ウマ娘 ワールドダービーDLCカサマツ編 東海ダービーレギュレーション   作:ウママママ

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N8-ライバル

 日も暮れかけ、トレーニングも終わった日の夕方。フジマサマーチは金華山にある展望台に訪れていた。

 カサマツの景色が一望できるこの展望台。金華山で坂道トレーニングを行った後、フジマサマーチはここを訪ねるようになった。

 

 トレーニングによって乱れた呼吸を整え、景色を一瞥する。

 いつ訪れてもいい眺めだ。今度来た時には海堂トレーナーにも紹介しようか――そう考えていたら、後ろから階段を登る音が聞こえてきた。

 

「……オグリキャップ」

 

 そこに立っていたのは、デビュー戦で鎬を削り合った相手。

 両者共々、こんな所で出会うとは思っていなかったからか、自然と耳がピンと立っていた。

 

 どちらが先に言葉を発するか。謎の緊張感が2人を包んでいたが、先に沈黙を切り裂いたのは、フジマサマーチの方だった。

 

「……貴様に聞いておきたい事がある」

 

「聞いておきたい事……?」

 

「そう警戒するな……何の為に走っているのか、何を目指してレースに出ているのか。私が聞きたいのはただそれだけだ」

 

「何の……為……?」

 

 オグリキャップは、その質問に答えられなかった。 

 それもそうだ。オグリキャップが走る理由は、走れるから走る――――という漠然としたものでしかないのだから。

 このレースに勝ちたいという目標もなく、勝ちたい相手がいるわけでもなく。オグリキャップにとって、走れること自体は奇跡そのもの。だから、ひたすらに走り続ける。

 

 たったそれだけの理由で、と思うかもしれないが、オグリキャップの幼少時代を考えれば納得も行く。本能が遺伝子レベルで組み込まれているウマ娘にとって、走る行為ができないというのは問題でしかないのだから。

 

 しかし、それにしたって異常が過ぎるのも事実であり。

 走れるから走る。それだけの理由で、カサマツには敵無しのフジマサマーチを倒す一歩手前まで成長したのだ。

 夢を叶える為なら全てを犠牲にする。それができるフジマサマーチもストイックなウマ娘だが、オグリキャップもまた、別の意味でストイックなウマ娘なのだ。

 

「東海地区最高峰のレース、東海ダービーを制覇し、そこから見える頂の景色を見たい。だから私は走っている。それが私の目標でもあり、夢でもある」

「私の目標……」

「……貴様は速い。おそらく、学園でも屈指のウマ娘だろう。だが、そのままでは文字通り速いだけだ。頂上を決めなければ山は登れない」

 

 自分が見たこと無い世界で負けるならともかく、知り尽くした地元・カサマツで誰かに負ける事は無いだろうとフジマサマーチは考えていた。

 それもあの日までは、だが。

 

 彗星の如く現れた、″怪物″に化ける一歩手前のウマ娘。

 だが、今は怪物に近いだけであって、怪物そのものではない。眠れる獅子が眠っている時に戦って勝ったとしても、本当の勝利とは言えない。

 だからこそ、オグリキャップを″怪物″の領域まで持っていかなければならないのだ。

 

 頂上を決めさせる。眠れる獅子を起こすために、何をすればいいかは明確だった。

 

「ジュニアクラウンに出ろ、オグリキャップ」

 

 ――――貴様を倒し、私は頂上へ行く。

 それだけ言い残し、フジマサマーチは展望台を去って行った。

 それだけで、オグリキャップは出てくる、と。不器用なフジマサマーチにも理解できていた。

 それで充分だったから、降りて来た。

 

「……俺と話す時もあの位饒舌でいて欲しいんだけどね?」

「……まさか、盗み聞きしてたんですか?」

「盗み聞きなんて人聞きの悪い。帰ってこないし、どこ歩いてるのかって思ってここに来てみたら、2人がいただけだよ」

 

 ……まあ、嘘であるのだが。

 偶々近くに行ったら2人が話していた――――という訳ではなく、海堂はオグリキャップと鉢合わせるのを今か今かと待っていた。

 金華山でオグリキャップがトレーニングをしているのは北原から聞いていたし、良い感じに鉢合わせそうだったからこっそり跡をつけ、良い感じに話を始めたから2人の話を盗み聞きしていた。

 趣味が悪いのはどちらなんだか、と思いながら。待ちかねていた感想を、早速聞いてみることにした。

 

「それで、オグリキャップと話してみた感想は?」

「それが……分からないんです」

「分からない?」

 

 ええ、とだけ答えてフジマサマーチは頷いた。

 

「オグリキャップは超えなければならない障壁。それはずっと認識していたのですが……」

 

 それだけ言って、フジマサマーチは黙り込んでしまった。

 黙り込んだ理由として考えられるのは、自分の考えを海堂に言いたくないのか、それともどう言葉に表せばいいのか分からないのか、はたまたそれ以外か。

 

(……まぁ、話がいい方向に進んだってこったな。良かった良かった)

 

 しかし、フジマサマーチの事を何も知らないトレーナーならまだしも、今回の話し相手は誰よりもフジマサマーチの事を知っているトレーナー。故に、彼女の気持ちを読み取る事自体はさほど難しくなかった。

 自分の考えを持ち、その考えを貫き続けるマーチが言葉に詰まるなんて珍しい事もあるもんだ。海堂はそう思い、自分自身の意見を述べた。

 

「それがライバルだよ、マーチ」

「オグリキャップが、私のライバル……?」

 

 フジマサマーチは目を見開き、驚いた反応を見せた。

 まぁ、こういう反応をするのも分からんでもない。そもそも、フジマサマーチはライバルという存在が何かを知らないのだから。

 

 ″ライバル″が成立する条件は3つ。

 1つ、競合相手――――つまり、同格の実力を持つ相手が存在する事。

 2つ、その相手が自分と同じ目標を掲げている事。

 3つ、両者の間に信頼関係が生じている事。

 

 勝って、勝って、勝ち続け。実力の近いウマ娘と呼べる者も近くにはおらず、信頼関係を築いてきた者もおらず、東海ダービーを目標に掲げる者もおらず。

 ……まあ、1つ目や2つ目の条件はともかく、普通に生きていれば3つ目の条件は余裕で達成できそうなものなのだが。

 生憎、フジマサマーチはライバルが成立する条件を1つも達成する事が無かったのだ。

 

 ライバルが何かを知らない。だが、負けたくないと意識はしている。フジマサマーチは、そんな不思議な状態にいた。

 

「オグリキャップがライバルだなんて信じられない、って顔だな……ま、今は分からなくても何時かは分かる時が来るよ。人は成長する生き物なんだから」

 

 それだけ言って、海堂はフジマサマーチに1枚のチラシを渡した。

 

「これは?」

「秋風ジュニアのチラシだ。カサマツレース場、距離は1400mで条件はジュニアクラウンと全て一致。ジュニアクラウンの前哨戦にピッタリでしょ?」

 

 初の1400m、オグリキャップとの二度目の戦い、5か月ぶりのレース。

 これが一般ウマ娘相手なら、レース勘を取り戻さずともジュニアクラウンで勝っていただろう。実際、今のフジマサマーチはそう言わしめる程の実力を持っている。

 

 しかし、今回戦うのはその一般ウマ娘の枠にはまらない怪物。5か月ぶりのレースで、その上走った事のない1400mで一発勝負――――で、怪物に勝てる訳がない。

 レース勘を取り戻し、カサマツレース場・1400mの距離感に慣れる。秋風ジュニアはそれら2つの条件を満たしている最適のレースだと言えるだろう。

 

 ″出る?″と聞かなかった。聞かなくとも、どう答えるかは分かり切っていたから。

 ″出ます″と答えなかった。答えなくとも、目の前のトレーナーは自分の考えを読みとっていると分かっていたから。

 両者の信頼関係は、言葉1つすらいらない

 

「海堂トレーナーにも、ライバルはいるんですか?」

「いたよ。子供の頃にもいたし、数年前にもいた。何なら今もね。絶対に負けたくないって相手がな」

「……例えば?」

「勉強で負けたくない、スポーツで負けたくない、好きな娘の奪い合いで負けたくない……とにかく、負けるのが嫌だから頑張った。ライバルがいたから分かった事もあったよ」

「分かった事?」

「ライバルがどんなヤツでも、1人でいるより良くて人生は豊かになるって事。負けたくない想いが更に成長を促して、マーチが求めてる″新たな境地″に辿り着く為の最後の鍵になる。それがマーチよりも長く生きてる先輩からのアドバイス……かな」

 

 ″孤独″にも利点はある。

 全てをシャットアウトし、自分の思うままに行動ができ、黙々とトレーニングに集中する事ができる。しかし孤独を得る為には、全てを犠牲にしなければならないのが最大の欠点と言うべきか。

 

 とはいえ、″孤独″には限界がある。

 言ってしまえば、孤独な者が行うのは無限に続く戦い。超える度にまた新しい己が挑戦者として現れ、戦いを挑んでくる。勝てばそれが繰り返され、負ければそこで終わる。

 超えられない自分が何時かは現れる。言い換えれば、今は良くともいずれ限界が来る、という事だ。

 

 フジマサマーチは賢い。故に、今のままでは何時かは限界が来ると理解していた。だから、何かを変えなければならないと動き、山の頂を定める事で更なる高みに辿り着こうとした。

 それは間違っていないし、なんなら限りなく正解に近い。夢が自分自身を突き動かす原動力になる。それは誰しもが経験した事があるだろうし、納得も行くだろう。

 

 だが、孤独である以上、山の頂を定めただけでは新たな境地には辿り着けない。

 ――――いや、違う。孤独だったとしても辿り着ける。だが、辿り着けないのだ。

 

 フジマサマーチが考える新たな境地と、海堂が考える新たな境地。

 2人の考えているソレが全て、完璧に一致しているのならば。

 

 故に、このやり取りは必須だった。

 このやり取りが、ほんの少しだけ。運命を変えることに、なるかもしれないのだから。

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