ウマ娘 ワールドダービーDLCカサマツ編 東海ダービーレギュレーション   作:ウママママ

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N60-欲しい言葉

 天皇賞から3日後。

 海堂真は、悩み、自責の念に襲われていた。

 

(……俺だけ、貢献ができていなかった)

 

 この秋の天皇賞において、海堂は″何も貢献ができなかった″。

 六平がプランを立案し、ベルノライトが調整した蹄鉄で走り、フジマサマーチが試みた″領域″で勝利を掴む可能性があった。

 どんな形であれ、3人は貢献し、自分だけは貢献できなかった。それは覆しようのない事実だった。

 

 そんな事を口にしたとて、″新人なのだから仕方ない″と言われるだろう。

 弱冠23歳、名家生まれでもない寒門育ち、レースに触れてからたった4年で、中央に来てからたった4ヶ月。

 担当したウマ娘は僅か2人しかおらず、その内1人は未勝利のまま引退。

 実績だけ見れば、海堂真は″最弱″で、作戦立案に強い影響を与えることもできない″サブトレーナー″でしかない。

 

(ただ、それとこれとは別だ。何もできないからと言って、自分の最善を放棄して良いわけじゃない)

(それでも……最善を尽くして、それが何の役にもならなかった時の方が。堪えるな)

 

 何度も。この感情を抱いたことがある。

 忘れもしない、初めての担当ウマ娘。

 ″たった一勝″を求めて、そのたった一勝が叶わず、夢破れたウマ娘。

 その時に抱いた無力感と、同じ感情。何時になっても慣れることのない、自責の念。

 

 トレーナーとして、多くのレースに関わることになる。

 これから先。GIレースに携わる中で、同じ感情を何度も抱くことになるだろう。自分が新人であり、学ばなければならない立場であるからこそ。

 その度に、自分の弱さを痛感するだろう。そしてその度、自分の弱さに頭を悩ませることになるだろう。

 

 頭では分かっていても、心では折り合いが付けがたい。

 慣れることのない、折り合いのつけにくい感情。不器用故に生まれたその悩みに、頭が支配されていた時。

 

 ────ドン、と衝撃が身に走った。

 

「あっ────」

 

 トレセン学園廊下、曲がり角、衝撃。衝突したのだと、理解する。

 衝突したウマ娘が持っていた資料が宙を舞い、その場にパラパラと散ってしまうのも見えた。

 

「っ、すまない! 怪我は────」

 

 近辺に散った資料を拾い上げ、手渡し、謝罪を行うために相手の顔を見た。

 そうして。″怪我はないか″と。そう口にしようとしたところで、その先の言葉が自然と止む。

 驚き。故に、言葉が出ない。だが、海堂の驚きの表情も意に介さず、目の前のウマ娘は言葉を発する。

 

「あ〜あ。未来あるウマ娘にぶつかって、怪我でもしちゃったら責任取れるんですかぁ〜?」

 

 ほんの少しの褐色肌に、″触覚″と言うべき髪に入った赤のメッシュ。

 ″若いトレーナー″と判断して繰り出されたであろう、上から目線の言葉遣い。

 

(……ミルワカバ)

 

 海堂真は、このウマ娘を知っていた。

 

 

***

 

 

「美味しい?」

「美味しいです! 美味しすぎてボクはもう1パック飲みたくなっちゃいました!」

「……まあ、いいよ。それで君の機嫌が良くなるならね。本当に申し訳ない事をした」

「さすがに2パックまでにしておきますからね! ボクも限度って物を知ってるんで!」

「そう。君が常識的なウマ娘で良かったよ」

「……もしかして、皮肉ってます?」

「いいや、俺も悪い事をしたと思ってる。悪い事をしたなら詫びなきゃならない。当たり前だろう?」

 

 ミルワカバの機嫌は、ほどほどに悪かった。

 まあ、正確に言えば。″機嫌が少し悪いタイミングで海堂がぶつかったから、ほどほどに悪くなった″が正しいのだが。とにかく、機嫌が悪かった。 

 

(……世間は″3強″の事ばっか)

(ボクの時間を1時間も使ってインタビューして、何もないって。どうなってんですか、ホント)

 

 ミルワカバは、真面目なウマ娘だ。

 やや自信家なところはあれど、理想的なレース展開を試みるべく、常識の範囲内で思考を行い、それを実行に移すだけの実力もある。

 勝利に対してひたむきになり、真っ直ぐに努力が行える、やや自信家で純粋なウマ娘。

 

 それが故に。初勝利を飾った。それも、10バ身差で。

 ″天翔″────カツラギエースの再来とも噂される程の圧倒っぷりを見せた。

 メイクデビュー戦こそ落としたが、その後の未勝利戦での圧勝。インタビューまで組まれ、記事になると言われた。

 世間は自分を────ミルワカバを認知することになると、そう思っていた。

 

 だが。世間はそんな事よりも、3強の戦いに注目していた。

 自分が受けたインタビューは、そんな喧騒にかき消され。ミルワカバの勝利などどこにもなかった、と言われているような気さえした。

 まあ、仕方ないのも分かる。由緒正しきGIレースと、どこにでもある未勝利戦。比較するのも烏滸がましい。現実を見れば、そうだ。

 

(オグリキャップ……)

 

 判官贔屓の日本人が好みそうな出自、連勝記録、最強との激闘。

 これから先、多くの視線をかき集め、多くの称賛を受けることになるのだろう。

 

 その視線が、本来自分に向けられるものだったとしたら。

 その称賛が、自分の活躍をかき消すほどに大きなものになったら。

 自分は無力なのではないか、走る価値がないのではないか。その想いを抱くウマ娘だっているだろうし、いつか自分がそうなる可能性だってある。

 

(活躍が世に出ないって、結構辛いことなんですね……)

 

 そんな件に見舞われ、心のどこかでそう思う最中。自分にぶつかって来た人間がいた。

 名も知らないトレーナー。身長は小さく、若く、新人だろうという事は容易に想像できる。そんな男が″詫びさせて欲しい″と言ったから、好きな紙パックのジュースを2本所望した。

 立て続けに不運な事に襲われていたが、無料でパックのジュースが2本も飲めたとなれば、まあ機嫌もそれなりに回復した。

 

「俺も1本飲んでみるかな。……ああ、これは。その。ユニークな味だね」

「美味しいですよ! 飲めないんだったらボクが貰っちゃいますからね!」

「もう少し頑張ってみるよ。……それで、今の今まで伝えそびれてたから、そういえばにはなるけど」

 

 口直しのためか、パックのいちごミルクを実費で購入する男を横目に、ミルワカバは思う。

 今の今まで伝えそびれていた事なんて、あっただろうかと。

 

「綺麗な勝ち方だったと思うよ」

 

 その言葉を聞いて。ピクリ、と。自分の耳が動いたのが、感覚的に分かった。

 ″綺麗な勝ち方″。それを、初対面である自分に対して投げかける。耳を疑わざるを得なく、つい反射的に聞き返してしまう。

 

「何が、ですか?」

「未勝利戦だよ。10バ身差で勝ったのは知ってるよ、″ミルワカバ″」

「……知ってるんですね、ボクのこと」

「だから驚いた。一方的に知ってる顔とぶつかってしまったから。将来有望なウマ娘というのも、間違いじゃないし」

「偶然過ぎませんか? ぶつかったウマ娘の未勝利戦を、たまたま見てたって事ですよね?」

「偶然じゃない。君が強くて将来が期待できるウマ娘だから、目を通していた。10バ身で勝ったとなれば、即日で見るよ。ぶつかったのはそりゃ、偶然だけどね」

 

 ここまで移動し、会話を交わす中で。目の前の男は、スマートフォンを弄る素振りを一切見せなかった。

 ″ミルワカバ″と自分の名前を呼び、10バ身で勝ったと伝え、強いウマ娘だから知っていた、と平然と口にする。

 若く、真面目で、信念深そうな人間の言葉。嘘をついていない事くらい、子供である自分でも分かる。

 

「阪神レース場の特徴を活かして、長い下り坂で程よく駆ける事を意識していたと思う。そのおかげで坂にも負けずに走り抜けることができた。レース運びという観点で見るなら、巧さは同世代でも上位じゃないかな」

 

 すらすらと、自分が意識していた事とまったく同じ事を語ってみせる。

 短距離のレースで、下り坂が長く、最後に上り坂が控えたコースであれば、誰だってそうする。実際に、常識の範囲内のウマ娘である自分もそうした。

 だが。やはり、″目で見ていなければ″、こんなにすらすらと出てくるわけがないのだ。自分の担当ウマ娘でもない未勝利戦を、見ていなければ。

 

「タイミングも良かった。中位を確保しながら、東京レース場に似たコーナーの緩さを用いた早めのスパート。ダートの1200mなら俺でもそう指示する。定石を守って、堅実で、真面目なウマ娘なんだなって思ったよ。……言動は少し、子供らしいけどね」

 

 この男────名前も知らないトレーナーは、自分のレースを見ていた。それも、言葉を信じるのであれば、走った当日に。

 3強の話題に掻き消された、自分のレースを、自分が如何に上手かったか明確な評価点を挙げられるほどに見返していた。

 

(ボクの────)

(ボクの、勝つ姿を、見ていた)

(世間が全く反応しなかった勝利を、知っていた)

 

 口から漏れそうになった、感謝の言葉。それを、ぐと抑え込む。

 これは、決して、嬉しくないとか、そういう訳ではない。が。自分と目の前の男の関係は、今はただの初対面の″そういう関係″なのだ。

 弱みを見せれば、変な空気になる。致し方なしというか、何というべきか。分からないが、そうしたほうがお互いのためだ。

 とにかく。理由を付けることに必死になって、無理矢理にでも理由を付けて。ミルワカバは、強がりの姿勢を見せた。

 

「……フ、フン! ぶつかったお詫びに褒め殺しですか!? ボクは全然嬉しくないですけどね!」

「詫び……なのかもしれないね。さっきも言ったけど、ぶつかったのは事実だから」

「そもそも、ぶつかるなんてあり得る事なんですか? そんな漫画みたいな事起きるとは思えないんですけど」

「考え事をしていたんだ。君が曲がってくるのも気づけないほどにね」

「本当にですかぁ?」

「本当に、だよ。……ついさっきまで、無力感に打ちひしがれていたからね」

「……ふうん」

 

 無力感。

 それも、自分に似た事だと。ミルワカバは、そう思った。

 自分の活躍が掻き消された時のやるせない気持ち。抱く理由こそ違うだろうが、抱く物はおそらく同じだろろう。

 

「無力感って……何かあったんですか?」

 

 故に、聴きたくなった。目の前の男が抱く、無力感の理由を。

 

「先日行われたレースで、俺だけ何も貢献できなくてね。俺がもう少し貢献できていたら、もっと良い結果になったんじゃないかと」

「一応聞きますけど、新人のトレーナーですよね?」

「そうだね。力が足りないのは分かる。それでも、無力なのは堪えるね。頭では分かるけど、感情ではどうも……」

 

 憂いを帯びた表情。演技でこの表情は、できない。

 膨大な力の前に何もできなかった。最善を尽くしたのに。その理由もまた、似ている気がする。

 

 ならば。

 自分を覚えていてくれた、せめてものお返しとして。やれる事をやりたい。

 普段であればそんな事はしない。それでも、今はそうしたいと感じた。

 

「……ボクが素直に思った事を言いますね」

「君が?」

「いや、別に。思った事を言うだけでですからね! 励ましとかそういうのじゃありませんから!」

「知ってるよ。……良ければ、教えてくれないかな」

 

 らしくもない事を行うための前置きをして。ミルワカバは、この短時間で接し、得た印象をそのまま口にした。

 

「不器用ですよね、貴方」

「知ってるよ。自分が一番ね」

「ぶつかっただけで2本奢ってくれるところとか、特に。……真面目過ぎるのも、大変ですよねぇ」

「真面目過ぎると、線引きができなくなるからね。どうにもならないものだけど、俺だってどうにかしたいと思ってる」

「それでも。そんな真面目な貴方にしかできない事とか、強みだってある。ボクは思いますよ」

 

 ────貴方のその真面目さで、少し救われたウマ娘だっているんですから。

 と。その言葉の続きは、ぐっと堪えて。ミルワカバは、男の目を見た。

 

 驚いたような、何か納得したような、それらの感情が混在した目。

 その感情の中で、男は────海堂は、思う。

 

 自分の手で救えた、と。言えるべき経験。そこから生まれた、自分の得意な事。

 その″得意″を、中央に入ってから忘れていた気がした。発揮する場面もなければ、担当ウマ娘は発揮しなくとも強いウマ娘になってしまったから。

 自分の強みは、作戦立案でもなく、サポート業務でもなく、実際にレースを行える事でもない。

 

(ウマ娘の事を、目で見ること……)

 

 言葉でも、行動でも、なんでも。

 ウマ娘が健やかな気持ちでレースに挑めるよう、後悔しないよう、環境を整えること。

 

 それが、自分の強みだった、と。今になって、もう一度思い出し。

 すとんと、心に落ちて、納得した気がした。

 

 それに納得した瞬間。ポケットに入れていたスマホから、着信音が鳴った。

 発信者欄には″フジマサマーチ″と表記されており。それを確認し、海堂は電話に出た。

 

「はい、もしもし?」

『2週間後に控えた次走について、放課後に綿密なミーティングを行いたいんだ。良いか?』

「分かった。今日のトレーニングは早めに切り上げるよう伝えとくよ」

『ありがとう。また放課後に』

「お友達とのランチタイムを楽しんで。それじゃあね」

 

 それだけを残し、ポケットに仕舞って。自分が支えなければならないウマ娘の顔を思い出す。

 オグリキャップも、フジマサマーチも、大人びてはいるがまだ子供だ。大人の自分でも悩むのだから、同じように悩むことだって多くあるだろう。

 その時に、支えること、何があっても守ること。それが自分の強みだったと、ミルワカバの言葉で改めて思い出すことができた。

 

「……思い返せば、そうだったかもしれない。俺にしかできない事は、確かにある。思い出させてくれて、ありがとう」

「フフン、そうですかそうですか。……そうです、かぁ」

 

 ────面倒なのに手を出してしまったかもしれない……

 と。何かに閃いたミルワカバを見て、そう心の中で海堂は呟き、苦笑してみせる。

 

 しかし。本気で″面倒″と思っているわけではない。あくまで、冗談の範疇である。

 ミルワカバというウマ娘のレースを分析すれば、彼女が真面目なウマ娘だという事くらいは分かる。彼女の頭に浮かんだ閃きも、精々もう一本を所望するくらいのお願いであろう。

 そして。それを受け入れるのが、大人としての役目だろうと。子供らしい真面目なウマ娘を見て、その約束を受け入れる準備をした。

 

「ぶつかった詫びはともかく。貴方の悩みを解決した貸しは、ボクが引退するまでずっと返し続けてもらいますからね! それくらいは覚悟して貰わないと困ります!」

「そう。それは確かに、そうかもしれないね。……それで、その内容は?」

 

 ミルワカバは、ほんの少しだけ迷った。本当に、言うべきかどうか。

 目の前にいるのはただのぶつかってきた男でしかなくて、蓋を開けてみれば何処にでもいるトレーナーの一人でしかない。

 なのに。口から出てくる言葉は、今の自分が素直に″欲しい″と焦がれたものばかり。

 名も知らぬトレーナーとの縁を、この一度きりの出会いで放したくない。そうも思って、決断した。

 

 ────この人は、名前も知らないトレーナーだけれど。

 ────絶対に。ボクが頑張れば、ボクを見てくれる人。

 ────放すつもりはありませんからね!

 

 迷って、迷って。その末にミルワカバは、口にした。

 弱みを決して見せる事なく、強がりの姿勢で。

 弱みを見せれば、なんとなくこの男に負けてしまった気がするから。

 

「ボクが出たレースは必ず見て、必ずボクに直接感想を伝える事! これが絶対条件です。破ったらおんなじの1ダースですからね?」

「救ってくれたお礼だし、もちろん了承するよ。直接伝える時には、この先鋭的な飲み物も奢るとしよう」

「感想、待ってますからね。……ああ、えっと。トレーナーさん、が正しいんですかね?」

「海堂で良いよ。こちらこそよろしく頼むよ、ワカバ」

「は〜い! よろしくお願いしますね、海堂さん!」

 

 これらの言葉も、嘘ではないのだろうと。

 ミルワカバはそう思い、ご機嫌と言わんばかりにフフンと鼻を鳴らしてみせた。




 ミルワカバ、ヒロインレースに出走決定。

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