華の軌跡   作:たまもおぜん

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唐突に思い出しました。


無力

七曜歴1204年4月17日

トールズ士官学院 図書館

 

 

 

日が大分傾いてきて、足元から出ている影も伸びきった頃。

 

「あれ…うそ…無い!?」

 

読書や自習等で残っていた生徒がそろそろ帰り始め、だんだんと人が疎らになってきた図書館。そのカウンターの目の前で、とある女子生徒から悲痛な叫びが上がった。

 

「………?」

 

その声に、階段脇の時事コーナーで帝国時報をパラパラと見ていた私は、雑誌のページを捲っている指を止め顔を上げる。

 

「んー…何、どうしたの?」

 

クロスベル方面の時事が取り上げられていた、読みかけのページを閉じると棚に戻して、今の悲鳴の主…呆然とつっ立っているコレットの側に近づく。

 

「な、無いの……」

 

首をこちらに向けると、可哀想な程に顔を青くしながら、震えた声を絞り出すコレット。

 

「えっと…何が?」

 

話を流れに任せて出た私の疑問、それに答えたコレットの言葉より、この騒動は始まった。

 

「………………生徒手帳」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とりあえず…心当たりとかはあるの?」

 

ひとまず図書館から出た私達は、昇降口前で作戦会議を始める。

 

「確か、スカートのポケットに入れてたんだよね?」

「うん…さっき教室で使ったから、それより後なのは絶対だよ…」

 

普段の明るく元気な様子からは全く想像できない、暗い雰囲気を纏ったコレットは表情を俯かせ、視線は地に落ちている。

 

「となると、本校舎と図書館…」

「それと、生徒会館と…もしかしたら外に…」

 

要約すると、校内のほぼ全てらしい。

 

「……うーん、地道に探すしか無いかなぁ」

 

何の気なしに上げた右手が頭を掻く。

とは言っても、校内くらいなら総当たりで何とかなるだろうし、ま、やりますか。

 

「本当にゴメン、こんなことに付き合わせちゃって…」

 

そのシュンとした声で、こちらに向き直って、小さく頭を下げる。

あー……そんな顔はコレットには似合わない。

 

「いーよ、こんな時くらいドンと頼ってくれて………いつも私が頼ってばかりだし、ね」

 

なんでだろうか、さり気なく、小さく、ささやかに呟いてしまった。しかし、これは私の本心だ。

 

ここに入学してから私は変わったのかもしれない、と心の中で小さく思う。とはいっても、まだ2週間ちょっとしか経ってはいないけど、心なしか前より笑顔でいることが多くなった気がするし、クラスメイトともよく話せるようになったと思っている。

眠りに就く時も、明日の事が頭に浮かび、自然と表情が緩んでいたり。

これが、毎日が楽しいっていうことなのかもしれない。

もしかしたら私は、そんな日々を私に与えてくれたクラスメイト、私を楽しい日々へ引っ張ってくれたコレットに、何と言い表していいか分からないくらいの気持ちを抱いているのだろう。

 

「え……?」

 

……少し恥ずかしくなってきた、コレットの顔を見れない。

視線を遠くに逃がしながら戸惑う表情を隠すように、飄々とした雰囲気を見せておく。

 

「んー、何でも無い。それとも、私じゃ頼りないかな?」

 

ここら辺で私が、もうちょっと素直になれればどうなるんだろうか。いや、今は止そう。恥ずかしさでモヤモヤする。

 

「………ううん、とっても心強いよ!」

 

返ってきたのは、コレットの明るい普段の、いや、それ以上の弾ける笑顔。

なんの邪心も無いだろう、人を惹きつける魅力を持つそれは、とても眩しく感じる。

 

「……まぁ、そうと決まれば善は急げ、と。私は生徒会館の方を探してくるね」

 

くるりと踵を返すと、足早に出入り口へと向かう。

ダメだ、振り向けない。

多分、小さく笑みが零れている。今振り向いたら、変なにやけ顔を見せることになりそうだ。

どうやら私は、素直な好意を向けられる事に免疫が無いらしい。

 

 

 

 

校舎正面から見て右隣、図書館の手前にある三階建てのそれが、生徒会館だ。

食堂と購買、それからいくつかの部活動の部室が在るらしいが、私は食堂を少し覗いたことがある位なので詳しい事は分からない。

流れに任せて来てしまったものの、いきなり躓きそうになってきた。まぁ、やれるだけやってみるしかないだろう。

 

「とはいうものの……」

 

だいぶ日は傾いてきたとはいえ、未だ食堂を利用する生徒は多く、大っぴらに探すことは難しい。

分かりやすい所に落ちているならば、既に誰かが拾って届けているだろう。

拾った上で届けない、という想定もあるが、そこはコレットだ。そんな悪意を受けるような事は無いだろうし、その様子も見受けてはいない。

 

「とりあえず、上の方も見てみようか、と」

 

購買部の脇を通り過ぎ、階段を上る。二階は確か、文化部の部室が入っているフロアだったはずだ。

部活といえば、リンデは美術部、ヴィヴィは園芸部に興味がある、と言ってたっけか。私とコレットは未だ所属するかどうかは決めていないけど、こういったものに参加するのも、猟兵としての生活しか知らない私にとっては、まぁ、有意義なことなのだろう。

と、そこでもう一フロア上階があることに気がついた。

 

「赤絨毯…?」

 

そこには、生徒会館という名前に似つかわしくない、高級そうな絨毯が敷かれている。

この色は、エレボニア帝国の国旗である黄金軍馬旗に使用されている赤と同じ、帝国を象徴するものだと思うが……

 

「待ちたまえ。」

 

後ろから声をかけられた。

振り返ると、そこに居たのは3人の白制服、貴族生徒だ。

その3人の中で中心人物らしい中央に立っている生徒が、こちらを一瞥してやれやれと呆れた様子を見せる。

 

「そこから先は我々の専用サロンだ、平民は立ち去りたまえ。」

 

サロン、とは貴族やらお偉いさんやらが集まって社交的な談話を行う事、だったはずだ。ともすれば、私のような出自の知れない平民がおいそれと覗ける所ではないだろう。

 

「あぁ…なるほど」

 

なんとも納得のいく答えを示されて、ついつい間の抜けた返事を返してしまった私。

それが気に入らなかったのか、貴族生徒の一人が前に出る。

 

「貴様!ハイアームズ侯爵家のパトリックさんがご忠告されているのだぞ!」

「ハイアームズ侯爵家って、あー…四大名門だっけ?」

 

どうにも金持ち相手は苦手だ。我ながら、自分の態度でその雰囲気が溢れ出てる気がする。

それが気に入らなかったのか、もう一人の貴族生徒もすかさず口を開く

 

「なっ……その態度は!平民の分際で、無礼者め!分を弁えよ!」

 

どうしたものか。

とりあえず、この手の相手には機嫌を取りながら媚びへつらっておくのが最適解だろうか。

無意識に横髪を指先で弄る。

 

謝罪を口にしようとした時に、真ん中に立っていた貴族生徒…パトリックだったか…が取り巻きを手で制した。

 

「貴様、名を答えるがいい」

「……リーリャ・マルセイユ」

 

何かあるのか、とくに何をするでも無く、名前のみを簡潔に言う。

それを聞いたパトリックは、納得したかのように口角を上げて、目を細め

 

「ほぅ、貴様が。あのクロスベルからの留学生か」

 

そう、嘲笑した表情で言った。

雰囲気が変わった。

 

「敵国にすらへりくだる、金に塗れた魔都の民ならば、教養も、気品も全く感じられないのも納得だ。」

 

取り巻きの一人が水を得た魚の如く、嘲り捲し立てる。

 

「卑しい属州民め、己の身分を弁えるがいい。」

 

もう一人も前に出ると、高く伸びきった鼻が見えそうな態度で威圧する。

私の場合、クロスベル籍は利便性から取っているだけで、本来の出生地ではないのだけれど…

 

「もう良いだろう、行くぞ」

 

そのまま、3階へと消えていく貴族生徒達。

一時期だけとはいえ、自分の住んでいた所を悪く言われるのは気分が良いものではない。

 

「……。」

 

帝国の貴族という存在は、あくまでも共和国の資本家連中が良い血族を持っているようなものだと考えていたが、どうやら少し違うらしい。

全ての貴族がこのようなものなのだとしたら、認識を改める必要がありそうだ。

なんにせよ、帝国の身分制度は予想よりも厳格で、そして根深いのかもしれない。

 

「クロスベルって、そういえば属州扱いだったっけか」

 

そうだとすれば、クロスベル国籍の私は、この国における身分は限りなく低く見られるのだろうか。正直、帝国国民の身分に対する意識がよくわからない。

ただ、今はまだ周囲に対して、私の身分は伏せておく。そんな考えだけは、確実に固まっていたと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2時間後…

本校舎前、広場

 

赤く色づいていた日が落ちて、トリスタ全体が夜の帳に包まれていく中。

あの後、結局生徒手帳を見つけることはできなかった。そろそろ門限も近い。私はコレットを探しに出てきて、そしてコレットも丁度こちらに来た所だった。

 

「……ごめん、私がしっかりしてれば…」

 

コレットの方も、見つけられなかったらしい。会ってすぐに開いた口から出たのは、疲れと落胆を滲ませた雰囲気に相違ない、そんなものだった。

 

「ミスは誰にでもある。仕方ないよ。」

 

大丈夫、きっと見つかる。とは言えなかった。見つかるかどうかは分からない、大丈夫と言うだけの何の根拠も無い楽観論。

そんな無責任なことは言いたくなかった。

 

「うん…」

 

気を落とすコレット、私は見ているだけ。

こんな時、どんな言葉を掛けたら良いのだろうか。無責任な楽観論にすがるべきだったのだろうか。

私はコレットのことを重要な友人と考えているけど、コレットは私のことを、使えない人材だと思っているかもしれない。

 

「…仕方ないから生徒会に依頼してみるよ。一緒に探してくれてありがとね、リーリャ」

 

コレットはそう、ぎこちない笑顔を私に見せる。

あのコレットがそれを言うことはないだろう。けど、しょんぼりと前を歩くコレットの背中を見ていると、そんな考えが浮かんでは消えていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

生徒手帳は結局、翌日に生徒会の依頼を受けたⅦ組のリィン・シュバルツァーという男子生徒が見つけたらしい。

手帳が見つかって喜んでいるコレットを見ていると、喜ばしい筈なのに、ふと、複雑な思いが感情に混じる感覚がする。

………私にはそれが何なのか分からない。 

 

 

 

 

 

 

 

 




お久しぶりです。
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