「……何? オレ急いでるんだけど。そろそろクラスメートがオレのこと呼びにくると思う」
こいつ見たことあるかも。もしかして、こいつ……
「梨田拓真?」
そう言うと、彼はニパッと笑って言った。
「あー、なんだ、知ってんじゃん。何? 告白?」
……なんだコイツ。ナルシストか何かか?
とはいえ梨田拓真は、1年A組の中心的な人物だと聞いたことがある。クラスの真ん中にいたらそりゃあモテるんだろう。こうなるのもよくわかる……かもしれない。
「いや、ある種の告白だけど、恋愛的な意味じゃないな」
途端に梨田は怪訝な顔をする。
「何? あ、もしかして……」
「絵を描いてほしいの」
時が止まる。
「……ごめん、今なんつって」
「だから! 絵を描いてください!」
顔をあげると、目が鋭くなっていた。表情もない。怖い。でも、退くわけにはいかない。
「お前、なんで絵のこと知ってんだ?」
すーっと息を吸い、精神統一する。
「ごめん、電車の中で見た。見たというか、見えた」
「……なるほど。じゃあ君は何も悪くないわけだ。ごめんね、キツく言っちゃって」
「いや、私も同じ立場になったらそんな反応するよ。電車で同級生に画面覗かれるって怖いよね、こっちこそいきなり声をかけてごめんなさい」
そう言うと、彼はジロっと私を見る。まるで品定めするみたいに。
「んで、絵、だっけ。何に使うの?」
「あのね。私、ゲーム作ってるんだけど。一人のゲーム制作には限界があるから、誰かに協力してほしくて。で、梨田くんのイラストがあったら私のゲームは絶対よくなるから……」
今の私の精一杯を。ここでやっと見つけたんだ。この大人も尻尾を巻いて逃げるような才能を、儚いタッチを、心がギュッとなるような色使いを、その全てで私のゲームを昇華させてほしい。
梨田くんのイラストが欲しい、どうしても。なのに
「ヤダ」と遮られてしまった。顔を上げると、無表情だった。
その無表情が、やけに怖かった。
「ごめん、そりゃそうだよね。絵師さんなんだからお金いるよね。成功報酬でいいなら……」
「んー、そーゆーことじゃないんだけど。僕はもう、絵を描く気はないんだ」
……どういうこと?
さっき、描いてたのに?
不思議そうな顔をしてるのが伝わったんだろう、梨田くんはこう言った。
「僕、もう絵があんま好きじゃないからさ。もう僕は絵を公に出さないって決めたんだ。ほらぁ、好きじゃないことなんてやってもムダでしょ?」
そんなことない、そう言おうとしてやめた。
だって私には、止める権利がない。
私は依頼している側、断られるのは当たり前っていう考えが抜けていた。それに、こんなのやりたくないこと押し付けて。そんなのはだめ、私のエゴだ。
「じゃ、ばいばーい! えっと……そう、桃井朱莉さん!」
「そう、僕は関わらない。絵には」
このとき私は後ろからの視線には気づかなかったし、梨田くんを逃した喪失感で気付けなかった。
梨田くんェ……