そろそろエアコンの季節ですね。
4月10日 放課後
トリスタ市街...
トールズ士官学院に入学してから早10日。新しい環境に慌ただしかった新入生達も学院生活にも慣れ始め、荷物の整理や新しい交友関係も一段落し、落ち着いて来た頃。
私は友人のコレットに連れられて、トリスタ駅前の商店街を訪れていた。
「おぉ~、さすが帝都近郊。色々と揃ってるよ!」
目を輝かせながら辺りを見回し、落ち着き無く歩き回るコレット。
「あー…はしゃぎ過ぎると危ないよー。」
「うんうん、大丈夫だよ~♪」
一応、気を付けるように声を掛けてはみるものの、私の声は多分届いてはないだろう。
「…筋金入りのショッピング娘。」
私は溜息混じりに呟いた。
今日の授業を全て終え、HRの後に担任教官が教室から出ていって直ぐ。何時も通り帰り支度を進めていた私の目の前に立ったコレットが、可愛らしく両手を合わせて、首を傾げながら「リーリャ~、一緒に商店街に行こう。」と誘ってきた。
コレットが言うには、生活の方も落ち着いてきたので、少しでもいいから商店街の方を見て回りたいらしい。特に断る理由も無かったので直ぐに了解し、学院から直接駅前までやって来た所だ。
確かに、ここトリスタは帝都から鉄道で30分程度の距離に在り、品揃えは結構豊富。さらに、学生の街ということもあって、平日の夕方とは言えそれなりの活気はある。
「あ、ここはブティックみたい。リーリャ、ちょっと入ってみようよ~!」
そう言って手を振りながら私を呼び、入店する。まぁ、コレットの活気は頭一つ抜けていると思う。水を得た魚の様な雰囲気のコレットの後に続き、私もブティック<ル・サージュ>に入っていく。
「ほら、見て見て。カワイイのがいっぱいあるよ。」
既に物色を初めていたコレットが小さく手招きし、私は言われるがままその脇に向かう。
コレットが見ていたものは、アクセサリー類だった。ネックレスにブレスレッド、髪留め等、様々に光り輝く小物類が陳列されていた。一つ1800ミラと比較的お手頃な値段だが、こういった装飾品にそこまで興味の無い私でもちょっと心が惹かれる位に出来が良い。
「あれ、そういえばアクセサリーって…?」
私はふと気付いてコレットの首元へ目線を動かす。そこには、店内照明に照らされて、綺麗な銀に光るネックレスがあった。朝に一緒に登校した時から着けていて、感想を求められたりもした。言うには「シルバーチェイン」とかいう名前らしい。もっとも、特に詳しくもない私は「カワイイ」と連呼するだけだったが。
「うん、これカワイイから買ってみようかなって。」
コレットはそう言うと、一つのブレスレッドを手に取って自身の腕に合わせてみる。
「今日は様子見だったんじゃないの?」
私は腰に手を当てながらそう言い、そのブレスレッドを横から覗き込む。確かに、暖色系の色合いはカワイイと思えるが…。
「ふふふ、ショッピングとは時に繊細に、時に大胆に!だよ!」
「はぁ、あぁ…なるほど…」
何故か誇らしげに、胸を張りながら自身のショッピング哲学を声高く宣言する。流石はコレット、と言いたい所だが、他の客の視線が痛い。
当のコレットはそれを気にすることも無く、ブレスレッドを持ってカウンターに向かう。と、そこで
「-------ちょっとまった!」
女子の声で、急に横合いから呼び止められた。
私とコレットが、同時に声の主のほうを向く。そこに居たのは、紫掛かった桃色の長い髪を左右で三つ編みにして下げた、猫の様な黄色の瞳の女子…同じクラスのリンデだった。
「それも良いけど、こっちの方がもっと良いわよ。」
そう言って出してきたのは、小さな箱に入ったまばゆいシルバーの輝きをもつアクセサリーだった。
「これって…?」
「ほら、今キミが着けているネックレスと似てて、腕と首でいいコーディネートになるよ!」
口早く勧めるリンデは、さらに身振り手振りを加えてそのブレスレットを持ち上げる。
「このシンプルながら深みのあるデザインで腕を持ち上げたときに感じる首元との統一感、これは大人の女性って感じだね!」
その芝居掛かった口調と共にウィンクするリンデ。かなりの話術だ。
「お、おぉ…」
リンデの満面の笑顔と口振りにコレットはかなり押されていて、私もそのトークをただ黙って聞いているだけだ。
「…よし!じゃあ、これ買おっと♪」
それにしても…リンデの喋り方って、あんなに明るかったっけ?
そんな疑問が私の中で広がっていくのを尻目に、コレットは勧められたブレスレッドをカウンターに出す。
「…じゃ、私はこの辺で~」
それを見たリンデは、まるで仕事が終わったかの様にそそくさと店の入口へ向かっていった。
ドアベルが鳴り、店の扉が閉まる。それと同時に、会計を済ませたコレットが笑顔を浮かべて私の方へと歩いてくる。今買ったばかりのブレスレッドを手に持ち、その表情は極めて満足気だ。
「うんうん、いい買い物したよ~。」
そう言うと、流石というべきか、すぐさま箱を開け始める。
「よし、さっそく着けてみよう!」
「もう?…気が早いねー。」
意気揚々とブレスレッドを取り出すコレット。私は感心したような、呆れたような声を上げる。
「善は急げだよ!」
自身のショッピング哲学なのかそうではないのか、またもやそう宣言する。
そして遂に箱が開け放たれ、銀色の、その中身がコレットの手の上に姿を現した。光を艶やかに反射し、シンプルな装飾ながらも美しく輝く「ネックレス」が。
「………………………ネックレス?」
一瞬、場が沈黙する。
「だ……だ……」
「あ~これは…シルバーチェインじゃん。」
シルバーチェインを握り締め、俯いて小さく震える。
「ダマされた--------っ!?」
次の瞬間、跳ね上がるように顔を上げたコレットの叫びが、店の隅々まで響き渡った。
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0,5秒後...
「リーリャ!追いかけるよ!」
即座に意識を取り戻したコレットは、直ぐ様リンデを追いかけようと店の外へと駆ける。
「…あっ…りょーかい。」
あまりの変わり身の速さに、私ですら一瞬ついていけなかった。その間にコレットは既に店の前に出て、周囲の様子を注意深く探っていた。
「……いた!」
唐突にコレットが、指を差しながら声を上げる。その先には、学院の方向から平然と歩いて来るリンデの姿が。これ幸いと茶色い髪をバンバン揺らしながら早足で駆け寄ると、シルバーチェインをリンデの目の前に掲げて詰め寄る。
「これ!ネックレスだったよ!」
「え?あ、はい…そうですね。」
リンデは急に現れたコレットに対して一瞬驚き、訳が分からないといった表情で同意を返す。
「むぅ、うまく騙したね!」
「え…えっ?」
全く状況が呑み込めていない様子のリンデ。その様子は、演技にしては妙にリアルだ。
「見事に引っかかっちゃったよワタシ!」
「あ…あの…」
今のリンデは、傍目から見てもかわいそうな程オロオロしているのが分かる。明らかに何かおかしい。リンデとは教室で何度か見ただけの関係だが、そこまで饒舌でも演技派でもなかった筈だ。間違っても、先程の様な営業トークは無理だろう。だったらどうして………あ、もしかすると。
「……コレット―――」
私が口を開こうとした時に横合いから、呑気な声が響く。
「――――ふふ、大成功ね♪」
全員が一斉に声の聞こえた方向…店の裏側に目を向ける。そこにいたのは、桃色の長い髪を両方で三つ編みのお下げにしている―――
「リンデが…………二人!?」
「ヴィヴィ!?」
「あー、ヤッパリね~。」
納得する私に、驚くコレットとリンデ。偽リンデ―――ヴィヴィは、イタズラっぽく笑っている。
「もうヴィヴィ!また何かイタズラしたの?」
「え、ヴィヴィって……」
何となく状況を理解したらしいリンデが、怒ったように声を上げる。
「ゴメンね、お姉ちゃん。ほんのちょっと。」
そう言って小さく舌を出す。そのまま左右の三つ編みを持ち上げると、それを解き始めた。
「あ、ああ!…あーー!」
「ふふふ、良い驚き様ね。はい、代金。」
コレットが驚愕の声を上げる。髪を下ろし終わったヴィヴィは、あらかじめ用意していたのかシルバーチェインの分の代金、1800ミラをコレットに手渡した。
「あ、うん……じゃなくて!」
「でも代金は払うんだねぇ。」
コレットが押されて代金を受け取り、私はその脇で感心したようなを出す。
「そうよ。面白い事はあと腐れ無く、ってね。」
「ヴィヴィ!」
悪気も無くそう宣言するヴィヴィ。今日はやたらと他人の哲学を覗く機会が多い気がする。そんな様子にまたしても怒るリンデ、それをのらりくらりと受け流すヴィヴィと、いつの間にか軽い姉妹喧嘩が始まっている。
「え~…と。」
被害者だというのに、かやの外なコレット…仕方ない。私は一歩前に出て、パンパンと手を叩き口を開いた。
「――――取り敢えず、喫茶店行かない?」
はい、あのⅣ組名物あの姉妹です。
そしてコレットが<シルバーチェイン>を間違えて買っちゃいました。