迷鳥 作:フェルニケ
早速手持ちのPS4でプレイしようとしたら、なぜかダウンロードできなかったので悲しみに暮れながらキーボードを叩いています。
……vita版で引き続きやるから良いか。
──数か月前:アンバークラウン近郊 ゲート付近にて ──
その居住区には、ささやかながらもシティガードの詰め所が設けられていた。
常駐しているMTはガードウォーカーが十機のみ。いずれも余所の街から払い下げられた中古品で、青い塗装はところどころ剥げている。
見る者の哀愁を誘う、ガードとは名ばかりの有様だった。ACに抵抗するどころか、武装蜂起した労働者たちとどっこいどっこいの武装である。しかし貧弱な装備とは対照的に、隊員たちの士気は高かった。
「うちは貧乏だからなあ」
というのが、隊長の口癖である。
「専属レイヴンを雇うなんて夢のまた夢だ。だから、俺たち住民自身の手でなんとかするしかないのさ。たとえ気休めにしかならないとわかっていてもな」
街にはめぼしい産業がない。故にレイヴンの襲撃を受ける可能性も低いが、たとえテロリストが襲ってきたとしても、ネストに登録されたばかりの新米レイヴン一人を雇う金も捻出できないのが現状だった。
(だからこそ、俺たちが頑張らなきゃ)
レーダーに異常がないことを確かめると、アレンは眠気覚ましの缶コーヒーを一口啜った。
オンボロ品ばかりの詰め所の中で、ひときわ異彩を放つのが上部に取り付けられた巨大なレーダーである。
あるシティガードの拠点が装備を一新した際、頼み込んで譲ってもらった物だった。スキャン間隔こそ平均的だが、その代わりにACが装備する長距離レーダーを凌ぐ探知範囲を持ち、居住区の安全に大いに貢献している。
「頼むぜ、アレン」
前線で警戒についているガードウォーカーから通信が入った。同期のスティーヴだ。
「こう靄がかかってちゃあ、有視界戦闘はお手上げだ。しっかり見張っててくれよ」
この辺りは夜間になると酷く冷え込む。夜明け頃には深い朝靄が立ち込め、MTに乗る隊員たちの悩みの種となっていた。
「任せてくれ。猫の子一匹見逃しはしないさ」
同僚の軽口にアレンは笑った。
彼が飲み終えた缶を捨てようとしたときである。モニターの端、レーダーの索敵範囲限界付近に、赤い光点が出現した。
心臓がどきりと跳ね上がる。しかし日ごろの訓練の賜物か、身体は職務に忠実だった。
モニターに目を凝らす。光点の移動速度は速い。反応の大きさも考えると、間違いない、これは──
「レーダーに反応あり。ACと思われる反応が一!」
唇が淀みなく光点の位置を読み上げる。シティガードの詰め所は緊張感に包まれた。
こちらのMTのCOMは旧式タイプで、リンクシステムに対応していない。オペレーターが通信を介して索敵情報を伝えるほかないのだが、AC相手にはその一手間がもどかしかった。
アレンは光点の動きを追う。詰め所の先には居住区へと続くゲートが設けられているが、ACの侵攻を妨げられるような堅固な造りはしていない。敵は一直線にここを狙ってくるだろう。
ところが予想に反して、光点が接近してくることはなかった。
それどころか、反応は次第に遠ざかっていく。光点は北上を続け、ついにはレーダーで捕捉できない距離に達し、モニター上から完全に姿を消した。
「……AC、索敵範囲外に離脱しました」
暫く様子を窺ったが、光点が再び出現することはなかった。
シティガードの面々はほうと息を吐く。どうやら、ひとまずの危機は去ったらしい。
「それにしても妙だな」スティーヴがごちた。「あのあたりには何もないだろうに」
北の渓谷を抜けた先には工場が建てられる予定だったが、計画は中止となり、建設途上の工場施設や中途半端に建設された道路が雨曝しにされている。以来、十年以上も放置されたままだ。わざわざACが派遣されるとは思えない。
……それとも巧妙に隠されているだけで、レイヴンを引き付ける何かがあの地にあるのだろうか。住民の俺たちにも知らされていないような「何か」が?
竦然としてアレンはモニターを見つめた。
詰め所には監視カメラが設置されており、そのうちの一つは北向きに備え付けられている。しかしながら大気は白く濁り、北の地を見晴るかすことは叶わなかった。
『パイロットデータを照合──アクセスコードの入力を確認──虹彩認証完了。
スミカ・ユーティライネンによる申請を確認しました。ゲートロックを解除します』
セキュリティロック解除を告げる電子音声とともに、ゲートがゆっくりと開かれていく。
生体信号を感知次第、自動的に点灯するシステムなのだろう。備え付けられたシーリングライトにパッと光が灯り、二人の男女の影をアスファルトのカンバスに黒黒と描き出す。
(そういえば、他人のガレージに立ち寄るのはこれが初めてだな……)
徐々に露わになっていくガレージ内部の様子を、エルシェーは興味深げに見つめていた。
彼とて他のレイヴンと組んだ経験がないわけではないが、同業者とは全て任務上の付き合いに終わっていた。その上、簡単な修理ならばバラクーダ内でできるよう専属機長と調整を重ねてきたため、緊急措置として他人のガレージに駆け込む羽目になった経験もない。
つまるところ、彼にとってはこれが初めて目にする他人のACガレージなのである。
急場凌ぎの避難先にしても、最低限の整備用具は整っていてほしい。そう願う彼の視線の先で、やがてゲートが完全に開かれ、ガレージがその全貌を現した。
広さは現在彼がアンバー・クラウンで宛がわれている、アリーナ参加者用のものよりも幾分か狭いだろうか。だが、AC修復用の無人作業機やクレーンの類はきちんと揃えられており、充分整備を行える環境であることが窺える。パーツさえ用意すれば、シェイプシフターの修理もさほど時間をかけずに完了するだろう。
「……凄いな。一人でこれだけの設備を揃えられるなんて」
エルシェーは我知らず感嘆の声を漏らしていた。
「まあね。フリーランスでも依頼を受け続けていれば、それなりに設備も整ってくるものよ」
スミカは肩をすくめると、向かって左側のスペースを指し示した。
「あそこがAC用のハンガーよ。私のコーラルスターは当分戻ってこないから、好きに使ってちょうだい。システム言語は日本語設定になっているけれど、使いづらかったら共通語に変更してもらって構わないわ」
大破壊によりあらゆる民族が混じり合った現在、地下世界で専ら使用されている共通語といえば英語だが、ムラクモはかつての文化の名残を随所にとどめている。それはAC分野においても例外ではなかった。
「わかったよ。そうさせてもらおう」
AN-K1を始めムラクモ系のパーツの採用率が高いエルシェーは、ある程度であれば日本語を解することができる。が、流石に生粋のムラクモ系市民ほどではない。ここは有難くスミカの言葉に甘えることにした。
「ACの固定が終わったら、そこの階段から上がってきて。私は先に上の様子を確認してくるわ」
先にキャットウォークを歩いていくスミカの背を見送ると、エルシェーはシェイプシフターに乗り込み、格納庫へと歩を進めた。
元々スミカが搭乗していたコーラルスターは、ムラクモ製の軽量二脚機・有明をベースとした機体である。そのサイズに合わせて設計されたハンガーは、企業ACとネスト規格という差はあれど、シェイプシフターを停めるにはちょうど良いサイズだった。
手際よくガレージに据え付けられたコントロールパネルを叩く。
無理やりヴィクセンによる近接攻撃をいなしたおかげで、右腕部パーツには損傷が生じている。破損具合を確認するため、ふと視線を上げたところで、彼の眼に隣接するハンガーが目に留まった。
(……予備のハンガーか?)
自分のような協働するレイヴン用に設えたものだろうか。
しかし、とエルシェーは内心首をひねる。それならばタンク型だろうと逆関節型だろうと、どのACでも収められるようにスペースに余裕を持たせるはずだ。ちょうど、レイヴンズ・ネストがアリーナ参加者に提供するガレージがそうであるように。
彼の見る限り、予備ガレージは特定のタイプのAC──それも、軽量機の運用を想定したサイズのように見受けられてならなかった。
一足先に居住スペースへと足を踏み入れたスミカは、注意深く室内の様子を見渡した。
あまりにも殺風景だからと買ってきた鉢植えの観葉植物。得意先のムラクモ系企業関係者から押し付けられたものの、どれも高価すぎて扱いに困り、テーブルの上に無造作に置かれたままのACパーツカタログ。
彼女がアンバークラウンへと出撃する前と寸分変わらぬ光景がそこには広がっている。薄っすらと堆積した埃は、スミカがこのオフィスを去って以降、誰も立ち入る者がいなかったことを示していた。
「……やっぱり、戻っていないのね」
薄々覚悟はしていたが、容赦なく現実を突きつけられると気が滅入る。淡い期待を打ち砕かれて、スミカは黒目勝ちの瞳をそっと伏せた。
彼女の相棒がアンバー・クラウン近郊の渓谷で輸送部隊の襲撃任務を請け負い、行方不明となったのは2か月ほど前のことである。
当時のスミカは上得意のクライアントから受けた依頼を遂行中であり、新たな依頼を受ける余裕はなかった。そのため、彼女の代理として赴いたのは、同じくムラクモ系企業に顔が売れている相方・アイラだった。
『大丈夫よ、スミカ。今回のターゲットは輸送車両らしいし、あたし一人で充分』
そう言ってアイラは出撃して行ったきり、戻らなかった。
大破した機体の一部でも見つかれば、スミカとてアイラが死んだものと諦められただろう。しかし、作戦エリアとなった渓谷周辺を捜索しても、それらしき残骸は発見されなかった。それどころか、戦闘の跡すらも綺麗に拭い去られている始末。
何かがあったのだ。機を見るに敏なアイラが撤退も許されず、ACごと痕跡を消されなければならないような「何か」が。
(必ず突き止めてみせるから)
階段を踏みしめるコンバットブーツの靴音が近づいてくる。スミカは軽く息を吸うと、意識して表情を対人用の柔和なものへと切り替えた。
既に襲撃犯の目星は付いている。だが敵もセキュリティにはかなり念を入れており、ハッキングに長けた彼女であっても、充分な証拠を掴むことは出来ていない。
連中の本部にでも乗り込んで直接データベースにアクセスできれば手っ取り早いが、敵の警備は予想以上に固いのが現状である。たとえコーラルスターが健在であったとしても、突破は不可能とスミカは冷静に判断していた。
だが、彼女に戦闘に長けたパートナーがいれば話は別だ。
靴音が止み、居住区の扉が開かれる。入ってきた人影を認めて、スミカは腰かけていたソファから立ち上がった。
「ようこそ、エルシェー。埃っぽくて悪いんだけれど、適当に掛けておいてちょうだい」
定期的に水分補給は行っていたとはいえ、長時間の行軍だったのだ。
彼にも喉を潤すものが必要だろう。スミカは備え付けの冷蔵庫からドリンクを取り出そうとして、はたと立ち止まった。
「……ところであなた、グリーンティーは飲める口?あいにく今、それしか手持ちがなくって……」