ウマ娘 ワールドダービーDLCカサマツ編 東海ダービーレギュレーション 作:ウママママ
「……暑いな」
真夏の太陽が砂浜を照らす、焦熱地獄と化した海辺でトレーニングを化すウマ娘が"2人"。
岐阜県のカサマツという内地も内地で16年を過ごした彼女らにとって、海というものはとてつもなく新鮮なものだった。が、その新鮮なものも、そもそも触れることができなければ意味がない。
それはまるで、極限まで空腹になった状態で、至高の料理をただ眺めることしかできないかのように。
「ああ……それに、やはり脚も取られる。たかが30分のランメニューでこれだけ体力を消費するとはな」
────カサマツ時代のダートとは訳が違うな、と。
自身の健脚で足場を慣らしながら、フジマサマーチはそう呟く。
長期合宿の初日。別行動となった海堂を見送り、六平の指示を仰ごうとしたところ、その仰ごうとした本人から一言。
「『いつもと同じアップをしてこい』……と言って、これだけ疲れるとは。お腹も持つか心配だな……」
「砂浜トレーニングの強度は知っていたが、カサマツにいた時にはできなかったからな。実際やるとなるとこうも違うとは……」
たかだか30分程度のキャッチボールでさえ、場所をグラウンドから砂浜に変えるだけで全身がびしょぬれになる程に汗だくになってしまう、と言うのは有名な話である。
その理由は踏み込み時の力の流れに始まり、単純な地面の不安定さ、体重移動による無駄疲労に加えこの熱風。いくら人間離れしたスタミナがあろうと、人間離れのパワーで力を全身に伝える以上体感疲労は人間と同じくらい、もしくはそれ以上である。
その気になれば10km程度余裕で走ることのできる種族であろうが、これだけ悪条件が揃っていればわずか30分程度でノックアウト。
ぜっぜっと息を吐くその姿は、彼女らのトレーナー────かつての盟友、北原穣を含めた三人でも見慣れない姿であり。その場に居合わせていたら笑われていただろう。
「……これなら」
「ん?」
「"これなら、カサマツにも砂浜があればいいのに"。マーチなら、そう思っていたと考えてな」
いかにもトレーニングジャンキーらしい、効率のみを考慮した発言。
要約すれば、トレーニングジャンキーならこう思うだろ、という事になるのだが。いかにもそのトレーニングジャンキーらしい考えと全く同じことを考えていたのもあって、フジマサマーチはくすりと笑う。
流石は親友でもありライバルでもあると言ったところか。数ヶ月離れていたとはいえ、フジマサマーチ自身が取っ付きやすくなったのもあり、カサマツ時代ではまず見ることができなかったであろう顔まで見せている。
「ああ、そうだな。これだけ有用なトレーニングがあると知ったらずっと籠ってしまいそうだ」
ただ。
そう言えば、ここにはいない────正確に言えば、少しばかり別行動を共にしているトレーナーの姿を思いながら、フジマサマーチは言葉を綴る。
「それでも、海堂トレーナーの考えたトレーニングが今は一番だな。私にとっては、だが」
「そう言えば……思い出したが、マーチはトレーナーに敬語を使ってるんだったな」
「……そっちの方が多いんじゃないか?」
無論、もっともである。
シンボリルドルフやオグリキャップ、マルゼンスキーやミスターシービーらの超一流ウマ娘の精神が図太すぎるだけで、基本はトレーナーは目上の存在。生徒と監督の関係であるのだから、基本は敬語である。
しかし、この世にはやれトレーナーだったり、トレーナーくんだったり、トレーナーちゃんだったり、アンタだったり、お兄さま……だったり。尊敬の心を忘れたのかそれとも距離が近すぎるのかは不明だが、何故か一流のウマ娘に限って敬語を使わない。
「確かに、私と海堂トレーナーの距離は近い方……であるかもしれない。それは昔と比べたらずっと近くなっただろう、とは思うさ」
「そっちの方が喜ぶんじゃないか? 人によってはだが、海堂なら信頼してくれると思うぞ」
「呼び捨て……ブレないな、オグリは」
ただまぁ、確かにオグリキャップの言う通りでもある。
先輩後輩の関係であろうが呼び捨てであるというパターンは良く見かけるし、そもそもフランクな関係なら敬語を使わない関係だってのもありではある。
現に、フジマサマーチも数度は考えた。ゴールドジュニアで敗北を喫した時や、海堂の中央移籍を引き留めた時、そして忘れもしない
たった一言、敬語をやめてもいいですか、と。そう聞くだけで、おそらく海堂は許してくれたのではないか、とも考えている。
だが、フジマサマーチはそれでも言わなかった。
「ある意味、海堂トレーナーには救われたからな。そういう意味では命の恩人とも言えるし、あまりそうならないんだ」
「そうか……」
「……オグリにも救われたぞ?」
「マーチ……!」
ぶるんぶるん扇風機の羽のように尻尾を揺らすオグリキャップを見て、フジマサマーチは再度思う。
いつか、敬語をやめることのできる日が来れば良い、と。
***
かつてライバルだった2人が同チームで技術論を交わし、互いに笑顔を見せ合っている。
これだけでカサマツの競バファン────特にノルンエースは感動して一眼レフを構えていそうなものだが、それは置いておいて。
アップを終えた2人は六平がいる場所へと向かい、指示を仰いでいた。
「おう、お疲れさん。オグリはベルノと一緒にストレッチしてこい」
オグリは、という事は。
「私はいいんですか?」
「お前さんには少し話があるからな」
オグリキャップには聞かれたくない────というよりかは話さなくてもいい話。
大方、現在別行動をしている海堂の話か。そう予測すればオグリキャップは日陰へと向かい、フジマサマーチと六平の2人きりとなる。
「別行動の意味。一言で言っちまうなら、矯正だな」
矯正。
単純に捉えるなら、六平が海堂に施す矯正の意味は"海堂についた悪癖・欠点を強制的に正しくする"。つまり、海堂は何かしらの欠点を抱えている。
しかし、傍から見ても海堂は理想的だった。
と言うよりか、理想的も何も、地方から魔境へ飛び込んできた唯一の冒険者であることを考えれば、少なくとも現時点の海堂は伸びしろを含めた総合力的に見ても
いくら25歳にも満たない若造とはいえ、海堂真というトレーナーには華があり、才能がある。格が無いとはいえ、元々は
そんな海堂に、悪癖が付いている。
本人自らが好き好んで覚えたものではない、矯正しなければならない悪癖が。
「奴の前では口が裂けても言わねぇが、海堂は才能の塊だ。いずれ奈瀬────俺の憎き敵の孫と張り合って、メディアに"二世対決"だなんて取り上げられるだろうぜ。現時点じゃ、華も才能も格も全て揃った奈瀬に張り合える同世代の奴はアイツしかいねぇ」
だが、な。
そう付け加えれば、六平は海堂が持つ悪癖について語る。
「海堂真というトレーナーは特殊すぎんだ。言っちまえば、悪癖はその特殊さから生まれている。……アイツの過去話は聞いてんだろ?」
「大まかには、ですが……」
何をもってトレーナーになろうとしたのかから、何をもってフジマサマーチを選んだかまでの全てを。
あの日が無ければ、東海ダービーには勝てていたのだろうか。海堂という男の本性は、明かされないままだったのか。
海堂にとってもフジマサマーチにとっても、あの日が分岐点だった。あの日があったから東海ダービーで勝てたとは言えないが、あの日が無ければ東海ダービーで負けていただろう。
だが、それはそれとして。
六平の言い分からして、海堂の悪癖はその過去から────もっと具体的に言えば、海堂真というトレーナーの根の部分から生まれているのだと。フジマサマーチはそう考え、六平の言葉を聞く。
「良くも悪くも、相手に合わせる悪癖があんだよ、アイツにはな」
「相手に合わせる……」
────ああ、確かに。納得できるかもしれない。
どうしてですか? と聞き返さなくとも、海堂の過去や生い立ち、根の部分にあるトレーナーとしての信念を理解していれば、確かにそうかもしれないと納得ができる。
「海堂トレーナーの行動理念は……」
「"夢を叶える"だろ? 俺もジョーから大抵の話は聞いてっからな。……アイツが腑抜けたジョーをぶん殴ったこともよ」
極端な話である、が。もし、海堂にとって初めての担当ウマ娘がデビュー前のシンボリルドルフであったとしても、ある程度の好成績は見込めるだろう。
誰が相手であろうが、海堂にとっては関係ない。ウマ娘の底を見抜き、
良く言えば、天才であるかないかを見分ける才能。
悪く言えば、悪癖にも繋がりかねない才能。
「……それがトレーナーにとっての理想ではないのですか?」
「ああ、間違いなく理想だ。何十年もトレーナーをやってきたが、これは断言できる。天性の才能でしか得られねぇ、誰もが欲しがるモンだってな」
フジマサマーチの言う通り、確かにそれは理想であると言えよう。
傍から見れば、悪癖になるとは思えない。しかし、実際の話をしてしまえば、地方を経由せずに海堂が直接中央に来ていれば、その悪癖は生まれなかった。
「アイツ自身も気づいてるだろうが、アイツの目はカサマツレベルに慣れちまってんだ。トレーニングを組む、レースの行動を予測する。中央に直接足を踏み入れず、あえてカサマツを経由したからこそ、中央に合わせられなくなっちまってるとも言える」
「だからこそ、別行動を……」
「つっても、すぐ気づいて貰わねぇと困るぜ。天才の名が廃っちまうしな」
その話を聞いて、気になることが1つだけ。
今現在行われている隔離とは離れた内容ではあるが、六平の口からしきりに出るワードを聞いたからか。フジマサマーチの中に、純粋な疑問が浮かぶ。
「あの、六平トレーナー」
────海堂トレーナーは、"天才"なんですか? と。フジマサマーチは、そう訊ねた。
これは、単純に気になったからというのもあるが。酸いも甘いも嚙み分け、誰よりも目を駆使した六平の慧眼ですら、海堂真は天才の領域に入るのか、と。
誰よりも近くで指示を仰ぎ、誰よりも尊敬をしていたからこそ、答えがどうであろうと聞きたくなった。
「間違いねぇな」
そう、あっさりと。
当たり前だとでも言うように、六平はきっぱりと答える。
買い被りすぎているのでは。少しの贔屓補正が入っているかもしれないフジマサマーチですらそう思ってしまうほどに、きっぱりと。
才能がある。実績も格も存在していない海堂真に対し、六平の眼は判別を下した。
「つっても、こっからは本人次第だ。頭もキレるだろうから道は踏み外さねぇと思うが……アイツの潜在的能力は深くて見切れねぇ。数値で表せば10年に1人ってとこだな」
長く生き抜いてきたからこそ、トレーナーとして一度"対峙"するとその底がうっすらとわかる。
それは時間・経験・力の全てを大量に体験してきたと同時に、ありとあらゆるトレーナーと向き合ってきた証拠でもあり。
その体験をもって判断した結果が
「……やはり、そうですか」
「ただ、勿体ねぇな」
「勿体ない?」
「10年に1人の天才が、100年に1人の天才とほぼ同期で生まれちまった。永遠の二番手になる可能性もあるってことだ」
「となると、その人はもっと深いと……?」
「なまじ知識がある分そいつはほぼ完成しきってるが、海堂が面白れぇのはまだ不完全な部分だ。やればやるだけ伸び、向き合えば向き合うだけ成長する。華ではあるが、実際には咲ききってねぇ蕾みてぇなモンだ。若さも問題ねぇ。それを繰り返せば、その100年に1人に届くかもしれねぇな」
……案外、面倒見がいい人なのかもしれない。
フジマサマーチがそう思えば、少し遠くから「六平さ~ん!」と、六平を呼ぶ女性の声が聞こえる。
「来たか。戻ってこい、オグリ」
オグリキャップとベルノライトがぱたぱたと小走りで戻ってくると、六平を呼ぶ声の主がだんだんとこちらへ近づいてくる。
遠目で見てもスタイルが良く、麦わら帽子を被った高身長の女性。おそらくトレーナーではあるが、そのトレーナーの姿を見たオグリキャップの雰囲気が変わったのを、フジマサマーチは見逃さない。
「……オグリ?」
フジマサマーチは、何も知らない。
しかし、オグリキャップは全てを知っている。
と言っても、知っているのはその女性トレーナーの
身長はウマ娘の二人と比べてもかなり低いが、注目すべきはその毛色。たかが毛色ではあるが、こと
葦毛のウマ娘は大成しない。
経験から生まれたか、もしくは単純に確率論でそうなってしまっているのか、はたまた葦毛のウマ娘には三女神の呪いが存在しているのか。
何故か、という言葉では証明できない程に葦毛のウマ娘が上手く行くことは少ない。オカルトの域を出ない話ではあるが、それはもはや一種の傾向とされている。
その"葦毛は大成しない"を打ち破る可能性のあるウマ娘が、この場に3人集った。
1人は、不完全な領域から才能を醸し出したフジマサマーチ。
1人は、現在進行形で歴史を産み出しているオグリキャップ。
そして、もう1人は。
「やっと会えたな、葦毛のウマ娘……この時を楽しみにしとったで」
既に完全な領域を構築した、現役最強のウマ娘。
天皇賞・春一着、宝塚記念一着。現役最強文句無しの成績を掲げたウマ娘────タマモクロスが、2人のシンデレラの前に現れた。
閑話
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オグフジベルノのお遊び回
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海堂がプロキオンを府中エスコートする回
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海堂奈瀬の雑誌撮影回
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海堂フジのお出かけ回
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海堂ベルノが視察しに行く回
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その他