長くなりそうなので二つに分けました。
太陽が沈みはじめ、赤く色づきはじめた時間帯。トレセン学園の運動場では生徒たちが練習に明け暮れていた。
青い瞳のウマ娘が正面を睨みながら、短く切り揃えた鹿毛をたなびかせる。誰もが見惚れるような走りだった。
小さな体のどこに、あんな鮮烈に駆けられるエネルギーを持っているのか分からなかった。ただ一つ分かるのは彼女の走る姿は美しいということだけ。
走り込み後のクールダウンを終えたナリタタイシンに、タオルとドリンクを渡しながら労う。
「お疲れ様。今日もいい走りだったよ、タイシン」
「あっそ」
タイシンはタオルで汗を拭いながら、短くそう返す。
相変わらずの淡白さだと笑ってしまいたくなるが、ぐっと堪えて彼女への労いをかける。
「最近、タイム伸びてきたね」
「そうじゃなきゃ、練習の意味ないでしょ」
「まあ、そうだけどさ」
取り付く島もなく、ばっさりと切られてしまった。
相変わらず警戒心の強いネコみたいだ。
思わず家で飼っていた子を思い出し、そっと彼女の頭に手を伸ばす。
「触んないでよ」
伸ばした手はすぐに払いのけられてしまった。青い瞳を細めてこちらを睨んでいる。
どうやら距離の詰め方を間違えたみたいだ。今日は機嫌が悪いのかもしれない。
ウチの子は、その日によって距離感の探り方が変わってしまう。随分と気難しい子だ。
「いや、これは担当とのスキンシップをですね」
「今、する必要ある?」
その言葉は冷たい拒絶のように感じた。絶対になびかないプライドの高さのようなものさえ感じる。
その冷たい壁を壊したくて、私は少しばかり意地悪をしてしまう。
「じゃあ、次のオフでウチに来た時ならいい?」
「べつ……は?」
タイシンは小さな口を開けて、呆気に取られた顔で私を見る。
突然のことで何を言ってるのか分かっていない様子で、その表情も可愛らしい。しかし、私は彼女にも伝わるようにもう少しかみ砕いて伝える。
「今週末に私の家でデートをしようってお誘い。一緒に料理を作って、DVDを見て、お泊りをしよう。その時ならタイシンに触れてもいい?」
「今のはそういう意味じゃなくて……っっ!」
タオルを頭に引っ掛けたままタイシンは、顔を赤く染めて私に抗議してくる。
私はあまり背が高い方ではないが、タイシンは私から見ても低いため、彼女は自然と私を見上げることになる。構ってほしそうにも思えた私は、我慢できずに彼女に再び手を伸ばすが、同じように払いのけられる。
「やっぱり、ダメか」
「話聞け!」
「デートする必要はないってこと?」
「ああ、もう!」
その言葉を最後に彼女は俯いて黙った。タオルで表情も窺えない。
少々やりすぎてしまったと反省する。
私の悪い癖が出てしまった。彼女のリアクションがとても愛らしく、ついつい夢中になってからかってしまう。
決してタイシンを傷つけたい訳ではない。本人に直接そう言っても信用されないのは分かっているので、私は言葉を弄して、彼女をフォローする。
「ごめんなさい、タイシン。私はまたからかいすぎちゃったみたいだね」
俯いたままの彼女の表情が知りたくて、姿勢を落としてみる。しかし、一枚の布の壁は薄いはずなのに、すごく厚く感じた。
「アンタはいっつもそうだ。すぐにそうやって、適当なことばっかり言う」
「そうだね」
全部、事実なんだけど。とは口が裂けても言えない。せっかく彼女が対話をしてくれているのだから。徹底して彼女のペースに合わせていく。
「練習ぐらいで気安く撫でる必要なんかない。そんなにベタベタ触られるのは私は好きじゃないんだ」
「うん」
「だから、さっきのする必要ある?って言うのと、アンタのそれは違うってこと」
「うん?」
一気によく分からなくなってしまった。
でも、ここで聞きなおしても彼女の機嫌を損ねるだけだ。どう切り返そうかと思案していると、頭に布がかかって来た。
「別に週末のは行かないとは言ってないってことだよ!……そのくらい分かれよ、バカ」
夕日で顔も、髪も真っ赤になっていた。青い瞳だけが際立って私の視線を奪う。
その言葉の意味をドンドンと咀嚼していくにつれて私の口元は緩んでしまう。タイシンにこんな顔を見せるのが恥ずかしくなって、タオルで顔を覆う。
「黙ってないでなんか言ってよ……アタシだけ恥ずかしいじゃん」
「……このタオル押し付けると、タイシンの匂いに包まれてる感じがする」
「!? アンタってやつは本当に……っっ!」
また悪い癖が出てしまった。
でも、しょうがないんだ。こうやって誤魔化さないと、直ぐにでも本気になってしまいそうな気がしたから。
タイシンの猛攻を抑え、必死に使用済みのタオルを確保した。そこまで意固地になる必要なんてなかったけれど、お蔭で冷静になれた。私たちの時間の無意味さも理解できた。
すっかり日も落ちてしまい。明日の練習内容を決定したところで今日は解散にした。
タイシンを寮まで送る道すがらのことだった。
「新しい歯ブラシ買ってくるから、前のヤツは処分してて」
「はいはい」
「最近、美味しそうなジュースのレシピ見つけたから、この前衝動買いしたって言うミキサーちゃんと使えるようにしといて、試しに作りたいし」
「遠慮ないね、タイシン」
「別に……」
練習を終えたタイシンからは先ほどのような冷たさはなかった。プライベートな時間になったからだろうか。ON/OFFが割とハッキリしている。
思っていたよりもタイシンは乗り気だったみたいで安心する。前回から一か月空いたからだろうか。週末までに重い腰を上げて部屋の掃除をしないといけないと思うと、ちょっと軽率だったかもしれないと少しばかり後悔の念もわいてきた。
「アンタが提案したんだ。文句はないでしょ?」
そう言って、にっこりと笑うタイシンを見てそんな後悔も吹き飛んだ。
ああ、週末が楽しみになって来た。
私も自然と胸が躍るのを抑えられない自分を自覚して、思わず吹き出しながら彼女が寮に入るのを届けた。
新緑が広がりから初夏が目に見えてきた。日によってはクーラーも検討するほどに夏が近づいてきていることを肌でも実感する。今日はさっぱりとした過ごしやすい晴れの週末になった。
10時頃にタイシンは私のマンションにやってきた。勝手知ったる手際のよさで、手荷物を寝室に置いた彼女に向かって、私は勢いよく告げる。
「お昼はオシャレなやつを作ろう! オシャレなやつ! んで、お夕飯はお好み焼きね!」
「オシャレなやつって何?……夕食は決まってんのに、昼のそのフワッとした感じは本当になに」
「誘った時から思ってたんだよね。お昼はゴージャスなマダムごっこをして、お夕飯はガッツリ食べたいなって。ほら、お金持ちっぽいじゃん」
「いや、分かんないけど。そして、その献立はお金持ちじゃないやつにしか思いつかないよ」
相変わらず手厳しい。正論しか言われてないので返す言葉もないけれど。
正直な話をすると、お昼はタイシンに教わりながら作って、夕方は私がメインで作るなんていいんじゃないかと、大雑把に考えていた。だから、フワフワした計画過ぎてタイシンの問いに返事も出来ない、私自身にちょっぴり落ち込んでしまった。
「だから、ほら。早くイメージ言ってよ」
「え?」
「そうしないとアンタの言うオシャレなものを作るのすら始められないじゃん」
こちらを見もせず冷蔵庫を物色しながら、タイシンはぶっきらぼうにそう言い放った。
袖も捲り、髪が落ちないようにご丁寧にバンダナをして、臨戦態勢といった装いをしている。
嬉しくなってしまった。
先行き不安な私に、タイシンは文句を言いながらも付き添ってくれる、それだけでなんだか嬉しい。あまりにも嬉しさが抑えきれなかった。タイシンにもこの気持ちを知ってもらいたかった。
「タイシンと一緒に作るなら何でもオシャレになると思う!」
「ぶっ飛ばすよ! それが一番困るって言ってんの! 話聞いてた!?」
「……はい」
「はぁ……手でつまめるタイプとサラダどっちがいい?」
やはり、彼女は優しかった。タイシンの言葉でなんとなく私の中のイメージも鮮明になっていく。
「!? あの、爪楊枝に刺してる感じのヤツ作りたい!」
「あー、ピンチョスね」
「で、あれ! カルパッチョってオシャレさんじゃないでしょうか!?」
「前菜二つも作るのか……まあ、いいけど」
「キッシュってヤツ作りたい! あっでもそれだとお肉全然使ってないな。やっぱり、お肉を使った料理の方が……」
「ああ、もう!」
「ヴぇ!」
気づけば見たことはあるけれど、作り方が分からない料理を羅列してしまうくらいに、私は興奮して口を動かしていた。
両頬に少しひんやりした感触がする。タイシンの手で私の熱量はすっと引いていき、冷静さを取り戻す。
「そんなに色々作っても食べきれるか分かんないでしょ。……アタシも食材も逃げないんだから、もう少しゆっくり何作るか考えてよ」
透き通るような深い青の瞳は、穏やかに私を見つめていた。その美しさに息をするのも忘れて私は何度も頷いてしまう。
タイシンの口元が緩んだ。それだけで私の鼓動は脈打つ速さを増して仕方ない。
「じゃあ、アンタの作りたいオシャレなやつってのをもう一回教えて?」
なんでもない一言だった。それだけなのに、溺れてしまった。
タイシンの深い青に心を奪われていた。彼女の動かす口元から目が離せないでいた。とても幸せだった。
「じゃあ、まずはピンチョスからね」
「はい」
ひと呼吸置いた私たちは、さっそく料理に取り掛かる。
手洗いも済んだ。バンダナもした。お揃いのエプロンで体が汚れる心配もない。
「ぶっちゃけた話、食材を串とか爪楊枝で差せばそれがピンチョスなの」
「ええ!? では、私たちが食べている焼き鳥もピンチョスだった……?」
今明かされる衝撃の事実だった。私たちは気づかぬうちにオシャレを摂取していたのかもしれない。
「あー、深いことは考えるないでよ。取りあえず、私たちは私たちのピンチョスを作る、いい?」
「はーい」
まあ、私の想像してるのは、ちっちゃいやつだし、上からぶっ刺してるから別物なんでしょう。きっとね。
「サーモンとトマトとか使うとそれっぽいけど、カルパッチョも作るんだったらここは肉と野菜の組み合わせかな」
「なるほど」
「ここに一口大に切ったパプリカと焼いたベーコンがあります。これをぶっ刺す、それで完成」
「わ! 三分もいらないんですか!?」
「そこまでのものじゃないし。ま、見栄え良くするならアンタがケーキ用に買ったカラフルな爪楊枝使えばそれっぽさは増すよ」
そう言って、タイシンがネギマの要領でベーコンとパプリカを刺す。それをじっと眺めていると不意に声をかけられた。
「何ぼさっと突っ立ってんの。今のうちにブロックの刺身切っててよ」
「いや、後学のために見ておこうかと」
「切った野菜と肉を刺すのに後学もいらないんだよ! なんのために二人いると思ってんの。時間は有限なんだから、暇があったら次のことする! いい?」
「はい!」
あれれ、キャッキャウフフなお料理レッスンの予定だったのに、気づけばキッチンの新人研修みたいな雰囲気になってきたぞ。まあ、そこまできつくないし、タイシンも楽しそうだ。特に何も言わずに私は、冷蔵庫からタコとカンパチを取り出して、薄くスライスする作業にシフトしていく。
まあ、私もバカではないのでね。お刺身を切ったことくらいはありますよ。
基本は包丁の全体を使いながら一回で引いて切る。こうすると断面を傷つけずに、味落ちしないでお刺身が作れるらしい。胃の中にいれたら同じなので違いはよく分からないけど。
「よし、出来た」
「ん。中々うまいじゃん」
「でしょ?……ま、伊達に一人暮らししてる訳じゃないし」
タイシンの言葉に少し気分が良くなった私は、切り分けたカンパチをボウルによけておく。
次はタコだ。そのままかぶりついて、酒飲むことが多いんだよなあ。切ったことないけどまあ、行けるでしょう。
包丁を寝かせながら、少し厚めの幅を取って刃を入れる。
入りにくい。なんかブヨブヨして力が伝わりにくいというか、これ一息で行けるんだろうか。考えてもしょうがない。とりあえずやってみよう。
「えい……うわ!」
「!?……なにやってんの! そんな危なかっしいやり方だったら自分の手を切るよ」
「いや、お刺身は一息で引きながら切るものでしょ?」
「それは! 魚のやり方だ! タコの身は筋肉が発達してるから、アンタの想定よりかなり力入れないと出来ないの!」
「なる、ほど……」
知らなかった。タコの身はコリコリしてるけど、筋肉が発達してるなんて誰も教えてはくれなかった!
「おふざけはもうやめてよ?」
「気を付けます」
「ん。じゃあ包丁持って」
「?……はい」
「包丁を寝かせて入れる位置はこのくらい。この吸盤のまるっぽいところをもう片方で押さえる」
突然のことで、頭が混乱してしまった。体と体が触れ合っている。普段のタイシンなら簡単にはさせてくれないことがこんなにあっさりと出来てしまった。その衝撃の事実を私の中であんまり消化できていなかった。
「タコは多少荒めに切っても問題はないから、削ぐように、力を入れて落とす感じね」
見えづらいのか、私にもっと体を寄せてタイシンは指導してくれる。
刺身を下ろす前に、私が落とされそうだ、なんて冗談でも考えないといけないくらいには、いまだに私は浮かれていた。
「そうそ、いい感じじゃん。……全部切れそ?」
「ん。大丈夫」
「じゃあ、アタシは野菜の盛り付けしたら、メインの準備するから、切り終わったら仕上げをお願い」
「了解」
危なかった。平静を装いながら返事をすると、思った以上に淡白な反応をしてしまった。少し不安になった私は手を止めてチラリと辺りを窺う。
気づけば、実家からパクってきたそこそこ見栄えのいいお皿に既に野菜が盛られている。
冷蔵庫の方を見やると、タイシンが中から食材を取り出していた。そして、目があった。
少しだけタイシンの目付きが鋭くなった後に、彼女は噴き出す。
「プっ……早くやれって」
「いや、休憩してただけ」
「刺身切るのに休憩って……なに……くっ」
どうやら私の言動がタイシンのツボに入ったらしく、彼女が涙が出るほどに笑っていた。途中から私は恥ずかしくなり、出来る限り安全に急いで終わらせた。しかし、まだ彼女の中でそのネタは鮮度を保っていたようで、私は文句の一つでも言いたくなった。
「も、もう出来たから! そんなに笑わないで」
「いや、だって……ふっ」
「ぐううう」
なんだろうか。練習では私がからかっているのに、こういう場面だといつも私の方が恥をかいている気がする。
「アンタってこういう家のことになると相当ポンコツになるの、本当に面白いよ」
「私は面白くないけど!」
「なんか、安心する」
「ん?」
「欠点がないのって、人間味がない気がしてなんか怖いけど、アンタはそうじゃないんだってハッキリわかるし」
「ふーん」
褒められているようで絶妙に貶しているタイシンの言葉に、私は自覚できるぐらい拗ねてしまった。
その態度がどうやら、タイシンのツボを再度刺激したみたいで、彼女は笑いだす。
「そんな、分かりやすく拗ねないでよ」
「拗ねてないですけど」
「アハハ……ごめん、ごめん」
「いや、別に私は謝ってほしい訳じゃなくて、タイシンが褒めてくれるけど、そのポイントが私にとって嬉しいかどうかと言わればそれはまた「アタシは好きだよ」
「え?」
「アタシは、アンタのそういう所が好きだ。自虐する分にはベラベラ喋る癖に、他人から指摘されると、わっかりやすく拗ねる素直な所が好きだ。本当に最高だよ、アンタ」
「~~~~っっ!!」
はああああ、本当にこのウマ娘は罪作りだ。
もう何人も狂わせてしまってるんじゃないかと思うくらいに、強烈な一撃を不意に打ってくる。
どこまで私は彼女に狂えばいいんだろうか。そんなことを考えようとしても、鼓動がうるさくて思考もままならない。
「あーあ、お刺身切ってお皿に盛り付けたら、疲れちゃった。タイシン、後はお願いね……ってなんで笑ってるの!?」
「いや、別……アンタ、お皿とかお刺身とか変な所で丁寧な言葉使うなって思ったら、なんだか笑えてきてさ」
「ああ、もう!」
めちゃくちゃだ。タイシンのせいで私はめちゃくちゃになっている。
でも、私は顔を真っ赤にするだけで一つも言い返せないでいた。それに何かを言えばまた笑れてしまうような気がしたから。そんな私の姿を見かねたタイシンが声をかける。
「いいよ。後はアタシがやっとくから、アンタはテーブルの準備やっといてよ。……早く出来たのはアンタのおかげだよ。ありがと」
「~~~~っっ!! テーブルを拭いてきます!」
「はーい」
ああ、もう! 本当に卑怯なウマ娘だ。
あの言葉だけで全てを許してしまいそうになる。単純な私も腹立たしいほど魅惑的な彼女も両方許せなかった。この怒りをぶつけるように準備を整える。手持ち無沙汰になったため、洗い物をしていると鶏肉の良い匂いがしてきた。
「鶏のソテー出来たから、持って行ってくれる?」
「あい」
いつものやり取りだからか、スムーズに料理を運ぶ。気づけば中々オシャレな料理が並んでいた。
「これは、ウマスタに上げたら良さそう」
「ウマスタやってんだ」
「キラキラしてて怖いからやってないけど」
「偏見が過ぎる」
そう言いながらタイシンはスマホを取り出して写真を撮り始めた。
「タイシンはウマスタやってるの?」
「まあ、趣味程度には」
意外、でもないのか。タイシンはアプリゲームとかSNSに造詣が深そうだから、当たり前と言えば当たり前か。
「今回は中々、伸びそう。アンタのおかげだね」
「そんなもんなんだ」
「ふっ……そうそ。冷えない内に早めに食べようか」
「それもそうだね」
また、タイシンは笑っていた。理由は分からない。でも、下手につつくと私に飛び火しそうなので、あえてツッコむことはなかった。
まあ、楽しそうだからいっか。
taisinn_umamusume
オシャレ(笑)なランチ。夕飯はお好み焼きらしい。
#ランチ
#手づくり
#オシャレデビュー(笑)
#上手に出来ました。