広いグラウンドを駆ける二つの人影、時折、甲高い発砲音が響く。
「狙いは正確ねー」
私が発砲した三発を、姿勢を下げて右に向かって走り出すことで難なく回避した相手、サラ教官は、余裕綽々といった態度を表す。
「でも、それだけじゃ当たらないわよ」
「そんくらい分かってますって」
弾倉の半分近くを消費しながら、徐々に距離をとる。
教官もまだこちらを警戒しているのか、回避を続けながら様子を見ているだけで、こちらに突撃はしてこない。
しかし、そのかわりに教官の手元から閃光が奔る。
「っ!?」
教官の導力銃が放たれる。
咄嗟に横に飛んで回避すると、私がいた足元に着弾の土煙が上がった。
まずい、ヤバい。
この隙を突かれて一気に接近されてしまうと、私に抵抗する手段はもう無い。
転がった後の無理な姿勢ながらも、なんとか右膝を地面に着け、左脚で横に飛びそうな体の勢いの残滓を押しとどめて、膝射の姿勢を取り、発砲。
「おっと、そう易々とはいかないみたいね」
剣の腹で弾を弾き、後ろに飛ぶ教官。
体に負担を掛けた引き換えに、教官の接近は阻止できた。しかし、それまでに開けた距離は完全に詰められてしまっている。
「やっぱり、ねぇ。実際に見て確信したわ」
そろそろ、教官の速度にも慣れてきた。銃口を僅かに、教官の移動先の方向へとずらす。
偏差射撃。
引き金を引く時間、導力加速機構の駆動時のタイムラグ、距離、相手の速度。これらを全て計算し、相手の未来位置を予測して射撃を行う技術。
私はこれを、様々な旅団員との模擬戦を通して、感覚として体に覚えさせた。
それなりに自信もある。しかし・・・
「アンタねぇ、のんびりそうな雰囲気の割にやってる事がきな臭すぎるのよ」
即座にブレーキを掛けた教官は、素早い方向転換で射線を避ける。
やっぱり、ね。
この世界には、様々な戦闘に従事する人々が居る。軍人や猟兵、警察官。遊撃士にテロリストに、なんかよく分からない秘密結社の人だったり。
その中でも、俗に言う実力者と呼ばれている人達。
様々な修練を積み、それなりの力を持つ者達は大体、身体能力に優れていて、そして、動体視力も良い。
つまり、射線を簡単に回避される。
銃口の動きを読んで射線から身を逃れるのは普通で、上位の実力者は発射後に弾を見て回避することもあるらしい。
中々照準に捉えられず、また、撃っても当たりそうにないサラ教官は、間違いなくこれだ。
「その体全体で銃を抑え込むような構え方。それ、かなり“反動”を意識してるように見えるのよね」
「そうですか・・・!」
決定打の掴めない射撃で弾倉の残り半分を消費し、弾切れ。
次の瞬間には、教官の剣が目前に迫っている。
「のわっ!?」
「それも強力な火薬式銃器のを、ね」
銃の腹で、その刃を受け止める。この教官本気で私を殺す気なのか。
カウンター気味に右脚を蹴り出してみるものの、教官は素早く飛び退いて、手応えは無い。
「それから、さっきの銃で殴り付けるあれだけど・・・導力銃は導力機構が入ってる、いわば精密機器」
教官が離れた隙にリロードを行う。
素早く、かつ正確に。ここで戸惑ったら、確実に、やられる。
自己ベストを更新できるほどの短時間でリロードを終わらせ、再度教官に照準を向ける。
「・・・!」
しかし、そこに教官は居なかった。
視線自体は外していなかった筈。意識が反れているほんの僅かな時間で、体勢を立て直して消えたというのか。
流石に学院教官といえど、そこまでの達人とは。
とにかく、立ち止まるのは不味い。
幸いグラウンドは視界が通っていて、物陰から急襲される恐れは無い。そして、正面に居ないのであれば上か、後方かだ。
間髪入れずに走り出そうと足を踏み出す。
「あっ」
その足は、気配も無しに背後へと接近していた教官より繰り出された足掛けによって防がれ、体勢を崩して片膝を着いた。
「だから普通は銃に着いてるブレードなんかを使うわけだけど、アンタは何の躊躇いも無く叩き付けていた。それが出来るのは、言ってしまえば只の鉄の塊である火薬式の銃だけよ」
教官を見上げる私、首筋に白刃が突き付けられる。
「結構使ってるんでしょ、火薬式銃器。それも、導力銃とは比べ物にならない程に。」
「・・・。」
この教官は予想以上だ。僅かな時間にそこまで観察されているなんて。
「で、本気を出さないなら単位はあげないけど。どうする?」
正直、この教官とはまともに戦いたくはない。
もしここが戦場で、同じ状況に陥ったのなら、どんな手段を講じてでも戦わずに真っ先に逃げ出している。
しかし今は学院の授業で、模擬戦。ここからの勝ち目も見えないし、これ以上続けるよりだったらさっさと降参してしまいたい。
しかし、頭ではそう考えていても、私の中身・・・闘争心とかそう呼ぶべきもの・・・が一回り大きくなっていくのを感じる。
不意に思い出す、霞む視界で見上げたチェーンソー付きのライフルを。その赤髪を。
これは、怒りだ。コンプレックスと言ってもいいかもしれない。
圧倒的な実力差で、有無を言わさずねじ伏せられる事に対する、怒り。
こんなことを思ってしまっている時点で、私は結構な戦闘狂なのかもしれない。まぁ、今はそれでいいかな。
私には、銃弾を見切る事も、ましてや大技で敵を薙ぎ倒す事もできない。
軍用火器の取り扱いならば、それなりの心得はあるが、それだけだ。教官のような相手と1対1でまともにやり合おうものなら、容易く今のようになるだろう。
しかし、今の私にとってそれらの事は、銃を置く理由にはならない。
教官も本気を出せと言っているんだ。どうせ模擬戦だし、死ぬことはない・・・と思う。
なら、精々食い下がらせてもらいますか。
「ふーん、闘志はまだありそう・・・!?」
決断すれば、あとは実行するだけだ。
教官の顔の前で振り抜く、空の右手。
片膝をついた体を支えるために、その体の後ろに回し隠していた右手に握っていたグラウンドの砂を、思い切り投げつける。
「さすがにやる気ありすぎじゃないのっと!」
咄嗟に飛び退いた教官目掛けて、ライフルを向ける。
お行儀よく狙いなんか付けてやらない、避けられるというならば、処理できなくなる位徹底的に叩き込んでやる。
腰だめに向けたライフルの引き金を、壊すのかと思うほどに連続して引く。
連続した閃光がストロボのように瞬く。自分でもどこに飛んでいくか分からない連射は、教官にとっても相手にしにくいらしく、右に左に跳んで距離を取った。
好都合。
腰に手を伸ばして、円筒形の金属筒を掴む。
ベルトからそれを引き抜き、チェストリグに着いている小さな金具に、輪っかを引っかける。
そのまま思い切り引くと、金具に輪っかが引っ掛かり、ピンが抜ける。同時に、ピンによって保持されていたレバーも、バネの力によって勢いよく金属筒から弾け飛んだ。
あとは思い切り振りかぶって、それを投げる。
「!」
教官の前に転がる金属筒。それを見た教官が、咄嗟に目を庇いながら飛び退く。
閃光弾対策・・・?
でも、残念ながらそれは閃光弾じゃないよ。
直後に、その金属筒から勢いよく黄色の煙が噴き出した。
「煙幕って!」
スモークグレネード。大量の煙で視界を奪ったり、位置を指示したり出来る優れもの。私のお気に入り。
その効果はこの場でも遺憾なく発揮され、教官と私の間に煙幕の壁を作る。これで、私達は互いに姿を見失った訳だ。
でも、まだ攻撃を緩めるつもりは無い。
煙幕に紛れた急襲を警戒しているのか、教官は大きく動かない。
それを尻目にポーチから取り出したのは、望遠鏡のような形をした便利グッズ「バトルスコープ」だ。
内蔵導力の関係で実質的に使い捨てのこれをすかさず起動して、煙幕の壁を、自分から見て右から左へ、横になぞるように覗き込む。
そして、ある一点の方向でスコープが僅かに反応した。
アナライズが始まる音。それに構わず、左手でスコープを保持しながら銃を構えて、反応のあった方向に銃口を向ける。
連射。銃弾が煙幕へと吸い込まれていく。
そして、弾切れ。
幾度かの金属音の後、紫電と共に煙の壁を割りながら、教官が一直線に突っ込んで来る。
マガジンポーチは全て空、右腰に着いている多目的ポーチを開いて、最後の予備弾倉を取り出す。
「機転は効くみたいね!」
空になった弾倉を地面に落とし、最後の弾倉を銃に叩き込む。
その時には教官が、もう目の前まで来ている。
流石に速い・・・!
私は銃床を強く握ると、ライフルを思い切り教官目掛けて投げつけた。
「!」
多少は驚かせることができたものの、突撃の勢いのまま、ライフルを難なく剣で弾いてしまう。
接触まで残り僅か。
教官が導力銃を突き出す。私はそれに、避けもせず、下がりもせず、前に思い切り踏み出した。
咄嗟に下げた姿勢、間一髪、私の頭上を銃弾が飛び去る。
「アンタ、結構面白いわね・・・っ!」
教官の左腕、銃を持っているその手首を、右手でがっちりと掴む。
そのまま突撃の勢いを利用し、コマのように体を半回転させ、教官の手首を握ったまま右腕全体を使い、教官の左腕をホールド。
間髪入れずに、左手の平で教官の導力銃の側面を思い切り叩く。手の平は構造上、この方向の衝撃に弱い。
緩む教官の掌。私は躊躇いなく、その手から導力銃を毟り取る。
「それはさすがに予想外よ!」
飛び退きながらも姿勢を無理やり制御して、奪い取った導力銃を向ける。
細かい狙いを付けている暇は無い。
とにかく引き金を引いた。教官も、傍目からも無理があると分かる体勢で飛び退く。
もう手は無い。
導力銃の引き金を引き続けていると、不意に教官が大きく跳躍した。
その体は、紫電を纏っている。
「っ!?」
咄嗟に転がる私。その横に、隕石のように着弾する教官。
『電光石火』
荒れ狂う電撃。それは、回避は無意味だと言うように周囲を飲み込み、私に襲い掛かる。
身体を突き抜ける衝撃に一瞬、意識が飛ぶ。
力が抜けていく感覚。
次には、グラウンドの上で無様に転がり、手足を地面に投げ出していた。
「・・・はぁ」
教官が差し出した手を掴んで、起き上がる私。
さっきの電撃のせいか、まだ思うように力が入らない。
・・・っと
「大丈夫?」
「はい・・・問題無いです」
転びそうになった所を、咄嗟に支えられる。
負けた。
惜しいかどうかは分からないけれども、いいところまでは行けた、と思いたい。
「やっぱり、無理があったかなぁ」
地面に落ちている導力ライフルに目を落とし、自嘲気味に呟く。
「何を考えてるのかは知らないけど、あそこまでやれるんなら大したものだと思うわよ。」
教官の励まし。さっきまでの態度とは大違いだ。
「で、結局のところ、アンタは猟兵か、元猟兵ってことでいいのよね?」
まあ、そういう結論になるだろう。
今現在、火薬式を使っているのは、大体猟兵と相場が決まっている。
観念して、口を開こうとしたその時
「本気出せば良かったんじゃない、リーリャ」
聞き覚えのある声が耳に届く。
声の主。グラウンドの入り口、その階段上に立っているのは、特科クラスⅦ組の赤制服を着た女子生徒。
整えられていない白い髪と、常に眠たそうな表情。
人よりも小柄な背丈は、私の記憶の中となんら変わっていない。
こちらを見ている黄色い瞳に、不意に強い懐かしさを覚える。
旅団に居た頃を思い出す。もう会うことは叶わないと思っていた、その子。
「―――フィー!?」
「ん、久しぶりだね。」
導力銃は反動があまり強くは無いらしいので、現実よりも射撃姿勢に対する要求は緩いのかな、と思っています。
バトルスコープ辺りは独自解釈です。