ウマ娘 ワールドダービーDLCカサマツ編 東海ダービーレギュレーション   作:ウママママ

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N39-翼

「……私の悩みの大体は、わかっているとは思いますが」

 

 その言葉を皮切りにして、フジマサマーチは語り始めた。

 

「東海ダービーは絶対に勝てる。コンディションは限りなく最高に近い。そう思っていても、不意に頭に浮かんでしまうんです。何かミスをして負けてしまうのではないか、夢がここで敗れてしまうのではないか……そういった不安が、押し寄せてくるんです」

「その原因は、オグリキャップと自分のいる場所の違い……かな?」

 

 こくり、と。海堂の問いかけに、フジマサマーチが頷く。

 ────まあ、他人にこうやって吐き出せるだけ、あの時の俺よりよっぽどマシだな。

 頷いたのを見た海堂がそう思ったのは事実であったが、そこには過去のような闇はなかった。

 

「オグリが勝つ度に、オグリが時代を動かす度に……どうしようもない不安感が、私を襲うんです」

 

 大切な仲間に、失望されたくない。

 大切な仲間ができたからこそ、期待に応えたい。

 

 その焦りが、猛烈な不安感を生み出す。

 

 その理由は、今までは己と戦い、己のために走っていたフジマサマーチが────誰かのために戦い、誰かのために走るようになったからだと。

 誰よりもフジマサマーチの近くにいた海堂は、そう理解していた。

 

「私は……オグリのライバルであることを誇りに思っています。あの時勝てないと思ってしまった相手に、なんとか追いつきたい。追いついて、横に並んで……いつかは追い越したいとも考えています」

「……それはそれとして、埋まらないかもしれない差が不安を生まないわけではない。そう言いたいんだね?」

 

 天才と、どこにでもいるウマ娘。

 自分が才能も何も持たない、積み重ねた努力だけでここまでのし上がって来たウマ娘である。自分はオグリキャップのような天才ではないとわかっている。

 

 天才と比較される度に、私は天才と釣り合えるウマ娘なんかではないと否定したくなるのだ。

 努力は誰よりも積み重ねた。凡人の中のトップに立っていると断言できるほどのトレーニングを積み重ねて来た。

 

 ただ、それはそれとして────天才のようなウマ娘には、逆立ちをしても勝てないのだと。

 

 1年前までは、負けるかもしれないであった。

 半年前に、そこからかもしれないが消えた。

 

 自身が井の中の蛙であることを知ってしまったからこそ、不安が生まれる。オグリキャップと対等に扱われることに、どうしようもない違和感を感じる。

 

「それに……今の夢は、私だけの夢ではありません」

 

 胸に握り拳を当てて、フジマサマーチが遠い空を見る。

 このカサマツの地にはもういない、中央で暴れまわっているオグリキャップを思い浮かべながら。

 

 私の心には、オグリキャップの魂がある。遠く離れていても、夢を背負っている限りは一緒である。フジマサマーチの行動からは、そういった意図が読み取れた。

 

「オグリが果たせなかった夢。私に託した夢。それを背負って走っているからこそ、もしを思い浮かべてしまう……そのもしもが、失敗を映像にして伝えてしまうんです」

 

 もし、夢が叶わなかったら。

 

 そうなったら、もちろん、ショックで数日はやるせない気分になってしまうだろうとは思う。ただ、それでも、自分だけの夢だったら諦めがつくかもしれない。

 夢が果てたなら、また次の夢を探せばいいだけだと。ゴールドジュニアで負け、オグリキャップが遠くへ行ってしまった時に、フジマサマーチはそう気づいたのだから。

 

 ただ、違う。今のフジマサマーチの身体には、オグリキャップの魂が宿っている。

 オグリキャップの夢であり、達成できなかった夢でもある東海ダービー制覇。それを託されたのは他でもない自分であり、それを叶えられるのも自分しかいない。

 

 自分の夢が果てれば、もう後は無い。

 消えた夢を、失敗したことを。どう説明して、どう責任を取ればいいのか。

 

 ────それはまるで、あの時の海堂真のようであった。

 

 だからこそ、救ってやりたいと海堂は思った。

 先程、フジマサマーチが海堂を救い出したように。呪いを断つには、誰かの助けが必要であるかを知っているが故に。

 

 強いフジマサマーチを取り戻すために。

 君の隣に立ち続けると誓った海堂が、口を開く。

 

「マーチ……仮に東海ダービーに負けたとして、オグリキャップが失望すると思う?」

「それは……」

 

 思えない。

 喉で引っかかっているその言葉を、口に出そうとした。

 

 優しくて、天然なオグリキャップが責め立てるわけがない。それはわかっている。

 ただ────問題は、その結果に自分が納得できるかどうかであって。

 

 言わない。責め立てない。それがわかっているからこそ、″思えない″という言葉が口から出てこない。

 

 答えられなかったフジマサマーチを、海堂は優しい目で見つめていた。

 過去に縛られた者や夢に縛られた者は、そう思ってしまうものである。思いたくなくても、自然と負の方向にシフトしてしまうものだと。誰よりも、理解していたから。

 

「オグリキャップは誰よりも強い。日本ダービーの頂に手が届いたかもしれないくらいには強い。それもただ強いだけじゃなくて、地方から成り上がって一世風靡して、それでルール改定の署名を集めるくらいには影響を与えて……凄いね。とにかく強いし、あの世代で一番強いと俺は思ってる」

 

 そのウマ娘と、ライバル関係でいる。

 それが意味するのは、フジマサマーチの起こす行動全てに、″オグリキャップのライバルであった″という言葉が頭にくっつくことになるということ。

 

 オグリキャップのライバルであったフジマサマーチが、東海ダービーに出場する。

 あのオグリキャップのライバルであったフジマサマーチなら、SPIの東海ダービーであろうが1着は確実である。

 

 自身の関係ないところで、″絶対″が作られる。

 ウマ娘のレースにおいて、″絶対″はあり得ないのに。

 

 第三者によって作られた固定観念。それによって、フジマサマーチは苦しめられている。

 

「ただ、それがどうした。君はフジマサマーチというウマ娘であって、オグリキャップではない。世間の目なんか気にせずに駆け抜けて、夢を叶えればいい。

 それでも心配なら、君の近くに居続けた俺が断言する。君が″フジマサマーチの走り″を完遂できたのならば、君は絶対に負けない。この1年、そうなるようにトレーニングを組んできた」

 

 トレーナーとしての────フジマサマーチと誰よりも共に過ごし、誰よりも喜怒哀楽を共有し合った者としての、1つの意見。

 それを紡いだ海堂が、さらに続ける。

 

「それに……そこで終わりじゃないでしょ? フジマサマーチの競走バとしての人生は」

 

 その言葉を聞いたフジマサマーチが、目を見開く。

 覚えている。忘れるわけがない。共に戦い、鎬を削り合った最高のライバルと交わした、絶対に守ると誓った約束を。

 

「オグリキャップよりも永く走りたいんだったら、東海ダービーで勝ったとしても負けたとしても、止まっちゃならない。走り続けなくちゃならない。オグリキャップと交わした約束がそれである以上はね」

 

 出口のないトンネルは存在しないのだから、走り続ければいつかは出口に辿り着く。

 その先が楽園であろうが地獄であろうが、トンネルに出口は存在する。

 

 大事なのは────出口に辿り着いて、景色を眺めた時に、何を見据えるのか。そこで何を為すべきなのかを、理解することである。

 

「……まぁ、万が一負けたとしたら。俺はマーチのトレーナーとして、夢を叶えさせられなかったケジメを取って辞めるなんてことは言わないさ。マーチが望む限り、俺はずっと隣に居続ける。それがマーチの願いであるなら、俺はどこまでも一緒にいるよ。

 だから思いっきり戦って、思いっきりやって。それでも負けたってのなら、オグリキャップに″ダメだった″と報告すればいい。……俺は、その程度の認識でいいと思ってる」

 

 それは、きっと。

 オグリキャップなら、どんな結果であろうが″頑張ったな″と、言葉を掛けてくれる優しさがあるから。

 フジマサマーチが、暖かい仲間に────1年前では、とても想像できないような多くの人々によって、支えられているから。

 

 海堂が″その程度の認識でいい″と言った本質は、ここにある。

 期待に応えられなかったとしても、ボロボロになって負けてきたとしても。弱った心を優しさが包んでくれるだろうから。

 

「だから、背負わないで。強いフジマサマーチを名古屋レース場で演じられれば、そこに押しかけた誰もがマーチの虜になる。僅か2分の間で、レースの勝敗が決まって……その時には、俺もマーチも笑顔でいられる。

 それが理想でもなく、現実になりえるからこそ。俺が″フジマサマーチ″というウマ娘の全てを知っているからこそ、俺は今こうやって前を見ている」

 

 ────領域を覚醒させたウマ娘は、大なり小なり【時代を作る】。

 ────領域を覚醒させたウマ娘は、等しく歴史を形成する。

 

 六平や、シンボリルドルフによって語られた【領域】の世界。それに基づくならば、フジマサマーチも何かしらの時代を作るはずである。

 それが何であるかは、明確にされていない。ちっぽけな時代かもしれないし、オグリキャップに負けないくらいの大きなものかもしれない。

 

 その領域を────未来を誰が切り開くかは、他でもない2人である。

 未来が切り開かれ、切り開かれた未来が道を作る。その道をひたすらに突き進むことで、人々の記憶に残る歴史が形成される。

 

 錦鯉が、龍門を通る。フジマサマーチは、今その状況にいる。

 鯉が、龍になるために────フジマサマーチが、オグリキャップに並び立つために。

 

「……俺は、担当ウマ娘を輝かせるためなら何にでもなるつもりでいる。それはプロキオンを担当していた頃も、今も変わらない。それを踏まえた上で、俺の願いを聞いて欲しい」

 

 先の見えない道を歩かせるために、先導する明かりになる。

 心のない批判から守るために、全てを受け止める壁になる。

 ウマ娘が思い切り走れるように、道を整備する蜻蛉になる。

 

 いつもは、それらの役割を無意識にやって来た。トレーナーである以上、それが普通であると思っていたから。

 だから────こうやって、海堂自らが″こうなりたい″と語るのは、珍しいことであった。

 

「マーチを大空へ飛ばせるための────夢を見せるための、翼に。その役割を、俺に担わせてくれ」

 

 立ち上がって、フジマサマーチに手を差し伸べて、海堂は想いを告げる。

 君を大空へ連れて行く。絶対に落としはしない。それは、″君の夢を俺にも見せてくれ″という意味と同義であり。

 

 ロマンチックな海堂の提案。それを聞いて、差し伸べられた海堂の手をフジマサマーチが受け止めて、ゆっくりと立ち上がる。

 

「海堂トレーナーを翼にして、必ず羽ばたきます。連れて行きます」

 

 ────オグリも、貴方も。

 私が見据え続けた、山の頂へ。

 

 

***

 

 

「話せば楽になったでしょ?」

「確かに、そうですね」

「先人が証明してくれてるからね。……その先人は、横にいる大人だけれども」

 

 フジマサマーチの心にあった不安感は、消え去った。

 

 海堂の過去を知って、弱さを知ったから。

 自分の内に秘めた想いを語り、打ち明けたから。

 

 そういった理由は。不安感が取り除かれた理由は、いくらでもある。

 

「ただ……」

「ただ?」

「……海堂トレーナーに、ハッキリと言って貰えたこと。″強いフジマサマーチ″なら勝てると、断言して貰えたから」

 

 ────きっと、それがあったから取り除かれたのだと思います。

 何が不安感を除去する決定打になったのかを、フジマサマーチは断言した。

 

 誰よりも尊敬する、貴方に。

 誰よりも理解を示してくれる、貴方に。

 そして────私の世界を変えてくれた、貴方に。

 

 そう言って貰えたから、気にならなくなったのだと。声に出さずに、フジマサマーチは心の中で呟いた。

 

「そっか……理由はどうあれ、それならよかったよ」

「……幸せですよ、私は」

 

 ────オグリに出会えて、貴方に出会えて。

 カサマツの夜空に、フジマサマーチの言葉が溶け込んでいく。

 

 翼を纏った薄浅葱のサンドリヨンが、舞姫のように舞台を舞う。

 その準備は、もう既にできていた。

プリティー要素、どのくらい欲しい?

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  • おおめ
  • それなり
  • ほどほど
  • すくなめ
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