ウマ娘 ワールドダービーDLCカサマツ編 東海ダービーレギュレーション 作:ウママママ
────セオリーや戦術、予想。その全てをぶっ壊す。
今年の東海ダービーは、そういった異常事態に包まれていた。
《ハナを取ったのはフジマサマーチ! ぐんぐん進んでいきます!》
ここで決めなければならない、絶対に勝たなければならない。その″必勝″が、セオリーが求められている場面で。
フジマサマーチは、ハナを取ってみせた。
ハナを取れ。
そのたった5文字がどれだけ困難であるかを、フジマサマーチは知っている。
100か0か。勝つか負けるか。
逃げという戦術は、かなり両極端である。
常に全力投球、最後まで全力投球。
ペース配分など考えず、とにかく全力投球。
限界が来て、ボコスカと打たれ始めて────そのタイミングが来たら、根気と持ち合わせた運でなんとか試合を完遂させる。
キング・オブ・クローザーがやる仕事を、先発投手に持ってくる。
逃げというのは、有り体に言ってしまえば脳筋の戦術なのだ。
先行や差しよりも読み合いの要素が少なく────逃げをさらに突き詰めてしまえば、もはや″読み合い″すら存在しなくなる。
それは逆に言ってしまえば、逃げを極めれば誰も触れることができない領域を作ることだって可能になる。
開幕から後ろを気にせずノンストップで走り、ただ目の前に広がる先頭の景色を楽しむがために逃げる。そうしたら、自然とゴール板を切っていた────というウマ娘が、現実に存在するようになるのはもう少し後の話であるのだが。
観客を魅了し、己の走りを楽しみ、自分自身の世界を形成する。
読み合いもへったくれもない脳筋戦術のように見えて、繊細な心でなければ完遂できない逃げという戦術。
絶対に負けられないレースに限って、海堂はその戦術をチョイスした。
周囲の予想としては、″フジマサマーチはいつもの先行策で来る″というのが大方の予想であったのだから。これに関しては、完全なる読み勝ちである。
既に4勝を飾った得意戦術を、ここ一番のレースで放り投げて捨てた。
それはつまり、手に持つ切れ味鋭いナイフを直前で投げ捨て、それに気を取られた瞬間に顔面に拳を叩きこむ────わかりやすく一言で言ってしまえば″カウンターパンチ″をぶちかましたということであり。
先行策で来るなら、そこを物理的な包囲網で封じきる。どうにかしてペースを乱して掛からせる。
何も、単純なバ力勝負ではないのだから。ありとあらゆる戦術を使って、他と比べて頭1つ抜けているエンジンをぶっ壊すことだってできる。
フジマサマーチの首を掻っ切ろうと待ち構える伏兵。その存在に勘づいて、先手を────手榴弾を投げ込んだ。
盤外で読み勝ったフジマサマーチは、未だ先頭を貫き続けていた。
ただ、それはそれとして。
逃げという戦術は、そこまで強くはない。これは大方の意見であり、先行差しが花形として強いからというわけではなく────単純に、センスが無ければ全うできない。
そんな戦術を、一朝一夕で作った付け焼刃で成し遂げられるわけがない。
つまり、″ハナを取られた″というだけであって、フジマサマーチが独走してこのまま何事もなくゴール板を切ることなんてまずあり得ないのである。
ペース配分を失敗して失速する、スタミナ限界で垂れてきた瞬間に追い抜く。
なんでもいい。慣れない戦術を選んだが故に発生する事故の何か1つさえ起こってくれれば、今は後続として追いかける自分たちにも勝利の芽が芽生える。
それが後続を走るウマ娘全員が持っている思考であり、その″事故″が起こることが唯一の懸念材料であった。
今は耐える。とにかく耐えて、惑わされないようにする。
そうすれば、いつか、いつか────
「そう、思ってるはずさ」
隣に立つシンボリルドルフに、海堂が考えを伝える。
現在、先頭を走るフジマサマーチがいるのは600m地点────第一コーナーを過ぎて、カサマツレース場よりも短い直線に入り込む直前。
それでも尚、崩れない。
付け焼刃であるというのに、一歩間違えれば崩壊しかねない城壁であるというのに。
────どうして、崩れない?
困惑と疑問。後方を走るウマ娘のほとんどが、フジマサマーチが落ちてこない異常事態を肌で感じ取っていた。
「ただ、倒壊しない。そろそろボロが出ても良い頃だというのに……」
「当然、焦るだろうね。まだレースは半分も終わってないけど、落ちる気配すら見えないんだからさ」
加速はしない、減速もしない。
まるで後ろに目が付いているかのように、お前らの動きは全てお見通しだと言わんばかりに。常に、3バ身差を守り続ける。
その芸当ができるのは、逃げを本職とするウマ娘のみである。
「……そもそも。マーチは逃げの方が得意だったんだ」
「逃げの方が? ゴールドジュニアでは先行策を……」
「とはいえ、それはカサマツトレセンに入る前の話。カサマツトレセン後は意図的にそうしてたんだ」
そもそも、先行という戦術は応用が効きやすいのだ。
いつもよりも後ろに控えれば即席で差しを選択することもでき、どんな状況であっても一定の成果は残すことができる究極の戦術。
スピード、スタミナ、パワー。その全てが完璧な比率で揃ってさえいれば、付け入るスキのない【領域】も作ることだって可能になる。
圧倒的なバランス。それが先行策の魅力であり、強みである。
フジマサマーチには、それが全て揃っていた。地方レベルではあるが、先行策で他者を圧倒するために必要にされている全てが。
「ただ、俺は一目見た時から……マーチを担当した時から、こう思ってた。″この娘は逃げが得意なんだろうな″って」
一瞬で最高速になる閃光のような脚に、出遅れの心配がない集中力。
この2つが揃っていて、得意戦術が逃げか先行以外でないはずがない。そんな断定的な海堂の予想は、見事的中した。
実際、逃げと先行の両方が得意で────強いて言うなら、逃げの方が得意だった。ただ、それはそれとしてどっちでも走れる。
フジマサマーチの回答は、こうだった。
非公式レース────つまりは、カサマツトレセンに入学する前のレースでは。
フジマサマーチは、とことん″逃げ″を貫いていた。
「ならば、どうして逃げで走らなかったのか……」
逃げが一番得意であれば、今まで出てきた全てのレースで逃げを取り続ければよかったのではないか。
そのシンボリルドルフの質問も、尤もである。
差しのオグリキャップ相手に差し切れない距離を作る。その点であっても、差しを完封できるかもしれない逃げの方が相性は良い。
距離にしても、戦う目的にしても。その全てがシナジーに合うというのに、フジマサマーチは逃げを捨てて先行策を取り続けた。
あのフジマサマーチが。気性難で、常に最善策を取り続けるフジマサマーチが、先行を選んだ理由は?
それを聞いた海堂が、顔を上げる。
────その質問、待ってたよ。そう言わんばかりの笑みを浮かべながら。
「……それが、この時に真価を発揮させるための布石だとしたら?」
布石────物事を有利に進めるための″準備″。
山の頂を見据え、スカウト時に目標を聞いて話し合って。フジマサマーチと海堂が、やるべきことをやったからこそ完成した、究極の布石。
「まさか……!?」
「その″まさか″だったら?」
にやり、と海堂は笑ってみせる。
────仮に、出場する全てのレースで逃げを取り続けたら。
当然、周囲は″逃げのフジマサマーチ″として対策を取ろうとする。
逃げに逃げらしくない走りをさせるには、開幕でハナを取って────つまり、同じ逃げを取ったウマ娘が、自力の差で勝とうとする。それしかない。
そうなった場合、いくらフジマサマーチと言えども負ける可能性がある。限りなく100%に近いとはいえ、1%で負ける可能性がある。
限界が来て垂れた逃げウマ娘を避ける。その
限界が来なければ、そのまま逃げウマ娘に負ける。
どちらにしても、ほとんどあり得ない話ではある。
だが、レースに″絶対″は存在しない。レース場に憑依した死神が、夢を叶えようとするウマ娘の魂を刈り取る。
その″絶対″を、疑似的に作る。死神を関与させないための【領域】を作る。
海堂とフジマサマーチが1年の歳月をかけて作り上げた布石には、こういった意図があったのである。
″先行のフジマサマーチ″というイメージを周囲に植え付けて、東海ダービーでも先行策で来るだろうと予測させる。
まともな走り方をするまともなウマ娘に対して、至極真っ当な理由で走りを封じようとさせる。
1900mという王道に限りなく近い距離で、圧倒的な力を持つ先行ウマ娘に対して他者が取ることのできる戦術は2つ。
思い通りの走りをさせないか、その圧倒的な力以上の力の差を見せつけて完膚なきまでに叩きのめしてみせるか。
後者を取れば、破滅する。
だから、前者を取らなければ活路は開けない。
その前者の策が、巧妙に隠された罠であると知らずに。
干渉してこようとするウマ娘に対して、ゴリ押しをする。干渉すらさせないポジションを奪取する。
「思い通りの走りをさせない。それが通じない作戦が1つだけある」
────それが″逃げ″だ、と。
力強い笑み────王者の微笑みを顔に浮かべながら、海堂は告げた。
嘘を貫き通した海堂と共に、フジマサマーチも最後の最後まで偽りの姿を貫き通した。
その偽りの姿も、貴方の前なら────夢の前であるならば、それを脱ぎ捨てて本当の姿を見せることができる。
そう言わんばかりの、誰も寄せ付けない逃げを。
海堂の、観客の、ここまで足を運んだシンボリルドルフの────その全ての期待に応えたフジマサマーチは、自由気ままに走り続ける。
(……トレーナーを信じ、ウマ娘に自身を信じさせることができる君たちならば)
シンボリルドルフは、思う。
ここまでの展開を予測し、夢を叶えるための伏線を張り続ける。
それができるのは────互いのことを心から信じ、それが栄光のロードを走るための準備であると疑わない″人バ一体″の関係であるペアにしかできない芸当であり。
1の力を10にして、10の力を100にして。
何倍にも膨れ上がる、無限大の可能性を秘めた力を持つ君たちならば。
(勝利を掴め、フジマサマーチ)
心の中でそう呟いて、シンボリルドルフはチラリとフジマサマーチを見る。
夢の終わりが来るまで、残り600m。
***
────フジマサマーチに、黒い影が迫る。
《ヤマノサウザンが上がる! フジマサマーチの背中を捉えた!》
最終コーナーに差し掛かったヤマノサウザンが、力強い一歩を踏み出す。
最終直線がどのレース場よりも短い以上、差し切って勝つならばここしかない。そう判断し、加速を始める。
低く、低く。前方にいる獲物を捕らえる蛇のようにして、瞳孔を開いてフジマサマーチの背を捉える。
(追いつく!)
じわりじわり、と。
不可能を可能にし、それを具体化して実現させるだけの努力を積み上げてきたヤマノサウザンが、フジマサマーチの背中を完全に捉えた。
カサマツの英雄は、フジマサマーチだけではない。
ここにいる。
英雄になれなくてもいい。カサマツに残った絶対的なヒーローに歯向かうヴィランでもいい。
────東海ダービー制覇ができるのなら、それでいい。
その意思を胸に抱いたヤマノサウザンが、遂に1バ身半差まで迫る。
(抜ける!)
最短で走るフジマサマーチの外側を走り、そのまま直線に突き進む。
それができていれば、ヤマノサウザンは勝てていたかもしれない。
だが────それは、フジマサマーチが余力を残していないという前提の下に形成された、固定観念の1つでしかなく。
ヤマノサウザンが、並ぶ。
遠く、遠くにあった背中が。今は横に並び、遂に前に立てる時が来た。
────そう思った矢先だった。
「抜かせん!」
グン、と。
最終直線に突っ込んだフジマサマーチが、ギリギリまで残していた余力を用いて加速する。
その姿は────正に【逃亡者】。
あの時に海堂から渡された教本が、最後の最後の────夢が叶う直前で、大きく活きた。
隣に並ぶヤマノサウザンなど気にせず、限界ギリギリの状態にあったフジマサマーチが一歩分抜け出す。
最後の最後まで残していた余力。それを使って出せるスピードは、ヤマノサウザンよりも僅かに速い程度。だが、コンマ数秒の世界であればたったそれだけで充分である。
(残り150m……!)
────およそ、7秒前後の世界。
フジマサマーチが約1バ身抜け出して、ゴール板を駆け抜けようとする。
最高速度に達したヤマノサウザンが、周りに目もくれず、ゴール板目掛けてロケットのように突っ込む。
後方に構えたウマ娘が、最後の最後まで闘志を燃やして走り続ける。
実質的なトップ争いは、フジマサマーチとヤマノサウザンの2人だった。
難攻不落の要塞が、魔城が。今、陥落しようとしている。
(崩せる!)
空っぽになったスタミナ。それを実質的に補っているのは、ヤマノサウザンの持つ強靭な魂のみ。
驚異的な速度で追い上げられる感覚を覚えつつ、その前を走るフジマサマーチは前を見続ける。
勝てる、勝つ、勝ちたい。
────誰の、ために?
(決まっているだろう!)
ここに立つ、私自身のために。
ここにはいない、オグリのために。
遠くで見ている、海堂トレーナーのために。
(ここにいるのは……!)
────私だけでは、ない!
大歓声に隠された、彼の声が。
「マーチィィィィィィィ!!!!」
────聞こえる。
大歓声に包まれた名古屋レース場でも、後方からの足音が響くゴール前であっても。
その全てが″無″に変換されて、空気の振動と″声″だけが肌に伝わる。
ぼんやりとした景色、不鮮明に聞こえる歓声。ただし、彼の声だけは耳にハッキリと届いて。
(……ありがとうございます。海堂トレーナー)
その言葉を最後に────フジマサマーチの意識は、
自然と、身体が低くなる。
強靭な向かい風を最大限まで殺し、二度目の加速を無意識に発揮して。
風を身に纏ったフジマサマーチが、一瞬で加速する。
ヤマノサウザンは、悟る。負けたくない、フジマサマーチに勝ちたいとは思っていても、否が応でも悟ってしまう。
────勝てない、と。
誰よりも近くで、誰よりも強くに。
【領域】を肌で感じ取ったヤマノサウザンが、私を置いていかないでと手を伸ばす。
薄浅葱の影が、遠くへ行く。
あの時のよりもずっと近くにあった英雄の影が、更に遠くへ行ってしまうような気がして。
これ以上速くならない脚の回転を上げようとして、懸命に走って。
前を向いた頃には────フジマサマーチが、既にゴール板を駆け抜けていた。
《2:00.9! レコード達成! もう1人のシンデレラが、サンドリヨンが! レコードを達成!》
────後50mあれば、勝っていたかもしれない。
────領域が発動していなければ、勝てていたかもしれない。
この先永遠に語り継がれるであろう、最終決戦は。
それぞれの想いが連なった、東海ダービーは。
2人の少女が────フジマサマーチとオグリキャップが、夢を叶えることで。
伝説の始まり。その鐘が鳴り響いて、東海ダービーは閉幕した。
プリティー要素、どのくらい欲しい?
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たくさん
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おおめ
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それなり
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ほどほど
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すくなめ