ウマ娘 ワールドダービーDLCカサマツ編 東海ダービーレギュレーション   作:ウママママ

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N4-価値のない勝利

 誰しもが通る、初めてのレース。

 それが、新入生デビュー戦というものだ。

 

 いくら負け知らずのフジマサマーチといえど、今まで重ねて来た勝利は全て非公式戦での勝利。走った本人の記憶には残っても、記録には残ってこなかった。

 しかし、ここからは違う。勝った結果も残るし、負けた結果も記録として残るようになる。

 

 そういう意味では、全てのウマ娘が経験する初めてのレースというのは的を射ているとも言えるだろう。

 

「今更何を、と思うかもしれないけど言っておく。落ち着いて走るんだよ」

「オグリキャップに勝利するイメージは出来ています……東海ダービーを制覇する以上、負ける訳には行きませんので」

「そんな事で動揺する娘だとは思ってないから安心して。駆け抜けてくればそれで良いよ」

 

 東海ダービーの制覇を目標に掲げている以上、この新入生デビュー戦は一種の通過点でしかない。

 海堂も、フジマサマーチもそう認識していたし、両者の間にも『認識のズレ』と呼べるような物は存在していなかった。

 

 しかし、その認識を覆す事態が起こったのだ。

 海堂が持っているレースの出場登録表に書いてある、1人のウマ娘の名前。

 

 ――5枠5番、オグリキャップ。

 

 東海ダービー制覇をする以上、絶対に越えなければならない相手。その相手と、序盤も序盤の新入生デビュー戦で戦う事になるとは。

 

 ここは東海ダービーが行われている名古屋レース場ではないし、距離も本番同様に1900mあるわけではない。なんなら半分もない。

 しかし、それが最大の障壁に負けていい理由にはならないのだ。

 

 無論、この程度で動揺してはならない。事実、オグリキャップが同レースに出走する事に対し、両者共に動揺はしていなかった。

 いずれ、それが当たり前になる時が来る。そして、今回はたまたま、それが早く来ただけのことなのだから。

 

 観客席へと移動し、絶好のポジションを確保する。

 うん、ここならラストも良く見える――

 

「おい、海堂!」

 

 な、と言おうとした瞬間に、横から現れたのは

 

「……今一番会いたくない人ですよ、穣さん」

 

 怪物・オグリキャップのトレーナー、北原穣。それと、オグリキャップと同チームのベルノライトだった。

 

 トレーナーの中では基本的に良い人の枠に入る北原だが、今日は何故か様子がおかしかった。

 まあ。そうなる気持ちは分かりますよと同情はしていた。初レースで特待生と当てられたら仕方ないだろうと。それでも、していたのは同情だけだったが。

 

 北原の突撃――――有り体に言えば″身の危険″を察知し、バックステップ。デビュー戦でフジマサマーチとぶつかった北原は、いつもよりご乱心だった。

 

「てめぇ、よくもキャップにマーチぶつけやがったな!」

「いや仕方ないじゃないですか! 狙ってませんって! というかそこはもう運じゃないですか運! 許してくださいよ!」

 

 この時期に出るウマ娘は限られているとはいえ、初戦から被ることは考えてすらなかったのだ。

 ――――いや、今日やるのは全部で5レースだし、当たる確率は20%。冷静に考えたら普通に被るかもしれないな、と。

 少しだけ謝る素振りを見せて、

 

 

「ま、そりゃ分かってるよ……で、お前のマーチ評はどんなもんなんだ?」

「トレーナーを始めて数年しか経ってない甘ちゃんの評価ですけど……凄いウマ娘ですね。瞬発力、レース勘、駆け引きの強さ。どれを取っても一級品ですし、他人に流される事のない、自分の意思も持っている。ここ数年では一番のウマ娘でしょうね」

「一番だぁ……? てめ、キャップも負けてねぇからな! 膝とか身体とか、すっげぇ柔らかいんだからな!」

「そうですそうです! それに、お母さんの事大好きなんですからね!」

「プレゼン能力の低さが気になりますが……オグリキャップの凄さも分かりますよ。オグリキャップがどんなに凄かろうと、今日は勝たせて貰いますけどね」

 

 パドック紹介も終わり、出走ウマ娘全員がゲートに収まった。

 

 距離はたった800m、出遅れればその時点で終戦の距離。スタートのうまいフジマサマーチなら出遅れる心配はない。問題はオグリキャップの方だと、海堂は思っていたが――

 

 見事に出遅れた。オグリキャップが。

 

 フジマサマーチは綺麗なスタートを決め、オグリキャップとはそれと正反対、そりゃあもう出遅れの最高潮とも言える出遅れをぶちかました。

 たった1人を除いて、カサマツレース場に押しかけていた全員が思った。オグリキャップがここ一番の場面でやらかした、と。

 

(……オグリキャップ?)

 

 レースを観戦している他のトレーナーは、レースに集中しているからか気づいていない。それは、オグリキャップのトレーナーの北原も同様だった。

 しかし。″これから″を考える海堂は、レースそのものというよりも、″オグリキャップ″というウマ娘の走りだけに集中していた。

 だからこそ、彼はオグリキャップの走りに違和感を覚える事ができたのかもしれない。

 

(今のスタート時の出遅れも、ただ出遅れただけには見えなかった。ノーマーク大外から差す為にあえて……って事はない。距離800mでの出遅れは致命傷。いくらオグリキャップと言えど、出遅れがあったらマーチは差し切れない。というか、ただ差すだけなら出遅れる必要すらないし、初速……いや、初速だけじゃなくて、今も遅い)

 

 たった4ハロンしかないレースでの出遅れ、妙に遅いオグリキャップのスピード。

 オグリキャップというウマ娘の実力を見誤っていたか、オグリキャップに何かしらの異変が起こっているかだが、あの″怪物の走り″見た者の全てが口を揃えて言うだろう。前者の筈が無い、と。

 

 つまりは、不調だ。予期せぬエラー、と言っても良い。

 オグリキャップの不調がどこから来ているのか、何が原因なのか。海堂は一人推測を始めた。

 

(脚の故障は外していい。俺みたいな新米トレーナーならともかく、オグリキャップのトレーナーは中堅トレーナーの穣さんだ。怪我を無理やり押し通してレースに出場するのがどれだけ危険なのかは充分に理解してるはず)

 

 怪我ではない。そうは分かっていても、確認せざるを得なかった。

 

「あの、穣さん」

「ああああ……キャップ……お前……」

「……」

 

 聞こうとした相手は出遅れに絶望していた。

 まあ、絶望する気持ちは分からんでもない。4ハロンしかない距離での出遅れは事故以外での何物でもないし、スタートが得意なフジマサマーチに同じようなことが起これば海堂も絶望していただろう。

 

 仕方ないと思い、聞く対象を変えることにした。

 

「……なぁ、ベルノライト。オグリキャップってどこか痛めてたりしてない?」

「へっ? オグリちゃんがですか?」

「どこでもいいよ。肩とか、腰とか、膝とか。走るのに関わってくる部位なら」

「うーん……でも、痛めてたりはしてないと思いますよ。オグリちゃん、すっごく身体が柔らかいから怪我しにくいでしょうし、私達のトレーナーさんなら出走取りやめさせると思いますし」

「まあ、だよね……」

 

 怪我以外の別物となると、それこそ一択しかないのだ。

 

 走る上で重要なのは脚の調子だけじゃない。

 カサマツレース場の砂の特徴や、超前傾姿勢で走るが故に強くなる踏み込み、オグリキャップが持つ強靭な足首の強さ。

 それらが組み合わさる事により必要以上に消耗される、脚に限りなく近い怪我と無縁な場所――いや、場所というより道具と言うべきか。

 

(靴の破損、か……)

 

 怪我ではない、適正の問題でもないとなると、考えられるのは靴の破損しかない。

 力がいつものように伝わらない違和感や、時速60kmを出すための推進力を直で地面に伝える事で来る脚の痛み。レース中、それらが常に付き纏い続けるのだ。

 

 例えそれが痛みを伴っていなかったとしても、1度狂った感覚をレース中に直し、元のスピードに戻す事のできるウマ娘はごく僅かしかいない。

 もっとも、中央トレセンの生徒会長シンボリルドルフや、その側近のマルゼンスキー程の怪物なら可能かもしれないが。

 

 残り200m地点でオグリキャップが急激な追い上げを見せ始めたが、やはりあの時よりもスピードが遅い。踏み込んだ力が外に逃げているのもあるし、そもそもの踏み込み自体が弱いのもあるだろう。

 

 ゴールまで残り50mの地点に差し掛かった時、事件は起こった。

 

 競り合っていたオグリキャップの身体が不自然に沈み込み、若干失速したのだ。

 その結果、速度を落とさずに走り抜けたフジマサマーチがそのままゴールイン。コンマ数秒遅れ、それに続く形でオグリキャップがゴールイン。

 電光掲示板に表記されているのは、1着フジマサマーチ、1バ身差、2着オグリキャップを表す1-1-5。

 

 電光掲示板はフジマサマーチの勝利を示していた。

 電光掲示板は――――だが。

 

(あれだけのハンデがあったのにも関わらず、バ身差はたったの1だけ……相当厳しくなりそうだな)

 

 靴の破損、たった4ハロンのレースでの出遅れ。

 並のウマ娘なら致命傷になるミスをいくつも重ねた上で、オグリキャップはフジマサマーチと1バ身差の2着に食い込んできた。

 

 圧倒的な条件の差があったレースで1着。しかし、その1着には価値も意味もない。

 海堂も、フジマサマーチも、オグリキャップを打ち負かせたとは思っていない。実力以外の何かが介入しない勝負――それこそ、公平なレースと呼べるものでなければ、打ち負かせたとは言いにくい。

 

 オグリキャップの状態が万全であれば結果は分からなかった。もしかしたら、フジマサマーチの人生初の″敗北″が、このレースで刻まれていたかもしれない。

 

(……1人じゃ限界が来た、って事かな)

 

 孤独で戦うのにも限界がある。海堂はそう思わされた。

 そして、オグリキャップという存在が、フジマサマーチのレベルアップにいい刺激を与えてくれるだろう、という期待も抱いた。

 

(上手く打ち解けて、ライバル同士になれれば……今のマーチのあの性格じゃ厳しいか。俺に心開いてくれれば頼めるかもしれないけれども)

 

「てめ……海堂! 次は負けねぇからな!」

「……まあ。東海ダービーの勝利も、必ず貰いますから。俺はウイニングライブを見なきゃなので、ここで失礼しますね! それでは!」

「んにゃろー! 待ちやがれ!」

 

 負けてはいない。力関係は五分五分と言える。

 これがオグリキャップ有利になるかは、フジマサマーチ有利になるかは、担当トレーナーの手腕にかかっている。

 勝負はもう既に、始まっている。

 

 オグリキャップとの関係性。

 これが利用できれば、フジマサマーチは更なる高みへ行くこともできるだろう。

 その予感を感じつつ、海堂は一人ウイニングライブへと向かって行った。

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