ウマ娘 ワールドダービーDLCカサマツ編 東海ダービーレギュレーション 作:ウママママ
ザクザク、ザクザクと。
心地よい砂浜を踏みしめる音がプライベートビーチに響き、一歩一歩人間の足跡が作られていく。
上裸で下は水着一枚。サングラスをかけて全身で汗を流しながら裸足で走る小柄なトレーナーの姿は、夏合宿を行っているトレーナーとウマ娘からしたら異常のソレでしかなかった。
――――担当のウマ娘はどうした。
――――もう六平トレーナーと仲違いしたのか。
――――あのトレーナーは色々と話題になっていたイケメントレーナーじゃないか。
砂浜でトレーニングを行うトレーナーとウマ娘の両方から集める彼は、その熱い視線を気にも留めずに走り続ける。
(……あのウマ娘は下半身の筋肉が大きいからダート向け。あの筋肉バランスを崩さずにパワーを上げるとなると、下半身を維持できるタイヤ引きメインか。あのウマ娘は――――)
サングラスの奥に潜む瞳を輝かせ、それぞれの"選別"を行いながら。
***
「一週間、お前は別行動だ」
「……別行動?」
「別行動っつっても、そんなに恐れるモンじゃねぇ。マーチはこっちで見るし、お前は夏合宿の最初の一週間を自由に過ごせばいいってだけだ」
――――さて、困った。
海堂にとって、六平は上司に当たる存在である。となれば、その一週間の別行動を断ることはできないし、やりますと言って本当にそうする事しかできない。
無論、六平が無駄な指示を出すとは海堂も思っていない。この別行動で何かを掴んで来い、という意図があるのは読み取れている。
ただ、だからと言ってその答えが読み取れる訳でもない。この"答え"はつまり、どうやって有意義に過ごし、どうやって何かを掴めと言う話であるのだが。
(……教えてはくれないだろうな)
自分に向けられた感情が"期待"であるからこそ。答えを伝えなくとも、手探りで答えを探しあてるだろうという"期待"ができるからこそ。
六平は、教えないだろうという想像ができていたし、それが正解であることも理解していた。
「違いを知ってこい。ここはカサマツじゃなくて、エリートのみが集まる世界だってな」
なるほど。
何か納得したような表情を浮かべ、海堂が口を開く。
「時代を創る一歩目、って所ですか?」
「よくわかってんじゃねぇか」
そう言えば、六平から良い反応を貰った。
***
植えられた知識も、植えられた感覚も。
その両方がカサマツ準拠であるから、とにかく多くのトレーナーやウマ娘と触れ合うべきだ――――いや、触れ合うまで行かなくてもいい。"知れ"さえすればいい。
六平の言う違いというのは、中央とカサマツの違い。
良くも悪くもカサマツ準拠になっている感覚と知識を、この一週間で中央準拠に変える。そうするための一週間であるとヒントを聞いてピンと来たのは事実だが、ならば何をして変えるべきか。
(まあ、中央のウマ娘に触れるしかないね)
触れるとは言っても、砂浜をランニングしつつ目に入ったウマ娘を眺めるだけであるのだが。
────いや、それだと語弊がある。このままでは海堂が一般不審者のような物言いであるため、誤解が無いように彼が行っている事を説明すれば。
目に入ったウマ娘の体型を眺め、コンディションとトレーニング内容を考察。それが正解でも不正解であろうと、中央のウマ娘の規模は"なんとなく"わかる。
とは言え、ウマ娘の体型や筋肉の付き方から行う、得意脚質・トレーニング内容の考察を外すことは滅多にない。そこはカサマツ時代の知識を使えば問題は無いし、規模が一回り大きくなっただけなのだから。
故に、海堂のすべきことは、目を慣らすことだけ。
ただ一つのそれを意識して、海堂は砂浜を一人孤独に走り続ける。走り続けなくてもいいのだが、どうせなら肉体改造も行いたいという意の元に、走り続ける。
「はっ……はっ……ふぅ」
額に流れる汗を拭い、呼吸を整え、近くの休憩所に立ち寄る。
日陰に入れば肌に若干の涼しさを感じ、クールダウンをこなしつつ体力を回復させていれば。
(……あれは)
目立つ桜色の髪の毛を持った、一人のウマ娘が目に入る。
────"あれは"と思う時点で。そのウマ娘は、海堂も知っているウマ娘であることが伺えるが。
どうしてこんな所にいるんだと不思議に思えば、日陰で座る一人のウマ娘の元へと海堂は歩き始め、声をかける。
「″サクラチヨノオー″、か?」
「ええ、はい……貴方は、トレーナーさん……ですよね」
────サクラチヨノオー。
中央に来て一週間も満たない海堂ですら知っている最大の理由は、サクラチヨノオーの戦績が物凄い────それはほぼ間違いなく"領域"を発現させているであろう内容の────からであり。
何せ、サクラチヨノオーはあの″日本ダービー″に勝利している。
皐月賞ウマ娘のヤエノムテキ、GIIのNHK賞を2着のメジロアルダンとの死闘に勝利し、名実ともに"ダービーウマ娘"となっている。
ダービーウマ娘が描く看板は凄く、それ故に成功しなければ一発屋と揶揄られることもある。こともある、が。
それでも、世代7000人のウマ娘で争う椅子取りゲームに勝利した。
それはまさしく箔が付くと言っていいものだし、読売巨人軍の四番バッターの歴史のように後世に名を遺すことになるだろう。
それが故に、どうしてこんな所にいるのかという疑問が浮かんでくる。
たまたま休憩しているだけかもしれないが、サクラチヨノオーは汗を一切かいていない。自ずと長時間日向にいたという線は自然と消えていく。
となれば────そう思い、海堂が彼女の脚を見てみれば。
「……故障、か」
膝に巻かれた黒いサポーターが、目に入る。
嫌でも脳裏を過る、ひらひらと散るサクラの花。確か、と思い出さなくとも浮かんでくるのは、サクラの花が舞い散るのは4月────奇しくも、日本ダービーのある春だったなという皮肉。
このまま、サクラチヨノオーの身体能力が下降線になる可能性は0ではない。一度の怪我が輝かしい未来を奪うというのは、どの世界でもあり得るという話であって。
「あはは……まぁ、はい。トレーナーさんが言う通り……ところで、トレーナーさんはここに何の用があって来たんですか? ここに担当の娘がいるなら、話は別ですけど……」
「色々事情があるんだよ、こっちにもね。1週間はオグリやマーチと関われないんだ」
「オグリやマーチ……って、もしかして、あの二人のトレーナーさんなんですか!?」
「……まあ、そういう所だね。オグリに関しては、厳密に言えば違うけれども」
どさり、と。
このまま体を整えるついでに、せっかくならサクラチヨノオーの話を少し聞いてから行こうと。名実ともにダービーウマ娘なのだから、もしかすれば得られる物もあるかもしれない。
────という狙いこそあるものの、本意は中央のウマ娘とやはり話してみたいだけで。記念すべき一人目の中央ウマ娘と会話をするために、海堂がサクラチヨノオーの隣に座る。
「……焦りか?」
しかし、何か。
オグリとマーチの名を挙げてから見える、サクラチヨノオーの内側にある違和感が気になる。
元より、勝手に違和感を盗み、それを当てることは得意だった。
フジマサマーチの時もそうであるし、何よりフジマサマーチよりも前の――――忘れられない彼女の時にもそうであったし。カサマツ時代はカウンセラーを行っていたのもあって、それ自体は得意だった。
意を察した海堂が口に出してみれば、サクラチヨノオーはこくりと頷く。
とは言え、いくら読むのが得意だと言っても、それは"無理がある"と言われるだろう。的中させるというのは、心を読めるという芸当ができなければ不可能なのだし、海堂が心を読める訳でもない。
だから、過去の経験から推測した。
同じ"焦り"を持つウマ娘が、一番近くにいたのだから。
「……オグリさんが結果を残して、みんながオグリさんに追いつこうとして。マーチさんも、慣れない環境の中、遠く離れたオグリさんに追いつこうと必死になって。私だけ立ち止まったままだというのも嫌で、置いて行かれそうな気がして」
「確かに、そうだな。君にのしかかる重圧は、他のウマ娘とは比べ物にならないのだろうと。……それは、田舎生まれの俺にでもわかるよ」
何をしようと、どのような結果を残そうと。
ダービーウマ娘の背後にはダービーウマ娘の称号がくっついて回るのだし、その重圧は他のウマ娘と比べものにはならない。
言うなれば、海堂の担当のフジマサマーチにも、同じような物が圧しかっている。
あのオグリキャップのライバルだった。それは、現在のオグリキャップの人気から見ても"ダービーウマ娘"と同じ程度の重みだと言える話であり。
いくら自分がオグリキャップの付属品ではないと理解したとしても、一度箔が付けられた以上、そこから逃れられることはない。
それを一番近くで見ていたからこそ、海堂はサクラチヨノオーに同情できた。
"君も苦しんでいるのか"、と。
「マルゼンさん……あぁ、えっと。もちろん、日本ダービーの夢を抱き始めたのは私なんですけれど。日本ダービーの夢は、マルゼンスキーさんから貰ったようなものでして」
「マルゼンスキーから?」
「ええ。……私の、一方的な憧れなんですけれどね。私にはない物を全て詰め込んだ、非常識な程に輝くウマ娘を見掛けて。とても遠くて、星を掴むような話かもしれない。それでも、"マルゼンスキーさんのようになりたい"という夢だけは、諦めたくなくて」
「夢、か」
────何か、懐かしいような感覚。
デジャヴのように脳内を駆け巡るその懐かしさは、もしかすれば実際は経験はしていない懐かしさであるのかもしれない。
ただ、何か、こう。
その言葉では言い表せないような懐かしさは、"確実に"経験している。思い出せないだけで、確実に。
たとえば、テスト中に忘れた数学の公式を、なんとかして記憶の底から思い出すような行為。それさえすれば、確実にこの懐かしさは蘇る。
ただ、海堂はそうはしない。そうはしないというのは、その記憶はかなり浅く――――二度と忘れられないであろう場所――――に記憶されているからであり。
気づけば、その"懐かしさ"の正体は一瞬で解明できた。
「……君は」
何か、懐かしむような物言い。
それだけではない。懐かしさの中に潜む、ほんの少しだけ見える後悔。
サクラチヨノオーの話をカットして出てきた、後悔と懐かしさを含む呼びかけ。
とは言え、海堂と初対面のサクラチヨノオーは、確かに存在する"それ"に気づかない。気づけるのは、海堂の担当のフジマサマーチと、担当だったウマ娘位であろう。
それでも、何か懐かしむような表情を浮かべていたものだから。どうかしたのかと思ったサクラチヨノオーが、海堂に問う。
「……どうかしましたか?」
「……いや、気にしないで。カサマツで担当していたウマ娘に、君に似たような娘がいたから。それを思い出して、少し懐かしくなっただけだ」
もう、涙は浮かべてられない。
後悔はある。後悔はあれど、その後悔は自分を前へと進める推進力に変えたばかりだろうと。懐かしさを覚えた海堂がそう思い、立ち上がる。
「競走バとして与えられた時間は、本当に少しだけだ。騙し騙しやろうにも、いずれ限界が来る。リハビリやスランプで、自分の思い通りに行かない時間を過ごすかもしれない」
――――それでも。
トレーナーが"支える側"である以上、ウマ娘の選択を否定することはできない。それを誰よりも強い信条としている海堂が、サクラチヨノオーに全てを伝える。
「……担当でもない俺がどうこう言える立場ではないけれど、これだけは覚えていて欲しい。ウマ娘の夢を追いかける一トレーナーの信条としてだ」
砂浜に座るサクラチヨノオーの方を振り向けば、澄んだ顔を浮かべ、海堂が言う。
「夢を、諦めないで欲しい。どれだけ地べたをはい回ろうと、君が夢を諦めなければマルゼンスキーに辿り着けるだろうから」
「……はい!」
「君のおかげで有意義な時間が過ごせたよ、ありがとう。……どうか、マルゼンスキーの隣に立つという夢だけは。どうか諦めないでくれ」
元気のある返事を背中で受け取って、海堂はランニングを再開する。
――――どうして、一人のウマ娘にこれだけの事を言ったのか。
思い入れがある訳でもなく、強いて言うなら目立った戦績を残しているだけ。7000人の中の誰かしか得られない、ダービーウマ娘の称号を得ているだけ。
その"だけ"の重みが違うのは事実だが、海堂にとって思い入れのないウマ娘である事も事実であり。
あぁ、どうして、と。
そう自分に問えば、自然と口角が上がる。
(……やっぱり、重なったからだろうな)
努力家で、真っ直ぐで、誠実な一人のウマ娘の姿が。
ぼんやりとした幻影を頭に思い浮かべてしまう程に、強く海堂の印象に残ってしまったからだろう。
砂浜を走り続ける海堂の顔は、以前にも増して澄んでいた。
サクラが満開になる時は、再び来るのだろうか。
閑話
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オグフジベルノのお遊び回
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海堂がプロキオンを府中エスコートする回
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海堂奈瀬の雑誌撮影回
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海堂フジのお出かけ回
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海堂ベルノが視察しに行く回
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その他