讃州中学に入学した俺、三ノ輪金は、よく他人から勇者と間違われる。どうやら先代の勇者「三ノ輪銀」と名前が似ているやらなんやらで、名乗っただけで頭を下げられる始末。たまたま苗字が同じなだけで、うちは普通の一般家庭。そもそも勇者は無垢な少女でなければならないのに、ただの少年が勇者になれる訳がない。全くどうしたものか。そろそろ皆覚えてくれ。
俺は普通の男子中学生だ。
ただの一般人だ。
<始まり>
7時にセットした目覚まし時計に叩き起こされ、金はゆっくりと起き上がる。まだ寝ていたいという思いをアラームを止める力に変換し、布団から飛び出すと二度寝防止のために部屋のドア付近に設置した目覚まし時計を全力で止めにいく。
アラームを止めると再び部屋は静寂に包まれたが、金の眠気は完全に消し飛んだ。これが金の毎朝である。こうでもしないと起きられないのだ。
遅くても8時前には家を出ないと遅刻してしまうため、急いで準備をする。
制服に着替え、一通りの教科書を鞄に詰め込むと、二階の自室から一階のリビングへ向かった。
「にぃに、朝ご飯できてるよ。早く食べちゃって」
と金の妹、翔子は金に朝食を促す。金の家庭では、妹の翔子が料理当番となっている。
「ん、今日はスクランブルエッグに目玉焼き、玉子サンドに玉子焼き....って、全部玉子じゃん!」
「仕方ないでしょー、冷蔵庫に玉子しかなかったんだし。嫌だったら食べなくていいですー」
「だとしても他にやりようがあった...いやないか」
そうこうしているうちに、金の父、勝(まさる)もリビングに姿を現した。勝は基本的に10時出勤なため、朝はゆっくりだ。どうでもいいことだが、本当に寝癖が目立つ。
「おー、二人とも朝早いなぁ。二人ともバタバタしてるから目が覚めちゃったよ」
「ん、おはよ。今日は玉子感謝デーらしいよ」
「玉子感謝デー?
ふむ、どれどれ。スクランブルエッグに目玉焼き、玉子サンドに玉子焼き...って、こりゃめでたいな」
「お父さんが買い物当番すっぽかしたからでしょーーー!!!何なのよ、二人とも朝からっ!」
家族仲良く玉子を頬張り終えると、時計の針は7時45分を指していた。
「やばっ、俺もう行かなくちゃ。行ってきます」
「わ、私も時間だ。バスに乗り遅れちゃう!お父さん、後はよろしくね」
金と翔子は急いでそばに置いてあった学校の鞄を手に取り、玄関へ向かった。
「それじゃ二人とも、行ってらっしゃい」
「「行ってきまーす」」
一般三ノ輪家の朝は今日も早い。
「にぃに、弁当持った?」
「持ったよ」
「じゃあにぃに、学校頑張ってね」
「俺よりそっちのほうが大変だろ。市内で一番偏差値高い私立中学なんだし」
「成績ド底辺のにぃにの方が心配だよ」
「うっ...」
何も言い返せない。
「じゃあ、私こっちだから、もう行くね」
「ん。いってらー」
駅近くのバス停まで駆けだす翔子を見送ると、金は車庫から自転車を取り出してすぐに出発した。
通学中は特に何もないので、翔子のことを考えていた。
金と一歳年下の妹、翔子はスポーツ万能、成績優秀な超がつくほどのエリートだ。
対して兄の金は成績不振で運動神経はいまひとつ。褒められる点が何もない、ただのぼんくらだ。
そうなると当然金は他人から翔子と比較されるわけだが、金は特に気にしなかった。というか、翔子が持ち上がってくれるだけで金は嬉しかった。俺に似なくて良かった、と。
まあそんなこんなで少々シスコンチックな金だが、二つほど悩みがある。一つは...
「ちょっと、そこの坊や。イネスの場所を教えてくれんかのぉ。道に迷ってしもうて」
重度のトラブル体質であることだ。
たまたま赤信号で止まっていたところに声をかけられた。見たところ、70代くらいのおばあちゃんだ。ついでに腰が有り得ないほどガクブルしている。一応イネスはここからすぐなので、おそらく見送った後でもギリ間に合うだろう。
「わ、分かりました。では案内します」
それから徒歩5分ほどでイネスに到着。時計を見ると8時15分を指していた。ここから学校までおよそ10分。8時半までに登校できればいいので、何とか間に合いそうだ。
「坊や、わざわざありがとうねぇ。名前、聞いてもええかね?」
ここで忘れかけていた二つ目の悩みがよぎる。
「あ、えっと...三ノ輪金、です...」
途端、さきほどまでニコニコしていたおばあちゃんの顔がみるみるうちに青ざめていく。
「こ、これはこれは、失礼いたしました...!勇者様一族の三ノ輪様であったとは...!誠に、申し訳ございませぬ!!!
どうか、この無礼な行いにお許しを...」
金のもう一つの悩み。それは、勇者(一族)と間違われることだ。
「あ、えっと、僕勇者じゃないです」
「な、何ゆえそのようなことを!三ノ輪様が四国を守ってくださったお蔭で、今の私達があるのです!御冗談はよしてください」
「あー...」
この時はまだ、先代の勇者三ノ輪銀の落命が一部の人間にしか知らされていなかった。また、たまに勇者が無垢な少女でなければならないという条件そのものを知らない人もおり、勇者扱いされた時もあった。皆勇者を上辺でしか知らず、蚊帳の外だった。勇者の名前を知らない人もいた。それゆえに、このような奇妙な状況ができあがってしまったのだ。今は落ち着いてきた方だが、三ノ輪銀の全盛期は特に酷かった。家族も当然ながら被害を受けたが、大赦からの慰謝料かなんかでうやむやにされた。その時から大赦とちょっとした関係を持ち、三ノ輪銀の落命も事件の2週間後に知らされた。
うちは勇者と全く関係のない、普通の家庭のはずなのに。
ただ、トラブル体質であった金だけが人助けをしている内に、何故か本当の勇者なのではないかという評判が広まってしまったのだ。
そうこうしているうちに、三ノ輪家の名前を聞きつけた周囲の人々が群がってきた。面倒な事になる前にさっさと退散しよう。
「そろそろ学校なんで、行きますね」
「あっ!せめてお礼でも...!」
「本当に大丈夫ですからーーー!」
本当に、いい迷惑だ。
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学校に到着すると時刻は8時28分だった。ここから教室まで2分と考えれば余裕で間に合いそうだ。
最近はこんな日がほとんどだ。全盛期ほどではないが、どんなに家を早く出てもいつもギリギリの登校になる。勘弁してほしい。
教室に着いた瞬間、8時半のチャイムが鳴った。先生に睨まれながらもそそくさと窓際の最後尾の自席につく。
席に着くと、先生がホームルームを始めた。
と同時に、前に座っている友人の石上が振り向いて話しかけてきた。
「よっ、勇者様。今日もご奉仕でお疲れかい?」
「その言い方やめろ」
「またまたぁ。困った人を助けるって、それもう勇者様と同じよ?三ノ輪金様」
いちいち癇に障ることを話しかけてくるこいつ(石上)は小学校からの付き合いで、どんなに席替えしても必ず金の半径一席内になる、究極の腐れ縁だ。だから金の事情もよく知っている。
「仕方ないだろ...断るに断われないし」
「ほんっと、トラブル体質は面倒だねぇ。金の場合はレベルが違いすぎて同情もできないよ」
「しなくていいわ、やかましい」
「にゃはっ、今日もピリピリだねぇ~金ちゃま!」
すぐにでも殴り飛ばしたいところだが、今は冷静さを保っておく。
「ほら、ホームルーム中だぞ。前向け腐れ縁が」
「へいへい分かってますよ~。そういうところは律儀なんだから」
一通りホームルームを終えると、先日の数学小テストの返却が行われた。
「三ノ輪金君、頑張ってね」
「はは...」
32点。なんも分からんかった。記号問題で運よく当たったお蔭で30点台には乗った。ちなみに計算はしてない。
「あれれ、こんなところに95点のテストがー」
突然ひらひらと金の机の上に落ちてきたのは、石上の答案だった。こいつ....
「あ、ごめーん手が滑っちゃった!てへ!」
両耳を思いっきり真横に引っ張ってやった。
この体たらくで成績優秀なんだから、憎むに憎み切れないのが本当に悔しい。
ふと、ここでクラス内に歓声が湧く。
「すごいわ!満点よ!学年で一人しかいないって先生に聞いたのに!」
「まじかよ!あの最後の問題どうやって解いたんだ!?」
「さすが学年一の秀才だな!」
ここまで歓声が上がるのは、もう一人しかいない。
家庭科以外は全て評定5(最大5)かつ、数学においては大学レベルの頭脳を持つ美少女。
「乃木園子さん、100点よ。今回もよく頑張ったわね。」
「ありがとうございます~」
名家乃木家のモノホン勇者、乃木園子である。
「流石だな、乃木さん。俺もあとちょっとだったんだけどなぁ、最後の問題だけ訳分からんかったのよ」
悔しさをあらわにする石上だが、こいつもこいつで学年屈指の優秀者。特に数学は得意科目で、乃木さんさえいなければ数学は間違いなく石上がトップだった。金からすれば次元の違う闘いである。
「どうだ?モノホンの勇者を相手にした感想は?」
「どっかの偽勇者と違って格が違いすぎますわ」
「ハハッ、俺は一生勝てないと思う、というか無理」
真の勇者というものはこうも次元が違うのだろうか...あれだけできれば見える世界も違ってくるんだろうな。
テスト返却イベントも終わり、通常授業に入った。勉学が大の苦手な金にとっては憂鬱な時間となる。しかし、翔子のド底辺言葉もあり、手を抜く気は起きなかった。
昼休み直前の4時限目に突入すると、石上がぐだりはじめた。小声で金に話しかけてくる。
「あーもう腹減った、動けねぇ、シャーペン握れない」
毎回恒例となった昼休み直前の石上ぐだりは、金のなけなしの集中力を阻害する。
これを見ると、真面目にノートを取っている自分が恥ずかしくなってくる。しかし、石上はこれでもいつ先生に当てられても大丈夫なようにしっかり授業を聞いている。惑わされてはいけない。
「そうかよ。俺はまだシャーペン握れるから頑張るわ」
「真面目だねぇ。そこは妹さんと似てるな」
「俺と翔子は、似ない方がいいんだよ」
「フッ...シスコンめ」
そうこうしていると、授業の内容は「勇者とその歴史」に移行し始めた。
この時間は普段の日常でもあまり聞かないことを取り扱うため、教科書に載っていない内容がたまに出る。テストでもそこを突かれることが多いため、居眠りしていたクラスメイトもここで目を覚ます。
ちなみに今回のタイトルは「英霊」だった。
「命を賭して闘いになった勇者様は、時として英霊になられる場合がございます。自身の代から次代の勇者へ移行なさる時、英霊となり、瀬戸大橋近辺に英霊碑が建立されます。勇者としての御役目を終えた後も、壁外のバーテックスの脅威から私たちを守ってくださることでしょう。
おそらくこの説明の本質を理解しているのは、大赦から話を聞いた金と乃木園子だけだろう。
つまりは、勇者が戦闘時に亡くなったらお墓を建て、亡くなった勇者は英霊として扱われる、ということを非常に遠まわしに言っているのだ。
そして、ほとんどの場合勇者が生き残ることはなく、勇者が入れ替わるのは先代が死亡したときだということ。
ここまでの内容を今の先生の説明だけで理解できる者はいないだろう。
「なぁなぁ金。これって、勇者は死んだら英霊になって、ほとんどの場合勇者が最後まで生き残ることはないって言ってるようなもんだよな!?」
手前にいる奴を除けば。
「さあな。偽勇者の俺には関係ないことだし」
「ケッ、釣れねーなぁ。本筋見つけたと思ったのによぉ」
乃木さんといい、こいつ(石上)といい、なんでこんな普通の市立中学にいるんだよ...絶対にもっと見合ったレベルの中学があっただろ...
ここでふと、乃木さんのことが気になった。乃木さんの席は廊下側の一番前の席だ。教室の出入りドアのすぐ近くにある席である。金と乃木さんの座席位置が端から端の対角線なため、変な言い方だが乃木さんのことを見やすい。
ぶっちゃけ勇者や大赦に関することならこんな授業聞かなくてもいいはずなのに、真面目に受けているとは偉いなぁと思いながら彼女に視線を移すと、予想とは違った様子だった。
悲しい表情をしていたのだ。
パッと見普通の落ち着いた表情に見えるが、そこにはどこか悲壮感があった。
それはまるで、もう地獄を見てきた後かのような...
と、ここでチャイムが鳴った。
「よっしゃーーー!待ちに待った昼休みだぞ金!この疲れ切った学生の身体を癒す大切な時間を有効活用しようぞ!!!」
「ったく、何を言い出すかと思えば....
謳歌しまくるに決まってるじゃねぇか!!!」
昼休みになると金と石上がスーパーハイテンションになるのも恒例行事である。
書きたいことを書いていきます。
時系列とか時間軸はかなり大雑把になるかもです。