ウマ娘 ワールドダービーDLCカサマツ編 東海ダービーレギュレーション 作:ウママママ
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「慣れた?」
「慣れましたよ」
「なら良かった。慣れない環境でのトレーニングは伸び悩むこともあるからね」
ちゅー、と椅子に座りながらストローを啜りアイスティーを飲む海堂を見て、フジマサマーチの尻尾が自然にゆらゆらと揺れる。
それも仕方のない事であり、いくらオグリキャップがいるとはいえ突入したのは未知の世界。不安と言っても表に出したところで程度しかないが、それでも1はあったのは変わらない。
加えて自分の次に自分を知っているトレーナーと離れたとなれば、フジマサマーチであろうと多少は心配になる。その心配になるのも大した量ではないが。
夏合宿2クール目の休憩時間。時期にして7月中盤。
夏合宿を2週間、合流してから1週間となれば流石にお互いの不安もほぼ消えかけており、後は9月に向けてどれだけ積めるか――――というトレーニングジャンキー思考を展開させる余裕までできている。
「オグリに勝ちたいなら芝路線。芝経験を積むためにも8月後半から芝に触れたい気持ちもあるけど、どう?」
「夏合宿が終わるまでは体を仕上げて、芝対策は9月中にするのが良いかと。とするとデビュー戦は……」
「10月前半。遅くとも11月前半か。いずれオグリが秋の天皇賞に出ることを考えると被らせたくないし、10月前半に一度、11月にもう一度が理想かな」
「忙しくなるから、ですか?」
「タマモクロスだけじゃなく、ロードロイヤルやダイイチルビー……いずれベルノと偵察に向かうつもり。俺の仕事はマーチを頂点まで運ぶことだけど、俺のスキルアップにつながる可能性もあるからね」
フジマサマーチの育成という意味では効果は薄いが、それでもトレーナーとしての能力向上に繋がる可能性は高い。
世界は広い。溝に嵌まったトラックを動かすウマ娘を見て閃くトレーナーもいれば、カレーを振る舞うウマ娘を見て閃くウマ娘もいる。歌詞が恥ずかしく歌う練習をするウマ娘を見て閃くトレーナーもいれば、全てが終わった後に異性で温泉に行くことすら厭わないトレーナーもいる。
何が爆発的な成長に繋がるかわからない世界なのだから、時間がある限りは全ての知識を吸収しようとする。
そうすればいずれ変わるだろうし、仮に変わったとすれば、最短を走るだけでなく遠回りも重要だと気づける。
とはいえ、フジマサマーチとして気になるのは。
″俺の″スキルアップに繋がるという言葉は、今までで聞いたことがなかったような気がするというもの。
聞いたことがあるかないかで言えば間違いなくあるのだろうが、それでも一番はウマ娘、二番目に自分の精神を持つトレーナー。こうも強調して聞くのは滅多にない話であり、だからこそ気になった。
「……変わりましたか?」
「俺がかい?」
フジマサマーチから見た海堂は、腹の見えない人物だった。
周囲がそう認識するように、他人のために全てを費やすことを厭わない性格。鉄仮面ではないが、心の底にある感情は死んでも見せようとしない。
その理由は、底の感情を見せることは"他人の為"にならないから。
だからこそ、全てを知ったあの時が異常なんだと理解した。他人に本来の自分を見せようとも、忘れられない過去の話を知っているのは、この世で自分だけだと確信しているから。
それが今は、違う。
具体的に言えば、水の中に黒いインクを一滴落としたようなモノ。ほんの小さな影響が、戻せないほどに変化してしまっているように見える。
それでも悲観はしていないのは、戻せなくなった変化が良い方向に働いているように思えたからか。
変わった。
そう言われ、ここ最近で何か変わった事があるとすればと出来事を軽く回想させれば、直ぐにその変化に当てはまる出来事を思い出す。
「……自分がなりたい理想も見つけないとな、って考えになっただけだ。だから最近はその理想を模索中」
――――君は
その言葉も、つい数分前に言われたような覚えがあるような錯覚すら覚えてしまう。
何になりたいなんて、考えたことがなかった。
二足の草鞋を履いていて忙しかったのもあったし、ウマ娘のトレーナーになったのも受動的だった。今だって、己の夢を他人に委ねているのは変わりない。
ただ、マルゼンスキーの言葉で目覚めた。
目覚めたのは、深淵の【領域】。正確には領域モドキが正しいのだろうが、心の奥底に意識としてある心象風景、と言った方が具体的でわかりやすいだろう。
あの世界が才能自体を示すのだとすれば、開けたことで何が変わるのか。
それは現時点では、まだ見えていない。だから、その"開けた先"の鍵となる己の理想を見つるために奮闘する。
(領域……)
あの体験がフジマサマーチの経験に繋がる可能性があるのであれば、話す他ない。
「「そういえば」」
お互いの言葉が重なり、無言の空気が数秒流れる。
無言の空気が数秒流れた後に、フジマサマーチは長年の付き合いから察する。多分、自然と譲る。自然と譲った後に、自分の事を喋る。
そう察した上で、フジマサマーチは口を開く。
「領域についての事なのですが」
「六平さんから聞いたよ。タマモクロスと合トレを行ったってのもね。今聞こうとしたのもそれについてだし……何かわかった事はあった?」
「それが……」
「……ダメだったっぽいな」
しゅんとしている訳ではないが、若干の申し訳なさそうな顔。
それを読み取れない程にぶではないし、寧ろこういう読み取りに関しては得意な方。苦笑いをして小さなバッグからルーズリーフとペンを取り出せば、海堂はそれに3つの楕円を書く。
「領域は感覚的な話だからね。タマモクロスがどのレベルに位置していても、それを言語化できていなくてもおかしくはない話ではある」
下からレベル1、レベル2、レベル3と楕円の中に名称を書き、レベル1の部分にフジマサマーチの名前を書く。
「景色は見える。聴覚・視覚の類がすべて失われ、別世界に突入した感覚は見える。しかし、意識を保っていられるかどうかは別の話になる」
続いて、レベル2の部分に(タマモクロス)と書き、その上でサクラチヨノオーの名前も書く。
「一番あやふやな領域だと言える。体験したウマ娘が身近にいないのもそうだけれど、不完全と完全の中間では言語化も難しいだろう」
「サクラチヨノオー……もですか?」
「これを知ったのは偶然みたいなもの。本人から直接話を聞いてはいないけど、サクラチヨノオーに限りなく近い存在から話を聞くことができたのが要因……かな」
偶然芽生えた、マルゼンスキーとの絆。
そこから偶然発生した――――というか"日本ダービー覇者"というだけでそれについて聞く価値があったために、能動的にサクラチヨノオーの話を聞いたが故に知った事実。
――――あの娘、領域に突入しかけてるわよ、と。
マルゼンスキーがそう言ったその日の夜、何度も日本ダービーを見返した。何度も見返したが、サクラチヨノオーが領域を発現させたような現象は見られなかった。
これは直接見ていないために見えないのか、それともそれ自体が領域のレベルとしての違いなのか。もしくは、発現タイミングが違うことが原因で見落としているのか。
「とにかく、外野から見た場合は区別できない。サクラチヨノオー自身の能力が高かったのもあるかもしれないけど、どれだけ確認しても明確な違いは見られなかった」
成程。
海堂の説明を聞いたフジマサマーチは自然と納得して、どうしてタマモクロスから明確な説明が聞くことができなかったのか、についての説明を始める。
「おそらくですが、本人の中で自己完結してしまっているからかと」
「……自己完結?」
「具体的に言えば、領域に突入する直前の思考は覚えているんです。そしてその突入している間の部分だけ綺麗にカットされていて、後はいつの間にかゴール板を通過している」
「ふむ。……つまりは、領域突入の鍵はその直前の思考まで含まれている、って事?」
「一度目は"見据える場所"。二度目は"誰が為に"……これだけ見れば、私の信念が関わっているようにも考えられます」
「信念、か」
その信念が違うから、タマモクロスは感覚的な話でしか説明することができなかった。
そう考えれば、しっくりくる物はある。個人によって抱く信念は違うのだから、それは=領域の突入条件自体が異なるとも言える。
言語化しようとしても、上手く伝えられない。伝えたくなかった可能性もあるが、わざわざタマモクロスがそんな事をするか。しないに決まっている。
ただ、問題は。
(……それって、俺が見た疑似領域と変らなくないか?)
フジマサマーチの考察を聞けば、海堂は納得したような顔で思考を展開する。
やれ勝ちたいだとか、やれこうなりたいだとか。誰しもが持つ信念の類と明確な能力の差が、突入する領域のレベルを変えるのではないか。
領域というのは、心象風景とも言い換えられる。
己の心に現れる領域。それはつまり、その領域を形成する根幹となる自己が持つ信念の強さによって変わるとも言い換えられるのかもしれない。
だから、俺は突入する寸前に追い出された。こうしたい、の信念があやふやだったから。
だから、マーチは追い出されず突入できた。こうしたい、の信念があやふやでないから。
後は、歴史を創るとされているかされていないか。
大まかに区分すれば、信念・能力・歴史。この3つの要素のバランスが最適になった時────そう結論付けて、レベル3の部分にシンボリルドルフ、マルゼンスキー、ミスターシービーの名前を書く。
「言うまでもないよね、これは」
「言うまでもないですね」
その最適の最もな例が、正にこれだと。
ペンでトントンとその名前を示せば、フジマサマーチは頷く。
「信念もある。常軌を逸した強さもある。ついでに歴史も作っている。聞いた話ではあるけれど、ここまで来れば能動的に再現できるようになるらしい」
「好きなタイミングで……」
「条件さえ揃えば突入できる、らしい。ルドルフの場合、確か終盤で三回ウマ娘を抜くこと、だったかな」
たったそれだけの条件で、神でさえも恐れおののく絶対的な領域が完成する。
三回抜く、というのも差し戦術であれば簡単に完成する条件である。マルゼンスキーやミスターシービーの条件も、戦術に合致した上で非常に簡単に繰り出せるものなのだろう。
あまりにも理不尽であり、あまりにも強大な力。
言うまでもないと称したのは、これが理由。未来永劫忘れ去られることのない彼女らの名前は、正に歴史を創ったと言っても過言ではない。
「実力を上げる。レースで好成績を残す。領域のレベルを上にするんだったら、地道にレースをこなしてくしかない」
「……ただ。ここまで来たら、私は不安定な要素には頼りたくないとも考えています」
「それは俺も。いくらなんでも領域一辺倒の戦いじゃボロが出る。ボロが出なくとも、1年もすれば対策を取られるだろうからね」
100の力を101にして、コンマ云秒の世界でギリギリの差を生む。
それが海堂によるアドバイスの効果だとすれば、領域は100を110にする効果。発動条件が不安定だが、一度発動できれば強靭な力で他者を圧倒することができる。
ただまぁ、どちらが安定するかと言われれば、当たり前に前者である。
シンボリルドルフ並の安定感があれば後者なのだろうが、フジマサマーチが発動できる確率は精々10回に1回、それも本人が強く大事だと思っているレースの中でしか発動できない。
たまたま、偶然。そのような言葉に左右される程の力を得ようと奮闘するのであれば、100を105にできる素の力を得た方が良い。
これに関しては、遠回りをしてはいけないという事。
「正解だ。だからこそ、今度はその素の能力を上げるためのトレーニング相手を呼んできた、って事だ」
ぬっ、と。
きたぜぬるりと……と本人の口から出てはいないが、ぬるりと蛇のように現れた六平が、両者の話を全て聞いた上で"正解だ"と言う。
「六平さん……聞いてたんですね、話」
「お前らが気づかねぇだけでずっと聞いてたさ。間違った事を言ってりゃ直ぐに言うつもりだったが、何も間違えなかったもんでな」
「それは……良かったです」
とかく、気になるのは。
六平が言っている、トレーニング相手の内容。タマモクロスは精神論的な話であったのに対して、今回の相手は素で強くなるための相手。
目的が違う。とすると、距離的制定に同じか、脚質的に同じとみるか。
「部屋に籠ってっから呼ぶのに苦労したんだ。お前は死ぬ気で観察しておけ」
「……強いんですか? そのウマ娘は」
「マーチが目指すべき理想だとも言えるな」
――――そこまで言い切るか。
六平が言い切ったのに驚いて前を見てみれば、とんでもない巨体――――おそらく身長は2mを越えているであろう猫背気味の巨人が海堂の前に現れ、思わず声を上げる。
「ひっ……!」
「……よろしくお願いします。六平トレーナー、海堂トレーナー」
「は、はい……よろしく、お願いします」
ガクガクブルブルと震えつつ挨拶を交わし――――俺もこれぐらいとは言わずもうちょい身長があればなと思えば、その隣に立つ自分よりも小柄なウマ娘が目に入る。
「君は……!」
見覚えがあるという事は、少なくとも海堂の知識の中に入っていたウマ娘だという事。そしてそのリストの中にいたのは、明確な実力者だという事。
――――成程。確かに実力者だ。
「クラスでも有名だぜ。オグリと同じ所から来たトレーナー、ってよ」
最優秀ジュニアウマ娘。
ジュニア級時、驚異の勝利時平均バ身差
あまりにも強過ぎて"寧ろクラシックが心配だ"とまで言われた、GI阪神ジュニアステークスの覇者。
――――弾丸蹴脚・ディクタストライカ。
2人目のトレーニング相手は、このウマ娘だった。
閑話
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オグフジベルノのお遊び回
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海堂がプロキオンを府中エスコートする回
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海堂奈瀬の雑誌撮影回
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海堂フジのお出かけ回
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海堂ベルノが視察しに行く回
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その他