ウマ娘 ワールドダービーDLCカサマツ編 東海ダービーレギュレーション 作:ウママママ
――さぁ、残り1000メートル!一体誰が東海ダービーを制するのか!
「……」
――ああっと、ここで!キタハラジョーンズが大外から上がってきた!
「……」
――キタハラジョーンズ速い!キタハラジョーンズ……
「1着でゴォーーーーーーーーーーーール……」
訳が分からない。
早朝ランニングをしていたら職場の上司に出くわして、話しかけようとしたら脳内東海ダービーを1人で繰り広げていて。
キタハラジョーンズが東海ダービーを制したこと自体は別に――良くない。次の東海ダービーを制するのはカイドウソウルだ。と、よく分からない対抗意識を海堂は見せようとしたのだが。
とにかく、気まずかった。
例えるなら、ビデオ店にある禁忌の暖簾の内側から出てきた知人にタイミング良く出くわしてしまった時のような。
また、他の例え方をするならば、自分の教え子はお淑やかなご令嬢ウマ娘だと思っていたら、縦縞のユニフォームを愛する熱狂的なファンだと発覚した時のような。それらと同じ感覚だった。
誰にでも大なり小なり、誰にも言えない裏はある。それは海堂にもあるし、おそらく北原にもあるのだろう。
人には言えない裏が″誰もいない早朝、1人で脳内東海ダービーを繰り広げている″程度の可愛いものであって欲しいのだが。
まぁ、分からんでもない。
自然豊かな河原、雲一つない晴天、時刻は日が登り始めた早朝。気分がハイになる条件は整っていたし、人目を気にする必要もなく、ありのままの自分を曝け出すのに相応しい状況も揃っていた。
だから、咎められなかった。もしかしたら海堂もやっていたかもしれないのだから。
愛嬌が良いで有名な海堂も何を言えばいいか分からず戸惑っていたし、一連の流れを見られた北原も何も言う事ができなかった。
結果、彼らを包み込むのは無言の空気。
大の大人2人が何も発さず、頬を赤らめながら見つめ合う。響きだけは美しいように感じられるが、実際の空気は地獄だった。
「……キタハラジョーンズさん、ダービー制覇おめでとうございます」
それでも、打開せねばならなかった。
このまま″何も無かった、良いね?″という意を込めてこの場を去ったらどうなるか。出会う度、この地獄がフラッシュバックし続けるだろう。だいたい1週間位は。
それだけは避けなければならない。例え、何があろうと。
ぱちぱちと拍手をして、海堂は北原の横に立った。
「さあ、ランニングに行きましょうか!」
「……お前、柴原とかの前でその呼び方で呼ぶなよ?」
「シバさんの前じゃ流石にしませんよ。巌さんの前ならやるかもしれませんが」
「巌もその中に入ってんだけどな……まぁ、ベルノとかに見られるよりマシだったかもしれねぇな」
「案外冷静じゃないですか……」
「もう既にやらかして……いや、これは言わなくていいか」
既にやらかしていると聞こえたような気がしたが、掘り返さない方が良いだろう。
「お前もランニングか?」
「早く目覚めちゃったんで、気分転換にと思って……キタハラジョーンズが東海ダービーを制した瞬間に立ち会えるとは思ってませんでしたが」
「掘り返すな掘り返すな! ま、こうやって出会ったのもなんだし、一緒に走ろうぜ。お前から聞きたい事もあるしよ」
「聞きたい事……走るのは良いですけど、内容によっては答えませんからね?
とりあえず、あの脳内ダービーは闇に葬り去ろう。
――――いや、今後イジる時に使えるから覚えておいた方がいいかもしれない、等考えつつ、2人は走り出した。
「……お前、なんでカサマツのトレーナーになったんだ?」
「なんでって……聞きたい事がそれなのは分かりましたけど、聞く必要ありますか?」
「大学在学中にカサマツトレーナーのライセンス取得試験に合格、そのまま流れるように大学を中退。こっちじゃ話題になったんだぜ? 19歳のトレーナーがカサマツトレセンに来るって。聞きたくもなるだろ」
「まぁ、そりゃ話題になるかもしれませんけども」
全てのウマ娘にチャンスがあるのならば、全ての人にトレーナーになるチャンスがあってもいいのではないか。
その考えをモットーとしているURAは、ライセンス取得の受験条件を大幅に緩め――遂には、条件撤廃寸前まで行ってしまった。
勿論、ある程度の学は必要とされる。トレーナーというのは指導者であり、学校で言う所の先生なのだから。それ故、トレーナーは若いウマ娘が間違った道へ進まないように指導する役目も担っている。
それでも、最低限の学さえあれば、理論上誰でもなる事のできるトレーナーという職業は″学歴フィルター』″という言葉が当たり前に使われるようになった今の社会から見れば、異例と言えるだろう。
高校卒業後即トレーナーになる者もいれば、30、40歳になってからトレーナーになる者もいる。
それらの者に共通しているのは、ウマ娘が持つ夢を支えるだけの素質があると認められたという事実のみ。
そして、海堂も若くしてその力を認められた者の1人だった。
「1年でカサマツのライセンス試験に合格できる位の素質持ってんだし、大学にいる4年間、本気で勉強すりゃ中央のライセンス取得だってできたかもしれない。そうなりゃエリート街道まっしぐら……なのに、お前はカサマツに来る事を選んだ」
いくら人手の足りない地方競バだとはいえ、大学在学中に片手間で勉強して合格出来る程ライセンス取得試験は甘くない。
試験と唄ってはいるが、ある程度の知識を持った上で受ける英検や数検とは違うのだ。
無の状態からレース、怪我に関する知識を頭の中に詰め込み、狭き門を潜り抜ければならない。その上、合格最低ラインの点数が取れていれば良いわけではなく、受験者の中でも優れた成績を残さなければならない。
それをほぼ1年――――正確に言えば、12月のライセンス取得試験に受かったのを考えると、実質半年しかかかっておらず。
しかも大学在学中に並行して成し遂げたと言えば、海堂がどれだけ異次元な事を成し遂げたのかが分かるだろう。
大学在学中の1年足らずで地方のライセンス取得に成功するのなら、4年もあれば中央のライセンスも取得できるのではないか。
実際、その北原の疑問は的を射ていた。
そもそも、1年足らずで地方のライセンス取得に成功する事自体が異常なのだ。
地方と中央の試験の難易度の差は1.5倍から2倍程だとと言われている。勿論、地方と中央では倍率も10倍以上に跳ね上がるため、受かる難易度自体は地方の比ではないのだが。
それでも、1年足らずで地方に受かる素質があるのならば、4年もあれば余程効率の悪い勉強をしていない限り中央でも受かるだろう。
「そんなに急がなくても良かったんじゃねぇかって思うんだ。ライセンスは持ってりゃトレーナーになれるってだけのモンだから強制効果はない。それに、やれるならレベルの高い所でやりたいとは思うだろ?」
「まあ、そうですが……」
海堂はゆっくり減速をしていき、立ち止まった。
ふぅ、と1回息を吐き、少しばかり流れる汗を拭きとった後に、口を開く。
「夢を叶える手助けをしたかったからなんですよ、俺がトレーナーになった理由は」
――――夢を叶える手助け。
一言一句同じではないが。それは、海堂がフジマサマーチをスカウトした際にも放った言葉だった。
「どこで走っていようと、どんな年齢であろうと。身丈に合わない夢であろうと、どんなに些細な夢であろうと。夢を持ち、それに向かって励む人は美しい。その夢を叶える手助けができるなら俺はどこだって良かった。それが中央であろうが、日の当たりにくい地方であろうが……更に言えば、地方なら中央よりも早くからトレーナーとして活動できる。地方を選んだのはそれが理由です」
カサマツを選んだのは、1年でも早くから活動したかったから。カサマツという場所が地元だからという理由もあったが、これが一番の理由だった。
中央ライセンス取得に成功するのに3年以上。その上、中央ではライセンス取得後、名門トレーナーの下でサブトレーナーとして働かなければならない。
1人立ちし、自分が″トレーナー″として働けるようになるのに最低でも5年はかかるだろう。
だが、あくまでそれは中央に限った話であり、地方なら話は別だ。
ライセンス獲得試験は困難だが、中央と比べたら容易。その上、中央ではほぼほぼ必須の下積み時代が必須ではなく、1年目からトレーナーとして活動できると来た。
――――トレーナーとして早く活動できるのはカサマツ、待遇が良いのは中央。
――――ならば、カサマツでトレーナーを複数年行った後、中央のライセンスを獲得して中央移籍をするのが一番理想的なのではないか?
そうすれば、自分がトレーナーになってやりたい事でもあった″夢を叶える手助け″も早い段階から行う事ができ、中央移籍後は良い待遇も受けられる。
それを実行してしまえる程の、才能があった。ただそれだけの事だった。
「それがカサマツを選んだ理由、なぁ……」
「その選択が間違いじゃなかったとは思ってますよ。ハナから中央に行ってたらマーチには出会えなかったんですし」
「しっかし、トレーナー始めて数年の若造がマーチのスカウトに成功するとは……マーチは実績もある柴崎のとこに行くと思ってたんだけどな」
「いや、それがですね……オグリキャップを倒すって言ったら、俺と目的が同じだったみたいで。マーチが俺を選んでくれた理由はそれだと思います」
「……キャップを倒す?」
さも当たり前の事を答えるかのように。北原の疑問に対して″そうですよ″と答え、海堂は北原の方を向く。
「東海ダービー制覇も、ライバルとの勝負も。俺とマーチが全部かっさらっていくつもりなので――――負けるつもりはありませんよ」
少しばかり早い、宣戦布告。
もっとも、走る側の2人が互いを意識し始めるのはもう少し先になるのだが。それでも、この時点で海堂は確信していた。
オグリキャップとフジマサマーチは、良いライバルになれる、と。
「では、俺はここで。そろそろ出勤の準備もしなくちゃですしね」
「待ちな」
別れようとする海堂を、北原が引き留める。
「その言葉、そっくりそのまま返させて貰うぜ。東海ダービーを制するのも、勝負に勝つのも俺達だ。お前らに負けるつもりはねぇよ」
「……その言葉が聞けて、良かったです」
オグリキャップにとっても、フジマサマーチにとってもいい刺激剤になってくれるだろう。そんなことを考えながら、海堂は走り去って行った。
――――余談だが。
この日の海堂は、少しばかり上機嫌だったらしい。
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