ウマ娘 ワールドダービーDLCカサマツ編 東海ダービーレギュレーション 作:ウママママ
「……先に言っておくが。【領域】は、どうしても曖昧な物になる。私も、これが完璧な回答とは思っていない」
屈伸、伸脚運動を行いながら、オグリキャップとフジマサマーチの二人が会話を行う。
領域を発現させるきっかけとなるには、やはりレースしかない。自分自身も、レースを通して発現させたのだから。
言語では伝わらない。ただ、言語を用いない対話なら伝わる。
表現し切れない意思と意思のぶつかり合い。それが領域発現に必要なもので、その答えが正に、″これ″だろうと。フジマサマーチは、そう判断したのである。
「準備はできたか?」
「ああ。マーチも問題なさそうだな」
「そうか。それで、だが。レースをする上での約束事は、4つある」
レースを始める前に。説明と称し、フジマサマーチが、まず4本の指を立てる。
オグリキャップがそれを眺めていれば、まずは1本が折られた。
「1つ。これは天皇賞を模したレースではないと理解する事」
「【領域】……を引き出すために行なってくれるのだろう?」
「そうだな。故に、距離は天皇賞とは異なる1600mとする。これは必ずだ」
1600m。曖昧な数字に、オグリキャップは違和感を覚えた。
2000mではないのは、分かる。しかし、領域発現のためのレースで、距離を明確に指定する必要までは、無いようにも思える。
その強いこだわりに関する、ほんの少し違和感。オグリキャップの中に生まれたそれは解消されぬまま、フジマサマーチは2本目の指を折った。
「2つ。私に80mのハンデを付ける事」
「80mのハンデ……つまり、マーチが先行するという事だな?」
「ああ。オグリは後ろから追ってくる事になる。これも必須の条件だ」
これは、理解ができる。
自分自身の得意な条件。″自分が誰かを追い抜く″が、そのまま発現する条件の可能性がある。
80mのハンデは、その条件を確実に満たすためのものなのだろう。オグリキャップがそう考えている内に、3本目の指が折られていた。
「3つ。私が″条件を満たした″と判断したら、即座にそのレースは中断する。私が減速したら合図だ」
「昨日のマーチは″途中まで″と言っていたからな。これも当然だ」
「行けると判断したら最後まで行く。が、基本的には私の感覚で止める事になる。そこは許して欲しい」
これも、納得ができる。
そもそも昨日の段階で、″途中まで″と言っていたのだ。約束事も何も、これは行って当然である。
何より。勝ち負けを付けるのであれば、ハンデのない戦いが良い。そう思っていたからこそ、オグリキャップも途中で止める事には賛同していた。
3つのルールを伝え、その全てのルールにオグリキャップが了承する一方で。
フジマサマーチは、ふう、と一息を吐いた。
息を吐く必要性。オグリキャップの中に、もう一つの違和感が生まれる。
その違和感も解消されぬまま、フジマサマーチは最後の1本を折った。
「そして、4つ」
その時。
フジマサマーチの目が、冷酷な目に変わった。
カサマツ時代の、心を開く前の目。オグリキャップにとっての、フジマサマーチというウマ娘を象徴する一部。
それを見て。オグリキャップは、悟った。
この約束事が、最も重要で、【領域】覚醒のために関わってくる物なのだと。
「この模擬戦────″ゴールドジュニア″だと思って挑め」
────ゴールドジュニア。
1600mと意図的に指定された距離、息を吐いた理由、冷酷な目。その全てに納得し、違和感は全て解消されることとなる。
フジマサマーチは────親友ではない″ライバル″は、本気だ。
途中で終わるレースであり、ハンデもある。が、妥協なしに本気で勝ちに来る。ハンデなど、無かったもののように。
ならば、勝たなければならない。勝つという意思で、挑まなければならない。
「……必ず勝ちにこい、と。そう言いたいんだな? マーチは」
「ああ。これは負けられない戦いで、ハンデなど存在しない。途中で終わる事もない。矛盾した条件だが……貴様なら行えると、信じている」
ふい、と振り向き、耳を絞ったフジマサマーチは80m先へと歩みを進める。
演技ではあるのだろう。ただ、とても演技のようには思えないその後ろ姿を眺めながら、オグリキャップも覚悟を決めた。
二度と。
腑抜けた覚悟で、レースに挑むことはないのだから。
***
オグリキャップは、手を抜く事を知らないウマ娘である。
正にその点では、ウマ娘の鑑と言えよう。模擬レース、果てには一人で挑む練習でさえ生真面目に行うのだから。
雑念はない。手を抜かない。当たり前の事ができる。故に、強い。それは決して、当たり前ではない。
(思えば。同じチームだったのに、マーチと併せをした事はなかったな……)
(たぶん、意図的に外してくれてたんだろう。ろっぺいも海堂も、頭が良いからな)
故に。意識的に、過度な緊張感を張り巡らせる事もできた。
自身の親友でもあるフジマサマーチが、過度な緊張感を与えるべく″演じて″いた。自分自身のために。
であれば、それに応えるのが礼儀だろう。真面目なウマ娘だからこそ、真剣かつ本番同然の気持ちで挑む事ができていた。
脚は温存。末脚で全てをひっくり返す。
何時も、そしてあの時でさえも同じ戦術を取った。型にハマった、しかしあまりにも強固過ぎる型。
ただそれを狙い、コーナーをぐるりと回り、直線へと入る。
「問おうか、オグリキャップ! あの時のように! 貴様は、何のために走る!」
先行するフジマサマーチから、オグリキャップに問いが投げられた。
言葉を投げかけられるとは思わなかった。故に、ほんの少しだけ力が緩む。
しかし。その言葉、語気の強さが、このレースに必要な物だと理解する。一瞬で元のスピードへ戻し、問いに答えるべく考え始める。
「思えば昔話をした事がなかったな! カサマツトレセンに入学した経緯、想い、その全てを! 考え、そして頭の中で組み立ててみろ!」
もう少しでコーナーに突入する。制限時間は、コーナーを曲がり切るまでの数十秒。
ラストスパートに、無駄な思考はいらない。それ故に、フジマサマーチはこのタイミングを狙った。
答えを出して、そしてその答えを自身の力に変換する。そのステップが、鍵になる。必要な事を、的確に行わせる必要があった。
思考。そして逡巡。
思えば。あの時────金華山での問いにも、答える事はできなかった。
そして。今も、直ぐに答える事は難しい。夢なく走っている訳ではないが、走る事に集中したい。そのような想いが、思考する事に蓋をする。
(答えは、まだ出てこない)
(ただ、これだけはハッキリしている)
コーナー中盤。未だ、答えは出ない。
ならば。今溢れ出るその想いを、原体験へと直接結びつける。
考えるのは苦手で、最も手っ取り早いのは、それだ。オグリキャップは、真っ直ぐなウマ娘だった。だからこそ、それに至った。
(────楽しい)
(楽しい、な。レースは楽しいな。マーチ!)
(何故楽しいと思うか、何故勝ちたいと思うかは、これから考える!)
オグリキャップの身体が、より沈む。
深海に潜む潜水艦のように、低く、低く。しかし加速は、宇宙へと飛ぶロケットのように。
必ず勝つ。その意思を抱いて、オグリキャップはスピードを上げる。
「オグリキャップ! 私を越えろ、越えてみせろ!」
「ああ。越えてみせるさ、マーチ!」
越える。
目の前で走るライバルを、越える。越えたい。越えなければならない。
────ならば。
────越えるには、何をすれば良い?
────越えるには、強くなれば良い。
────ならば。
────強くなるには、どうすれば良い?
────強くなるには、もっと走れば良い。
────ならば。
────何故。私は、強くなりたいと考える?
────その理由は、どこにある?
────その理由は、ここにある。
────″ここ″とは、どこの事だ?
────″ここ″は。
────ずっと、ずっと前。遥か遠い、彼方にある、思い出。
(────ああ)
ブン、と。
オグリキャップの視界が、″モノクロになる″。
本当に現実に起こっているかのように感じられたその現象が、オグリキャップの脚をほんの一瞬だけ重くさせる。
レース中では起こり得ない現象。
(なあ)
(答えてくれ、マーチ)
(それが分かれば、もっと″疾く″なれるのか?)
しかし。″それ″、は。
それは、心地良い感覚だった。
どこまでも羽ばたけるのではないかと錯覚する、翼のようなもの。
鬼に金棒、弁慶に薙刀、そしてウマ娘に翼。そこに居るのは虎ではなく、ウマ娘。
全身に迸るエネルギーが、自身の視覚と脚へと移る。思考能力が、奪われていく。
しかしトリップのような快楽ではなく、正常なままに力が漲っていく。
(もっと)
(もっと、疾くなりたい)
(だって、私は、私は)
(誰よりも、先へ────!)
フジマサマーチを追い抜きかけ、そしてその一瞬が影響を与える。
ゆら、と。霞のように、ぼんやりとしたスピード。常に最高速度で走り続けているからこそ感じる異常。しかしその異常は、ゆくゆく加速に変わるの″だろう″。
「……ストップ。そこまでだ」
その予感は、果たして正しい物であるのか。
それを確認する前に、フジマサマーチは、その言葉を共に減速を始めて行った。
距離にして1450m。残り150mの地点で、その模擬レースは打ち切りとなった。
***
「なっ……!? 残り、100mだぞ!」
「最初に伝えただろう。途中で切る可能性もある、と。……横顔と、走りを見て思ったよ。おそらく、条件は満たしていた」
息を整えながら、何時ものように。柔らかい表情を浮かべ、フジマサマーチはオグリキャップに説明をする。
そうして。冷酷な眼など、何処にも存在しなかったかのように。ほんの少しのフラストレーションが溜まったオグリキャップに、優しく右手を差し出した。
「ありがとう。私も本気でレースに挑めたよ」
「……次は、最後まで走るぞ。絶対だぞ。約束だぞ。破ったら、怒るぞ」
「当然。何度でも走るよ。……そんなに怒らないでくれ、オグリ。私よりも怒ってるじゃないか」
ぷすー、と。膨らんだ風船のような頬で問い詰めるオグリキャップを見て、フジマサマーチは苦笑いを浮かべる。
最終的にオグリキャップはその右手を取ったが、ほんの少しだけ納得していない様子であった。
約束事を忘れてしまう位には、本気で、そして楽しんでいたのだ。
二度と戦える事はない。そう思っていたライバルと、あの時の再現を行えると、思っていたから。
本気で挑まれ、本気で挑み返した。それがお預けとなったのから、耳を絞るほど怒った。
演技の中に本当の感情を含んでいたからこそ、フジマサマーチには分かる。オグリキャップの抱く感情も、また本当のものであろう事が。
「そんなに私と走るのを楽しみにしてくれていたのか?」
「……ゴールドジュニアは、最初から最後まで本気じゃなかった。申し訳ない気持ちが、あった」
「そうか。……それなら、今度は私が最後まで本気を保てなかった、という事になるな」
「これで貸し借り1つずつだ。お互い、必ず返すぞ」
「ああ。必ずオグリに追いついて、レースの中で借りを返すよ。約束する」
今度は右手で、握手をした。
ライバルではなく、親友として。約束を果たすと、そう誓い合った。
「オグリ」
そして。
これを聞かなければ、行った意味はない。
ぐっと固い握手を交わした後。フジマサマーチは、このレースで得た成果をオグリキャップに問うた。掴めたか、否か。なんとなく、分かっていても、だ。
「″掴めた″か?」
「それは、分からない。……けど、なんとなく、分かった気がする」
「そうか。それなら良かったよ」
視界がモノクロに転じ、自分を形作る物に直接触れる、そのような感覚。
オグリキャップは、その感覚が忘れられずにいた。
***
天皇賞は、混沌を極めていた。
オグリキャップ、タマモクロス、そしてディクタストライカ。世間はこの3人を″3強″と持て囃し、この秋の覇者は誰かになるだろうと考えていた。
「オグリ、タマモクロス、ディクタストライカで上位人気を独占。……ここまで来ると清々しいな」
「でも、オグリちゃんならやれると思ってます! マーチさんの練習も上手く行ったみたいですし!」
「ああ。……オグリなら勝つさ。一番強いウマ娘だというのは、よく知っているからな」
「ただ。それ以外の娘も圧倒的実力者ばかりです。……無論、オグリの勝利を願ってはいますけれど」
その他にも、逃げの帝王ロードロイヤルやダービーウマ娘シリウスシンボリ、レコードホルダーのダイナムヒロインを始めとしたGIクラスウマ娘。
ロードロイヤルはともかく、前哨戦でオグリキャップと戦っている分、彼女らにも優位はある。そう考える有識者も当然多くいた。
魔のレース。誰が勝つかは分からない、混沌。
ここまで来れば、ただ見守ることしかできない。オグリキャップを献身的に支え続けた4人は、スタンド前方でただただ始まるのを待っていた。
「勝つさ。勝てねえと思ってレースに挑むバカはいねぇっつったのはどこのどいつだ?」
「俺ですけれども。そこまで酷い言い方はしていませんからね?」
「……そんなに酷い言い方をしたのか?」
「……そんなに酷い言い方したんですか?」
「そこまで酷い言い方してないからね!?」
ふう、と。一息入れて、海堂は思考する。
(マーチは。【領域】発現に関して言えば、完璧な回答をしていた)
(後は、それが本番でどう影響するか……祈ることしかできないな)
チラリ、と。大切な人物から受け取った、懐中時計に目を落とす。
首から下げた懐中時計に示された時間は、15:25。
後10分で、混沌のレースが始まらんとしていた。
閑話
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