季節の変わり目は体調に気を付けましょう。
1204年3月31日 朝
エレボニア帝国、トリスタ...
『――――――本日はヘイムダル方面行き大陸横断鉄道をご利用いただき、ありがとうございます。次はトリスタ、トリスタ。1分程の停車となりますので、お降りになる方はお忘れ物の無いようご注意ください。』
車内に響くアナウンスが、沈みかけていた私の意識を引き戻す。窓の外では既に、疎らにだが農場や民家が流れ始めていた。線路の先、遠くに見えている街がおそらくトリスタだろう。
早朝にクロイツェン州ケルディックを出てから1時間程、ずっと列車に揺られて乱れてしまった髪を軽く整える為に、愛用のキャリーバッグより折りたたみ式の手鏡を取り出す。色素の薄いブロンド、肩に掛かるくらいの長さの髪を、左側でサイドテールにしている。瞳の色は青で、顔は…まぁ平均くらいな私―――リーリャ・マルセイユは、うたた寝の際についたのであろう後頭部の寝癖を直そうと、手櫛で軽く後ろ髪を梳かしている。
「これでオーケーっと。」
寝癖が目立たない程度に直してから手鏡をバッグに放り込み、顔を上げたついでに改めて車内を見回す。
私の他にも結構な人数の客が乗っており、大体がトリスタにある学校「トールズ士官学院」の制服に身を包んでいる。制服のカラーは殆どが緑、つまり平民生徒で、たまに白制服…貴族生徒が混じっている。何で貴族なのに普通列車に乗っているのだろうか。そんな私は緑制服、つまり平民である。
「この制服、微妙にスカートが短いんだけど……と?」
そんな中で偶然目にとまったのは、白とも緑とも違う深紅の制服だった。着用者は、自分より前の方に座っているので顔は見えないが、綺麗な金髪をツーサイドアップにしている女子だ。
しかしおかしい。士官学院の制服は緑と白、平民制服と貴族制服の二種類しか無かったはずだ。入学案内書にも、特に説明はされていなかった。
となると、もしかしたら今年度から発足した新クラスかもしれない。留学生クラスとか、資産階級クラスとか。皇族クラスとか…いや、それは無いか。
『トリスタ、トリスタに到着しました-----』
到着アナウンスが流れると同時に、そこで疑問を打ち切る。今ここで考えても分からない事は分からない、必要に応じて後から知らされるはずだ。
「…忘れ物は無し、と。」
列車が完全に停止するのを待ってから、荷物を持って立ち上がる。日用品や着替えを仕舞っているキャリーバッグに、貴重品や小物を入れているショルダーバッグ。それと、縦30リジュ、横1.2アージュ程度の革ケースだ。
ショルダーバッグを肩に掛け、キャリーバッグを右手で引く。革ケースは左手で、うん、重い。
キャリーバッグはともかく、この革ケースが結構な重さになっている。そのうえ長さもあるので、かなり持ちにくくなっている。出来ることなら今すぐにでも手放したいが、それは流石に出来ない。何故なら、このケースに入っているのは私の武器だからだ。
トールズ士官学院では、武術が必修科目になっている。様々な武器、武術の中から自分に合ったものを選択し、それを極めて行くのだという。その為、武器を持っていない生徒は事前に申請すれば学院のものを借りられるらしいが、その貸し出される武器が自分に合っているとは限らないし、もしくは使い込まれた安価な旧型かもしれない。それはなんとも嫌なので、事前に武器屋で新しい武器を購入しておいたのだ。
その大荷物のせいで階段の昇り降りに苦労したものの、なんとかホームを抜け待合室に出た。
「………よし。」
気分を新たに気持ちを整えて、正面に見える扉より外に踏み出す。
「うわぁ…結構、というより思ったより綺麗な街だねぇ。」
駅から出た私の眼に映ったのは、丁度時期を迎えて満開のライノの花だった。土が良いのか、木を包み込む勢いの花達が、葉の緑といい感じに混じりあっててとても綺麗だ。
赤みのある石を敷石に使っており、街並みからは帝都の面影を感じ取ることができる。駅前には公園があり、その周りには色々な店が軒を連ねている。見た限り、生活に必要なものは大体揃えられると思う。
私は今日から最低でも2年間、このトリスタで生活を送ることになる。
「だいぶ住みやすそうで、良かったなぁ。」
街の中心部を流れている川、その川に掛かっている橋に差し掛かる。水は澄んでいて、時折魚が跳ねる姿も確認できる。正面に視線を戻すと、遠くにある一際高い建物が目に入った。おそらくあれが、私の入学するトールズ士官学院なのだろう。
そうやって遠くを見ながら歩いていたからか、珍しく気分が浮かれていたのか。
「うわっ、と!」
「きゃ…っ!?」
不意に誰かとぶつかってしまった。
私は咄嗟に、武器ケースをつっかえ棒にしてバランスを取ったため転ばなかったものの、ぶつかった相手はそうもいかず尻餅をついている。
「あ、ごめん!大丈夫?」
慌てて謝り右手を差し出す。転んだ相手も、私と同じ平民の新入生女子の様だ。
「だ…大丈夫です。」
その女子は、私が差し出した手を取ってゆっくりと立ち上がる。緑制服、身長は私より少し低い位で、比較的短めな桃色の髪に綺麗な紫の瞳。おとなしそうな顔立ちで、綺麗と言うよりはカワイイの方がしっくりくるかもしれない。こう言ってしまってはあれだけど、なんか…小動物って雰囲気がする。
その女子はスカートに着いてしまった土を軽く払うと、こちらに向き直り慌てて頭を下げてきた。
「こちらこそ、ごめんなさい!私があんなところに立ってていなければ…」
申し訳無さそうな様子で謝るその女子。しかし今回の件は、前方不注意で完全に私に非があるだろう。
「あぁ、いや、謝らなくてもいいよ~。私もよそ見してたんだし。」
アハハ…と私は愛想笑いを浮かべ、後ろ頭を掻きながら言う。だが、その女子は依然畏まったままだ。うーむ、これじゃ対応に困る。
「ですが…」
「じゃあ、お互いに無事だし今回のはナシにしようよ。」
そんなに申し訳無さそうにされると、こっちまで重苦しくなる。
私はその女子の言葉を無理やり遮り、右手の人差し指を立てながら笑顔でそう提案する。これなら公平で、どっちも損しないだろう、うん。
「…ふふっ、それもそうですね。」
一人で勝手にうんうん頷いていたら、その女子は小さく笑いながら納得してくれた。よし、これで初日から重苦しい雰囲気になることは避けられた。微妙に恥ずかしいけど。
「えーっと、私、モニカって言います。クラスはⅢ組です。」
その女子――――モニカは姿勢を正すと、真っ直ぐ私の顔を見ながら笑顔で簡単に自己紹介を行った。その紫色の瞳はとても澄んでいて、気弱そうながらも奥底にはしっかりとした芯を感じる。正直眩しい位かもしれない。
「モニカさん、でいいかな…?私はリーリャ、クラスはⅣ組。教室は違うみたいだけど、これからよろしくね~。」
「はい、こちらこそ宜しくお願いします、リーリャさん!」
私も名前とクラスを言い、笑顔を返した。よかった、正直うまくやっていけるかどうか少し不安だったけど、これは幸先が良いかもしれない。
「じゃ、行こうか~」
「はい」
そろそろ入学式が始まる頃だ。私とモニカは少し早歩きになりながらも、学院の方へと横に並んで歩き出した。