ウマ娘 ワールドダービーDLCカサマツ編 東海ダービーレギュレーション 作:ウママママ
(最後の直線……!)
突入。ここから先は、緩めることはない。
コーナーを抜け、長い長い直線へと突入したフジマサマーチは、もうひと踏ん張りだと言わんばかりに落としていたスピードを上げる。
(条件は揃っている! 前方、3番手、末脚、最後の伸び!)
(これさえあれば、勝てる。1着を狙える!)
後もう少しだけ、頑張ってくれないか。フジマサマーチは、自身の脚にそう念を飛ばした。
前々から押し切るためにペースを緩めず、コーナーを切り抜ける。好位置で垂れることもなく、そのまま押し切ることのできる位置にいる。
勝つための条件は揃っている。後は、その条件を達成するだけのスタミナがあるかどうか。
(スタミナは付けた。距離1600mの芝を駆け抜けるために、意識して!)
(東海ダービーは1900m。それと比べれば誤差300m、今はただ、耐える!)
自身を奮い立たせ、最終直線をひたすらに駆け抜けていく。
────俯瞰した視点から見てしまえば。
自身を奮い立たせるというのは、自身の″限界″が近いという事だ。
冷静なレース運びを行わなければならない中で、自身を鼓舞する事にリソースを割いている。
最後の直線で、前を張っているという条件だからこそ、許される。それ以外なら、許されない。
レースにおける御法度を、フジマサマーチは犯していた。レースに関しては常識人であるフジマサマーチが、だ。
しかし。そうでもしないと、やっていられない。それ程までに、限界を越えるか否かの瀬戸際にいた。
(自身の【領域】は、この条件では出現しない……!)
(だが。偶然発現する物に頼らず、実力で出し抜くだけの実力は付けた!)
だが。フジマサマーチは、冷静だった。
たった1つの勝利を奪取するため。自信を鼓舞し、その反面頭は冷静なまま、自身の置かれた状況を理解していた。
6戦中2戦で、フジマサマーチは領域に突入した。そして、自分自身なりに整理を行った。
自身が追い上げられる立場であり、そして何より″勝ちたい″と思った瞬間にその領域は発現する。
最終直線で発現するのか、バ身はどれ程詰まっているのか。その条件は、分からない。
ただ。この条件────″追い上げる立場″にいるこの状況では、領域が発動することはない。さながら、最後の二押し。その内の一つは、発動しない。
そこに頼る。その選択肢を捨てる。捨てた上で、挑む。
ハナから捨てることは決めていたが、それでも尚限界が来れば縋りたくなる。だが、決して縋らない。たとえ何があったとしても。
それだけの冷静さが、フジマサマーチにはあった。まだ、堕ちる事はない。それを意味していた。
《残り200m! 全ウマ娘が上げる! 上げる! 上げる! この中から抜けるのは一体誰だ!》
「負け……られんっ!」
思いを込めた一言と共に、最後の一押しを注ぎ込む。
親友。オグリキャップから学んだ【末脚】。
強敵。ディクタストライカから学んだ【末脚】を、自身の能力に変換して学んだ【決定打】。
その力が、ほんの少しだけ、フジマサマーチを加速させる。
全バの差がたった4バ身。感覚で分かる煮詰まったと称すことのできる距離感。時間にして残り12秒。その短時間で、全てのウマ娘が全てを吐き切る覚悟を持っている。
後方から上がる差し脚質に、前方で未だスピードを落とすことのないペース配分完璧の先行脚質。
その全てが、安定している。自分が為したいレースを為すためのプランニングと、それを実行に移せるだけの実力がある。
この場で唯一それがないのは、もしかしたらフジマサマーチだけかもしれない。フジマサマーチにもあるにはあるが、今はただ、己の執念だけで保っている。
負けられん。
その言葉とは裏腹に、スピードは落ちていく。
(落ちては、ならん。抜かれる……!)
体に満ちる熱。
上昇する心拍数。
張り裂けそうな肺。
感覚が研ぎ澄まされる耳。
血液の巡りが速くなることも、分かる。
それらが全て、体の内側で発生している事象であるというのに。
(────これ、が)
故に。
故に、燃やす。
(────これが)
残されたエネルギーを、全て活用するために。
(これが、中央か!)
最後の一滴まで絞り取るために。心を、魂を。燃やし尽くす。
────限界を越えることはない。ただ、越えようと思えば越えられる。
────火事場のバ鹿力。それを意図的に引き出すことができれば、どうだろう?
────結局、最終的にそれを引き出すためには、精神が必要になるだろう。
────勝ちたい。本気でそう思った時こそ、その力が出てくると俺は信じている。
────そんなのに頼ったレース展開はしたくないけれど。もしそうなってしまったら、覚えていて欲しい。
────おまじない、みたいなものさ。神頼みは一度だけだよ。
何時か。自分が尊敬する師が、そう言っていた気がする。
何時の記憶かは思い出せない。ただ、最後の一つ、何処かでそれに頼れる時が来ると思って、覚えていただけ。
追いつける、追いつけないの理性ではない。
追いつく。感情で、最後の力を引き出す。
感情が理性を上回るためには、力を全て使い果たす必要がある。
意識してはいなかった。意識してはいなかったが、″オカルト″に傾倒するだけの舞台が自然と整った。
(落ちては、ならない。越える。越す。越えなければ、ならない!)
ぐん、と。
一押し、誰かに押された気がして。
今よりほんの少しだけ加速し、後ろの距離を離す。
そして自身の限界を越えた、【領域】関係なしの末脚を見せて、もう一人と並びかけて。
フジマサマーチは、ゴール板を切った。
***
「どっちだ……!?」
1着のように″見えた″。今は、それしか分からない。
縺れるようなゴールイン。1着か、もしくは圏外か。ただし、大負けはしていない。それは、それだけは分かる。
「走り抜いたな、フジマサマーチは。ギリギリだっただろうが、良く戦い抜いた」
「……とりあえず、良かった。心配だったんだ、本当に」
「出る、と決めた時に覚悟はしなかったのかい?」
「してた。……ただ、こんなに緊張するとはね。中央のレベルも、もう少し見積もって考えないとだ」
決して強い心を持っていない海堂は、ヒヤヒヤとしながらレースを見守っていた。
ふう、とため息をつき。椅子に座っていなければ、へなへなとへたり込んでいたであろう海堂を見て、シンボリルドルフは思う。
────ウマ娘のトレーナー向きではないな。やはり。
────ただ。こんな人物でしか、私が求める夢は叶わんだろう。
────成長してくれ。海堂トレーナー。君なら、本物のトレーナーに成れるはずだ。
強い精神を持つべき人物が抱く夢を、そこまで精神の強くない人物が抱いている。
東海ダービーの時にも、同じような感想を抱いた気がする。そのような事を思いながら、もう一度前を見る。
「表示されているぞ。電光掲示板に」
″フジマサマーチ、3着″。
2着とは1バ身差。ただそれだけが、電光掲示板に表示されていた。
「……ギリギリ、逃げ切ったのか。危なかった」
「惜しかった。もう一伸びあれば、1着も狙えていただろう」
「そうか。……良かった。本当に良かった」
たまたま噛み合って、たまたま上手く行った。
フジマサマーチも、そう思っていることだろう。再現性は何処にもなく、もう一度同じレースを展開すれば、フジマサマーチは掲示板外になっていた可能性の方が高い。
今になって思えば、フジマサマーチは掛かっていた。もしくは、実力不足だった。掲示板入りを果たせる器ではなかった、と言えばそれはそうなのだろう。
距離感の詰まったレース展開により、バ群が形成されにくい新潟レース場でバ群が形成された。それによって、本来有利とされている差しのウマが出にくかったのもあるだろう。
レースだから勝った。サシだったら分からない。奇しくも、あの時────ゴールドジュニアと、同じ事を思ってしまった。
ただ、それでも。
偶然に偶然が重なり合ったが、初陣で大敗は喫さなかった。
それも、中央のレースで、2勝以上が出場規定にあるレースで。結果的に、3着を取った。
どれだけ偶然であれ、これは。これだけは、紛れもない事実なのである。
海堂は、それがただただ嬉しく。頭を押さえ、ぐーっと椅子にもたれかかった。
「……東海ダービーよりも、ヒヤヒヤした。これは内緒にして欲しいけどね」
「内緒にするさ。こんな情けない姿もね。マルゼンスキーには知られたくないだろう?」
「マルゼンスキーはおろか、誰にも知られたくないよ。ルドルフなら、まあ、いいかな」
「……その意図を、是非聞かせて欲しいんだが?」
「意図はない。ただ、約束は守るでしょ」
「……そうか」
ぷい、とシンボリルドルフが何処かを向いたのを、海堂は見ていなかった。
が。″どうせまた、何時ものなんだろう″。とは、思っていた。口にはしなかっただけで。
こういう時は、そのまま気にせず会話を広げれば良い。海堂は、それを知っていた。
「とにかく。偶然を必然に変えるためにできるのは、トレーニングだけだからね。反省点も見えた。これを活かして、次は確実に勝てるようにする」
「次のレースはどうするつもりなんだい?」
「秋の天皇賞もある。俺はオグリの方にも働き掛けないとだし、11月頃を想定するかな。……まさか、また見にくるつもり?」
「いや、遠慮しておこう。ジャパンカップやマイルチャンピオンシップなど、G1が乱立する時期だからね」
「そう。機会があったらまた来てくれたら嬉しい」
「……来るな、とは言わないのだね」
「そんな事言う関係ではないからね」
ゆっくりと。スマートフォンを弄りながら立ち上がり、海堂はシンボリルドルフに別れを告げる。
「ライブ会場に向かってるよ。また何かあったら連絡してくれ」
「ああ。是非そうさせて貰う」
そうして。
海堂真は、ライブ会場ではない場所へと向かって行った。
***
かつ、かつ、と。
通路に音を響かせながら、海堂は歩く。
(……本当は)
(本当は、″逃げ″で行かなかった理由は他にもある)
特別な構造故、先行策を取った。それは、紛れもない事実である。
そもそも、騙し討ちのために用意していた戦術だった。それも、紛れもない事実である。
(もし、逃げを取って敗北したら)
(スペックで負けた。それを、痛感することになる。……初陣でそれだけは避けたかった)
どんな手を使ってでも、負けは避けたかった。
避けるために、逃げは取らなかった。これは新潟レース場だけでなく、中山でも、京都でも、何処でも。
先行策でレースに出れば、言い方こそ悪いが″負けに理由が付けられる″。しかし、スペックでの敗北は″現実″を突き付けられる。
またレースに出れば良い。そう簡単に言い切れる程の時間が、フジマサマーチに残っている訳ではない。中央移籍の宿命である。
最終的な目標は、″もう一度オグリキャップに勝つ″。
山の頂に辿り着くために、足踏みはしていられない。故に大敗を嫌い、確実に近い勝利を拾うことを目標にレースに挑んだ。
自信を付けるため、と言った方がより分かりやすいだろう。それを好み、策を練り、実行した。
(負けを強く嫌ったのは、マーチが負けに慣れていない可能性があるからだ)
(オグリ以外に負けた事のないマーチが、他のウマ娘に負けた時。どうメンタルに影響を及ぼすかは……俺にも分からない)
予測はしている。そこから外れる事が困る。
万に一つでも外れる可能性があるなら、よりその可能性が低い方を選ぶ。
六平と話し、フジマサマーチと策を練り。そして海堂自身も不安であったがゆえに、シンボリルドルフと共に見守った。
そこまでした理由は、全てここに凝縮されている。
そうして、実際に。可能性の高い不安は、そのまま実現した。
3着とはいえ、オグリキャップではないウマ娘に負けた。スペックの差も痛感しただろう。クレバーなウマ娘であるからこそ、たまたま、である事も理解しているはずだ。
故に。
(……一人で向き合いたかった。ベルノや、ルドルフがいない場で)
(″順当に一着を取れなかった″マーチが、どういった反応を見せるのか。それを知るのは、俺だけで良いから)
故に、一人でここまで向かって来た。
ベルノにも、ルドルフにも、先にライブ会場に向かっていると嘘をついて、裏に回ってここまで来た。
目の前から、同じくして足音がする。
聞き覚えがある足音、だった。感覚で、誰が来たのかは分かった。
「……マーチ」
「やはり」
″やはり″。
ただ一言を述べて、フジマサマーチは海堂の目を見た。
「やはり、一筋縄ではいかないな。中央は。力の差を痛感した」
「それが、レースの感想?」
「冷静なレース運びができていなかったのは私だけだ。運が良かった。……転落は、目の前だった」
じ、と。海堂は、その視線を受け止める。
「……そう。ならもっと頑張らないとだ」
────満足していない顔が、そこにはあった。
貪欲に、勝利をもぎ取らんとする精神性。偶然に支えられただけでは、満足できない顔。
(見くびっていたのは、俺の方だったかな。杞憂でもなんでもなく、勘違いをしていただけだ)
フジマサマーチは、強い。疾くはないかもしれないが、強い。
それを実感しいた海堂は、彼女の隣に立ち、共に歩くべく引き返した。
「敬語、取れてるけど。気にしないの?」
「海堂トレーナーが良ければ。……実を言えば、外すタイミングを伺っていたんだ」
「それが今? 東海ダービーが終わった後でも良かったのに」
「今じゃなければ駄目なんだ。ここが新たな始まりになった。そう思っているから」
「そうか。……強いウマ娘だね。一緒にいると、実感するよ」
「ウイニングライブ。私は定位置ではないが、海堂トレーナーはいるんだろう?」
「しっかりいるから、安心して。ベルノも一緒にいるよ」
まだ。
まだ、もっと。二人は強くなれる。
あの時────ゴールドジュニアの際とは異なり、清々しい笑顔を浮かべて。二人は、ライブ会場へと向かって行った。
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閑話
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オグフジベルノのお遊び回
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海堂がプロキオンを府中エスコートする回
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海堂奈瀬の雑誌撮影回
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海堂フジのお出かけ回
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海堂ベルノが視察しに行く回
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その他