迷鳥   作:フェルニケ

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(2)SNATCH MISSION

「ホットドッグとビールを一杯」

 

 かしこまりました、と機械で合成された女の声が応えた。ややあって、トレーに乗せられた料理と酒が運ばれてくる。

 

 ホカホカと湯気を上げるソーセージの匂いに鼻孔をくすぐられながら、男はカウンターを足早に立ち去った。

 

 本当はもう少し腹に溜まるものを食べたかったのだが、売り切れていたのだから仕方ない。あの糞上司め、と心の中で悪態をつく。よりによって、退勤時間直前に仕事を押し付けやがって。おかげで、今日のチケットを無駄にするところだったじゃないか。

 

 アンバークラウンの娯楽施設は少なく、レイヴンズ・ネストが主催するアリーナは非常に人気が高い。その上、開始まで五分を切っていたこともあって、観客席は大勢の人でごった返していた。

 

 大きな体躯を縮めるようにして、男は人の波の間を進む。こんなことならS席を予約するんじゃなかった、と今更ながら後悔した。いつも通り三十分前に会場入りしていたならともかく、この状況で最前列を目指すのはあまりに遠すぎる。

 

 席に辿り着いた頃には、壁に据え付けられた電子時計がカウントダウンを開始していた。額を伝う汗をぬぐいながら、男は座席に勢いよく腰掛ける。なんとか間に合った!

 

 照明の灯りが徐々に絞られ、会場内を薄闇のベールが覆う。大型スピーカーから鶯嬢の可憐な声が響き渡った。

 

「皆様、本日もアンバークラウン・アリーナにお越しいただきありがとうございます。それでは、本日の試合を開催いたします。注目の第一戦は──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 モニターにカウントダウンが表示される。

 

(3、2、1……)

 

 ゼロ。瞬間、ブースターをフルスロットルで吹かし、エリミネイターは闘技場へと躍り出た。

 

 ムラクモ製ヘッドパーツ、HD-D-9066のカメラアイが敵影を捉える。

 

 鴉を連想させるほっそりとした脚に、ダークブルーで塗装された機体。ランク22位のレイヴン・エルシェ―が駆るシェイプシフターだ。

 

 先日のサン・ダウナーとの戦いではレーザーライフルを使っていたはずだが、今日は右腕にはマシンガンが握られている。変化妖怪(シェイプシフター)とはそういう意味かと、彼は愛機スォーズマンのコクピットで得心した。

 

「ですが、多少の小細工をしたところで無意味です」

 

 右肩のロケット砲を連続で撃ちこむ。

 

 キャノンと異なり、無誘導弾はFCSのロック機能が働かないため、中には敬遠する者も多い。しかしレイヴンに手動で狙いをつけるだけの捕捉力があれば、軽量かつリロードの速い武器として対AC戦でも活用することが可能だった。

 

 エリミネイターもそうしたレイヴンの一人である。

 

 FCS射程外から次々と撃ち込まれるロケット弾を、シェイプシフターは空中に飛び上がることで躱しきった。被弾を避けるためか、機体を空中で不規則に揺らしながら、そのままこちらに向かって飛んでくる。

 

「これくらいは避けますか」

 

 武装をハンドガンへと切り替えた。

 

 アイザックシティからやってきた、謎多きレイヴン。

 

 噂では強化人間(プラス)ということらしいが、エリミネイターとてエカ―ノミヤBを倒して今のランクを得ているのだ。負ける気はしなかった。

 

 そして何より、近距離は彼が最も得意とするレンジである。

 

 スォーズマンが迎え撃つ形で、クロスレンジでの射撃戦が始まった。

 

 回り込んで死角を取ろうとするシェイプシフターに対し、装甲に優れるスォーズマンは後退しながらハンドガンを構えた。軽量機は安定性が低く、衝撃力のある攻撃を受けると硬直してしまう。それを狙ってのことだった。

 

 ところが広角サイトに捉える寸前、ダークブルーの機影が姿を消した。

 

「なっ……」

 

 敵はどこへ。レイヴンの本能で、エリミネイターはレーダーを確認しようとした。しかしそれよりも早く、シェイプシフターが攻撃を開始した。

 

 頭上から弾丸が雨霰と降り注ぐ。敵は前進すると見せかけて急上昇し、真上を取ったのだ。鮮やかな手並みだった。

 

 フットペダルを強く踏み込む。射線から逃れるため、スォーズマンは右斜め前方へとブーストダッシュした。依然としてマシンガンが装甲を叩き続けているが、今は多少の被弾には目をつぶる。

 

 レーダーと射線から敵機の位置を割り出した。8時の方向。

 

 スォーズマンはまだ回頭を終えきっていない。マニピュレーターを限界まで動かし、機体の上半身を捻るようにしてエリミネイターは上空に向かってハンドガンを連射した。しかし、これも空を切る。

 

 お返しとばかりに、レーザーキャノンが連続で撃ち下ろされた。巨大な火球が機体を包み込み、スォーズマンの赤い巨体がぐらりと揺れる。

 

 被弾硬直と爆炎による視界不良が、エリミネイターから機体の制御を一時的に奪っていた。そして、絶好の隙を見逃すほど今日の相手は甘くはない。

 

 強化型マシンガンの間断ない射撃が、傷ついたスォーズマンの装甲へと容赦なく叩き込まれる。エネルギー防御に重点を置いたフレームは実弾攻撃に弱い。機体の各所から火花が飛び散り、悲鳴を上げた。

 

 硬直から立ち直ったとき、APは5000台にまで減っていた。対する相手は無傷のまま。既に2000近い差が空いていた。

 

 このままでは一方的に削り殺される。

 

 スォーズマンが飛び上がった。空中で機体を大きく左右に揺らし、射線からの離脱を図るとともに、なんとか敵機をロックサイトに収めようと必死にあがく。

 

 しかしエリミネイターが機体をどう動かそうとも、ロックを外すことはできなかった。互いの間に一本線を引いたかのように、銃弾の嵐が後をぴたりと追ってくる。機械じみた正確さだった。

 

(エカ―ノミヤの時とはまるで違う……!)

 

 以前対峙した強化人間の姿が脳裏をよぎった。あの時はスナイパーライフルの隙をついて近距離戦に持ち込み、ハンドガンの連射からブレードへと上手く繋げることができた。だが今はどうだ。隙を見出すどころか、ロックサイトにさえ敵を捉えられていない。

 

 4000、3000、2000。APがじりじりと減っていく。もはや誰の目にも戦いの結末は明らかだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こりゃあ手ひどくやられたな。

 

 ガレージに運び込まれた機体を見て、メカニックの男はうなった。赤いフレームは穴だらけで、無事な部分を探すほうが難しい。蜂の巣っていうのはきっとこういう状態を言うんだろう。

 

「……あー、フレームは全て取り換えるが、それで構わんかね?」

 

 パイロットスーツに身を包んだ若い男は無言で首肯した。エリミネイター。つい先刻までアリーナで戦っていた、この機体の持ち主だ。

 

 エリミネイターはベンチに体を投げ出すようにして横たわっていた。その顔には疲労の色が濃い。

 

 無理もないわな、と男は思う。自分の最も得意な近距離戦で一方的に敗れたのだ。精神的なダメージはかなりのものだろう。

 

 長いことそうしていたが、不意にエリミネイターは体を起こした。背もたれにかけてあったジャケットを手に取ると、ガレージを後にする。

 

 関係者用のエレベーターを使い、彼が向かった先はアリーナスタッフのいる受付所だった。

 

 オレンジ色の照明に照らされた廊下を歩く。レイヴン用の端末を通して試合の申し込みもできるが、今は心を落ち着ける時間がほしかった。

 

(今回は私の負けです)

 

 利き腕の拳を握り締める。

 

 瞼を閉じれば、あの敗北の瞬間が目の裏に浮かんだ。破れかぶれで振ったブレード。それをひょいといなし、返す刀でこちらのコアを切り裂いた青い刃。射撃戦と格闘戦の双方で、完膚なきまでに叩きのめされた。

 

 だが、負けっぱなしでいるつもりはなかった。

 

 まずは徹底的に軽量機対策のトレーニングを積んだ上で、再戦を申しこむ。二戦目が駄目なら三戦目だ。勝つまで諦める気はなかった。どの道、エルシェ―を倒さねば彼にアリーナでの栄光はつかめないのだから。

 

 受付所に辿り着く。滅多に姿を見せないエリミネイターの登場にスタッフは驚いたようだったが、今日の相手と再戦の手続きを取りたいと伝えると、心よく引き受けてくれた。

 

 コンソールを叩く音が静寂な空間に響く。ややあって、申し訳なさそうな顔をしてスタッフは告げた。現在、エルシェ―への挑戦は受け付けていないという。

 

「チャレンジはできない?どういうことですか?」

 

 詳細は申し上げられませんが、と一言おいてから男性スタッフは言った。

 

「彼はアリーナから去りました。次回の参戦時期は不明とのことです」

 

 彼は天を仰いだ。緊急の依頼でも入ったのだろうが、なんとタイミングの悪い。……再戦は当分先になりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『アンバー・クラウン』環状回廊45度分岐点における人物救出作戦を遂行してもらいたい。

 

 

敵護送部隊は、3台の護送車両と警備のMT数機で編成されている。

中央の護送車だけを残し、部隊の全てを撃破してほしい。

 

後の処理はこちらで行う。

よろしく頼む。

 

 

 

 

 地下都市の空を飛ぶ影があった。

 

 闇色の塗装を施されているため、辺りを覆う暗闇と相まって、その姿を地上から視認することは非常に困難だ。暗視センサーでもあればそれがAC輸送機とわかっただろうが、廃棄されて久しいハイウェイにそんなものを持ち込む者はいない。

 

 アリーナでの戦闘を終えてから約半日。戦闘準備を整えたエルシェ―は、機上の人となっていた。

 

 首筋にはケーブルが接続され、シェイプシフターの頭部センサーが感知した情報を絶え間なく流しこんでいる。HD-ONEのもたらす情報量は厖大なものだったが、最大レベルの強化手術を受けた脳はその負荷に耐えきっていた。

 

(距離7000に反応あり)

 

 機体との接続率を引き上げ、さらに下界の様子を探った。五感が肉体という器を離れ、薄く外に向かって広がっていくような奇妙な感覚。際限なく拡大していくかに思われた電子の目に、不意にノイズが混じった。

 

「……駄目だ。高濃度のECMが展開されている。作戦エリアの状況がわからない」

 

 重量級MTらしき大型の敵反応はいくつか捉えたが、そこまでが限界だった。ジャミングが一層激しくなり、レーダーによる探知を阻む。

 

プラスの能力をフル活用してもこれとは、一体どれだけ強力なECMが撒かれているのか。エルシェ―は内心うなった。肩装備のレーダーがないことが悔やまれる。

 

輸送機(こちら)のレーダーにも障害が及んでいます。上空からの探知はまず不可能とみて良いでしょう」

 

「となると、現地に行くしか手はないか」

 

 ハイウェイは岩盤を貫き、北へと伸びている。環状回廊45度分岐点はその先にある。こちら側と作戦領域の間にはトンネルが横たわっており、直接の視認は不可能だった。

 

 このECMの濃度と範囲から見て、当初メールに記されていた通りに、数機のMTを相手どるだけで終わるとは到底考え難かった。トンネルを抜けた先に、どれだけの敵戦力が待ち受けていることやら。

 

(依頼主の匿名性に付け込まれたな)

 

 彼は重いため息を吐いた。完全に裏をかかれた。

 

 今作戦の相手は重量級MTを想定していたため、シェイプシフターの右腕には速射型レーザーライフルが握られている。火力と射程は申し分ない。しかし、敵がAC──機動力に優れる軽量機を用意していた場合を考えると、ロックサイトの狭さに若干の不安があるのだった。

 

 とはいえ、一度依頼を受けた以上、完遂するのが彼のポリシーである。なぜ敵は本物の依頼主がこちらに依頼を出していることを知ったのか、聞き出す必要もあった。撤退する気はない。

 

 機長、と彼は呼びかけた。

 

「このまま降下を進めてくれ。俺が5分以内に戻るか、通信が繋がらなければ、その時は撤退を」

 

 

 




アンバークラウン潜入から二週間ほどしか経過していないため、主人公はあまりランクを上げられていません。
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