ウマ娘 ワールドダービーDLCカサマツ編 東海ダービーレギュレーション   作:ウママママ

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N58-防波堤

(長え直線が最後に待ってる。……エンジン勝負になりそうだな)

 

 ディクタストライカは、このレースにおける結末を予測していた。

 最後に待ち構えるは、525mの長い長い直線。途中に長い登り坂こそ待ち構えているものの、残り200mは平坦な道が広がっている。

 直線勝負。ならば、最後に求められるは爆発的な加速力である。

 

 3強は、皆揃って末脚自慢である。

 ゆったりしたコーナーでタメを入れ、そして最後の直線で全てを出し切る。全員が全員それを取る。さすれば、レースは盛り上がる。

 観客が見ていて最も″面白い″と思うレース場。それが、東京レース場であった。

 面白い。そしてそれに合った強さがある。故に、3強は彼女らである。

 世間が″3強″と称するのには、こういったエンターテイメント的思考から生まれる理由もあった。

 

(捨てねえ。強みで奴等を捩じ伏せる)

(2000m。距離じゃ函館記念と変わんねえ。あの時の再現が出来りゃ、勝ち目はオレにある!)

 

 函館記念で得た自信と、守り続けてきた強み。

 全ては、葦毛の怪物たちを粉砕するために。ディクタストライカは、今の今まで待ち続けてきた。

 全身が疼く。今までに得た経験全てを、自身が持つエネルギーに変換する。その覚悟で、ゲートへと入っていた。

 

 2枠2番。隣には、オグリキャップ。

 嫌でも意識せざるを得ない芦毛の怪物を、視界に入れないように努める。視界に入れば、疼きが止まらなくなってしまうから。

 

《3番人気はディクタストライカ。函館記念で見せた脅威の末脚で、全てを抜きされるか!》

 

 ディクタストライカは、闘志に溢れていた。

 タマモクロスも、オグリキャップも、どちらも記録がかかっている。重賞7連勝も、天皇賞春秋連覇も叶うことはない。

 その記録を潰すのは他でもない自分だと、燃えていた。

 

《2番人気はタマモクロス。史上初の天皇賞春秋連覇に向け、気合は充分!》

 

 タマモクロスには、余裕があった。

 慢心ではない。自分のやってきた事を信じるだけ。春の天皇賞も、宝塚記念も、同じ事を行なって勝った。

 今回もそうだ。芦毛の怪物も、弾丸蹴脚も関係ない。それらを関係ないと思えるだけの余裕が、タマモクロスの強い精神を形成していた。

 

《1番人気はオグリキャップ! ここまで負けなし驚異の6連勝、新記録となる7勝目をこのレースで飾れるか!》

 

 そして。

 オグリキャップは、ただその時が来るのを待っていた。

 

(勝ちたいとか、気をつけなければとか、色々ある)

(けれど。マーチに問われて出した答えは、忘れない)

 

 思い出す。親友に問われ、その末に出した答えを。

 そして反芻する。″レースは楽しいものだ″と。

 

 反芻した想いは、思考をクリアにさせる。良い意味で、考えるべき事はそれだけ、となれるから。

 ふう、と。一息ついて、ゲートが開くのをただただ待つ。

 

 歴史上初めての重賞7連勝だとか、タマモクロスとディクタストライカを意識するだとか、そういうのは一旦関係なしに。

 とにかく、勝つ、楽しむ。クリアな思考で、始まりを待っていた。

 

《今、スタートしました!》

 

 ガシャコン、と。ゲートが開き、全ウマ娘────トップシュンベツを除いた────が、一斉に走り出す。

 内枠有利の東京レース場で、最内を取れている。が、有利を活かすための先行策を取っているわけでもない。故に、焦る必要はどこにもない。

 そう焦ることもなく、中団後方に居座る。オグリキャップ陣営の作戦は、先ずは無事に成功した。

 

《ロードロイヤル! 出遅れたトップシュンベツの代わりにロードロイヤルが先頭へ!》

 

 そして。真っ先に飛び出したのは、ロードロイヤルだった。

 トップシュンベツは出遅れ、激しいトップ争いが展開される可能性は潰えた。そして、彼女もまた″定石″を守るウマ娘であった。

 

(3強がいる。だからどうした!)

(立てたプランを崩す理由にはならない! ボクはボクの走りを完遂する!)

 

 自分が立てたプランを、最後まで守り抜く。

 それこそが、逃げて、逃げて、逃げまくる事。奇策ではなく、自分が考える王道を真っ直ぐに貫く。

 それを実行するため、ロードロイヤルはぐんぐんと加速して行く。

 

(前年はアキツテイオーに負けたが、同じ轍は踏まない!)

(あいつさえいなければここはボクの庭だ! 3強に追いつかれることはない!)

 

 自信。躍動。地の利と経験を活かした走りで、ロードロイヤルはターフを駆け抜ける。

 

《猛烈な逃げ! 3バ身、4バ身、後続との距離を離します!》

《逃げのロードは健在……え!?》

 

 そして。

 その後ろを追走するのは────タマモクロス。

 ここ一番での奇策を決めたのは、まさかの″3強″内1人だった。

 

 

***

 

 

(……本当に、やるウマ娘もいるんだな)

 

 中団。オグリキャップは、ただ見守っていた。

 観客席から沸き立つどよめき。耳に入る雑音が、異常事態を示している事を伝えていた。

 それでも尚。その事態に直面して掛かることもなく、ただ見守るだけに過ぎなかった。

 

(ろっぺいにも言われた。自分のレースをしろ、と)

(それに……マーチもやったんだろう? ならこれは、初めての事じゃない)

 

 偉大なる師と、偉大なる親友が、″奇策″と対面した時の答えを示してくれている。

 何も焦る必要はない。その示された答えに、従うだけ。オグリキャップの心は、落ち着いていた。

 

 オグリキャップは、王道に導かれたウマ娘である。

 先行、差し共にハイレベルにこなし、距離もマイル、中長距離を幅広く走る。そんな王道に導かれたウマ娘が故に、予想外を恐れる。

 予想外に対応できる力もあるが、予想外が起こらない程良いものとする。対応にリソースを回さない分、本来の実力に力を割ける。

 

(ロードロイヤルは、大きく逃げている)

(それを近い距離で追っている。ペースがズレていれば、タマモクロスが教えてくれる)

(″奇策″は、練習してなければならないんだろう?)

 

 おそらく、1ハロン12秒で走れているという″仮定″。

 自分が今どの程度の速さなのかは、感覚でしか理解することができない。故に、ウマ娘は皆仮定の下、レースに挑む。

 コンマ数秒の差。その差が、命取りになることだってある。もしその仮定が崩れていれば、それは″予想外″である。

 ロードロイヤルの逃げに釣られ、距離を離さんとするべく、自然と速くなっている可能性もある。これも、″予想外″である。

 

 だが。

 目の前を走るタマモクロスが、ペースメーカーとなる。これは、明確な事である。

 ″奇策″を取ったタマモクロスは、そう易々と更なる動きを重ねる事はできない。精々、作り上げた奇策を最後まで守り倒す事だけだ。

 ペースの違いによる体力の消耗。これ以上奇策が取れないのであれば、″王道″────セオリーを、取らねばならない。

 

 そして。そのセオリーに従うのであれば、タマモクロスが走るペースは″予想内″────信用に足る物である。

 速くしたり、遅くしたり、そういう事はできない。今できる最善を貫くべく、ただひたすらに、正しい選択肢を選び続ける。

 タマモクロスにできるのは、ただこれだけである。

 

(隊列操作まではできない、はずだ)

(アイツと、私の走りを、信じる。おかしかったらまた考える)

 

 慣れないGI、ライバルとの真っ向勝負、後ろに控える″弾丸蹴脚″。多く思考する事がある中、頼れる物がある。

 王道に導かれ、王道を手に取るオグリキャップにとって、それは大きなアドバンテージだった。

 

 

***

 

 

(どうするもこうするもねえな。寧ろ好都合だ)

(アイツに追われて戦わなくて良くなった。後はオグリ諸共差しきりゃそれでしまいだ!)

 

 そして。ディクタストライカは、ニヤリと微笑んだ。

 バ群の一番後ろにいるのは自分であり、全てのウマ娘が前にいる。全員を抜き去れば、勝てる。実に分かりやすい勝利条件が、そこには在る。

 

 後方ウマ娘は″差し切る″という覚悟を持って、レースに挑む。

 差し切れれば勝ち、そうでなければ負け。だが、そこに差し切れないという気持ちはない。差し切れる実力がなければ、後方にいないのだから。

 自信があり、その自信が躍動へと繋がる。先頭を走るロードロイヤルと、全く同じである。

 

 ライバルが勝手に消え、自分以外が全員目の前にいる。追い風そのものが、自分自身に吹いている。

 最善手を打つための道が勝手に開けた、と言うことすらできるだろう。

 

(今はただ、耐える。耐えて、ぶっ放す)

(ありがてぇ話だ。想像してた最悪からは外れたんだからな!)

 

 仮定の話にはなってしまったが。

 もし。タマモクロスも追い込み策を取り、三人が同時にスパートをかけた時。その時一番不利になるのが自分だと、ディクタストライカは理解していた。

 

 自分よりも前にいる二人は、道を選ぶ権利がある。大外から回すか、内を攻めるか。それを選ぶことができるのは、前を走る者の特権である。

 最も後ろにいるという事は、その権利を放棄するのと同義である。進路を塞がれることもあるだろう。警戒されている証拠で、名誉でもある。

 

 そして、その仮定が実現したとき。

 ″3強″は抑えなければならないと、全ウマ娘が理解した状態でスタートし、3強が同時にスパートをかけるようなレース終盤を迎えた時。

 自分に与えられるのは、オグリキャップとタマモクロスよりも悪い選択肢である。オグリキャップもタマモクロスも、自分よりも前を走るのだから。

 

(タマモクロスと競り合いはしたくねぇ。シニアん中でも、頭抜けってからな。ラッキーだった)

(半端な奇策で逃げ切ったつもりなんだろうが、オレの末脚から逃げ切れるとおもうなよ!)

 

 向こう正面。ディクタストライカは、一息入れた。

 

 

***

 

 

「何処が良いと思う?」

「……何処が、とは?」

「オグリと、ディクタストライカと、タマモクロスの位置。脚質は一旦置いておいて、何処が一番走りやすいと思う?」

 

 海堂は、隣に立つフジマサマーチに質問を投げかけた。

 レースも中盤。残り1000m。それぞれがそれぞれのレースを展開するべく、読み合いを繰り広げている中。

 

「選択権が一番多い……というより、自分のプランを実現しやすいのはタマモクロスだ。これは、間違いない」

「前は2バ身、後ろは横にブレて団子状。正に先行策の理想だね」

「ただ。……走りたいかどうかで言えば、また別だ。走りやすさと、走りたいは、違うからな」

 

 理論的に考えれば、タマモクロスの位置が最良。

 ただし感情を込めれば、タマモクロスの位置は最良ではない。最良とは、言いたくない。

 

「逆に問おう。私が一番恐ろしいと思って臨んだレースは、何だと思う?」

「恐ろしいっていうのは、夢とかそういう感情は除いて?」

「そうだ。海堂トレーナーはウマ娘ではないが、一度ウマ娘の立場になって考えて欲しい」

 

 逆に投げかけられた質問。恐ろしいと思って臨んだレースは、何か。

 フジマサマーチのその問いに、数秒の思考の末に海堂は口を開く。

 

「東海ダービー、かな」

「それは、何故?」

「奇策かつ、逃げだったからだね。……多分。今のタマモクロスも、同じ感情を抱いていると思う」

 

 ロードロイヤルを追従するタマモクロスを眺めながら、海堂は答える。

 2バ身、3バ身後方。内も外も自由に選べ、レース中盤である今なら後方からの大きな干渉も存在しない。

 大欅を目前とした今、重要なのは″如何にしてコーナーを上手く回り、″如何にしてコーナーを抜けた後の直線を上手く回るか″であり。その点で考えても、やはり位置は理想と言える。

 

「奇策はね。簡単に成立しないから″奇策″なんだ。付け焼き刃の奇策はただ無駄になるだけの事が多い」

 

 そして。奇策を研究し続けた人間の見解を、示す。

 連発するものでもなければ、その場の気分でやるものでもない。念入りな準備とシミュレーションによって生み出される、予想外の一手。

 奇策は決して、土壇場を覆すための救いの道ではない。

 

「タマモクロスなら上手くやるかもしれない。ただ、これは……」

 

 追い込みを得意とするウマ娘が、先行する。

 この選択自体は、悪くはない奇策である。少なくとも、後続のウマ娘に動揺を与え、対タマモクロスのためのプランを崩すという意味では。

 事実、東海ダービーにおいてその策を海堂も取り、実際に成功させているのだから。この策の有効さは、嫌という程知っている。

 

(……これは、策に溺れたか?)

(それとも、俺がタマモクロスというウマ娘を過小評価しているだけ?)

 

 走りやすい。ただ、走りたくない。フジマサマーチのその見解も、やはり正しい。

 GIという舞台、慣れない先行策、後ろに控えるは末脚自慢のウマ娘。怪物が中断に控え、弾丸は最後尾から虎視眈々と頭を狙っている。

 

 ────何時。

 ────何時、何処で、仕掛けてくる?

 ────今じゃないのは分かる。そろそろか?

 

 後ろから追い上げて勝ちを積み重ねて来たウマ娘だからこそ、より強い恐れを感じる。

 常にそのプレッシャーを浴びながら、走り続けなければならない。抜くと抜かれるでは、やはり抜く方が気持ちは楽だ。

 領域を発現させる可能性のあるウマ娘2人の威圧感を、このレース中ずっと感じていなければならない。それも、慣れない先行策で。

 

(追われた経験があるとないとでは、相当違う……)

 

 競技レースは、極論を言えばメンタルスポーツである。

 その見解である海堂にとって。やはりタマモクロスは失策を犯したと、そう言わざるを得ないと決断づけようとした。

 

 目をやれば、ロードロイヤルは第3コーナーを越えていた。

 大欅の向こう側。長い直線で差し切る為の、繊細かつ大胆なコーナーワークが求められる部分。そこに差し掛かった、その時だった。

 

「……良くも悪くも、影響が出ちまったな」

「そうですね。オグリが振り回されてない事を祈りますが……」

「いいや、そうじゃねえ。振り回されるどころか、寧ろこの状況を見て振り回しにきやがるぞ……!」

 

 ″振り回しにきた″と。

 鉄柵を強く握り締めながら、ここまで静観していた六平がその時初めて口を開いた。

 

 苦しむ六平を見るのは、海堂にとっても、フジマサマーチにとっても、初めての事だった。

 異常事態が起きている。それも、間違いなく良くない物が。いち早く、六平はそれに気づいた。

 

「……まずい!」

 

 そして数秒後に、海堂が気づく。

 

「タマモクロスは防波堤になる筈だった。だけど、前方に出た事で3強の三竦みが崩壊した……!」

「追い込みが2人いりゃ、そう強く出れねぇ。互いが互いを気にし合いながら走らざるを得ねぇからな……!」

「タマモクロスが奇策を取った今、全体を振り回して圧をかける権利を持ってるのは……よりによって……!」

 

 何も、レースを動かすのは先頭だけの権利ではない。

 正確に言えば、先頭に多くの権利が割り振られる。隊列操作、好位置取りを防ぐポジショニング、最終局面での選択肢の多さ。

 理論的な面で見れば、やはり前方を張るのは好判断である。

 

 ただ。

 本能的な面で見れば。レースを支配するのは、″後方″の役目である。

 寧ろ。″競技レースが精神勝負″であり、″走るウマ娘が人間の思考をする″からこそ。それは、想像より何倍も強く影響する。

 

 本能的に恐怖を与え、萎縮させる事。それが、戦術的追い込みを取ったウマ娘の明確な特権。

 もし。タマモクロスとディクタストライカが後ろに控えていれば。互いが互いを牽制し合い、好き勝手にさせないように警戒した可能性がある。

 可能性があるだけだが。理知的で、実力のある、一流のウマ娘だ。どれだけ強気でも、警戒心を抱く。勝つために必要なのであれば。

 

 海堂の言うところの″防波堤″は、それを意味していた。

 タマモクロスにも、ディクタストライカにも、得をさせない展開。互いが互いを意識し、互いで封じ込め合う状況の事を指していた。

 

 しかし。

 タマモクロスが奇策を取った今となっては、それが────

 

「成立しなくなっちまったんだ……!」

 

 六平と、遅れて海堂が得た気づき。

 それはやがて、観客へと伝播するだろう。

 

 ────あ、と。

 ぽつりぽつりと、観客席から声が上がる。

 声が上がる瞬間は決まって、レースが動き始めた直後だ。やがてそれは、数秒後に大歓声に変わることだろう。

 

 六平も、海堂も、予想しなかった。タマモクロスのエラーが生んだ、レースへの影響。

 バタフライエフェクト(それ)はやがて。未だ中団に位置する、オグリキャップへと牙を剥く。

 

《ディクタストライカ! 3強で最も速く仕掛けたのは、ディクタストライカだ!》

《溜めていた脚を解放し、コーナーから仕掛けます!》

 

 第4コーナー中盤、距離にして残り800m。

 世間の想像より、およそ200m程手前で。ディクタストライカは、仕掛け始めた。

 

 

 ────予定より早えが、まあいい。

 ────誰が一番強ぇのか、白黒付けてやるよ。

 

 

 モニター越しのディクタストライカの口が、そう動いた気がした。




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閑話

  • オグフジベルノのお遊び回
  • 海堂がプロキオンを府中エスコートする回
  • 海堂奈瀬の雑誌撮影回
  • 海堂フジのお出かけ回
  • 海堂ベルノが視察しに行く回
  • その他
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