ウマ娘 ワールドダービーDLCカサマツ編 東海ダービーレギュレーション 作:ウママママ
(天皇賞に出る、か……)
告白。
お前をライバルだと思っている。そして選択によって当たる機会が生まれるのであれば、その選択は迷わない。だから秋の天皇賞に出る。
一度きりのアスリート人生ではよく見られる、いつ故障で終わってしまうのかが不透明であるのだから、一番面前にある場所で決着をつけるといった宣戦布告。
あの時は、最終的には勝てた。
それから先のレースも、連戦連勝で勝ち続けている。
相手を見下したことはない。カサマツにいようが中央にいようが、常に相手の胸を借りるつもりで臨んだ。その先にあったのが、勝利の二文字だっただけ。
結果的に自分の実力はカサマツどころか中央の最上位だったのだし、今ならある程度の――――それでも王者候補にしては釣り合いの取れない自信があるが、今回に限っては話が違う。
同期最強のディクタストライカに、現役最強のタマモクロス。
勝ちたいか負けたいかで言ったら、当たり前のように勝ちたい。
ただその熱望する感情は、現実にならない可能性もある。数ミリ数センチの差を埋めるのに必要なのはその情熱だが、数メートルの差を埋めるのに必要なのは紛れもない実力である。
突き進んだその先に広がる世界は、勝利か敗北か。
分からない。分からないからこそ、オグリキャップは茜色に輝く砂浜で1人立っている。
「……オグリも人の子、という事か」
ビクリ、と。思いがけない呼びかけに、オグリキャップはピンと耳を立てて反応し、後ろを振り向いた。
聞きなれた声。最初のライバルで、今は良きパートナーとしての関係を築いて切磋琢磨する相手――――言わば"親友"のような存在。
「そろそろ夕食の時間だぞ……何て事は言わないさ。お前が楽しみにしている飯を忘れるだなんて、随分と悩んでいるみたいだな」
とだけ言えば、フジマサマーチはオグリキャップの隣に立った。
「綺麗だな、海は。……オグリは夕焼けに照らされる海を見たことがあったか?」
「カサマツにはなかったからな……」
「私もだ。こうして海を眺めているだけでも、自然と悩みと向き合えるような気がするな」
全てを受け入れるような広さの海とは別で、寧ろ逆。
波が寄せ、波が引く。水面にできるさざ波は悩みに揺れる心を映しているようで、それでも不定期に繰り返される波音は心を落ち着かせる。
茜空のノスタルジー。この時間になれば砂浜から生徒は引き、自分の心、もしくは過去と向き合うことができるような感覚を覚える。
オグリキャップの悩みは、現在進行形――――とは言えそれはつい先程、時間にして約6時間前に生まれた物。
――――どうやって勝った?
――――どうやって乗り越えた?
過去を追想し、勝利体験の記憶を巡らせる。
同じようなシチュエーションに何度も出会った。隣に座る親友との戦いで、二度勝ちたいと思った。二度勝ちたいと思い、一敗して一勝した。
その勝った記憶を思い出せば良い。自分には確かな成功体験があるのだから、それを思い出せば勝ちに繋がる――――
「……なあ、マーチ」
「どうした?」
「"日本ダービー"に出られていたら。時たま、そう考えることがあるんだ」
はず、だったのに。
"何も見えない"。オグリキャップがその意味を匂わせた言葉を言えば、波音がまた一段と強くなる。
荒れる心に響く波の音。"最高峰のレベルで負けていません"、という実績を持ったウマ娘が抱くには小さいように思える悩みが、荒れる心をかき乱す。
相手を威圧する鋭い牙は、環境と性質で作られる。ディクタストライカとタマモクロスには、その牙は既に備わっていると言えよう。
出力で見ればオグリキャップも負けていない。しかし、環境が故に"最強"と戦うことはなかった。結果備わった牙の鋭さも分からなければ、限界の先の土壇場で発揮される火事場のバ鹿力も計ることができない。
"それ"だけならいい。
それがオグリキャップの悩みであれば、いくら深刻な物であれ時間をかければ解決する。牙はこれから備えれば良いし、火事場のバ鹿力はこれから計れば良い。結局は発展途上だったと笑い飛ばし、トレーナーと共に試行錯誤していけば良いだけの話。
「始まりは一番凄いレースだった。東海ダービーがあって日本ダービーがあって、それを目指して頑張って来られた。……それでも、私が目標を果たせない中、キミはキミの目標を果たしてばかりだ」
オグリキャップに勝つ。東海ダービーで一着を取る。そして中央入りを果たしまた成果を残す。
少し遅れて現れたサンドリヨンは、ある意味で輝かしい道を歩んでいた。苦楽はあれど、途中で夢が果てることなかったのだから。
別にそれが羨ましい訳ではない。親友が東海ダービーに勝てば自分も嬉しかったし、ライバルに勝てれば壁を乗り越えることができたとも実感できたのだから。得られる物はあった。
ただ――――そういう視点で見れば、自分は夢を破ってばかりだと。
最も信頼できるトレーナーに東海ダービー勝利をプレゼントし、用意された最高の舞台でライバルと戦い、それらが破れたと思えば、その後に生まれた日本ダービー制覇の夢すらも途絶えた。
遂行できたから偉い、遂行できなかったけど挑戦できたから偉い、という話ではない。オグリキャップが遂行できなかったのには理由があるし、仕方なかったのもそうだ。ただしルールを変えたのはそうだが、レースで結果を残したかと言われればそれは違う。
おいてけぼり。
負けですらない、挑戦権を奪われた状態。"賭ける物"の大きさがあまりにも違うレースに挑んで来られなかったが、もし一度でも日本ダービーに出られていたらこうはならなかったのか。
最強に挑むためにとりあえず出る。それだけじゃ勝てないゾーンにいて、明確に経験が足らない。たった一度きりの勝負に全てを賭ける"心"は、トレーニングでは得られない。
――――何が足らない?
――――"挑むべき目標"が足らない。
――――成功経験も足らない。
成功経験が足らないのであればまだいい。寧ろ"願い願った初勝利が手に入る"という状況の方が、力が籠るかもしれない。
だからこそ、欠けているもう1つの物――――目標や夢を失ったままだと、戦えない。それもディクタストライカやタマモクロスに勝つといったものではない、もっと大きな物でなければ。
噛み合わない歯車で挑めば、まず淘汰される。
最高の舞台で、最強の相手に、最適の目標を、最良のコンディションと共に。しかし明確に欠ける"最適の目標"が得られていれば、こんな事にはならなかったのではないか。そう吐き出る想いを吐ききれば――――
「勝てるだろうか、とは聞かないんだな」
そうか、と。
ある意味で冷めたような。しかし相反するような優しさを含めて、それよりかは、そんな事か、と。てっきりもっと深刻な悩みだと思っていたかのように、フジマサマーチが言う。
「要は"次の目標はどうすれば良いか"という話。そうだな?」
「あ、ああ……」
「……であれば、少し意地悪のようにも思えるが。目標を模索するオグリに、親友から1つ意見を与えるとしよう」
そうして問うと同時に再現されたのは、1年前のあの瞬間のようで。
金華山山頂で偶然出会い、夢を明かし心を動かしたあの日のように。しかしあの日のように鋭い目つきではなく、解れた目つきで。もう一度、語りかける。
「私を――――」
オグリキャップは、目を見開いた。
***
「そうか」
パクリ、とウィンナーを口に入れて反応をする。
ディクタストライカが秋の天皇賞を目指すのは、必然ではないとはいえ可能性は大いにある――――と、海堂の中では想定通りだった。
負けん気の強く、距離2000mと適正通り。若干マイルから伸びた中距離ではあるが、日本ダービーの2400mを走り切った以上ある程度の距離は把握している。
無理ではない。であれば、ディクタストライカが文字通りの"最強"に挑まない可能性はほぼない、と。研究を繰り返した男は、目の前にいるオグリキャップに納得の意を示した。
「驚かないのか?」
「オグリとタマモクロスが出るなら出る。そういう奴だと思うよ。俺は」
「よく知ってるんだな。友達なのか?」
「色々トレーナーから聞いたんだ。お人好しだって事も知ってる」
海堂の所属は、チームトレーナーである。
もっと細かく説明すれば、"六平トレーナーのチーム内サブトレーナーとして所属する、フジマサマーチと専属で契約を結んだトレーナー"である。
これがカサマツとの違いでもあり、中央の良い所でもある。
巨大チームの傘下に所属する事で学ぶことができ、かつ多くのウマ娘を見ることができる。専属トレーナーと違い、幅広い適性距離と脚質のウマ娘を対応することために、独立した後に学んだメソッドで適切な指導を行える
その反面、とある事情――――今回の海堂のような例でもない限り、専属契約を結ぶことができずに独立するのが遅くなる。独立が見積もっても30歳以降になってしまうという明確なデメリットがあり、海堂はこれを避けるためにカサマツ入りを選択したまでだった。
しかし、今の海堂にはそのデメリットは適応外である。
カサマツから最短での中央入りを狙い、専属契約を結んだウマ娘ごと中央に連れていく。そのままコネを用いてチームの傘下に入り、先輩トレーナーから知識を吸収して独立を早めると、RTA走者のような方法で来たものだから、デメリットは存在しないようなものだ。
とにかく、今の海堂はチーム内トレーナーでもある。
まあつまり、同チームのオグリキャップの面倒も見ることができるとの事で――――現在こうして、オグリキャップと共に食事を摂っている。
親友のフジマサマーチの担当トレーナーだから、六平や北原と同様に信用できる。そう考えたオグリキャップは、疑問を口にした。
「……勝てると思うか?」
「不安?」
「不安じゃない。海堂から見たらどうかを聞いてみたいんだ」
「俺を随分と信頼してるんだね」
「マーチのトレーナーなら"そういう奴"だろう。マーチから色々聞いているし、今はどうすれば勝てるかが純粋に気になるんだ」
ピクリ、と海堂の体が反応する。
自身の担当ウマ娘が勝つためであれば、可能な限り最善を尽くし続ける。それがどれだけ力の差がある相手だろうと、絶対に。
海堂の中に"最善を尽くさない"は存在しない。オグリキャップは三度の戦いを経て、海堂真というトレーナーをそう認識していた。
"そういう奴"だろう。
その言葉は、過去と経験と敗北から生まれた、オグリキャップが海堂に贈る最大級の賛辞だった。
「……分かった。俺からの見解を語るとしようか」
そう言われてしまえば、仕方ない。
これでも1週間の行動期間を与えられた身であり、何よりオグリキャップは自身の担当ウマ娘の1人である。故に、オグリキャップが出場するであろうレース――――その中の1つだった秋の天皇賞――――に出場する可能性のあるウマ娘は、ある程度リサーチしていた。
「食事が来るまでの間で手早く終わらせる」
「任せろ。おそらくすぐには来ない」
「……そう言えば、かなりよく食べるって言ってたな。ならそれなりに時間はあるか」
例の如くメモ帳を取り出し新しいページを開けば、少し大きめの三角形を書き、その中に数本の横線――――弱肉強食の世界を表したかのような図を作る。
「現状、頂点だと言える存在はいない……と言ってもそれは当たり前の話だ。いると言ってしまえば、俺が未来視のできる人物になるからね」
「未来を見ることができたら?」
「俺の手で未来を変える。……ただ、だからと言って、王座に座る候補者がいないというわけではない。これはある程度の推察ができる」
三角形の頂点のゾーンに数本の斜線を引いた後に、その1つ下のゾーンから三角形の外に線を引く。
王座は空席。とすれば、このゾーンに名前を挙げられたウマ娘が空席を埋める可能性が高い――――というのは、オグリキャップも理解していた。
「"順当にいけば勝つウマ娘"だ。勝負は時の運ではあるけど、時の運すら実力で覆す、ねじ伏せるウマ娘」
とだけ言えば、そこに"タマモクロス"とのみ書いた。
「他にはいないのか?」
「実績を考えればいない。……いや、いないと言うのは語弊がある。現状、タマモクロス程乗っているウマ娘はいないと言った方が良いな」
直近で2つのGIを制覇し、流れにかなり乗れたまま夏合宿に突入。そして9月に天皇賞に向けた調整を行い、10月に本番に挑む。
過去、現在、未来。その3つを総合した場合、タマモクロスに対抗できる"流れ"に勝るウマ娘はいない。加えてタマモクロスは3年目――――肉体的に言えばピークであり、それも要因になっている。
メンタルはプレーの質に影響を与えないと言う者もいるが、海堂はそう考えていない。
事実、海堂真はメンタルのブレで"二度失いかけている"。リトルプロキオンにしろ、フジマサマーチにしろ、メンタルが整っていれば拾えた勝利、メンタルが整っていなければ失っていた勝利があった。
前者は未勝利戦であり、後者は東海ダービーだった。1勝の難易度は違うが、1勝の価値は同じだった。勝つことで生まれたかもしれない未来が頭に過ぎるからこそ、東海ダービーでは勝ちを拾えた。失敗から成功が生まれた経験があった。
そういう意味では、この世界には単なる実力では覆しようのない流れがある事を、誰よりも理解していたと言えよう。
「ここまでイケイケムードのウマ娘が何を考えるかというと、自分はやれる、ただ油断はしない、だ。心は熱く、頭はクールに。それを体現しているのがタマモクロスだな」
鬼に金棒。そう言わざるを得ないタマモクロスの現状は、オグリキャップの顔を強張らせる。
「と、言ってもだ。タマモクロスも無敵ではないし、結局予想なんて外れる可能性の方が高い」
「そうか?」
「カサマツ上がりの無名のウマ娘。そいつがブラッキーエールとヤエノムテキを倒すなんて予想を的中させた奴がいたと思う?」
と言えば、オグリキャップは素直に納得した。
「東京で走った経験がない、芝2000の経験も一度しかない。完全無欠のタマモクロスでも、万が一で墜落する要素はいくらでもある……ただ、実力があって、その上で流れを積んだ人物が結局は勝てる」
ならば――――と。見えた可能性の中にいた、一人のウマ娘――――オグリキャップの名前を添えて、海堂はペンを置いた。
「……私もか?」
「どの口で聞いてるんだ」
「確かに勝ち続けてきたが……」
「そういう事。とっくに実力と流れを身に纏ってるんだよ、オグリは」
だから、最強を倒す資格は揃っている。
そう伝えたところで――――オグリキャップの目の前に、大量の料理が運ばれてきた。
「ありがとう。それでは頂くとしよう」
――――一人で食べるつもりなのか……?
オグリキャップが健啖家だという事を知っていても、実際どれだけ食べるかは海堂も知らなかった。知らなかったが、こうして目の前に出されると驚愕せざるを得なかった。
何故なら、想像していたよりも数倍の量が運ばれてきたのだから。
「……そんなに食べるのか」
「マーチから聞いてなかったのか?」
「聞いてたし、俺は止めるつもりもないよ。食べる量に見合ったトレーニングはベルノや六平さんが出してくれてるだろうからさ」
「そうか。それなら助かる」
どうしても"食の量"は才能に委ねられてしまう。
多く食べることは才能で、スポーツ界では正しく圧倒的なメリットである。無論制限や食事に見合ったカロリー消費を考えるのも必要だが、オグリキャップがそれを怠るはずもない。故に、止める必要もない。
「オグリ」
「どうした?」
「勝てるビジョン、見えた?」
そう言われてオグリキャップの脳裏に浮かぶのは、親友が与えたたった1つの意見。
――――私は最強のライバルだったと示せ、オグリキャップ。
タマモクロスやディクタストライカでさえも粉砕し、フジマサマーチの価値を上げてくれ。
他でもない最初のライバルにそう言われたからこそ、オグリキャップの覚悟は決まった。
「海堂がそう言うなら"そう"なんだろう。マーチのためにも勝利を持ってくるつもりだ」
「……そうか。ならよかったよ」
とだけ言った後に、常人の数倍は食べるウマ娘の更に数倍の量を食べるオグリキャップを見て、海堂は苦笑いをした。
――――俺ならこの量で一週間過ごせるな、と思いながら。
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閑話
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