ウマ娘 ワールドダービーDLCカサマツ編 東海ダービーレギュレーション 作:ウママママ
「何も言わない。だから楽しんで来い」
海堂が与えるアドバイスは、基本一言で終わる。
100%の限界を、1%だけ上げる。100を101にすることで、1秒の差を埋め込む。
それさえすれば、フジマサマーチは最速でゴールを駆け抜ける。それはわかっているのだから、今日も明日もこれからも、やるべきことは変わらない。
新入生デビュー戦でも、東海ダービーでも、有マ記念でも。レースの格が変わろうが、場所が変わろうが、それだけは変わらない。
伝えることの全て────強いて言うなら、レースの序盤はこうなるかもしれないよという程度のアドバイス。
それらは全て伝えたが故に、今回もたった一言であった。
楽しんで来い。その6文字のアドバイスを、勝負服で身を包んだフジマサマーチが受け止める。
「緊張してるだろうけどさ。これさえ頭にあれば、マーチは絶対に勝てる。最高の舞台で、夢の舞台で楽しめさえすればね」
────無茶なアドバイスであるかもしれない、と。
フジマサマーチにアドバイスを伝えた海堂は、薄々そう思っていた。
どこからともなく現れた胸の騒めきが、海堂の心を支配する。
それは、おそらく。見栄を張る必要がなくなったからか、フジマサマーチには弱みを見せられるといった安心感からか。
どちらであるかは、関係ない。とにかく、それをひっくるめても海堂は不安でいた。
「……勝ちますよ、絶対に」
紅に染まったツリ目が、海堂の眼を見つめる。
ただ、それは。昔のようなギラギラとした、少し寂しそうな目ではなくて。そこには多くの優しさが籠っていて。
傲慢でもなく、高飛車でもなく。
その″勝ちますよ″には、覚悟が灯っていた。
「……そっか」
────君は、とても強いな。
そう思った海堂が、少しばかり手を上に伸ばして、フジマサマーチの頭に置く。
「────待ってるよ」
「────待っててください。誰よりも速くに、駆け抜けてきますから」
その返答を聞いて少し微笑んで、海堂は控室を出る。
それでも、胸の騒めきが収まらない。絶対に勝つと信じているのに、心が妙に落ち着かない。
その騒めきを抱きながら、階段を登る。
25分。授業の合間にある休み時間よりも、少し長いだけの時間。それが過ぎ去れば、全てが終わる。
夢が叶うか、果てるのか。その分かれ道に立っているからか、妙に時間が過ぎるのがゆっくりに感じる。
関係者用のポジション。前回と同じ位置に立った海堂は、スマホを出したりしまったり。腕時計をチラ見したり目線を上にあげたり。
とにかく、落ち着きがなかった。それは他でもない″海堂真の焦り″を示していた。
少し前までは、らしくなさで済ませていた。
しかし、今は────本来の俺は、こんなもんだったな、と。そう思うことで、自分自身を納得させた。
「どうだい? フジマサマーチは」
声を掛けられた方向。横を振り向いて、姿を確認する。
「……なんだ、ルドルフか。久しぶり」
「待っていたよ、海堂くん」
中央トレセン生徒会長────皇帝こと″シンボリルドルフ″が、海堂に歩み寄る。
こうやって姿を合わせるのは2回目であるが、話した回数自体はおよそ30回を超えている相手。
その″絶対″を持つウマ娘が、1地方トレーナーである海堂に話しかける。
「緊張しているのかい?」
「当たり前じゃない?」
「驚いた。包み隠さず言うが、君のようなトレーナーは大舞台でも緊張しないと思っていたよ」
────ああ、俺の弱さを知らないからか。
シンボリルドルフの返答に対して、海堂は妙に納得する。
「……心では絶対に勝つって信じてるのに、身体は正直みたいでさ。どんなに抑えようとしても、手は震えるんだ」
もう、隠し通す必要はない。そう思った海堂が、シンボリルドルフに対して″弱さ″を曝け出す。
それを示すために────海堂は、ぷるぷると震える左腕を、シンボリルドルフにも見えるように上げた。
「ほんの少し、周りに対して自分を強く見せていただけさ。それも別に悪くないって、今は思ってるけどね」
これも自分らしさである。どんなに弱くたって、心で信じてさえいればいい。フジマサマーチなら確実にやる。
そんな複数の思いが、海堂の心の中を彷徨っていたからか、強いフリをやめて、自分らしさを貫くようになったからか。そう答える海堂に、曇りはなかった。
「……大舞台だからね。緊張するのもわかるさ」
「皇帝でも緊張はするのか?」
「私だって1人のウマ娘さ……特に、日本ダービーの日が近づくとね。挑んだ当時のことを思い出してしまうんだ」
視界がガラスのように砕け、塵のように粉々になる感覚。
日本ダービーの重圧は、皇帝をも噛み殺す。
数千人の内の数十人しか挑めないレースは、ウマ娘が持つ本性を暴く。例え、それが″絶対″を持つ皇帝であろうが。
今まで積み重ねた歴史が、これから積み重ねられるであろう未来が。天国と地獄を隔てる最後の審判となって、挑むウマ娘を見定めんと襲いかかる。
それが、日本ダービー。クラシック最高峰のレースである。
「日本ダービーと言えば。オグリキャップは残念だったね」
「ああ……ただ、彼女は宣言通り、常識もルールも覆した。私たちに希望を与えたんだ」
「それだけで価値はある。俺はそう思ってるよ」
きっと、必ず。
オグリキャップが歴史を変えたことで、救われるウマ娘は現れる。
たとえ現れなくても、1人のウマ娘の意思が権威あるURAが紡いだ歴史を変えた。
それだけでも、価値はある。人々に夢を与えたのだから。
銀色の手すりに手を置いていると、ポケットに入れていたスマホから着信音が聞こえてきた。
スマホに表示されている名前────″六平 銀次郎″を確認して、電話に出る。
「どうしました?」
『労いの言葉をかけに来たってだけだ。時間は取らせねぇよ』
「ありがとうございます……そちらにいるオグリキャップは?」
『オグリとベルノが齧り付くようにパソコンを見てるぜ。マーチが1着を取るのを期待しながらな』
「……そうですか」
それだけで、オグリキャップの夢を背負っている証拠になる。
その報告を聞いたことによって、海堂の口角が少しだけ上がった。
そして、六平との間に交わした″約束″。
それを思い出した海堂が、何かに気がついたようにして口を開く。
「六平さん、待っててください」
────東海ダービー制覇を手土産に、そちらへ向かいますから。
信念の灯った声で、遠くにいる六平にそう伝える。
『……期待してるぜ。海堂』
そう言って、六平が電話を切る。
それを確認した海堂がポケットにスマートフォンを仕舞って、自分自身に視線を向けているシンボリルドルフの方を向く。
「君は、色々な人に支えられているんだね」
「俺だけじゃない。マーチだって大切な仲間に支えられてるし……幸せ者だよ、本当に」
ライバルに出会って、仲間に出会って、それを周りから支える人たちにも出会って。
そういった支えがなければ、ここには来れてなかった。ここまで来れていたとしても、こうも上手くは行っていなかった。
オグリキャップと北原が、高みへ連れて行き。
シンボリルドルフと六平が、更なる高みを教え。
それらを推進力として、フジマサマーチと海堂が夢を掴もうとしている。
だから、幸せである。
そう語った海堂の顔は、とても穏やかであった。
「レースが始まる前までには戻ってくるよ。君に渡したいものがあるから、私はいまからそれを取りに行く」
「わかった。ここで待ってるよ」
手を振り、別の場所へと向かっていくシンボリルドルフを見送る。
そうして再び1人になった海堂は、なんとなしにスマートフォンを手に取った。
北原や柴崎から送られてくる応援のメッセージや、高校や大学生の時の同級生から送られてくる期待のメッセージ。
そうでもしていないと、また手の震えが来そうだったから。それらの1つ1つに、軽くではあるが返信をしていく。
そして、一番最後に残ったメッセージの差出人の名を見て────その名前を、小声で呟く。
「……プロキオン」
メッセージを開けば、そこにあるのは″頑張ってください″というメッセージのみ。
────あんな終わり方であったとはいえ、メッセージの1つや2つは交わしていた。
″寒くなったから気をつけてくださいね″という彼女のメッセージに対して″君こそ気をつけて″と返信するような────その程度の連絡を、週に1、2回ではあるが繰り返していた。
いつもと変わらない。少しばかりの愛が感じられる彼女のメッセージに対して、少しばかりの愛を込めて返す。
たったそれだけなのに、いつもと同じであるのに。何を返そうか、何を伝えようかで迷ってしまう。
恋心を抱いた子供のように、書いては消して、書いては消してを繰り返す。
結果、悩みに悩んで3分程度経って。″見ていてくれ″とだけ答えると、彼女から返信が返ってきた。
「……!」
彼女から送られてきたメッセージ。それは、″名古屋レース場にいます″といった内容の物であった。
それに対して″どこにいる″と送れば、″観客席です″と返ってくる。
それに対して″俺の姿は見えるか″と送れば、″見えません″と返ってくる。
2年は会っていなかった過去の担当ウマ娘が、ここにいる。
最後の約束を交わした担当ウマ娘が、どこかにいる。
過去を消し去っていたあの頃は、会いたくても会えなかった。会えば泣いてしまうという確信が、自然と自制に繋がっていた。
ただ────過去と向き合った今であれば、会える。昔と変わらず泣いてしまうだろうけど、胸を張ってリトルプロキオンに会える。
今すぐにでも会って、謝りたかった。
約束をしたのに、ずっと偽りの自分に縛り付けられていたことを。謝らなくなって、彼女はそれを知らないだろうに。
とにかく、向き合うのが遅くなったこと。それを謝って、元の関係に戻りたかった。
「……何考えてるんだ。一世一代の決戦だろう?」
しかし────ほんの少しだけ冷静でいた海堂の頭が、焦りを強引に押さえつける。
謝るのだって、レースの後にできるだろうと。時間と場所を合わせれば、もう一度会えるだろうと。
何せ、ロミオとジュリエットのような愛の逃避行をするわけではないのだから。別に今じゃなくたっていいだろうと、焦りを押し込んだ。
″終わったら君に謝りたい″。そのメッセージを送って、スマートフォンを再度ポケットに仕舞い、パドックでのアピールを見る。
「頑張れ、マーチ」
決戦まで、後10分。
心は、落ち着かなかった。
***
《第18回目の東海ダービーが、いよいよ始まります!》
未練も、後悔も、そこには無い。
親友でもあり、ライバルでもあるオグリキャップの魂。フジマサマーチが抱いてきたのは、たったそれだけで。
《3番人気はこの娘、7枠7番、ギフキング。新緑賞1着ウマ娘の力を存分に発揮できるか!》
────本来なら、ここにいたはずのライバル。
《2番人気はこの娘、4枠4番、トウカイシャーク。前走のスプリングCで2着の好成績を収めています!》
────鎬を削り合った、最高のライバル。
《さあ、いよいよ1番人気の登場です!》
絶対的な力を持っていたライバルは、今はもういない。
だが────オグリキャップが出ていたら。そんなたらればは、誰にも言わせない。
《ここまで5戦4勝! 東海ダービー制覇を賭けて、ここにはいないオグリキャップと共に走ります!》
圧倒的な走りで────最強のライバルに最後まで抗った、フジマサマーチらしい走りで。
サンドリヨンは、遥か遠くにいる王子を魅了する。
《────2枠2番、フジマサマーチ!》
────それはまるで、主役のお出まし。
フジマサマーチの名が告げられたことで、名古屋レース場が大歓声に包まれる。
オグリキャップが叶えられなかった夢を、ここで見せてくれ。
観客の願いが、魂が。光の矢となって、フジマサマーチの心に降り注ぐ。
ゲートに収まり、隣にいるウマ娘に目を合わせるわけでもなく。フジマサマーチは、ただ目を瞑って精神統一をしていた。
(……貴方という翼を背にして、私は羽ばたきます)
山の頂は、すぐそこにある。
目を見開いたフジマサマーチが、息を思いっきり吐く。
《歴史に名を残すのは、どのウマ娘か!》
────始まる。
名古屋レース場に押しかけた全ての観客が、ゲートが開くのを今か今かと待つ。
海堂も、シンボリルドルフも。その一瞬を見逃さないために、集中する。
″無″が会場を包んだ、数秒後。
《今、ゲートが開きました!》
夢への挑戦が、始まった。
────多くは言わない。
────何をすべきかはわかってるだろうから、先に言っておく。
海堂のアドバイスが、頭の中でリフレインする。
《一気に飛び出した9人のウマ娘! 誰が夢を掴むのか!》
────おそらく、他のウマ娘はマーチを押さえ込もうとする。
────先行争いの激化。殺人的なハイペースになるか、はたまた物理的な包囲網がマーチを囲うか……それはわからないけど、どうなってもおかしくはない。
その先で何を言うかが、一瞬でわかる。
2、3番手で重圧をかける先行では散ってしまう可能性が高いのだから、こうしろと。そのこうしろは、言わずともわかる。
────逃げろ。触れられない【領域】を作れ。
フジマサマーチは、ハナを取った。
プリティー要素、どのくらい欲しい?
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たくさん
-
おおめ
-
それなり
-
ほどほど
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すくなめ