、自分ががやるべきことは″今日この日をフジマサマーチにとっての最高の1日にする″ということである、と。そう理解をしていた海堂は、フジマサマーチに手を差し伸べた。

 

「それじゃあ、行こっか。ちゃんとプランは考えてるからさ」

 

 ……まぁ、別に手を繋ぐ気はないのだが。

 海堂がポンコツと呼ばれる所以は、間違いなくここにある。

 

 

***

 

 

「″ファウスト″?」

「そう。ドイツのゲーテの作品で、友人にいい加減に読めって催促されてさ……だからこのタイミングで買おうと思ってんだ。マーチも読むか?」

「本の感想は共有したいので。買いますよ」

 

 

 ――本を選び、2人分の本を購入し。

 

 

「蹄鉄、どれが欲しい?」

「一番高い奴でも……というのは、冗談です。顔凄いことになってましたよ?」

「地方は安月給なんだよ……まあ、冗談を言えるくらい可愛くなったってことにしとく。お金が溜まったら考えとくよ」

 

 

 ――スポーツ用品店で蹄鉄を選び、購入し。

 

 

「……勝ちたかったって、思うか?」

「少しばかりは……ですが、オグリと約束を交わしたので。オグリの分も背負って、最後まで走り切りますよ」

「そっか。未練が無いなら良かったよ」

 

 

 ――ぶらりと立ち寄ったカサマツレース場で、少しばかり感慨にふけって。

 

 

 デートと呼べる代物のソレは、ほぼ完璧に、限りなく理想通りに進行していた。

 

 楽しい時間というものは、あっという間に過ぎ去ってしまうものであり。″もう少しだけ″と、想いながら。月明かりが照らすカサマツの街を、2人はゆっくりと歩く。

 そして、そのデートスポットの最後の場所として。2人はカサマツトレセンに帰る途中にとある場所を訪れた。

 

  カサマツトレセンから歩きで凡そ4、5分の場所にあるアパート。表札も何もかかっていない部屋の前に立ち、海堂は鍵を取り出す。

 

「俺の家、ここなんだ。渡したい物があるから玄関で待っててくれ」

 

 手慣れた動作でアパートの一室の扉を開け、中に入れる。

 わざわざ海堂の家を訪れた理由は、誕生日プレゼントと称して花束とクッキーを渡すためである。

 

 というか、家の中に上げたら不純異性交遊――″誓ってしていません″と、どこぞの龍が如く否定しなければならない可能性もあるわけで。

 部屋の中を見たいというまでは、玄関に待たせておくつもりでいた。

 

「……お部屋、見てもいいですか?」

「良いよ。汚いわけでもないしさ」

 

 ただ、見ていいですかと聞かれれば。

 部屋が汚いからとか、色々と危ないからとか。そういった否定するべき理由もない。それもあって、海堂はその願いを許可した。

 

 靴を脱ぎ、フジマサマーチは家に上がる。

 

 部屋にあるのは――資料、資料、資料。

 乱雑に積み上げられた大量の資料と、″一発で分かる中央試験″や″中央試験過去問6年分″や″ながらで聞く重要ワード1600″等。

 

 生活空間を、トレーナーという職業が侵食しているように見えるが。それでもかなり綺麗に整理されているのもあってか、人が住むには十分のスペースが確保されていて。

 ただ、ゴミがそこら中に落ちているという訳でもないため、不快感は一切感じない。

 

 とにかく、仕事を優先しているのか生活を優先しているのか――どちらかわからない、アンバランスな部屋であった。

 

「……案外、汚かったんだな。俺の部屋」

 

 どれだけの努力を重ね、中央移籍を夢見ているのか。

 これだけ勉強したとしても、合格者数が0である年もある。そんな試験を受けずとも、夢が叶う権利を自分のために捨てた。その申し訳なさが存在しないと言えば、それは嘘になるのだが。

 

 ――いつ、休んでるんですか? と。そう聞きたくもあった。ただ、心配をかけてしまいそうで言うのを憚ったのだが。

 

「元より、何を学ぶにしても効率が良くてさ。マルチタスクとも違くて、完全に吸収率そのものから違うみたいな。だから、苦労はしてないから心配しないで」

 

 おそらく、感情が耳に出ていたのだろう。

 そう思ったフジマサマーチは、勉強机とは違う、ベッド横のサイドテーブルの上に置いてある花束を見つけた。

 

「まず、これが1つ目のプレゼントの手作りクッキー。味見はしたから味は保証するよ」

 

 黒いクッキーと白いクッキーが数枚ずつ入った小袋を渡し、フジマサマーチはそれを受け取る。

 

「料理、できたんですね…」

「まあね。1人暮らししてれば自然とできるようになるよ。それで……これがもう1つのプレゼント」

「こんなに沢山……本当に、ありがとうございます」

 

 蹄鉄を貰い、本を貰い、手作りのクッキーを貰い。その上、花束まで貰ってしまった。

 今も昔も、何から何まで尽くされてばかりで。トレーナーという職業の本質がそれであること自体は流石にわかるのだが。

 今度何かしらの機会があれば、お返しは大量に用意しておこう。そう思い、花束に着いているタグに目を落とす。

 

「赤いアネモネ……これ、ドライフラワーですか?」

「全体に毒を含んでて危ない花らしいから、手入れの時に怪我をしないように、ドライフラワーにして貰ったんだ」

 

 アネモネという花には、プロトアネモニンといった有毒成分が含まれている。

 美しい花には毒がある。可愛い子には裏がある――という言葉がどこから来ているのかは不明であるが、こういったものから来ているのかもしれないという想像はできるだろう。

 

「赤いアネモネは、4月6日の誕生花でさ。本当は、マーチの誕生日と被ってる4月5日の花を選びたかったんだけど……ほら、花言葉があるだろ? それを意識したから1日ズレたんだ」

「今ここで調べても?」

「それは帰ってからのお楽しみってことで。サプライズ的な一面もあるし、俺は、まあ。そういうのを大切にして欲しいタイプ……だからね」

 

「なら、そうしますね。今日は本当に――」

 

 ありがとうございました、と言おうとしたところで。

 机の上に置いてある1つの写真立てが、フジマサマーチの視界に入った。

 

 ウマ娘という種族は、人間と比べて五感が優れていることが多く。

 種族的な関係もあって、人間ではぼんやりとしか見えない位置に立っているのにも関わらず。何が写っているのか、ハッキリと写真の内容が見えた。

 

(……ウマ娘と、海堂トレーナーの写真?)

 

 写真立ての中にあったのは、黒髪のウマ娘と、目の前に立つトレーナーが写ったものであった。

 

 今とのきちっとした黒髪と違って、若干無造作な部分も見られるのが圧倒的な若さを象徴しており。

 確か、19歳でトレーナーになったと言っていたか。そう思いながら、今とは少し違った海堂が見れて、少しばかりの嬉しさも感じていた。

 ……まあ、今も若いと言えば若い上に、なんならカサマツトレセンのトレーナーの中で一番の若さを誇っているのだが。

 

 となると、隣にいるのは過去に担当したウマ娘だろうか。

 黒髪ショートで、ぴょこっと生えた犬耳のような髪もあり。そのウマ娘に対して初めて抱いたイメージは、愛嬌たっぷりの子犬みたいだなといったものであった。

 

 別に、嫉妬はしていない。していないというか。今がある以上、過去が気になるのは確かであって。

 ただ、聞けなかった。勘が鋭かったのもあったし、何より――脳裏に焼き付いている、海堂の涙が思い浮かびあがってしまったからであって。

 

 あの時泣いていた理由は、過去の幸せな夢を見たから。その過去かどこに当てはまるのかは未だにわからないし、これであるとは断定できないのだが。

 ――もしかして、これなのでは? と。勘が鋭いフジマサマーチは、写真に写る幸せそうな笑顔を見て、そう紐付けてしまったのである。

 

「マーチ」

「はい?」

「誕生日、おめでとう。俺にとっても、君にとっても。この1年を幸せにしよう」

「……ええ、そうですね。これからもよろしくお願いします。海堂トレーナー」

 

 ───忘れよう。

 ───忘れ、たい。

 そう思っても、忘れることはできなかった。

 

 

***

 

 

「あれ、マーチさん。花束貰ったの?」

「ああ……海堂トレーナーからな。今日は君の誕生日だから、プレゼントを送りたいと」

 

 とはいえ、渡されるプレゼントが花だとは思っていなかったが。

 フジマサマーチの同室のウマ娘――ウォークダンサーは、フジマサマーチが持っている花の種類が何であるかを確認した。

 花束のタグに付けられているのは【アネモネ】。確か、アネモネという花は色によって花言葉が変わったはずだと。

 

「本当なら4月5日の誕生花を渡したかったと言っていたな。毒を含んでいて危ないから、ドライフラワーにして貰ったとも言っていたが……机の上に飾っていいか?」

 

 赤いアネモネは4月6日の誕生花であり、フジマサマーチの誕生日とは1日ずれている。

 これが4月5日であれば、【フジ】【ワスレナグサ】【ハナカイドウ】――特に、ハナカイドウを選んでいたとしたら、海堂がハナカイドウを渡すといったくだらないお笑いもできたのだが。

 

 ただ、海堂は花言葉を意識した。花に秘められたメッセージを、1年の想いを。フジマサマーチに伝えるために。あえて1日ずらしたのだ。

 

「うん。大切なトレーナーさんから貰ったお花だもんね」

 

 そういえば、花言葉を調べてみてくれとも言っていたなと。

 本をよく読むと言っても、だからといって花言葉の方面にはあまり精通している訳ではなく。

 

 プレゼントにして渡すのだから、基本的には好意的な意味を持っているのであろうと。スマートフォンを取りだし、検索エンジンを起動したフジマサマーチはそう予想していた。

 

 赤いアネモネ、花言葉。必要なワードを入れ、検索ボタンを押す。

 そして、スマートフォンの画面に表示された花言葉の意味は――

 

「――!?」

 

 バッ、と。素早い動きでスマートフォンをポケットに突っ込み、ウォークダンサーに背を向ける。

 

「マーチちゃん?」

「……すまない。少しシャワーを浴びてくる」

「1日お出かけして疲れてると思うし、ゆっくり温まってきてね」

 

 ――ウォークダンサーには、勘づかれてはいないはずだ。

 不思議そうに思っているような言動も無かったし、仮に気になるような言動があったとしたら、優しい彼女であれば″どうしたの?″の一言くらいはかけるだろう。

 

 そういった理論によって立てられていたフジマサマーチの予想は、ほぼ正解であった。

 

 扉を閉じ、胸の部分を右手でぎゅっと抑え、フジマサマーチは歩いて行く。

 

(……海堂、トレーナー)

 

 そもそもではあるが、アネモネの花言葉自体は【貴方を愛します】【儚い恋】である。

 しかし――アネモネに秘められた花言葉は、色によって変わるとされている。

 

 白いアネモネであれば、【真実】【期待】。

 紫のアネモネであれば、【貴方を信じて待つ】。

 

 赤いアネモネに秘められた花言葉は、ストレートに想いを伝えるためなのか、はたまた別の理由かは定かではないが。秘められた言葉は、たった1つしか存在せず。

 情熱を表す赤色は、同じく1つしか意味を持たない紫のアネモネの花言葉よりも、数倍の強い意味を持ち――その言葉の意味は、渡された者の心を打つには充分である。

 

 赤いアネモネの意味は――【君を愛す】。

 スマートフォンにその4文字が表示され、意味を理解した時――

 

(……いいや、違う。絶対に違う)

 

 首を振り、心を落ち着かせる。

 

 君を愛す。赤いアネモネはそう唄っているが、その赤いアネモネの中に恋愛的な意味は含まれていないだろう。

 おそらく、というか絶対に。1人のトレーナーとして、ウマ娘である君を愛していると伝えたかったのだと。これからも、ただ1人の君を見つめ続けると。そう伝えたくて、赤いアネモネを渡した。

 

 それは、わかる。勘違いではないと断言できる。

 ただ――自分の心に何かの影響を与えたというのは、紛れもない事実である。

 

 シャワーを浴びてくるとウォークダンサーに伝えたのは、昂る気持ちを抑えるためであって。

 おそらく、自分の顔がほんのりと紅くなっている。それを見られたら、絶対に″何かあった″と悟られてしまう。

 

 何かあったというのは、決して間違いではない。勘違いでもない。

 自分の心の中に確かに存在していた、その存在自体が非常に薄く、尊敬や憧れといった感情と混合していた――恋心のソレに、うっすらと気がついたのだから。

 

 全力で走り切った後のように、胸の鼓動が早くなる。

 もっと会いたい、もっと知りたい――そういった欲望がだんだんと強くなり、あの時覚えた心のモヤモヤも一層強くなる。

 

「……シャワーを、浴びよう」

 

 フジマサマーチは、それが何かに気づけない程初心ではなかった。




 

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