1204年4月21日
よく晴れた空の下、もうすぐ昼を迎えるグラウンド。
その一角に、多数の緑制服。これから、初の実技テストを迎えることになるⅣ組の生徒達が集まっていた。
各々の手には、様々な武器が握られている。その表情は、余裕を見せている者も居れば、緊張に身体を強張らせている者も居る。
「ついにこの時が来たよぅ・・・」
隣で震えているコレットが、両手で導力拳銃(クルセイダー)を握りしめながら助けを求めるようにこっちを見ている。
とりあえず、あの射撃場での一幕から徹底して「銃は常に弾が入っている物として扱う」「射撃時以外はトリガーに指を当てない」「待機時は常に銃口を地面へと向ける」とだけ教えた為、安全に関してはある程度問題ないと言える。
「クォーツは、しっかりはまってる。よし・・・。」
一方で、射撃技術に関しては、基本的な射撃姿勢について教えたに留まっており、射撃精度に関しては照準補助クォーツが頼みの綱だ。コレットの持つ戦術オーブメントを覗いてみると、スロットの一番上に装着されている。
クォーツ自体は、今日までに合成してきたらしい。あとはこれがどのくらいの効果をもたらすか、だ。
「最初から緊張しても仕方ないし、教官達だってそのことぐらいは分かってると思うよ」
「そうかな?大丈夫かな?」
「問題ない問題ない。」
「う~ん・・・」
「うぅ…大丈夫かな」
「ふふ、ダイジョーブダイジョーブ。なんとかなるって」
隣には、最新型の武装である導力杖を携えるリンデとヴィヴィが向かい合って立っている。
導力杖は確か、使用に応じて適正が必要とされていたはずなのだけれど、両者とも同じ型式の導力杖を持っているのは流石双子というべきかもしれない。
「でも、戦闘経験なんて全く無いよ…」
「ほら、えーと。うん、ダイジョーブだって!」
不安に固まっているリンデを励ますヴィヴィ。しかし彼女も、普段のような軽薄な雰囲気は鳴りを潜めている。何時もより硬くなっているのは、隠しきれない緊張の為か。
「リーリャさんは、結構平気そうですね」
リンデがこちらを向き、導力杖を抱え直す。
正直、導力杖の柄の長さは、もう少し短めでもいいと思う。と、その様子を見て、場違いなことが頭に浮かんだ。
「まぁ、初回はそこまで大変なことはしないだろうし」
まぁ、ボコボコにはされるかもしれないけど。
ふとコレットの方を見ると、彼女は二人を、ただしくは二人の持っている武器を、興味深そうに見ていた。
「二人はどっちも同じ武器なんだね~・・・えーと、杖?」
幾分か気を取り直したように見える様子で、リンデに顔を向ける。
「あ、はい。導力杖って言って、短距離の無属性アーツが放てるみたいです」
導力杖による短距離アーツは、射程や即応性こそ銃には及ばないものの、至近距離での高い火力と阻止力を持っている。
短銃身のショットガンと火炎放射器が合わさったような攻撃は、成人男性を優に麻痺させるだけの能力があり、室内戦闘でアーツをばら撒きながら突進されれば、とても対処し辛い。
さらに、銃口が無いためどの方向に飛んでくるかがわからない。高い戦闘能力を持つ人間ならば、発射後に見切ることも出来るらしいけれど、私にはちょっと難しい。
「導力杖って、たしか適性とかいうのなかったっけ?」
私の些細な疑問に、リンデが答える。
「確か、姉妹での適正の違い、とかの話で・・・」
リンデとヴィヴィはほぼ見分けがつかないくらいそっくりな双子姉妹だ。その点は導力魔法の適正という面にも如実に表れていて、研究者的にはそれが興味深いらしい。
「コレットは、導力拳銃にしたのね」
「うん、リーリャに選んで貰ったんだ~」
コレットは自慢げに、導力拳銃を顔の前に掲げた。
「選んだ、といっても無難な選択なんだけどね」
「リーリャさんは導力ライフル、ですか?」
「そうだよ。軍が正式採用してるタイプの。」
小脇に抱えている導力ライフルを、正面に持ち直す。
私の武器は、正規軍や領邦軍で採用されている標準的なセミオートの導力ライフルだ。最新型ではないけれど、大量に配備されており、信頼性も充分高いので、未だ主力の銃となっている。
リミッターの調整次第で強力な一撃を放てるらしいけども、エネルギー消費が激しく、導力機構に大きな負担を掛けるらしいから、それを使いたいとはあまり思っていない。
「ふ~ん、珍しいもの着てるわね」
ヴィヴィの視線は、私の体に向いている。
私の腰に巻かれている太めのベルトには、複数のポーチが付いている。そこから垂直に、二本のベルトが肩を回って背中でクロスし、サスペンダーのように後ろ腰でまた繋がっている。
「・・・あぁ、チェストリグね。弾とか薬とかがそれなりに入れられる、戦闘用のポーチみたいなものだよ。」
割と新しく考え出されたもので、まだ正規軍はおろか猟兵にすら出回ってない。戦闘の達人からすれば、動きを妨げる要因になるのかもしれないけれど、私は結構気に入っている。
・・・と、ていっ。
「あたっ」
チェストリグを触ると見せかけて、両手を怪しくワキワキさせていたヴィヴィの額にチョップを叩き込む。
これで通算数回目に上っている。
リンデがそれを注意して、ヴィヴィがいなす。コレットにも笑顔が浮かぶ。
試験前ということを除けば、いつものありふれた光景。
「・・・前衛2、後衛2か~」
何の気なしにコレットの口調を真似して呟く。
先ほどから実技試験に使われている仮想敵、「T」の形をした赤い自律機械。教官が言うには戦術殻。
見た限りでは、結構硬そうだ。それに、意外と素早い。戦場で遭遇したのならどうとでもなるけども、今は学院の試験。それに味方も居る。
まぁ、惨敗だけはしないように頑張りますかな。
「コレット、リーリャ、リンデ、ヴィヴィ。前に出て来なさい。」
しばらくして、実技担当のサラ教官が私達4人の名前を呼んだ。ついに来たなぁ・・・。
人ごみをかき分けて前に出ながら隣を見ると、コレットが緊張に口を結んでいる。リンデ、ヴィヴィも同じような雰囲気だ。
恐らくまともな実戦は初めて、私がどこまでフォロー出来るかどうか。
命令を待って待機している戦術殻。その正面に私達4人が立つ。
私の隣にコレットが。その後方、十数アージュにリンデとヴィヴィが。
現状考えられる最善の立ち位置。後はやってみるしかない。
「始め!」
「リンデ、補助魔法!ヴィヴィは阻害魔法!コレットは私と一緒に敵の阻止!」
事前の打ち合わせ通りに、素早く指示を飛ばす。
「わかりました!」
「わかった!」
「りょうかーい!」
返事が聞こえると同時に、ライフルを構える。
脚を開き、腰を下げ、多少前傾姿勢に。何度も繰り返し、体に染み付いた動作で十数アージュ先に居る敵・・・戦術殻のど真ん中に狙いを定め、引き金を引き絞る。
強いバネが弾けるような反動と共に、余剰導力の発射炎が銃口から噴き上がり、訓練出力に設定された導力加速機構から弾体が射出される。弾はそのまま一直線に飛翔し、戦術殻へ命中した。
金属のぶつかる音。
多少動きは止めたものの、有効打となった様子は無い。
「すっごい硬いよ!あれ!」
コレットが、少しばかり辿々しいものの、戦術殻に対して連続した射撃を行う。
「とにかく撃ち続けて!」
私もそれに合わせて、素早く引き金を引き続け戦術殻の腹に次々と弾を送り込む。
効いていようがいまいが、最低でも動きを止めることができているのだったら、今は攻撃を続けるしかない。私達が上手く壁となれば、それだけリンデとヴィヴィの負担が減る。
「あ、弾が!」
コレットの導力拳銃の弾が切れ、射撃が途切れる。慌てて予備弾倉を取り出すものの、経験不足故か、その動作はスムーズとは言えない。
「っと・・・あっ」
それをカバーする為、射撃のテンポを早める。
「カバーしてるから、落ち着いて」
制圧射撃。
これで戦術殻の動きが止まってる内に、コレットのリロードを済ませる。次に私の弾が切れるころには、ヴィヴィの阻害魔法が炸裂するはずだ。
そう頭の片隅で考えていた。
「・・・っ」
しかし、そう甘くは無かった。
戦術殻が、被弾を気にせずこちらに突っ込んで来た。
見かけによらず素早い。いくら人間サイズとはいえ、あの装甲兵器を導力ライフルと拳銃だけで止められるとは思えない。
「来たよ!」
一言だけ言い放ち、私は思い切り横に飛ぶ。
突っ込んできたのなら、このまま十字砲火に持ち込めれば・・・!
「・・・え?」
コレットの呆けた声。
土煙を上げながら片膝を付いてライフルを構えた私の見たものは、リロードを終えたままの棒立ちで、目の前で今まさに攻撃しようとする戦術殻を、呆然と見ている姿だった。
「間に合って!」
駆動時間が終わり、リンデが叫ぶ。
戦術オーブメントが光ると、同時にコレットと私の周囲にも光が走り、導力魔法「ラ・クレスト」が発動。
「う゛っ!」
振るわれた戦術殻の下肢が、コレットの腹部に直撃した。表情が強張る。鈍い呻き声を漏らし、尻餅をついて、それでも勢いが有り余ったのか、地面に転がった。
「駆動完了っ、逃がさないわよ!」
直後に、ヴィヴィの「シルバーソーン」が発動。戦術殻が光に包まれて、直後に轟音と金属の軋む音が聞こえる。
「コレット!」
導力魔法の効果か、動きの鈍くなった戦術殻に残り少ない弾を遠慮なく叩きつける。
5、4、3、2、1・・・弾切れ。
空の弾倉を排出し、左手と肩でライフルを支えて狙いを外さないまま、右手のみで新しい弾倉を機関部に叩き込む。コッキングレバーを引いて初弾をチャンバーに装填。
「うぅ・・・なんとか・・・」
腹部を腕で押さえながらも、立ち上がろうとしているコレット。
間一髪でラ・クレストが間に合ったらしい。導力魔法によって底上げされた防御力は、ダメージこそ防げなかったものの、戦闘不能にさせられることは回避していた。
「コレットさん!今回復します!」
リンデがコレットに向け、回復魔法である「ティア」の準備に入る。
「何とか戦線は維持させたいけど・・・!」
私はとにかく撃ち続けるしかない。コレットがダウンしている今、敵と直接相対できるのは私だけだ。
ライフルが連続して弾を吐き出し、そのたびに身体を揺さぶる反動が肩に伝わる。
「うそ・・・!」
ヴィヴィが、戦術オーブメントの駆動に入ろうとして、失敗した。
先ほど発動したシルバーソーンは、かなりの量の導力を消費するものだったはずだ。だとすれば、今ヴィヴィの導力エネルギーはほぼ枯渇している筈。
「それっ!」
ティアが発動し、コレットの傷がある程度癒える。
「あ、ありがと!」
「また動き始めた、注意!」
同時に、戦術殻が混乱から立ち直り、突進を再開した。
恐らくはさっきから射撃を続けているせいだろう、まっすぐ私に突っ込んでくる。
「こっちに来てくれるなら、それだけは好都合、かな」
相対距離が数アージュを切ったところで、私は射撃を止める。
視線は相手に向けたまま、ライフルを頭上に掲げて銃床の底面、普段は肩に当てる部分を前に向けた。
戦術殻が下肢を大きく振りかぶる。
接触間近。
「はぁっ!」
大きく踏み込み、銃を思い切り振り下ろし、銃床を戦術殻の頭らしき所にに叩きつける。
金属の塊を叩き付けた、豆粒程度の弾とは比べものにならない衝撃に、戦術殻がくの字に曲がる。
「おらっ!」
それだけでは止めない。
振り抜いた銃床を握り直し、下を向いた戦術殻の頭に向け、アッパーカットのように振り上げる。
掌にビリビリとした感覚が流れ、大きく仰け反る戦術殻。
「離れろっ!」
右脚を振り上げ、押し出すように戦術殻を蹴り飛ばす。
弾き飛ばしたそれを片目に、体勢を立て直して。
よし、直接弾を叩き込んでやろう。
ライフルを構え直す時間が惜しい。右腕を素早く下ろし、拳銃を抜こうと腰に伸ばした手が・・・
虚しく空を切る。
「あ・・・!」
今日は、拳銃(サイドアーム)を携行していなかった。
僅かな時間とはいえ、その隙を見逃してもらえる筈もなく。
「くっ!」
突進してきた戦術殻に弾き飛ばされる。
何とか身を捻って衝撃を逃がし、地面に転がることは防げたものの、追撃が来たら確実にやられる。
無理矢理身体を動かして攻撃に備える。しかし、そこに敵は居ない。
「ちっ!」
戦術殻は、私を無視してリンデに向かって凄まじい勢いのまま突っ込もうとしている。
「ひっ!?」
「あっ・・・」
直接攻撃されることを考えていなかったリンデは、驚きと恐怖に顔が引き攣り、身体を強張らせて後ずさることしかできない。
ヴィヴィも、咄嗟の自体に慣れていなかったのか、その場に立って驚きの表情を浮かべるのみ。
「だめ・・っ!」
コレットが構えるも、射線がリンデと重なっている。もし外した場合、その流れ弾はリンデに直撃することになる。
仕方ない。
導力ライフルのリミッターを解除、訓練出力の最高値まで上げる。
身体が覚えている通りに、右足を半歩引き、腰を落とす。銃床をしっかりと肩に当て、脇を閉じ、銃を確実に保持する。
背筋は少し前に倒し、右頬を銃床に押し当てる。頭は斜めにしないで、両目を開いたまま、照準器を覗き込む。
左目で大まかな動きを見て、右目の視線上にフロントサイトとリアサイト、その先に敵を重ねる。
狙いは、頭部と下肢の境目、関節部。
掌から余計な力が消え、引き金を絞る。
「・・・!」
次の瞬間、一際大きな発砲音と閃光。
数段強い反動と共に太い曳光を描いた弾は、今にもリンデに襲い掛かろうとしていた戦術殻、そのど真ん中に、寸分違わず直撃した。
金属の衝突する音。強い衝撃に動きを止めた戦術殻は、そのまま戦闘開始前のように動かなくなった。
「そこまで!」
教官の声が響く。
それと同時に、私以外の皆が地面にへたり込んだのだった。
「う~ん・・・一応勝ったとはいえ、なんだかな~」
試験終了後、コレットが呟く。解放感こそあったが、今回の試験になにか思うところもあったらしい。
「まぁ、初めてだし。次もできるからね」
相変わらず私の励ましは、励ましの言葉になっているのか自分でもわからない。せめてもうちょっと気の利いたことを言ってみたい。
「・・・ははは、そうだね。うん、その通りだね~」
その微妙な励ましを聞いたコレットが、私を見て小さく笑う。不思議と悪い気はしない。優しさを感じる笑みだからだろうか。
サラ教官から解散の指示が飛び、クラスの皆もばらばらとグラウンドを後にする。
私もそれに続いて歩き出そうとした時、その教官から呼び止められた。
「あー、リーリャだっけ?あんたはちょっと残りなさい。」
「どうかしましたか?」
人の居なくなったグラウンド。私の前に、サラ教官が立つ。
「うーん、そうねぇ・・・」
何かを考えているような声、その目は私を品定めしているかのように動いている。
・・・この緊張感。ヤバい。サラ教官、この教官は、恐らく只者ではない。それこそ、稀にいる本当に逃げるべき相手の香りがする。
「あんた、ちょーっと怪しいのよね。」
「怪しい、ですか?」
しばらく感じていなかった緊張感。冷汗が流れる。
「そう、というわけで」
対照的に、軽い雰囲気と口調で話すサラ教官。私から離れるように数歩、何の不自然さもなく、それでいて隙も見いだせない歩み。
十数アージュほど離れて、試験の時のように私と相対する教官。
その手には、いつの間にか、紅い導力拳銃と剣が握られていた。
「掛かって来なさい。あぁ、そうそう。わざと手を抜いたら単位は無しだから。」
サラ教官みたいな上司が欲しいです。
やっぱりいいです。