妄想投棄場   作:妄想投棄場

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クリークが俺の家の家事を全部するようになって一ヶ月が経った。

「トレーナーちゃーん、ご飯が出来ましたよ~」

「ありがとう、スーパークリーク。でも、そのちゃんづけはやめて欲しいんだが」

「ふふふ、ごめんなさぁい。トレーナーさんはとってもいい子なので、ついつい赤ちゃんみたいに甘やかしちゃんですぅ」

「全く、俺は君より10は年を食っているんだがね」

「そんなことは関係ありませんよぉ。私にとって赤ちゃんみたいに愛おしい存在なんですから」

 

 そう言いつつ、スーパークリークは手づくりの料理を振る舞ってくれる。

 クリークの作る食事は文句なしに美味しい。しかし、食事を取るうえでちょっとだけ厄介なのが、彼女の手料理は全て彼女からあーんをされて、食べなければいけないのだ。

 これは、彼女がウチに転がり込んでからずっと変わらないルールである。

 

「はい、あーん」

「……ん」

「美味しいですか?」

「ん、美味しいよ」

「ふふふ、それなら良かったですぅ」

 

 起床してから就寝するまで、家の中にいればすべてのことをクリークがやってくれる。炊事洗濯掃除買い出し、何も俺は手を動かすことがない。

 流石に、トイレと風呂は断固拒否しているが。

 

 先月の死んだ魚の目をして働いてる俺に向かって、お前は近いうちにスーパークリークに全ての家事をやってもらう超VIP待遇を受けることになるぞ、と伝えようものならすぐに鼻で笑われることだろう。

 そのくらいに思ってもみなかったことだった。

 

 確か、こんなことになったのは過労で俺が寝込んだのがきっかけだったと思う。

 激しい頭痛と、とんでもないめまいで起き上がれなかった俺は、担当ウマ娘であるスーパークリークに何も伝えずに一日寝込んでしまった。

 次の日には頭痛やめまいも幾分か和らいでいた。無断で休んでしまったことが申し訳なくなり、クリークに連絡を取ろうとスマホを手探りで調べていると、柔らかい感触を認めた。

 

『きゃっ』

 

 はっと息を呑んだ。ひどく聞き覚えのある声だったから。

 その感触がした方に顔を向けると、それは、クリークの腕だった。

 

『もう、無茶しないでください』

 

 微笑みながら、彼女は俺の頭に当てているアイスノンを変えてくれた。

 どうやら、彼女は付きっきりで看病してくれたようだった。大変にありがたい話だった。彼女の献身が俺の回復に寄与したことは間違いない。

 しかし、やはり拭えぬ疑問があった。

 

『どうして、ここに? というかどうやって知ったんだ?』

 

『ふふふ』

 

 彼女はそうやって微笑むばかりだった。

 

 病み上がりで無理をしてはいけない、というのがクリークの言い分だった。そこまでやらなくていいという、俺の制止も聞かずに、全ての身の回りのことをし始めた。最初は抵抗感があった。年下の少女に食事をすべてあーんして食べさせてもらわないといけない、なんと恥ずかしいことか。

 非常に抵抗感があったが、空腹には耐えきれず、その日から俺が口にするものは必ず彼女のスプーンを通して食べるようになった。

 

 

「はい、お昼ご飯が終わりましたよ」

「ん、美味しかったよ。まあ、こんな可笑しな食べ方でも一月もしてれば慣れるんだな」

「私のトレーナーさんに対する愛情のおかげですねえ」

「人類の適応力のお蔭だろ」

 

 上手に出来ましたと言わんばかりに、クリークは俺の頭を撫でながらそう発言する。

 人には到底見せられないような堕落しきった俺の姿。しかし、そんな姿でも問題ないと思えるくらいに、クリークと過ごす日々は非常に心地よかった。気を抜けばすぐに溺れてしまいたいという欲求に駆られてしまう。

 だからこそ、だからこそここまでなのだ

 

「なあ、クリーク」

「どうしましたかあ?」

「この関係も終わりにしないか?」

 

 きっと、彼女は縋ってでも止めに来るだろう。彼女の俺に対する執着心はこの一ヶ月でとんでもないものに膨れ上がってしまったから。

 だが、これも大人の役目だ。夢のような生活は心地よいが世界はひどく残酷だ。こんなただれた関係に待っているのは二人とも破滅してしまう運命しかない。

 

 俺の言葉を受けた、クリークははっとした後にすぐ俯く。

 ここまで自分よりも幼い子に愛されているというのは悪くない気分だ。しかし、それだって所詮はしかのようなものでしかない。気づけばなんでもなかったことになってしまう。傷は浅い方がお互いにとって、好都合だ。

 

「すまない、クリーク。君の気持ちは嬉しいが」

「いいですよ」

「え?」

 

 予想外の発言に率直な言葉が俺の口から飛び出した。

 全てが崩れていくかのような歪みを感じる。自分が思っていた前提が全て覆ってしまうような落ち着かなさが思考を麻痺させる。

 

「それは、どういう」

「ですからぁ、トレーナーさんが仰るように、私はトレーナーさんを赤ちゃんすることを止めればいいでしょう?」

「それは……そう、そうだ。こんな関係はもうおしまいにしよう」

「わかりました、ではそういうことで」

 

 望んでいたことだった。これでいいんだ。だというのに、どうして俺の心はこんなにも焦っているのだろうか。言いようのない、説明もつかない不安が俺を襲う。失敗したのではないかと脳が錯覚する。

 心がざわめき、ささくれだって全ての物事に引っかかってしまう。

 しかし、俺はその場で自制した。ぐっと堪えて、喉の奥まで出かかっていた言葉を必死に飲み込む。

 

 

 

 

 

 今日を以て、俺とクリークの関係は終了した。

 

 

 

 

 

「おはようございます、トレーナーさん」

「ああ、おはようクリーク」

「目の下にクマが出来ていますが寝付けなかったんですか?」

「ああ、ちょっとな」

 

『あらあら大変ですね。じゃあ、今日のお昼は私が傍にいるので安心してお昼寝してください』

「体調管理も出来ないのはトレーナーというより、大人としてどうかと~」

 

「っっ!……そうだな、すまん」

「分かっていただけてなによりですぅ」

 

 俺たちの関係が終了した翌日もクリークは俺の家で暮らしていた。

 しかし、昨日までとは大きく異なっている。

 

「ご飯は?」

「このテーブルにあるのは、私が自費で自分でお料理した分なので、トレーナーさんもご飯が食べたいなら自分で作ればいいんじゃないでしょうか?」

「そう、だな」

 

 今まで彼女がしてくれていたことが全て停止した。

 朝起きても側には誰もいないし、食事は自分で用意しないといけない。

 掃除も自分でかけなければいけないし、洗濯乾燥も全部自分でやるのだ。

 少し前までは何も問題はなかった。それが当たり前であったから、しかし、その当たり前をすることがひどく億劫だし、怖いのだ。何か失敗してしまったらどうしようと怖くなっている。

 ずっとそばにについてくれる誰かを知らずに求めているし、誰かがしてくれるんじゃないかと、無意識に油断してしまっている。

 

 普段なら脱ぎ散らかしても勝手に綺麗になっていた洗濯物も今日からは手動で綺麗にしなければいけなくなった。

 いやいやながら洗濯機を回しながらぼやく。

 

「はあ、面倒だ」

 

「わあー、トレーナーさんって洗濯機も回せるんですねぇ。こんなに色々ボタンがあるのにちゃんとぴったりのモードを押せて偉いですよぉ」 

 

 洗濯機を回した腕を抱きしめられた。女性特有の香りが鼻を通る。それよりも俺の中にダイレクトに伝わったのは肯定される快楽だった。

 なんでもないくだらないことのはずなのに、全力で彼女は褒めてくれてとても胸が躍った。しかし、そんな幸福も長くは続きはしなかった。

 

「あ、あなたは私の赤ちゃんではなかったですね。すいません、間違えました」

 

 当然の言葉だった。俺はクリークよりも年上だ。赤ちゃんであるはずがない、いい年した大人だ。だというのに、彼女の言葉にぐっと胸が締め付けられた。恐ろしいほど悲しく感じてしまった。自分自身が否定されたような錯覚さえ覚える。

 口が空いたままのせいで乾いてしまい、口が上手く動かない。震えながらも何かにすがろうとして俺はひっしに絞り出した。

 

「ぁ……まっ…っ……ま」

「あらあらあらあら」

 

 何も言葉に出来なかった言葉のられつにクリークは突然、喜色を浮かべだす。

 彼女の言動はとんと、理解できないが今回はなおさらだった。

 

「ままと、呼んでくれる赤ちゃんの声が聞こえた気がしますぅ」

 

「!?」

 

「ああ、早く可愛がってあげたいんですけどねえ。私が全部お世話してあげたいんですが、声がきこえなくなってしまいました」

 

 更に息が出来なくなった。

 屈辱と期待と相反する感情がせめぎ合う。俺の脳内はとんでもなく入り混じった信号で沸騰しそうだった。

 ただ、楽になりたい。

 それだけだった。

 そして俺の心はあっけなく屈した。

 

「ま、ま」

「あらあらあらあら、見つけましたよ。私の可愛い可愛い赤ちゃん」

 

 微笑まれる。

 抱きしめられる、褒められる、頭を撫でられる、全ての行動が俺にとって幸福をもたらした。

 意地を張っていたことが愚かだったと如実に分かる。

 

 ああ、幸せだ。

 

 俺は全てを委ねる快楽に溺れた。

 

 

 

 

 

 

「まま、喉乾いた」

「はーい、お水ですよー」

「まま、ちょっと寒い」

「うーん、ママが抱きしめてあげれば少しは暖かくなるかもしれません」

 

「まま、まま、まま……」

 

 全てに身を委ねた。

 どれほど傲慢になっても許容される空間が心地よかった。

 今のままでは全員が堕落する未来しかないと突き放した本人だけが、堕落する未来を辿ることになった。

 そんな葛藤さえどうでもよくなってしまうくらい、俺は快楽に揺蕩っていた。

 

 

 

 

 

「ねえ、まま」

「あの、トレーナーちゃん」

「???」

「トレーナーちゃんはどうして、言葉を喋っているんでしょうか?」

「ままとおしゃべりするためだよ?」

「わーい、とっても嬉しいですぅ」

「えへへ」

「でも、赤ちゃんは言葉を話しませんよね?」

「え?」

 

 とっても、ままのかおはこわかった。

 まるでおこってるみたいにこわいかおだった。

 

「ねえ、私の赤ちゃん……私の赤ちゃんはしゃべらないんですよ?」

 

 ままのいっているいみがよくわかんない。

 

「ここに、赤ちゃんの大好きなものがあります。なにかわかりますか?」

 

 むかし、ぼくがつかってたやつだ。おしゃぶり。

 

「しゃべらないなんて出来ない、というのであれば、このおしゃぶりがありますよ」

 

 ずっとチュパチュパしなきゃいけないってことなのかな。

 

「ねえ、私の赤ちゃん。あなたは私のためにどこまで赤ちゃんになれますか?」

 

 ままはむつかしいことばっかりいってくる。

 

「見せてください」

 

 ままがにっこりわらった。ぼくはままのえがおがすき。

 ままがよろこんでくれるなら、ぼくはなんだってできるんだ。

 

「ちゅぱ、ちゅぱ、ちゅぱ」

 

「あら、あらあらあらあら、あらあら」

 

 ままはすっごくなきそうなくらい、めをうるうるさせてぼくによってくる。

 そして、ぎゅってしてくれた。うれしいな。

 

「やっと、見つけましたぁ。私だけの赤ちゃん」

 

 ままのあかちゃんはぼくだけだ。

 

「赤ちゃん、お腹が空いたでしょう? ご飯をあげないといけませんね」

 

 そういえば、おなかがすいたきがする。

 

「ほら、お口を開けて?」

 

 あーん。

 

 あ?

 

 ……あ、ぁ

 

 ……ぁ……ぁぁ

 

 蹂躙するような、愛撫だった。

 舌が俺の口腔の全てを舐っていく。

 歯茎、歯列、歯肉、全てを撫でるように滑らせた後に、上顎をざらりとこそぐ。全身が震えてしまうほどの悦楽だった。

 訳も分からないまま、俺の弛緩した舌が甚振られる。舌の下、裏、横、奥、あらゆる触覚を刺激するように舐めつくされたあとに、突然舌が引っ張られた。吸引されるような激しさを持ち合わせているはずなのに、全てが心地よい。何かがすっぽりと抜け落ちていく感覚がどうしてか快感として俺の脳は伝達してくる。

 呼吸さえもままならなくなった、俺の中への侵食が止む。

 塞がれていたものが開かれて必死に俺は空気を取り込む。しかし、その最中に再び、塞がれた。

 どろりとした触感が舌で転がる。ほんのりと甘い以外は無味のそれだが、まとわりついている彼女の唾液でひどく官能的な味がした気がした。ずっと味わっていたような気分におちいる。

 

「こんどからは、全部口移しでご飯を上げますから、残しちゃ、メですよ?」

 

 既に手遅れだった。しかし、さらに取り返しのつかないところまで深みにはまっていっている自覚はある。

 しかし、この激しい大河から抜け出すことは出来ない。

 けれど、何も怖くはない。だって、抜け出す必要もないのだから。

 

「今まで、できなかったお世話もぜーんぶしてあげますね、私の赤ちゃん」

 

 

 ここは、底なしの極楽だ。

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