ウマ娘 ワールドダービーDLCカサマツ編 東海ダービーレギュレーション 作:ウママママ
日も暮れかけ、トレーニングも終わった日の夕方。フジマサマーチは金華山にある展望台に訪れていた。
カサマツの景色が一望できるこの展望台。金華山で坂道トレーニングを行った後、フジマサマーチはここを訪ねるようになった。
トレーニングによって乱れた呼吸を整え、景色を一瞥する。
いつ訪れてもいい眺めだ。今度来た時には海堂トレーナーにも紹介しようか――そう考えていたら、後ろから階段を登る音が聞こえてきた。
「……オグリキャップ」
そこに立っていたのは、デビュー戦で鎬を削り合った相手。
両者共々、こんな所で出会うとは思っていなかったからか、自然と耳がピンと立っていた。
どちらが先に言葉を発するか。謎の緊張感が2人を包んでいたが、先に沈黙を切り裂いたのは、フジマサマーチの方だった。
「……貴様に聞いておきたい事がある」
「聞いておきたい事……?」
「そう警戒するな……何の為に走っているのか、何を目指してレースに出ているのか。私が聞きたいのはただそれだけだ」
「何の……為……?」
オグリキャップは、その質問に答えられなかった。
それもそうだ。オグリキャップが走る理由は、走れるから走る――――という漠然としたものでしかないのだから。
このレースに勝ちたいという目標もなく、勝ちたい相手がいるわけでもなく。オグリキャップにとって、走れること自体は奇跡そのもの。だから、ひたすらに走り続ける。
たったそれだけの理由で、と思うかもしれないが、オグリキャップの幼少時代を考えれば納得も行く。本能が遺伝子レベルで組み込まれているウマ娘にとって、走る行為ができないというのは問題でしかないのだから。
しかし、それにしたって異常が過ぎるのも事実であり。
走れるから走る。それだけの理由で、カサマツには敵無しのフジマサマーチを倒す一歩手前まで成長したのだ。
夢を叶える為なら全てを犠牲にする。それができるフジマサマーチもストイックなウマ娘だが、オグリキャップもまた、別の意味でストイックなウマ娘なのだ。
「東海地区最高峰のレース、東海ダービーを制覇し、そこから見える頂の景色を見たい。だから私は走っている。それが私の目標でもあり、夢でもある」
「私の目標……」
「……貴様は速い。おそらく、学園でも屈指のウマ娘だろう。だが、そのままでは文字通り速いだけだ。頂上を決めなければ山は登れない」
自分が見たこと無い世界で負けるならともかく、知り尽くした地元・カサマツで誰かに負ける事は無いだろうとフジマサマーチは考えていた。
それもあの日までは、だが。
彗星の如く現れた、″怪物″に化ける一歩手前のウマ娘。
だが、今は怪物に近いだけであって、怪物そのものではない。眠れる獅子が眠っている時に戦って勝ったとしても、本当の勝利とは言えない。
だからこそ、オグリキャップを″怪物″の領域まで持っていかなければならないのだ。
頂上を決めさせる。眠れる獅子を起こすために、何をすればいいかは明確だった。
「ジュニアクラウンに出ろ、オグリキャップ」
――――貴様を倒し、私は頂上へ行く。
それだけ言い残し、フジマサマーチは展望台を去って行った。
それだけで、オグリキャップは出てくる、と。不器用なフジマサマーチにも理解できていた。
それで充分だったから、降りて来た。
「……俺と話す時もあの位饒舌でいて欲しいんだけどね?」
「……まさか、盗み聞きしてたんですか?」
「盗み聞きなんて人聞きの悪い。帰ってこないし、どこ歩いてるのかって思ってここに来てみたら、2人がいただけだよ」
……まあ、嘘であるのだが。
偶々近くに行ったら2人が話していた――――という訳ではなく、海堂はオグリキャップと鉢合わせるのを今か今かと待っていた。
金華山でオグリキャップがトレーニングをしているのは北原から聞いていたし、良い感じに鉢合わせそうだったからこっそり跡をつけ、良い感じに話を始めたから2人の話を盗み聞きしていた。
趣味が悪いのはどちらなんだか、と思いながら。待ちかねていた感想を、早速聞いてみることにした。
「それで、オグリキャップと話してみた感想は?」
「それが……分からないんです」
「分からない?」
ええ、とだけ答えてフジマサマーチは頷いた。
「オグリキャップは超えなければならない障壁。それはずっと認識していたのですが……」
それだけ言って、フジマサマーチは黙り込んでしまった。
黙り込んだ理由として考えられるのは、自分の考えを海堂に言いたくないのか、それともどう言葉に表せばいいのか分からないのか、はたまたそれ以外か。
(……まぁ、話がいい方向に進んだってこったな。良かった良かった)
しかし、フジマサマーチの事を何も知らないトレーナーならまだしも、今回の話し相手は誰よりもフジマサマーチの事を知っているトレーナー。故に、彼女の気持ちを読み取る事自体はさほど難しくなかった。
自分の考えを持ち、その考えを貫き続けるマーチが言葉に詰まるなんて珍しい事もあるもんだ。海堂はそう思い、自分自身の意見を述べた。
「それがライバルだよ、マーチ」
「オグリキャップが、私のライバル……?」
フジマサマーチは目を見開き、驚いた反応を見せた。
まぁ、こういう反応をするのも分からんでもない。そもそも、フジマサマーチはライバルという存在が何かを知らないのだから。
″ライバル″が成立する条件は3つ。
1つ、競合相手――――つまり、同格の実力を持つ相手が存在する事。
2つ、その相手が自分と同じ目標を掲げている事。
3つ、両者の間に信頼関係が生じている事。
勝って、勝って、勝ち続け。実力の近いウマ娘と呼べる者も近くにはおらず、信頼関係を築いてきた者もおらず、東海ダービーを目標に掲げる者もおらず。
……まあ、1つ目や2つ目の条件はともかく、普通に生きていれば3つ目の条件は余裕で達成できそうなものなのだが。
生憎、フジマサマーチはライバルが成立する条件を1つも達成する事が無かったのだ。
ライバルが何かを知らない。だが、負けたくないと意識はしている。フジマサマーチは、そんな不思議な状態にいた。
「オグリキャップがライバルだなんて信じられない、って顔だな……ま、今は分からなくても何時かは分かる時が来るよ。人は成長する生き物なんだから」
それだけ言って、海堂はフジマサマーチに1枚のチラシを渡した。
「これは?」
「秋風ジュニアのチラシだ。カサマツレース場、距離は1400mで条件はジュニアクラウンと全て一致。ジュニアクラウンの前哨戦にピッタリでしょ?」
初の1400m、オグリキャップとの二度目の戦い、5か月ぶりのレース。
これが一般ウマ娘相手なら、レース勘を取り戻さずともジュニアクラウンで勝っていただろう。実際、今のフジマサマーチはそう言わしめる程の実力を持っている。
しかし、今回戦うのはその一般ウマ娘の枠にはまらない怪物。5か月ぶりのレースで、その上走った事のない1400mで一発勝負――――で、怪物に勝てる訳がない。
レース勘を取り戻し、カサマツレース場・1400mの距離感に慣れる。秋風ジュニアはそれら2つの条件を満たしている最適のレースだと言えるだろう。
″出る?″と聞かなかった。聞かなくとも、どう答えるかは分かり切っていたから。
″出ます″と答えなかった。答えなくとも、目の前のトレーナーは自分の考えを読みとっていると分かっていたから。
両者の信頼関係は、言葉1つすらいらない
「海堂トレーナーにも、ライバルはいるんですか?」
「いたよ。子供の頃にもいたし、数年前にもいた。何なら今もね。絶対に負けたくないって相手がな」
「……例えば?」
「勉強で負けたくない、スポーツで負けたくない、好きな娘の奪い合いで負けたくない……とにかく、負けるのが嫌だから頑張った。ライバルがいたから分かった事もあったよ」
「分かった事?」
「ライバルがどんなヤツでも、1人でいるより良くて人生は豊かになるって事。負けたくない想いが更に成長を促して、マーチが求めてる″新たな境地″に辿り着く為の最後の鍵になる。それがマーチよりも長く生きてる先輩からのアドバイス……かな」
″孤独″にも利点はある。
全てをシャットアウトし、自分の思うままに行動ができ、黙々とトレーニングに集中する事ができる。しかし孤独を得る為には、全てを犠牲にしなければならないのが最大の欠点と言うべきか。
とはいえ、″孤独″には限界がある。
言ってしまえば、孤独な者が行うのは無限に続く戦い。超える度にまた新しい己が挑戦者として現れ、戦いを挑んでくる。勝てばそれが繰り返され、負ければそこで終わる。
超えられない自分が何時かは現れる。言い換えれば、今は良くともいずれ限界が来る、という事だ。
フジマサマーチは賢い。故に、今のままでは何時かは限界が来ると理解していた。だから、何かを変えなければならないと動き、山の頂を定める事で更なる高みに辿り着こうとした。
それは間違っていないし、なんなら限りなく正解に近い。夢が自分自身を突き動かす原動力になる。それは誰しもが経験した事があるだろうし、納得も行くだろう。
だが、孤独である以上、山の頂を定めただけでは新たな境地には辿り着けない。
――――いや、違う。孤独だったとしても辿り着ける。だが、辿り着けないのだ。
フジマサマーチが考える新たな境地と、海堂が考える新たな境地。
2人の考えているソレが全て、完璧に一致しているのならば。
故に、このやり取りは必須だった。
このやり取りが、ほんの少しだけ。運命を変えることに、なるかもしれないのだから。
プリティー要素、どのくらい欲しい?
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