迷鳥 作:フェルニケ
更新速度は遅めですが、気長にお付き合いください。
地下都市『アンバークラウン』へ侵入して欲しい。
防壁にはセキュリティ・システムが配置されているが難なく突破できるはずだ。
セキュリティの概要を説明しておく。
地上入口のシールドを通過するには、4箇所に配備されたジェネレータを破壊すればよい。
防壁内部から都市部へ通じる扉は、コンピュータでロック制御されている。
地下のコンデンサを破壊しロックを解除後、都市に侵入する事。
その後の行動に関しては侵入を確認次第依頼する。続いて引き受けてくれる事を期待している。
出撃に向けた機体の最終チェックを終え、ようやく男はモニターから顔を上げた。
ガレージでメカニックから整備を受けたとはいえ、「メンテナンスは用心に越したことはない」というのが彼の信条である。最後は自分自身の目で、愛機の隅々まで見なければ気がすまないのだった。
右手でレバーを引く。ハッチが開き、カーゴルームの冷たい空気がコクピットブロックに流れ込んできた。
長時間モニターと睨み合っていた体は、首から肩にかけて凝り固まっている。軽く腕をまわしながら、男はコクピットを降りた。コンバットブーツが床に触れ、硬質な音を立てる。
時刻は現在午前11時半。作戦開始にはまだいくらか間があった。ジェネレータに火を入れるには若干早く、かといって愛するクラシックに聞き入るには短い、中途半端な時間。
手持無沙汰になった男は、何をするわけでもなくぼんやりと窓に目をやった。
砂漠仕様に迷彩塗装をほどこされた
「大破壊」によって地上が壊滅的な打撃を受けてから約50年。人類は地上を捨て、地下空間を安住の地としていた。
男がこれから向かう先も、カタストロフィの後に築かれた地下都市のひとつだった。
アンバー・クラウン。最大規模を誇るアイザックには及ばぬものの、それなりの歴史と規模を持っていた都市である。
かの都市に侵入してほしい、というのが今回の依頼だった。正規の入り口ではなく、開発初期につくられた外縁部のゲートから同都市に入りこめとの指示である。ご丁寧に、施設のセキュリティシステムを突破する方法まで依頼文に記されていた。
(平均よりも高額な報酬金。依頼人は匿名。妙に具体的な指示。なんとも胡散臭い)
依頼など真っ赤な嘘で、AC予測投下地点には大量のMTが手ぐすね引いて待ち構えているのかもしれない。もしくは、都市内部に侵入したところでACが複数機襲ってくるか。
レイヴン稼業を続けること数年、それなりに恨みも買っている。どちらも充分あり得るのが怖いところだと、パイロットスーツに身を包んだ男──エルシェ―は苦笑した。
罠の可能性が高いにもかかわらず、依頼を受けたのには理由があった。
こういうあからさまに怪しい案件よりも、いかにも普通の仕事でござい、という顔をして裏をかかれる方がよほど厄介なのだ。仮に今回の依頼を受けなかったところで、依頼主がエルシェ―個人を付け狙っている場合、手を変え品を変えて後々までつけ狙われる。
ならば敢えてこちらから出向き、罠ごと食い破ってやろうという算段だった。
対AC戦も想定して、愛機シェイプシフターの武装は弾数こそ少ないものの、いずれも高威力のものに換装済みである。並みの相手であれば遅れはとるまい。
(吉と出るか、凶と出るか。……さて、今回はどちらかな)
照明の光を受けて、ダークグリーンの瞳がぎらりと輝く。彼は口角を吊り上げた。
「目標地点到達まで約10分。レイヴン、準備を」
機長席からの通信が入る。事務的でいっそ無機質に感じられる女の声。
「了解した」
コクピットブロックに身を滑り込ませる。軽量コアXCL-01は電子戦にも対応した高性能パーツで、機能面では申し分ない。ただ、窮屈なのが難点だった。
ハッチを閉じる。外界の光が遮断され、代わって電子機器のライトが暗闇の中で煌々と煌めいた。
シートに体を沈め、ハーネスの装着を確認すると、彼は首の後ろに手をやった。ヘルメットのやや下、ちょうど項にあたる部分。そこには無機質な金属の輝きがある。
コネクターを思わせるそこへ、エルシェ―は複数のケーブルを差し込んだ。
【HEAD:HD-ONE】
【CORE:XCL-01】
【ARM :AN-K1】
【LEGS:LN-2KZ-SP 】
【FCS:QX-AF】
【BOOSTER:B-VR-33】
【GENERATOR:GBG-10000】
【BACK UNIT:WC-IR24】
【ARM UNIT R:WG-PB26】
【ARM UNIT L:LS-99-MOONLIGHT】
──Main system Activating combat mode──
機体を構成する全パーツの情報が、奔流となって頭になだれ込む。脳髄をかき回され、強制的に神経の一本一本をたたき起こされるような不快感。
その名状しがたい感覚をやり過ごしたとき、彼は文字通りACと人機一体になっていた。
「接続完了。シェイプシフター、いつでも出れるぞ」
通信機を通じて呼びかける。女の返答は迅速だった。
「了解しました。目標地点には固定砲台数基が確認されたため、当機は固定砲の射程外でACを投下します。そのつもりで」
エルシェ―は軽く首肯した。バラクーダは積載量こそ優れているが、戦闘に耐えられるだけの防御力は備えていない。機長の判断は妥当と言えた。
輸送機の腹で揺られること暫し。果てがないかと思われた砂漠の彼方に、人工物が姿を現した。
砂の大地に一条、刷毛で灰色の絵具を刷いたかのような道路。その奥にたたずむのは、エネルギーの防壁で正面の入り口を塞がれた施設だ。上部には砲台が二つ取り付けられ、外界に睨みを利かせている。
間違いない。依頼文にあった、アンバー・クラウンへと続く地上ゲートだ。
目標を確認したバラクーダは、少しずつ高度を下げていった。水平飛行からホバリングへ移行するため、速度も徐々に緩やかなものになっていく。
やがて道路の末端、ちょうどゲートと向き合う位置に降下すると、輸送機は空中にぴたりと静止した。
「作戦領域に到達しました。これよりACを投下します」
カーゴルームの床が開かれる。
体を襲う浮遊感。虚空に投げ出されたACが、コア背部から青白い炎の尾を引き、大地に向けて降下していく。
エルシェ―は素早く周囲の状況を確認した。
地上の敵反応は2つ。等間隔で砲弾を吐き出す無人砲台のみだ。ECMは展開されておらず、バイオセンサーにも引っかかるものはない。
いささか拍子抜けしながらも、彼は任務を続行することにした。
向かって右側、ゲートの背後に回り込むような形で、シェイプシフターは砂漠の空を飛ぶ。時折砲弾が飛んでくるが、一定の間隔で発射されるとわかりきっているのだから、回避は容易かった。
とはいえ、一方的に撃たれるのは面白くない。
右腕のグレネードライフルから肩武装へと切り替える。右肩のレーザーキャノンが鎌首をもたげ、三連誘導砲身の砲口が地上に向けられた。
FCSの射程内に入ったところで、彼は砲火を解き放った。
グレネードキャノンを彷彿とさせる巨大な火球が、砲台に向かって放たれる。轟音、そして爆発。数発の直撃弾を喰らった後、固定砲台は完全に沈黙した。
邪魔者を始末し終わると、シェイプシフターは悠々と地表に舞い降りた。
ゲートを取り囲むようにして黒いものが四つ、砂地に展開されている。依頼主の言及していたジェネレータだろう。あれを壊せばシールドへのエネルギー供給が止まり、内部へ侵入できるというわけだ。
左腕から放つブレード光波で、ジェネレータを順繰りに破壊していく。最後の一基が黒煙を上げるのを尻目に、エルシェ―はゲートに向き直った。
先ほどまで外部からの侵入者を拒んでいた青いシールドは、完全に消滅していた。ゲート内の様子が見てとれる。無骨な灰色で塗装された、アイザックシティでよく見るタイプのリフトが備え付けられていた。これを動かせば、地下都市深部へと潜っていけるだろう。
取り回しの良いグレネードライフルを構えながら、彼は慎重に歩を進めた。地上では幸いトラップもなかったが、今後もそうとは限らない。最後まで気を抜くつもりはなかった。
このエリアはアンバー・クラウンの中でも老朽化が進む一方と聞いていたが、それでも最低限のメンテナンスは受けていたらしい。途中で止まるようなハプニングもなく、リフトは順調に降下していく。
シェイプシフターが下層に辿り着いた頃を見計らったかのように、突如アナウンスが流れた。
「不法侵入者あり 直ちに排除せよ」
抑揚のない男の声。生身の人間が発しているのではない。セキュリティシステムに組み込まれた自動音声だろう。
シェイプシフターを回頭させ、エルシェ―は通路へと飛び込んだ。
両側をフェンスで囲われた、AC二機が通れる程度の幅の道が、奥へと続いている。
ブースター出力を高レベルに引き上げようとしたところで、ヘッドパーツに内蔵されたレーダーが反応を捉えた。2時の方角に赤い光点が一つ。何かがこちらへ向かってきている。
(ACの速度ではないな)
エルシェ―は機体を右端に寄せた。軽量二脚機であるシェイプシフターは装甲が薄い。狭い通路でタフな相手と正面からぶつかり合うことは避けたかった。ぎりぎりまで接近を待ち、出会い頭にブレードで仕留めるか。
敵反応はこちらに向かってゆっくりと、だが確実に接近してくる。金属が床を叩く硬質な音。金網越しに敵影を確認し、彼はほっと息を吐いた。
蜘蛛を思わせるシルエット。ナースホルン、四脚型の無人MTだ。ガトリング砲が痛いが、防御力はそれほど高くない。あれならば一撃で片が付く。
シェイプシフターが一気に加速する。7.62mmガトリング砲が火を噴いた。空中で機体を捻ってそれを躱す。
ブースターから青白い炎を吐き出し、シェイプシフターがナースホルンの頭上に飛び上がった。落下の勢いをそのままに、左腕のブレードを振るう。プラズマの刃が脆弱な上面装甲を易々と切り裂いた。
「伏兵はなし、か」
センサーで周囲の様子を探るが、ACや重量級MTの反応はない。エルシェ―は首を傾げた。待ち伏せするとしたら、狭い通路は絶好の場所だろうに。
少し進むと、開けた空間に出た。二機のファイアフライが銃弾の洗礼を浴びせてきたが、グレネードを叩きこんで沈黙させる。
先ほどと同じタイプの重機用リフトが視界に入った。依頼主から送られてきたマップデータと、ネスト経由で入手したデータを照らし合わせる。どうやらこれが最後の扉の接触式認証コードとなっているようだった。
リフトはゆっくりと下り坂を降りていく。そのやや後ろをシェイプシフターが進む。いつ敵が来ても対応できるように、右肩のレーザーキャノンは展開済みだ。
ややあって、レーダーに反応があった。赤い光点が二つ。まったく動きを見せないところを見ると、MTではない。
「砲台ばかりだな、ここは」
カメラアイが捉えた映像を見て、エルシェ―は一人ごちた。天井に二つ、砲台が張り付いている。
施設防衛には固定砲台だけでなく、無人兵器やMTを織り交ぜるのがセオリーだ。資金に潤沢な都市であれば、それに加えて有人MTを雇い、防衛時の対応力を強化している。
だが、このエリアの防衛設備ときたらお粗末なものだった。出てくるのはファイアフライやナースホルンのような、防御力の低く安価な兵器ばかり。本当に最低限度のものだけ残して、人は引き払ってしまったのだろう。
FCSの射程外ではあったが、レーザーキャノンをノーロックで発射した。地下都市の暗闇に紅蓮の火球が生まれ、飛んでいたファイアフライごと砲台を鉄くずに変える。
随分ゆったりとした行軍の末、ようやくリフトは最下層に到達した。認証コードを確認し、最後の扉が開かれる。
仄暗い通路へと、エルシェ―はためらうことなく足を踏み入れた。この先にミッションターゲットであるコンデンサが設置されている。
「さて、最終工程といくか」
こちらへ駆けてくる二機のナースホルンを認め、シェイプシフターが動いた。
強化手術を受けたレイヴンだからこそ可能な超反応。ガトリング弾の嵐を不規則な蛇行軌道を描くことで全て躱しながら、シェイプシフターは前進し、通路奥へと抜けた。すぐさま半回転。まだ旋回が追い付いていないナースホルンに、LS-99-MOONLIGHTの青い刀身を叩きこむ。ようやく向きなおろうとしていたもう一機には、グレネードをお見舞いしてやった。
敵反応消滅。慣れ親しんだジェネレータの唸りと、繰り返される館内放送だけが響いている。
両側をフェンスで囲われた通路を抜け、シェイプシフターは広い空間に出た。
正面に都市部へと通ずる巨大なゲートがあるが、そちらが開かないことは確認済みだ。その手前、床の金網を突き破った先にあるコンデンサを破壊しなければ、ロックは解除されない仕組みになっている。
この角度ではブレードで金網を破壊するのは難しい。機体をやや後退させると、エルシェ―は金網の真上に向かってレーザーキャノンを発射した。直撃こそしなかったものの、爆風を喰らい、金網が吹き飛んだ。
床にAC一機が通れる程度の穴がぽっかり口を開けている。ブースターを細かく調節しながら、シェイプシフターは下の小部屋へと侵入した。
まず目を引いたのは青い輝きだった。薄暗い小部屋の中、シールドが四基のコンデンサを守るようにして展開されている。さすがにACの攻撃には耐えられないが、MTの散発的な攻撃を防ぐ程度の強度はあるようだ。
(これで終わり、と)
シールドをブレードで切り裂く。無防備になったコンデンサへと、彼はさらに左腕を振るった。高出力ジェネレータから供給されるエネルギーが一点に凝縮され、一瞬の後、閃光となって放たれる。
光波が直撃したコンデンサが爆ぜた。隣接するコンデンサにまで爆発はおよび、二基もろとも消し炭となった。とどめにもう一閃。残った二基もすぐにそのあとを追う。
「作戦目標クリア」
ターゲットの消滅を確認したCOMが、任務終了を淡々と告げた。
最早ここに用はなかった。B-VR-33の噴射が、鋼鉄の巨体をふわりと宙に浮かばせる。
アイザックシティのレイヴンがアンバー・クラウンへの正式な入場許可など持っているはずもないのだが、扉はあっさりと開かれた。電力供給を断たれ、セキュリティシステムはその機能を喪失していたのだ。
ゲートを潜り抜けた先には、灰色のビル群が広がっていた。
かつては多くの人が生活を営んでいたのだろうが、既にエリアは廃棄され、往時の繁栄は見る影もない。建物も随分老朽化が進んでおり、鉄骨がむき出しになっているものも珍しくはなかった。
ここがアンバー・クラウンの都市部。依頼人の言っていた場所だ。エルシェ―はほうと息をついた。
罠かもしれないと踏んでいたが、その実態は正式な依頼だった。ということは、先方がこちらの侵入を確認次第、次の依頼が送られてくるということになる。
(仮の拠点を持つ必要があるな……)
次の指示がいつになるかわからない以上、それまではどこかで待機している必要があった。しかし、土地勘のない場所で拠点を一から探すのは無謀というものだ。
少し考えたとき、彼の脳裏に一つの地名が浮かび上がった。──アンバークラウン・アリーナ。
レイヴンズ・ネストが主催するアリーナに参加したレイヴンには、それぞれガレージが提供される。資金も稼げる上、安全も確保されているので、一時の宿とするにはうってつけの場所だった。
(それに、アイザック以外で名前を売っておくのも悪くはない)
システムを通常モードに切り替える。対AC戦ほど激しく動き回ったわけではないため、エネルギーの消耗は少ない。アリーナのある都心までは少々距離があるが、充分たどり着ける。
まだ見ぬランカーレイヴンを思い、エルシェ―は口元をほころばせた。アリーナにいられるのは長く見積もっても数日から一週間程度だろう。だが、刺激的な毎日が過ごせそうだ。
背中から噴射炎の青い尾を引き、シェイプシフターは闇の中へと消えていった。