ウマ娘 ワールドダービーDLCカサマツ編 東海ダービーレギュレーション   作:ウママママ

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N42-夢幻の時

「……勝った、か」

 

 勝った。

 勝ちたいが、勝つに変わり。勝つに変わった0.1秒後に″勝った″に変わった。

 

 その瞬間を目撃した海堂真は、ぼんやりと眺めていた。

 狂喜乱舞するわけでもなく、隣にいるシンボリルドルフと喜びを共有するわけでもなく。

 

 夢の終わりを────山の頂の景色を。

 ゆっくり、じっくり、味わうようにして。歓声が包む名古屋レース場とは対照的に、ただ1人孤独に物思いにふけっていた。

 ポケットに仕舞ったスマートフォンから発せられるバイブレーションが現実へ引き戻し、夢の成就を確かに伝えるのだが。

 

 ────君も見ている景色を、俺にも共有させてくれ。

 その想いが、海堂真を虚空へと誘う。

 

 あの時発せられた【領域】が、もう一度発揮された。

 風も、音も、感覚も。その全てを置き去りにして、ただ1人孤独に突入する【領域】。

 

 それは────どれほど美しくて、どれほど心地よい世界であるのだろうか。

 どうしてウマ娘でないのか、どうして″あの場所″に立っていないのか。その事実を悔やんで、悔やんで。

 

 その後悔が、虚空から現実へと意識を呼び戻す。

 すまなかった。自分の世界に入り込んでいたことをシンボリルドルフに謝って、場をいったん元に戻す。

 

「海堂くん。君に、これを」

 

 シンボリルドルフが、海堂に一通の封筒を渡す。

 朱い焼き印で留められた黒色の封筒の中には、一枚の硬いプラスチック製の何かが入っているような気がして。

 

 そのプラスチック製の何かが、海堂の脳を刺激する。

 これは、あれかもしれない。招待状チックな封筒を選ぶだなんて、ルドルフも洒落たことをするもんだ────そう思いながら、シンボリルドルフに尋ねる。

 

「今ここで開けていいのか?」

「今ここで開けなければならない……と言ったら?」

「なら、ご遠慮なく」

 

 手慣れた手つきで封筒の封を外して、中身を取り出す。

 

 やはり海堂の予想通り、中から出てきたのはプラスチック製の何か────″中央トレーニングセンター・トレーナーライセンス″であり。

 名前が記入されている欄には″海堂真″と名前が記入されていて。それを最高権力者のシンボリルドルフが渡した。

 

 これが意味するのは、つまり。

 

「君さえよければ……いいや、君とフジマサマーチさえよければ、共に中央トレセンに来て欲しい」

 

 あの時断られたスカウトを、もう一度。

 

 あの時は、断るだろうと確信していた。

 しかし、今は。夢を叶え、鎖から解放された今であれば絶対に受けるだろうと。シンボリルドルフは、そう確信している。

 

 フジマサマーチが、中央でも活躍できるであろうという見込みを持っているウマ娘であるというのなら。

 1地方ウマ娘を中央レベルまで押し上げ、果てには【領域】まで開放させた海堂真というトレーナーに秘められた才能なら。

 

 それでいて────誰にも負けたくない″闘争心″を持った2人ならば。

 

 トゥインクル・シリーズに新しい風を持ち込んで、旋風を巻き起こすだろう。

 無論、海堂との約束があったからという理由もあるのだが。何よりも、その確信があるからこそスカウトをした。

 

「わかった。俺は行く」

 

 そして、海堂もそれを断る必要がない。

 元々、中央で暴れたいという野心の持ち主であったのだから。ただ、一度目のスカウトの時はタイミングが悪かっただけで。

 夢も叶って、十字架も捨てられた今ならば。満を持して中央に乗り込んでやろうという気持ちの方が強く、スカウトに対して乗り気であるのも当然であった。

 

 ただ────その海堂の返答は″俺は行く″であった。俺と行くを繋ぐその助詞は″限定″の意味を持つものであり。

 少なくとも、海堂は行く。ただ、フジマサマーチはわからない。

 その返答には、そういった意味合いが込められていた。

 

「一応、マーチにも話をする。会って数分で結論を出せたなら、ウイニングライブが終わった後に会見を開く。無理だったらまた後で連絡する」

「わかった。良い返答を待ってるよ」

 

 その返答に頷いて、ゆっくりと控室に戻っていく。

 行きは重かった足取りも、帰りは軽やかであって────いや、そんなことはない。寧ろ、重みが増しているような気がした。

 

 それは何故かと言えば、最後にやらねばならないことがあるということを、直観的に理解しているからであり。

 それに気づいた海堂は、ポケットに仕舞いっぱなしだったスマートフォンを取り出して、メッセージボックスを開いた。

 見れば、40人以上の知り合いからお祝いのメッセージが送られてきて。自身の置かれた状況に感謝しつつ、その1つ1つに対しても感謝の気持ちを添えて返信をしていく。

 

 ────ただ、それは。30分のあの時のように、ある1人を意識的に避けて行われたものだった。

 

 全ての祝いのメッセージに対して返信したことで自然と目に入る、リトルプロキオンという名前。

 ″終わったら君に謝りたい″────恣意的ではないそのメッセージに対しても、彼女らしい返信が添えられていた。

 

 ″どこにいますか?″というメッセージに対し、″関係者用通路にいるよ″と答える。

 ″後何分で終わりますか?″というメッセージに対し、″もう終わったよ″と答える。

 それに対し″私は名古屋レース場の入口で待ってます″、というメッセージが送られたのを見て。

 

「……誓いの場所で待つ、か」

 

 待たせる俺と、待つ彼女。

 それはまるで、クリスマス・イヴのあの時のようで────それでも、あの時よりかは絶望感はなくて。

 どちらかと言えば、緊張。あれだけ仲が良かったというのに、何を話せばいいのかがわからなくなってしまうほどの緊張。

 

 その感情が心を支配しているのを理解しながら、海堂は走り出した。

 自身の担当バのフジマサマーチには、″彼女との約束が残っているから少し遅れる″とだけ伝えていた。

 海堂が唯一弱みを見せたフジマサマーチは、明確に伝えずともその約束が何であるかを理解していた。

 故に、少しだけモヤモヤとしたが。行かないでくださいと引き止めることはなく、海堂の約束を優先した。

 

 息を整えて、膝に手を付いて。

 誓いの場所────名古屋レース場の入り口付近にいる彼女の姿を確認して、名前を呼ぶ。

 

「……プロキオン」

 

 ゆっくり、ゆっくりと。

 にじりよって、そこに存在すること自体が事実であることを認識する。

 

 あの時よりも、身長は10cm以上は伸びていて。

 ふわふわのショートカットは、綺麗なセミロングに変わっていて。

 それでも────宝石のような目や、人懐こそうな彼女らしさは何も変わっていなくて。

 

 可愛くなったというより、美しくなった。

 いじらしさの中に少しばかりの儚さを覚えていたあの頃とは違って、儚さの中に少しばかりのいじらしさを覚えるような彼女に会うのは。

 実に、2年ぶりであった。

 

 会えば涙が出てしまうだろうという予想をしていた海堂だったが、予想に反して涙は零れなかった。

 それはつまり、過去と現在と未来が一直線に結ばれた────つまりは、過去に向き合う準備ができたということであり。

 

「……待たせたな」

 

 しがらみも何もが消えた今なら、世界の中心で愛を叫び、君に会うのを待っていたと言っても誰にも怒られないだろう。

 俺は、私は。ロミオとジュリエットのような関係ではないのだから。せめて、今だけは────自由にさせてくれ。

 

 ぴたり、と。

 リトルプロキオンが、海堂の右肩に顔を埋める。

 そんな彼女の行動を優しく受け止めた海堂が、頭に手を回す。

 それでも満足できない────そう言わんばかりに、リトルプロキオンが海堂の腰に手を回す。

 

「ずっと、待ってたんですから。真さんがここに来て、私を抱きしめてくれるの」

「……悪い、遅くなったな」

「……クリスマスの時もこうやって、ずっと、ずっと。貴方のことを待ち続けてたんですから。待つのは慣れっこです」

 

 浮かぶのは、笑顔。

 ただ────その笑顔の中には、どこか悲しさも含んでいて。

 

「……また、遠くに行っちゃうんですね」

 

 リトルプロキオンは、薄々勘づいていた。

 

 2人でまた共に歩けるのなら、握りしめた手は一生離さない。

 もう、二度と。離れ離れにならないつもりでいたというのに。

 たぶん、海堂トレーナーは。中央トレセンに行って、また手の届かないところに行ってしまうんだろうな、という想像が容易にできてしまって。

 

 ショックもあった。また離れてしまうのかといった気持ちも存在した。

 それでも────頑張ってくださいね、と。そうやって声をかけるべきだというのは、リトルプロキオンは理解していた。

 

 ただ、自分に嘘は付けなかった。

 うそつきな自分が、少しだけ嫌になったけど。それでも、嘘をついて離れ離れになっちゃうくらいなら、本当のことを届けた方が良い。

 リトルプロキオンは、それを知っていた。

 

「それは……すまない」

「いいんですよ。夢がなくて″君の夢が俺の夢だ″って言ってた真さんに、大きな……すっごく大きな、自分だけの夢ができたんですから」

 

 上目遣いをしながら言葉を漏らすリトルプロキオンの頭を、右手を使って優しく抱き寄せる。

 

「プロキオン」

「どうしました?」

「……たまにはこっちに遊びに来てもいいからさ。見ててくれ、俺の勇姿を。地方トレセンから移籍した中央所属のトレーナーとして、活躍する未来を」

「……ずっと、見てますよ。トレーナーになって真さんに追いついて、真さんの隣に立てるようにしますから」

 

 ────だから、今度は待っててくださいね?

 そう告げて、リトルプロキオンが海堂真の全てを受け入れる。

 

 一度は止まっていた歯車が、ゆっくりと動き始める。

 ぎこちない動きでも、スムーズと呼べる動きでなくても。

 きっと、必ず。

 

 ────″幸せだよ″と。

 2人は笑顔で、そう答えるだろう。

 

 

***

 

 

 名古屋レース場の入り口から帰ってきて扉を開けて、何をいの一番にかけてやればいいのか。

 おめでとう?

 頑張ったな?

 お疲れ様?

 

 多分、何でもいい。何でもいいけど、何をかけても泣き崩れてしまうだろうから。

 トレーナーという体面がある以上、子供のようには泣き崩れたくない。何せ、この後には会見が控えているのだから。目を腫らしたまま会見に挑んで、観客の笑い者にされるのだけは避けたかった。

 

 ドアノブに手をかけて、息を大きく吐く。

 何をかけようか────それに悩んで悩んで、やっとのことでドアを開いた。

 

「……ただいま」

「……おかえりなさい。海堂トレーナー」

 

 ただいま。

 その4文字を投げかけて、膝から崩れ落ちて。

 

 海堂真は、赤子のように泣き始めた。

 リトルプロキオンに出逢えたからか、フジマサマーチの夢が成就したからか。

 そのどちらが原因で涙が零れているのかはわからないが────多分、どっちもなんだと。

 

 ただ、1つだけ断言できることがある。

 それは────海堂が流している大粒の涙は、幸せの涙であろうということだった。

 

 

**:

 

 

 ────シンボリルドルフからスカウトされた。

 ────私もですか?

 ────君もだよ。

 ────なら、行きます。

 

 僅か数秒で行くか行かまいかの確認が終わり、それをシンボリルドルフに伝えるのも一瞬で終わり。

 たった1分でスカウト問題は終わって、そのままフジマサマーチのウイニングライブへと直行した。

 

 名古屋レース場に設立された、巨大なライブ会場の最前列で応援する海堂。

 その姿は、もはやいつも通りというか────ああ、毎回いるよな。フジマサマーチが出るレースに限って毎回いるよな。というレベルの有名人のような扱いをされていた。

 

 そのある意味有名になっていた海堂が、今回もちゃんとしっかり最前列で応援していたのだから。

 海堂トレーナー、頑張ったな。嬉しいよな、と。周囲にいた観客たちも、微笑ましい目で海堂を見ていた。

 

 そのウイニングライブも終わり、フジマサマーチのみがステージ上に残って。

それと似たような体験を半月前に味わった観客が、これから何が起こるのかを自然と悟る。

 

「私、フジマサマーチは……今日のレースを最後に中央へ移籍をします」

 

 オグリキャップの時とは対照的な、静かな宣言。

 それを聞いたライブ会場が、どよめきと悲鳴で包まれる。

 

 ────行かないでくれ。

 ────ずっとここで走ってくれ。

 ────オグリにもう一度挑んでくれ。

 ────サイン書いて!

 

 7割の引き留めと、3割の応援。

 やはり、地方のヒーローというのは人気者であり。都会の奴等には負けられないといった雑草魂を持っている分、地元の人気が根強く。

 

 当然、この観客による引き留めは想定していた。オグリキャップの時のように、納得できないといった意見が湧いてくるだろうなということも。

 

 ステージ上にいるフジマサマーチに視線を合わせ、頷いて。

 海堂真がステージ上に登り、マイクスタンドの前に立って一礼をする。

 

「……フジマサマーチのトレーナーの、海堂真です」

 

 ゆっくり、小声で。

 再び漏れようとする涙を堪え、観客の声援を一身に受け止めて。

 口を開いた海堂が、言葉を────想いを、紡ぐ。

 

「……俺は、勝ちたい」

 

 勝ちたい。

 その4文字が、会場のボルテージを最高潮まで引き上げる。

 

「オグリキャップのライバルとして! フジマサマーチのトレーナーとして! カサマツ生まれの英雄はオグリキャップだけじゃなくて、ここにもいる! 俺はそれを証明したい!」

 

 シンデレラは、オグリキャップだけではない。

 ここにもいる。たった1人のために用意された席ではない。

 

「中央で暴れまわって、勝って────ウマ娘のレースは良いもんだと! 夢を、希望を与えてくれる最高のスポーツだと示す! 夢を与えて、この地に新たなヒーローを産んでみせる!」

 

 あの時、自分自身に夢を与えたように。

 今度は、自分が夢を与える番だと。

 

 貰う側と、あげる側。

 まだ、1人の子供であった時に無条件に貰った″夢″を。

 今度は、無条件に″夢″をあげる側に回るべきであり。

 

 きっと、少しだけ大人になった今なら。

 その立場も、全うできるはずだから。そんな思いを胸に抱えて、海堂は言葉を紡ぎ続ける。

 

 だから、だから────

 そう告げる海堂の目から、再び涙が流れ始め。

 それを見た観客が、海堂を励ますために拍手をして。

 

「共に夢を追って、大きな花を咲かせてみせる! これまでも、これからも!」

 

 ────海堂真とフジマサマーチを、よろしくお願いします!

 

 この先、伝説を紡ぐであろう2人の会見は。

 全ての観客をも巻き込んで、会場を最大限まで盛り上げて。

 何よりも────そこにいた全員が笑顔で終わりを迎えたのが。彼らしいと言えば、彼らしいのかもしれない。

 

 

 サンドリヨンにかけられた魔法は、永久に解けることがない。

 もう、″時よ止まれ″なんて言葉はいらない。

 

 遠く、遠くにいる灰色のシンデレラ(シンデレラグレイ)に追いつくために。

 サンドリヨンは、夢幻の時を突き進む。

 

 

────第1章-薄浅葱のサンドリヨン────

────fin

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