ウマ娘 ワールドダービーDLCカサマツ編 東海ダービーレギュレーション   作:ウママママ

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N53-二度目の″初陣″

「決めたのか?」

「決めましたよ。将来的な事は」

 

 夏休み期間の特訓も終わりかけ、世間一般的には残暑と呼ばれるようになった頃。

 目前に迫ったフジマサマーチのデビュー戦に向けて、海堂と六平はミーティングルームにて最終チェックを行なっていた。

 

 夏休み直前の移籍により合宿をフルで活用。強豪チームの傘下に入る事により、実力のあるウマ娘やトレーナーからノウハウを取得。

 オグリキャップのライバル、遂に襲来か————といった世間の煽りも、予想していたよりかは大きく広まっていない事も追い風となり。想定していた通りのスケジュールを組み、それを実施する事に成功。

 そうして。出場するレースの選定の一切を任されていた海堂が、六平に最終判断を仰ぐ。その最終判断を今か今かと待っている。トレーナー同士のやり取りでしか発生しない、緊張感が場を包んでいた。

 

「″9月下旬・芝・1600・新潟″……悪かねえな。寧ろ良い選択だ」

「芝対策にもう少し時間を取るべき、とは考えませんでしたか……?」

「個人的にゃ丁度良い。芝対策は想定より早めに移行してんだし、9月の下旬なら夏合宿で叩き込んだトレーニングの成果が出る頃合いだしよ。能力も対策もピッタリだ」

「10月上旬も考えてましたが、それだと本格的に毎日王冠や秋の天皇賞と被ってしまいそうだったので。それなら良かったです」

 

 海堂がフジマサマーチのデビュー戦として選んだのは、″弥彦特別″だった。

 新潟県で開催される、オープンのレース。GIIIの重賞レースを選択したオグリキャップとは異なり、安全思考————寧ろ、オグリキャップの方が″破滅的″である気がするのだが。

 ともかく。マイルが得意なフジマサマーチにとっても、海堂にとっても。初陣としては文句無しのレースと言えた。

 

「俺はオグリの毎日記念の方に駆り出されてっから、最終調整の場にはいらんねえ。新潟にはベルノを送る」

「承知しました。……1ヶ月を切ってるので。マーチも俺も、程良い緊張感でトレーニングに挑めてます。メンタル面も良好です」

「……ほう」

 

 顎に手を当て、吟味をする。

 違和感。それを、六平は海堂から感じ取った。

 言葉の間や、表情。現れる部分から少しずつ滲み出る、何かを考えていそうで、それを口にすべきかと迷っている雰囲気。

 勤続年数数年のトレーナーと、40年以上のトレーナー。六平からすれば、子供が隠し事をするような物だった。

 

(″天才″と称される海堂も、まだまだひよっこ……ってこったな。そこら辺はこっから伸ばせば良い。マーチと一緒にな)

 

「先んじて伝えておく」

 

 ピン、と。たったその一言で、糸が張られた音がした。

 実際には糸など何処にもないのだが、空間全体に張り巡らされるかのような感覚が、海堂の身を包んだ。

 

 こういう時の六平は、極めて真面目な話をする。

 何時も真面目な話をしているのには変わりないが。今後の身の振り方に関わるような、″これから″を大きく変える時の話である。

 

 偉大な先輩から、提言をいただく。それが分かっている海堂の目が見開かれ、背筋がピンと伸びる。

 それを受けた六平は、こくりと頷いて口を開いた。

 

「上手く行くと思うな。掲示板入り……それを上手く行ったとするんだとしても、良くて5割。残りの5割で上手く行かねぇ」

「……それは、分かっています。マーチも、俺も。同じ認識です。マーチも真面目な娘なんで、油断なんて事は絶対ないでしょうけど」

「なら良い。デビュー戦から中央って奴しかいねぇ空間で、それでも尚走り続ける奴らが出るようなレースだ。地方で圧倒的成績残してたって、負ける時は負ける」

 

 一番得意な距離感で、そして一番得意な方法で、強敵に挑む。

 しかしそれでも尚、勝てない時はある。″理不尽″とさえ思ってしまうような負けに直面する時が、ある。

 そういう意味では、フジマサマーチは理性的なウマ娘だった。そんな理性的なウマ娘を指揮する海堂は、更に理性的なトレーナーだった。

 

(ゴールドジュニアの時だって、そうだった。……俺もマーチも、それを知っている)

 

 オグリキャップが歴史の特異点である事を知っていた海堂は、中央移籍以降、常に安全策を取ることに徹していた。

 東海ダービーという山の頂を見据えた戦い方を捨て、純粋な力勝負で挑む。奇しくもそれは、ライバルとの最後の戦いであったゴールドジュニアと同じで。

 

 であれば、″負ける可能性″がある。

 それと同じと言われれば、頭に″敗北″が過ぎる。

 しかし、頭に過ぎった敗北は、過信から遠ざけてくれる。慢心した状態でレースに挑むなど、忠告をしてくれる。

 ある意味で、それは海堂自身が求めていた″安全策″の取り方だと言えた。

 

「……六平さん」

 

 ただ、それでは。

 

「勝負事において、″敗北″を意識し過ぎる事は良くないと思うんです。そこに勝気がなければ、レースには勝てません」

 

 それでは、駄目なのだ、と。そう思った海堂は、口を開く。

 どんなレースだって、勝てると思って挑んでいた。

 

 初のレースとなった、新入生レースも。

 完勝を見せた、秋風ステークスも。

 才能の片鱗を見せた、ジュニアクラウンでも。

 ライバルに完敗を喫した、ゴールドジュニアでも。

 心に不調が芽生え始めた、スプリングCでも。

 夢背負い戦い抜いた、東海ダービーでも。

 

 そこに″負ける″という思いはなかった。あるはずもなかった。

 ただ、今から挑むレースでは。″負けるかもしれない″という思いが、多くを占めている。

 それでは勝てない事を、今までの経験で、二人は知っていた。海堂真も、フジマサマーチも。

 

 上手く行かない可能性が高い事は重々分かっている。

 ただ、負ける事を意識してはならない。意識しては勝てない。

 矛盾しているこの状況で、どうするのが正しいのか。意思表明と共に、純粋な疑問を投げかける意図があった。

 

「勝つつもりでいんだな?」

「当然。じゃなければレースに出ないでしょう」

「……そうか」

 

 ニ、と。六平が微笑みを返した。

 これも、海堂には分かる。六平が問うた質問、もしくはそれに値する何かに対し、100点に近い回答を返せた時の表情だと。

 奈瀬を発見しろと命じた時然り、六平はこういう時に何処か試すような視線を送る。今回もおそらく、そうだったのだろう。

 

 提言を与える立場からは一転。ミーティングで浮かべるとは思えない、ニヒルな笑みを六平は見せる。

 

「合格、だな」

「合格?」

「正直、試してたのもある。中央のトレーナーとして、地方移籍のウマ娘と挑む初陣をどう見据えてんのか、ってな」

「……今、ナチュラルに試されてたんですか?」

「当然だ」

「トレーナーもウマ娘も初陣、って時のミーティングで???」

「試せる時に試しとかなきゃなんねえだろ。サブトレーナーとしてやって貰わにゃならねえ事もあんだからよ」

「……そうですか」

 

 信頼されてはいるんだな、と思う事にした。

 可愛い孫娘が、どれだけ成長しているのか。それを試す意味合いも兼ねて、こうした質問を投げかけているんだろう。

 それはそれとして、それは自分()ではなく、北原()にやるべきではないか————という言葉をぐっと抑えて、海堂は話の続きを聞く事にした。

 

「お前が言う通り、負けを意識してちゃ勝てるレースも勝てねえ。5割の良い方を引きゃマーチだって1位は狙える」

「ただ、カサマツの時とは状況も異なりますから。新入生レースとは違って、中央でどうなるかが決まる一戦ですし……」

「そこで、だ。考え方を変えてみろ。お前らみたいな理性的なレース展開をする奴等にゃ、こういう限られた環境じゃこっちの方が合ってる気がすんだ」

「……それを早くに教えなかった理由は?」

「自分自身で気がつくのが一番に決まってんだろ?」

「ごもっともでしたね。失礼しました」

 

 考え方の変更。思考が変わる事は即ち、レースに求める結果が変わる。

 大抵は――――というよりかは、ウマ娘はほとんど全てのレースにおいて一着を目指して走る。走るが、その常識を覆す。六平の提案は、それを意味していた。

 このような特殊な事例でしか成立しない、レースへの向き合い方。無論、一着を狙う姿勢は崩さないが、より安定志向へと移行するための二の矢に近しいシフトチェンジ。

 

 きっ、と。向き合い、海堂とフジマサマーチにとっての、魔法の言葉を投げかける。

 

「大敗しねぇ。その上で最善を目指せ。初陣だけはその考えで挑め」

 

 この提案が、吉と出るのか凶と出るのか。

 それが判明するのは、もう少しだけ先の話。

 

 

***

 

 

 9月下旬、新潟競馬場にて。

 最終確認として、パドックに向かう途中の通路で海堂が作戦をもう一度告げる。

 改めて告げた内容は、1ヶ月ほど前に六平から言われた事。何度も、何度も口酸っぱく言ってきたが、やはり緊張の末に忘れてしまう事だってある。

 念には念を込めて、また伝える。そうすれば、忘れる事はない。

 

 今のフジマサマーチにとって一番怖かった事は、自分の走り方を忘れてしまう事だった。

 それは、過度な緊張から生まれる。その過度な緊張の種さえ潰して仕舞えば、必ず上手くいく。

 海堂はそう確信していた。故に、その宣告を忘れる事はなかった。

 

「マーチさん、頑張ってください! 応援してますから!」

「ありがとう、ベルノ。カサマツ生まれのウマ娘はここにもいる、という事を証明してくるよ」

「海堂さんも、ほら! 最後にはトレーナーさんからお願いします!」

 

 ベルノライトからも求められ、フジマサマーチの視線も海堂へと向く。

 100の力を101にする。出走前にトレーナーがかける言葉には、その役目がある。

 言いたい事は山ほどあった。東海ダービーに出場する時よりも、多くの言葉が浮かんだ。それは、自身をも襲う緊張から来るものなのだろう。

 

 同様の緊張を、フジマサマーチも感じていた。

 この場に合ったたった一言さえ貰えれば、心が最高の状態で走ることができる。最も信頼する男の古馬には、それほどの力は込められている。

 

 かけたい言葉は、ある。

 しかし。これは、″エゴ″なのかもしれない。

 言ってはいけない。言ってしまえば、必要以上の責務をフジマサマーチに、担当ウマ娘に押し付ける事になる。

 険しい戦いになるのは想像できる。最良の結果を持って帰れない可能性だって、あるだろう。寧ろそっちの方が高いとさえ思える。

 

 ただ、それでも。

 フジマサマーチの緊張を解くには、やはり″何時も通り″が一番なのだ。

 

「「マーチ / 海堂トレーナー」」

 

 お互いが、お互いを、呼びかけた。

 呼びかけられただけ。ただそれでも、相手が何を言うかが、なんとなく分かった。故に、二人は笑った。

 ベルノライトだけがきょとんとした表情をしていたが、二人の会話の間で交わされたやり取りを聞いて、微笑んでいた。信頼から生まれた物だと、理解していたから。

 

「全力を出して、一位を掻っ攫ってきてくれ。それが俺の願い。……行ける?」

 

 ただ。それでも、やはり″こっちの方″が似合っていると、思ってしまうのだ。

 どんなレースにも必ず勝つ。自分の力を出し切った末に求めるのは、常に最良の結果。

 誰にも負けない勝気で周囲を威圧する。フジマサマーチのレースには、やはり。これが無いと、いけないのだ。

 

「当然。私も同じ事を言おうとしていたんです」

「そうか。……なら、行ってきな。俺も何時も通り応援してるから」

 

 こくり、と頷いて。フジマサマーチはパドックへと歩みを進めた。

 自信と、緊張と、そして決して驕る事のない精神性。それらが、フジマサマーチの表情から見て取れた。

閑話

  • オグフジベルノのお遊び回
  • 海堂がプロキオンを府中エスコートする回
  • 海堂奈瀬の雑誌撮影回
  • 海堂フジのお出かけ回
  • 海堂ベルノが視察しに行く回
  • その他
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