ウマ娘 ワールドダービーDLCカサマツ編 東海ダービーレギュレーション 作:ウママママ
(観客が多いな……)
観客席に出て前列を確保し、ぐるりと見渡せば。
地方レース場にしては、比較的多く客は散見されるように思える程の観客がいた。
熱心に前列を確保する客もおり、少々異なる熱が漂っている、と感じる者も少なくはないだろう。
「あの人、オグリさんのグッズ付けてますね!」
「オグリのファンもいる、か。……まあ、あの死闘を考えれば、それもおかしくはないけれども。人気はどう?」
「マーチさんは4番人気……みたいですね。海堂さんはどう思いますか?」
「変に持ち上げられるよりかはマシだね。いつも通りやってくれればそれで良い」
新入生レース、ジュニアクラウン、ゴールドジュニア。
オグリキャップとの死闘を内訳2勝1敗で切り抜けているフジマサマーチは、競バファンからすれば″一流″そのものだった。
地方で負けたレースもオグリキャップに次ぐ2着で、それ以外のレースは僅差であるも全て1着。6戦5勝の戦績を、中央移籍以前のオグリキャップと同格とみなす有識者も多い。
結果として。オグリキャップのファンが、フジマサマーチを応援するのは、何らおかしな事ではない。
それが例え、新潟で開催されるオープンのレースだったとしても。熱心なファンは、駆け付ける。現に、オグリキャップファンと兼任しているであろう観客も多く見られる。
幸いな事は、変に人気が上昇してはおらず、適正な評価を下されているところだろう。1番人気となれば、必要のない重圧もかけられていたのだから。
「ただ。変に浮かれないかどうか、それだけ心配だね」
「でも、マーチさんなら大丈夫だと思います。いっつも冷静ですし!」
「確かに。今のマーチなら大丈夫かな」
元々冷静なウマ娘で、どちらかと言えばオグリキャップとは対称的な存在。
クレバーで、ほんの少しだけ繊細な心を持っている。有り体に言えば、レースに関しては常識人、王道を貫くようなウマ娘。
そんなウマ娘である事を知っていたからこそ、ベルノライトと海堂は心配をしていなかった。
そんな最中。ポロン、と。一件の通知が海堂のスマホに届く。
「……あー。ごめん、ベルノ。呼び出しがかかった」
「へ? 呼び出し、ですか? ……まさかトレセン学園から!?」
「ここだよ。と言うよりかは、必要だと思ってこっちから呼んでいたんだ。まだ来ないのかって、今になって連絡が飛んできた」
「ここ……って、新潟レース場で?」
「そう。タブレットはベルノに渡しておく。距離が近い方が気づける事も多いはずだから、録画と分析を頼む」
持っていたタブレットをベルノライトに託し、呼び出し場所へと向かうべく海堂は歩みを始める。
観客席を出、関係者用の通路へと入り、フジマサマーチのトレーナーである事を証明し、階段を登り更に奥へと進む。
高所にある、ガラスで覆われた観戦デッキ。そこに、海堂を呼び出した人物はいた。
「依怙贔屓だと思われない?」
「私がスカウトしているんだ。依怙贔屓そのもの、だろう?」
「それは確かに。そうかもね」
皇帝────シンボリルドルフ。
海堂とフジマサマーチを招待した張本人が、そこで待っていた。
優雅に椅子に腰かけている中、開いたもう一つの席を指さし、ここに座ったらどうだと案内をする。その席に、海堂も遠慮なく座った。
「悪いね。忙しい中新潟まで来てもらって」
「君から呼ばれた、となれば当然さ。……何故呼んだかは、理由は聞いてないけれどね」
「……正直、そこはいいんだ。呼ぶ理由はあったけれど、ルドルフには伝えたくない」
「そうか。それは私が信頼されてないからか?」
「それは違う。決してね。君の事はかなり信頼している。もしかしたら、1位かもね」
尻尾を揺らしながら、″そうか″と反応し、少しばかりの無言の時間が訪れる。
そうして、空気が入れ替わったかと判断できた頃に。シンボリルドルフは、口を開いた。
「オグリキャップは、中京盃で才能を示した」
「あれは流石に驚いたよ。もう9ヶ月が経った訳だけどね」
適応と適性は、似て非なるものだ。
どちらも、環境に自身の能力を合わせられるかどうかという点では一致している。個人が持っている能力が合わなければ辞めることのできる適性と、合わせなければならない適応は、大きく異なる。
「オグリは、適性も適応力もあったんだ。異なる環境に合わせられるだけの柔軟性と、異なる環境でも力を発揮できる能力を持っていた」
「……純粋な質問だ。フジマサマーチに、その才能はあると思うかい?」
「あると信じる」
シンボリルドルフからの質問に、海堂は即答した。
「俺は信じることしかできないからね。あると信じて、それを見守ることしかできない。確信してるのは運の良さだけだよ」
「運の良さ?」
「俺はこうして関係者と良い関係性を持てて、マーチはここ2ヶ月で多くの事を実力あるウマ娘から吸収した。お互いやれる事はやった。……それでも不安かどうかで言えば、不安だけど」
運が良い。
偶然────フジマサマーチは領域を引くことができ、オグリキャップに勝つことができた。
偶然────海堂は六平の下に就くことができ、それがきっかけで夏合宿を有意義な物にできた。
偶然性で得た結果を手繰り寄せ、手繰り寄せ。その結果、今こうなっている。
その過程の中には、実力だけでは得ることができなかった物が多く存在した。故に、″運が良い″と称している。
「適応力は目に見えない力だからね。今の俺では信じる事しかできない」
「運が良ければ、そうであろうと?」
「そうだね。マーチの性格と、積み上げて来たものと、目に見えない力を、俺は信じる」
適性と適応力が正しく測れない以上、運に頼るしかない。
弱々しい主張と、経験よって得た裏付け。それらを、シンボリルドルフに伝えて前を見る。
「……ところで。オカルトに傾倒するトレーナーは嫌いかい?」
「全て君とフジマサマーチの実力で手繰り寄せた事だ。ここまでに起きた事は必然的な事だと思うし、私はオカルトだとは思わないさ」
「そう。それなら良かった」
二度目の初陣まで、後少し。
二人の目には、ゲートに入るフジマサマーチの姿が映っていた。
***
(……恐れはない。実力を出す事にだけ、集中する)
真っ直ぐ。ただ前だけを、フジマサマーチは見つめていた。
二度目の初陣、中央初レース、2勝以上オープン、初の新潟、多い観客、芝対策の結果。頭の中に浮かぶ物は様々だが、その全てを抑え、ただ一つの事だけを考える。
(大敗は喫さない。……まずは、これだけを意識しろと。海堂トレーナーもそう言っていた)
必要以上の事は伝えず、一言でレースに挑む心を変える。
オグリキャップに勝ったジュニアクラウンでも、自身の夢を果たした東海ダービーでも、海堂が与える助言に救われた。
故に、今回も信じる。
決して妄信をしている訳ではなく。それを信じていれば、今回も冷静にレースが展開できる。それが経験によって分かっているから、それに頼る。
海堂真にとっての、運。フジマサマーチにとっての助言は、それと同じような物だった。
3枠3番。内側のゲートに入ったフジマサマーチは、思考する。
新潟レース場の最後は直線であるとか、このレースで取るべき脚質の事だとか。それらを考え、もう一度、海堂と交わした作戦を思い出す。
────先行策で行くべきだと、俺は考える。
────直線が長すぎる。逃げだと捕まる可能性があるし、末脚を活かしたい。
────逃げだと1着か大敗かだけど、先行策なら満遍なく可能性が有り得る。無論、1着だって。
そうしましょう、と頷いた。
そっちの方が合理的な事は、分かっていたから。
元々逃げ脚質は東海ダービー用の騙し撃ちだったのだ。鍛えた時間は先行策の方が長く、逃げを活かせるレースでもない。
先行脚質。前を張り、末脚と自身のレース展開力で掴み取る。何時もやっていた事じゃないかと、フジマサマーチは思うなどした。
(芝の対策も取って来た。合宿で得た物も多い)
(今は、勝つ事だけに集中する。あれこれやって来た事を考えるのは、また後だ)
ふるふると首を振り、上位人気の発表を耳にする。
名前を呼ばれなかったのは初めての経験だが、寧ろ今はそっちの方が都合が良い。
必要以上のマークを敷かれることはない。気をつけるべきは、想定外の事。しかしその想定外の事も予測できない以上、今はただやるべき事をやるだけ。
堂々巡りの思考は、常に″やるべき事をやる″に帰結する。
程よい緊張感が体を支配している時は、常にそうなる事を、フジマサマーチは知っている。
ぐ、と。ゲートが開く時を待つ。
歓声が耳に届く最中、一瞬その歓声が止んだ。重い音と共にゲートが開かれたからだと理解した時には、脚は動いていた。
《今、スタートしました!》
先行策。それを守るが、スピードだけは″出し過ぎない″。
ただその事だけを意識しながら、フジマサマーチは前へと出るべくスピードを上げて行く。
────日本一長い直線、らしいね。
────ハイペースを保ち過ぎれば、その後のカーブで苦しむ事になる。寒暖差や気圧差で苦しむ人間と同じ要領だ。
────スピードは出し過ぎず、前を張る。だけど、スピードを出し過ぎなければズルズル落ちていく。
────矛盾したこの注文。難しいけど、受けられる?
やります、と頷いた。
やれます、ではなく。やります、と頷き、現にこうして実行に移している。実行に移せている理由の一つに、培われてきた信頼関係も含まれているだろう。
《三番手にフジサマーチ。一着との差はおよそ1バ身です!》
続ける。とにかく、前を張る。
(イメージしていたよりも速い。が、想定外ではない)
(想定内のスピードだ。私なら、後を追える。最後に抜くことさえ可能だ)
ふう、と強く息を吸い込み、スピードを落とさぬことだけ意識して後を追う。
走り慣れないものの、ここ1ヶ月の特訓によって慣れた芝。
経験こそないものの、圧倒的特徴から対策を取らざるを得なかった新潟レース場。
中央初レースで感じる緊張と、練った作戦を実行しなければという純粋な気持ち。
(……勝つ)
その。
(……前を、張る)
その、全てが。
(……勝たなければ、ならない)
フジマサマーチへと、襲い掛かる。
前半600m。3ハロン。示されたタイムは、34.35。
環境がもたらした、過度なペース。ぎりりと歯を食いしばり、フジマサマーチはただひたすら耐えていた。
***
「……不味いな」
コーナーを曲がるウマ娘を見ながら、海堂はストップウォッチを握りしめる。
「……熟練したウマ娘であれば、35秒を切ることもある。直線主体のコースだからね。今回もそうだ。オープンのレースとはいえ、規定上そういったウマ娘が集まることもある」
「ペースが速い。速くせざるを得ない。特徴的な構造がそうさせている……最後まで持つかが、俺にも分からない」
元々は、スペックを押し付けて勝つのが主体のウマ娘だった。
しかし。フジマサマーチ自身のスペックは、飛び抜けて高い訳でもない────と言わざるを得ないのだ。
正確に言えば。スペックを押し付けて勝つは、環境がそうさせていた、だけの事だった。
新入生レースでは、靴の破損をしたオグリキャップと1バ身差で。
ゴールドジュニアでは、オグリキャップに5バ身離され負け。
東海ダービーでも、決して″圧勝″ではなかった。領域を発現させていたにも関わらず、だ。
今までのレースが、それを証明している。
環境、空気、条件。要らぬ追い風が気分の向上をもたらし、アドレナリンを放出させる。フジマサマーチも、それに乗じる。
その結果。想定内とはいえ、今までのレースと比べ、少しだけペースが狂う。スタミナが持つか、垂れるか。ペース配分の行方が、分からなくなる。
「中央のウマ娘はレベルが高い。……こんな形で、実感するとはね」
一段上の中央に放り込まれたとなれば、その差が埋まる。顕著ではなくなる。
スペックは互角。実力も互角。であれば、勝つには後一押しを具現化する根性が必要である。
慣れない構造、得意な形ではない直線勝負。その全てが、フジマサマーチにとって逆風となっている。
(もっと適切なレースはあった。俺の判断ミスが失敗を招いたかもしれない……!)
その逆風の中で、最後までペースを保てるか。
海堂の言う通り、やる事はやった。この2ヶ月で、フジマサマーチは格段に成長した。
思いがけない成長も、運で招き入れた。運がなければ、ここまで来ることはできなかった。ペースを保てる可能性はあるが、しかしそうならない可能性だってある。
皮肉にも、六平の言う通りとなっている。
持つか、持たぬかは、五分五分と言えよう。5割で大敗し、5割で好成績を残すことができる。海堂も、シンボリルドルフも、そう予感するしかなかった。
ストップウォッチを握る手に、力が入る。
知る者が見れば、らしくない顔をしていた。東海ダービーの際にも見せなかった、少しばかりの不安が、その顔には浮かんでいた。
「私は信じる」
────しかし。
シンボリルドルフは、平然と前を見ていた。
運ではなく、必然と称したシンボリルドルフは、信じていた。
「フジマサマーチが最後まで持つと、私は信じている。無論、君も信じているだろうがね」
コーナーを曲がり切り、ウマ娘達は最後の直線へと突入する。
残り600m。訪れるのは、勝利か敗北か。
運命の最終直線。フジマサマーチは、未だ3番手を確保していた。
感想、評価、お気に入り、読了報告。お待ちしております。
閑話
-
オグフジベルノのお遊び回
-
海堂がプロキオンを府中エスコートする回
-
海堂奈瀬の雑誌撮影回
-
海堂フジのお出かけ回
-
海堂ベルノが視察しに行く回
-
その他