1204年4月18日 朝
自由行動日。
普段は学生たちが朝早くから慌ただしく動き始めるトリスタでも、今日は比較的ゆっくりとした雰囲気が漂っている。
士官学院という立場上、生徒自らが各々で決めたカリキュラムに自主的に取り組む、という建前だが、何をするのかは特に制限されていない為、実質的な休日だ。朝早くから学院、もしくは街中に出かける生徒もいれば、寮のベッドで惰眠を貪る生徒も居る。
朝早くの生徒会館。
昨日は終ぞ探し出せなかったコレットの生徒手帳だが、今朝早くに、生徒会から依頼を受けたⅦ組の生徒の協力によって無事に見つかったらしい。
それは良いんだけど・・・
「ん~♪」
そのコレットは、なんとその場でパフェを食していた。
流石である。
「・・・で、Ⅶ組のリィン・シュバルツァー、だっけ?」
リーリャも頼む~?というコレットの提案をやんわりと断固お断りしながら、テーブルの向かい側の椅子に腰掛ける。まだ朝ですよ、朝。
「そうだよー。生徒会の仕事を手伝ってるみたいなんだ~」
見るからにスウィーティーで甘そうなクリームと共に、赤いイチゴがコレットの口へと運ばれる。
「生徒会の仕事を・・・そりゃまた何というか・・・」
その様子を見て軽い胸やけを起こしそうに感じる私は、甘い物がそれ程得意ではないのかもしれない。いや、例え得意だとしても早朝パフェをかませる剛の者はなかなか居ないと思う。
こういうのを「女子力」と呼ぶのだろうか。
「でも良かったよ~」
「Ⅶ組かぁ・・・」
特科クラス、Ⅶ組。
高貴で在ることの証明か、白い制服を身に纏う貴族の子女が所属するⅠ、Ⅱ組。
士官学校らしく軍事色の強いモスグリーンの制服を着る、平民階級の生徒が所属するⅢ~Ⅴ組・・・もっとも、帝国軍の兵装は大抵青系統でカラーリングされてるけど・・・。
その両者と違う緋の制服を身に纏う彼らは、噂に聞く話では貴族、平民といった身分に関係なく選出された、いわゆる特科クラスらしい。
入学式前の列車の中でちらりと見えたあの緋は、帝国の国旗の色、皇帝の色だったはずだ。その皇帝の色を着るⅦ組とは。彼らは何のために選ばれたのか。
安心感に身を委ねているコレットを尻目に、私はしばし思考の海に浸る。
「リーリャ?」
意識の外から飛んでくる疑問に思う声。顔を上げると、こちらを見て首を傾げているコレットが目に入る。
「ん、あぁ、何でもないよ。で、今日はショッピングだっけ?」
Ⅶ組の目的が何であれ、今の私にはそこまで関係のない話だ。
今日は初めての自由行動日、こういった機会は私には貴重だ。その分、しっかりと満喫するべきだろう。この先、同じようにショッピングに出かける事ができる保証はどこにも無いのだから。
「・・・で、武器を選びたいって?」
しばらく後、コレットのスウィーティータイムが終わった後にやってきたのは、先ほどのテーブルからほんの数アージュ横。生徒会館1階の学食に併設されている購買部だ。購買と言っても、そこは帝国の士官学院。そこらへんの店でもよく見かける普通の商品に加えて、装備品や多種多様な武器まで揃っている。
剣や槍はもちろん、ショットガンや拳銃、弓、魔道杖・・・魔道杖って確か最近発表されたばかりで、まだ試験途中じゃなかったっけ?
「うん。もうすぐ実技テストだし、ちゃんとしたものを選びたいんだけど・・・私だけだと決められなくて」
自信無さげな表情、両の手の平を体の前で合わせ、もじもじしている。
「リーリャは導力銃とか詳しそうだから、一緒に選んでほしいんだ」
実技テストとは言うものの、まだ入学より三週間程度。そもそもまともな戦闘訓練すらしてない。だとすれば、そのテストも恐らくは、個人の実力を測って、今後の教育に活かす為のものだろう。
とはいえ、ここは学校。もしかしたら成績を良くすることに越したことはない、のかもしれない。
「まぁ、それはいいけど・・・結局、導力銃にするの?」
「うん、お揃いだよ~♪」
天真爛漫、そう表現するのに相応しい笑顔のコレット。その笑顔に少々の眩しさを感じながら、私は購買部の商品カタログに目を通す。
その殆どがラインフォルト社製の導力兵装で占められているカタログの、導力拳銃の欄を見ていく。
「扱いやすくて、尚且つ実用的な火力の・・・」
そこで、ふと目に留まったのは、青く輝く導力シリンダーを持つ大型軍用拳銃。
「クルセイダーとか、どうかな?」
「クルセイダー?」
首を傾げるコレットの横から、購買部の店主、ジェイムズが声を掛ける。
「軍や鉄道憲兵隊で採用されている拳銃だな。うちの生徒達にもそれなりに人気の銃だ。」
「オーソドックスな性能で、威力は十分。少し重いけど、堅実な造りで使い易いはず、だよ。」
価格も大体2000ミラ前後と、手の届かないものでもない。とはいえ、自らの身を預けるモノだから、店先で即決はできないだろう。
私は、カタログを閉じながら、店主の方に向き直った。
「試射って、できますか?」
同日 ギムナジウム
たまたま教官室に居た導力学担当のマカロフ教官から、二つ返事の訓練場使用許可を貰った私達は、射撃訓練場があるギムナジウムへと足を運んでいた。
私は初めて入ったのだけれど、コレットの方は既に何回か来ているらしく、中で迷うようなことは無かった。
「向こうにみえるのがプールで、その手前が射撃訓練場。あそこはフェンシング部、だったかな?」
「プール、といえば水泳部にはカスパル、フェンシング部には・・・たしかアランが居るんだっけ」
カスパルとアランは、共に私達と同じⅣ組の男子生徒だ。この二人は、比較的早いうちに部活動を決めていたようで、恐らく、今は両者ともに練習に打ち込んでいるはずだ。
「・・・と?」
そこで、一つの視線に気が付いた。
視線の主は、フェンシング部の部室の前、白い制服を着た女子生徒。
今この場に私達以外の人は居ないため、恐らくは私かコレット、もしくはその両方に向けられた視線だろうか。
なんとなく、思考の片隅でそんなことを考えていると、例の女子生徒から。
「あなた達は、もしかしてアランのお知合い?」
と疑問の声。
「んー、まぁ。同じクラスだけど。」
「そうだよ~、アランのクラスメイトの、私はコレットで、こっちはリーリャだよっ。」
素っ気なく返す私に対して、コレットは笑顔のまま、そして楽しそうに自己紹介も含めた返事を返した。
「私はブリジット、アランとは日曜学校からの幼馴染よ。」
その様子に貴族の女子生徒、ブリジットからも笑みが零れる。
コレットのこういう、他人とすぐに打ち解けることができる姿勢は、もしかしたら一つの才能なのかもしれない。
「久しぶりに挨拶を、と思ったのだけれど・・・どうも立て込んでるみたいで」
そのブリジットは、フェンシング部の扉に顔を向けて、困ったような、自嘲的な笑みを小さく浮かべる。
これはあれか、もしかしたら男女の仲、というやつか。
「そうなんだ~・・・あ、それなら。私たちと一緒に試射してみない?」
どうしたものか、と思考する私を置いて、そう誘っていくコレット。
「そうね・・・折角の機会だし」
やっぱり、この社交性の高さは才能かもしれない。
満更でもなさそうなブリジットの様子を見て、私は、あらためてそう確信した。
「・・・ねぇリーリャ。明らかにアランのこと好きだよね、多分」
「・・・まぁ、挨拶に来るくらいだし、可能性は高いんじゃないかなぁ。」
射撃訓練場内。
いくつかのボードで区切られた射撃コーナー。その内一つの中、コレットが両手で導力拳銃を構える。
背筋は伸びており、右脚は半歩引いている。右腕を前に伸ばして、左腕は曲げた状態で15アージュ先の的に狙いを定める。
「・・・!」
ゆっくりと引き金が引かれる。
導力加速機構が駆動する一瞬のタイムラグの後に、金属片を叩いたような甲高い発射音を響かせながら、弾体が勢いよく射出される。
導力によって十分に加速された弾は、その勢いのまま一直線に飛翔し、的の横、数十リジュ外れた壁に火花を散らした。
「あちゃ~、また外しちゃった」
首を傾げながら、頭をかく。
どうすれば・・・と、こちらを向いた。
「そうだ!リーリャ!見本見せて!」
と言われて銃が差し出されたので、私はそれを受け取って射撃コーナーに立つ。
見本、と言われても・・・どうするべきか。とりあえず、的をただ撃ってみせればいいのかな。
「難しそうですわ」
「こればっかりは慣れ、としか言えないなぁ・・・」
コレットから導力拳銃を受け取ると、体は正面を向いたまま、そのまま体の真ん前に銃を持ち上げて銃口を的に向けると、両方の腕を伸ばしきらずに素早く発砲する。
バネを勢い良く弾いたような反動とともに、頭に1発、体に2発。的に描かれた人型のシンボルマークには、その通りに穴があいていた。
着弾範囲はおおよそ半径5リジュ以内。これが実戦ならば、問題なく、そして効率的に敵を無力化できる射撃だ、と我ながら思う。
「おぉ~」
コレットの感嘆の声。ちょっと気分がいい。
「凄い・・・導力銃を使う何かの武術?」
「射撃競技用の技、かな。言うとすれば」
コレットに銃を返しながら、戦いは苦手そうなブリジットの質問に返す。
・・・室内に突入してクリアリングしながら、飛び出してくる的を破壊する訓練でクリアタイムを競うこともあるから、嘘ではない、はず。
「射撃競技、なるほど」
「私もそんな風にバシバシ命中させたいなー。コツ教えて!」
コツ、と言われても・・・もう実技テストまでは数日も無いんだけど。流石に一昼一夜じゃ難しいと言わざる負えない。
うーん、と首を傾げながら導力銃を弄り回すコレット。それってセーフティは掛かっているのだろうか。
改めて考えると、私の戦闘技術は、技術というよりも大体が「慣れ」かもしれない。だから、他人に教えることが難しい。それに、そんな機会もいままで無かった。
団に居た頃は、全てを教わる立場だった。
ゼノには、効率的なブービートラップの運用と、戦闘時における心理誘導を。レオニダスには、効率的な破壊力の運用方法を。フィーからは、あの素早い身のこなしを教わった、というより盗んだ。
団長のは次元が違いすぎて参考にならなかった。同じ人間とは思えないです、はい。
と、そこで思い出す。
「確か、戦術オーブメントのクォーツに命中精度を上げるものがあったような」
「戦術オーブメントか~。そっちの方も準備しといたほうがいいのかな?」
コレットが戦術オーブメントを取り出したのにつられて、私も懐のポケットから、入学時に学院より支給されたそれ取り出して蓋を開く。
「・・・・・・。」
戦術オーブメントは各々の適正によって、クォーツ間を繋ぐラインの構成が異なる。
高い適性を持つ人は、ラインが少なく、長い。そして、極めて強力な導力魔法(アーツ)を行使できる。
適性が低い場合、ラインは多く、1本が短い。スロットの開封は比較的簡単に行えるものの、運用できるアーツは限定的。
ラインは平均して1~4本の場合が多い。
「うーん、でも使い方がよく分からないな~」
コレットのラインは3本。平均的な構成になっている。
「そこも含めて、実技テストで習う、のかしら?」
ブリジットのラインは2本、1本目が長めのタイプのようだ。
そして私は・・・
「それはそれで初めて見たかも」
覗き込んだコレットが言葉を詰まらせる。
中央のマスタークォーツより放射状に延びるライン。上方向ののみ、ラインがもう一つ繋がっているのが、更に不格好に見える。
表記するとしたら「2-1-1-1-1-1-1」
驚異の7ライン。リベールやクロスベルで使われている属性値累積式だった場合、まともなアーツが扱えないところだった。
「・・・と、とりあえずこの銃良いね!かってこよ~っと!」
「そ、そうね。それがいいと思うわ」
何とか話題を変えようとする二人。
うん、大丈夫。知ってたから。私にアーツ適性無いの知ってたから。大丈夫。おーけー。
とはいえ、二人の心遣い。私なんかに気を使ってくれたことは、ちょっと嬉しかったりする。
射撃訓練場の片隅。壁に背を付き、腕を組みながら、ワイワイとしている女子3人を見る人影が一つ。
「・・・へぇ」
そうとだけ声を漏らすと、その人影・・・実技担当教官、サラ・バレスタインはその場を後にした。
支給された戦術オーブメントはARCUSと同じ形ですが、戦術リンクおよび通信機能の無い前世代型という設定です。