今日は、ウチの人生を左右するかもしれん大事な春の天皇賞の日や。
お天道さんもにっこり笑ろてウチのこと見てくれとる。
せやっちゅうんに、控室の鏡に映っとるウチの顔は快晴とは程遠い曇り空やった。
あかん、あかんわ。
普段、菩薩のタマモクロス言われとるウチでもこれは看過できんわ。
「トレーナー、自分それでも玉ぁついとるんか!? あぁ?」
「す、すいません」
男の癖に華奢な体格してペコペコ謝る姿にウチは更に苛立ってしまう。
あかんわ。自然に腕と足組んでしもとる。
もう、ウチの中でこいつは完全に格下やというレッテルを貼ってしもうとる。
こんな関係性じゃ勝てるもんも勝てん。
でもな、やっぱり、認識の共有や、意見のヒアリングは目的を一致させるためにはかなり大切や。
ウチはトレーナーに言いたくてしゃあないことがあんねん。
「自分、飲み物買うてくる言うたやん? そのあとに言うたな? タマモさんの好きな飲み物言ってくださいって」
「はい、いいました」
「せやからウチはカフェラテ飲みたい言うたんや」
「たしかにタマモさんはカフェラテが飲みたいっていいました」
「……なんで、野菜ジュース買うてきてんねん!」
「それしかなかったんで……」
「……ほーん、ならしゃあないか。せやな。そりゃカフェラテ売り切れてて野菜ジュースしかない日もあるもんなー。……ンな訳あるかボケェ! カフェラテおいてない店や自販機なんか今日びあらへんやろが!……百歩譲ってせめて、コーヒーか牛乳買うてこいや」
おかしいやろ。好きな物言ってくださいって言うたん、そっちやんけ。
もっと関連付けたもん買うてこいや。
「すいません、すいません。ボク、野菜ジュースの気分だったんで。あと、好きな飲み物言ってくださいとは言いましたが、買うとは言ってないんで」
…………あ、あー。あー、あー、はいはいはい。
……せやな。それは確かにウチが悪いわ。だって買うてくるとは一言も言うてへんもん。
うわー、やってもうたなあ。全部ウチの早とちりが原因やん。こいつにアホみたいにブチギレとるんも、ウチの独りよがりでしかなかったなあ。こんなん失望されても文句言えんわ。
「ってンなわけあるか!……なあ、今自分言うたな? 野菜ジュースの気分やったって。せめて、なかったんですよ、をな?取り繕ってもらへんかな?ウチもな、そんな怒りたないんよ? ないなら、ないで話進められるんやけれども」
「チッ……はいはい、ボクはカフェラテなかったんで野菜ジュースにしました。これでいいですか?」
「これでいいですか、やないやろがボケがあ! なんやその態度は! 舌打ち止めえや。その気に食わんけど一応謝っとくかっちゅう無駄に解像度高い中学生像止めろ」
なんやねん、こいつホンマに。
レース前やなかったらどついたろか思うとるで。
飲み物買ってくるんで、好きな飲み物言ってくださいは、それを買いに行きます以外の解釈する方が難しいやろ。
あかん、あかんわ。なんでこんなヤツがウチのトレーナーなんか分からんくらいには腹立ってきたわ。
もうすぐレースやけどそんなん気にするよりこいつを気が済むまでぶん殴る方がええかもしれんわ。
「……タマモさん」
「なんや」
「緊張、ほぐれました?」
「は?」
なんやそれ。
「飲み物買いに行くまでそわそわしてたり、椅子に寄りかかって、ぐでぐでになってる姿を見て心配してましたが、いつものタマモさんらしい元気さが戻って安心しました」
そう言って、トレーナーは笑顔でウチのことを見てきた。
「なんや、なんやそれ」
人が悪いわ。このトレーナーはどこまで読んどったんや。
ちゅうことはや、ウチに突っ込ませるためにわざとボケ倒しとったんかこの人は。
「もしかして、ウチのためにカフェラテやのうて野菜ジュースを買うてきたん?」
「ボクが飲みたかったからです」
「ちゃうやろが!!!! 今のは、緊張ほぐすためですって言うところやないかい!!!!」
いい笑顔で何開き直ってねん、このアホタレは。
ちょっとでも感動しかけたウチの気持ち返せや!
もう腹が立ちまくってしゃあないから、ウチは気づけばトレーナーの胸倉つかんで睨んどった。
「チッ……反省してまーす」
「せやから、不貞腐れた中坊のマネやめろ言うてんねん!!!!」
「はあ」
「なに、怒られるのうんざりしてる奴のクソでかため息がそんなにうまいんや! 解像度高すぎるわ。そのモノマネは決して質感のクオリティ上げたらあかん類のものや言うのがなんでわからんのや!」
作戦のうちかと思ってた行動全部、自分のためやったんや。やっぱこいつはドアホウや。気づけばウチは、息が切れるぐらいにトレーナーに突っ込んどった。
はあー、見直したウチがバカやったわ。
でも、あんだけわめいたらなんかすっきりした。ようごちゃごちゃ考えんと、気持ちも楽になった。
絶対、こいつはそんなこと考えてへんのやろうけど、それでも……まあ、一応は礼くらい言わなあかんかな。
「タマモクロスさん、準備よろしいですか?」
「はい! 今からいきます」
控室の前からノックの音と一緒に誘導の人から声をかけられた。
そろそろレース本番が始まるわ。走る前から疲れたけど頭はさえとる。たぶん、いいところまでいけんでこれは。
「タマモさん」
「なんや」
まだ言い残したことがあるんか。アホトレーナーは。
「じゃあ、今からカフェラテ買ってきます」
「はあ?」
今から買いにいくて何考えとんねんこいつは。
「少し距離があるので、3分30秒ほどかかりますが……取りに来られそうですか?」
「!?」
あー、あーあーあー、ほんま調子狂うわ。トレーナーに腹立ってしゃあないし、殴りたくて仕方ない。
でもな、やっぱそれするのにも今は時間が惜しい。
「30秒も要らん。3分20秒で買うてこいや。わかったな、ドアホ!!」
あんのドアホをしばき倒すためにウチは全力で走って早くゴールせなあかんわ。
はよう、ぶん殴って、カフェラテ飲まなあかん。走った後にのむんわ。めっさ甘くてうまいんやろなあ。
想像しただけで元気出たわ。頑張ろ。
ーーーーー⌚ーーーーー
第三コーナーを回った。まだ、ウチは後方におる。
ここや、ここからがウチの気張りどころなんや。
上り坂。心臓破りなんか言われたりするけど今のウチには関係あらへん。ドンドンとバリキを上げて少しずつ詰めていく。
第四コーナー回って、ウチは外からから内側を突き破るようにズバーンと抜けていく。
見とけ、これが白い稲妻の末脚や!
内側に進んでいって、最初はウチと他二人が横に広がったけど、ウチの末脚はまだまだ残っとる。惜しみなく、じゃんじゃん使うていく。
他の奴なん目も暮れないぐらいにはウチは距離を離していく。最っ高に気持ちええわ。
あのアホもどうせ、こんなウチの姿見たら目ん玉飛び出てひっくり返るに違いない。
今からアイツのほえ面みるんが楽しみや。
100m。ウチの前に誰もおらん。ウチの後に全員がおる。カフェラテ買うてこい言うたんや。
ウチが待たせたら悪いやろうからな。最後の最後までウチは全力で勝ちに行くで。
「はあああああああ!」
気づけば、ウチはゴールしとったわ。
ーーーーー⌚ーーーーー
「1秒、遅刻ですね」
「むぅ……」
控室で、トレーナーが貼りだされたタイムを見ながらウチに言うてくる。
「ボクは、タマモさんに言われた通り、3分20秒で買ってきたんですが」
「それは……その……しゃーないやろ! いうて1秒とか誤差や、誤差!!」
あんだけ大口たたいとったウチを責めるようにトレーナーは淡々とウチのタイムを非難した。
「レースにおいて、1秒というのはとても大きな差です。むしろタマモさんの方が口酸っぱくボクに指摘していることでは?」
ぐううう! おかしい。
ウチは、こいつを責める資格を持っとるはずなのに、こいつに全く反論できん。
たぶん、ウチを殴っとるのが、こいつやなくて過去のウチの言葉やからや。
ウチは自分の言葉に責任を持つ。だからこそ、こいつの指摘はめちゃくちゃにくる。適当な約束してしもたウチ自身を殴りたいわ。
「………ですが、やはり1秒はボクにとって誤差です。あなたは1秒遅れましたが、それで春の天皇賞を勝ちました。あなたの凄まじい末脚は本当にとても素敵でした」
「あぁ……うん」
なんやこいつ。ほんま調子狂うわ。
嘘もつかんとこっちをじっと見つめてまっすぐな言葉でウチをさしてくる。
………あっついわ、ほんまに。
「勝者には、それに相応しい褒賞が与えられるべきです」
そう言ってトレーナーは、カバンをゴソゴソとしだす。
ああ、過去の自分自身に殴られたダメージひどすぎて約束すっかり忘れとったわ。
そう、ウチは勝ったんや。うまいやろなカフェラテ。
「どうぞ、お納めください」
「うむ、構わんよ………ってこれ野菜ジュースやないか!!!!」
「すいません、近くに置いてなかったもので」
「嘘つけや!!! さっきパドック通って、控室戻るとき、自販機でカフェラテ売ってんのウチは見たんやで!!!」
「ですから………チッ、反省してまーす」
「言い訳を途中でやめんな!!! せめて嘘でも最後まで取り繕う努力をしろや!!! 不貞腐れんな!!! 自分、はよカフェラテ買うてこいや!!!!!!」
あかん、あかんわ。やっぱ、こいつはウチとは全然相性が合わん。
人間がウマ娘には勝てんこと、一回、理解<わか>らせなあかん。
不貞腐れた顔しとるトレーナーの顔見てウチは本気で思ったんや。