世の中には様々な武術が存在する。
空手、柔道、剣道、八極拳にボクシング、テコンドーなど多種多様な武術が生み出され、その技術は磨かれていった。
『
始まりは小学一年生の頃に、テレビでたまたまやっていた武道家の偉い先生が披露する、その技の数々を目にした事であっただろう。その流れるような動き、一切無駄のない洗練された技術。それが刃には、鮮烈にとてもカッコよく映ったのだ。
だからこそだろう、彼はすぐさま両親に頼み込んで、武術がやりたいとせがんだ。それに対して両親は心よく承諾し、すぐさま近所に開かれる剣術に関する道場に通わせてくれようになった。
今にして思えば、刃が武術に魅せられたのは、両親の無類の格闘技好きと言う趣味が、色濃く受け継がれたからなのかもしれない。
「今日からよろしくお願いします!」
道場初日。意気揚々と挨拶をする彼は、これから始まる修練によってあの時の剣術の先生のような、カッコいい人になれると胸を躍らせていた。
しかし、その希望は初日の軽い稽古から陰りが見えはじめる。
「うわぁぁぁぁん!」
簡単な受身の練習、軽い組み手など大した事のない練習でもたらされた痛みが、幼い刃を襲ったのだ。母は、心配そうに我が子に駆け寄り、大丈夫?と心配する。しかし、道場の先生は慣れているのか、幼い子供ならよくある事で直に慣れる、とフォローする。
だが、この時に幼いながらに少年は悟ってしまっていた。
「こんなに痛いこと、絶対に続けられないよ……」
あんなに楽しみにしていた道場を辞めたのは、通い始めて3日目のことだった。
自分から頼んでおいて、こんなにも早く音を上げてしまった刃は情けなく、そして両親に対する申し訳ない気持ちに苛まれる。
でも、そんな根性なしといじける我が子を両親は決して責めることはなく、人には向き不向きがあると慰めてくれたのだ。
しかし、痛いのが嫌で道場を辞めたからといって、武術に対する憧れが消えたわけでない。
人と戦うのは嫌だ、痛いから。基礎練習は嫌だ、痛いから。
ならばと、それなら過程を無視して、最初っから目的としている結果を追い求めることにした。
それは、入念な基礎練習から齎される技術、その妙技のみを自己流で真似してみること。実に子供らしい短絡的な考えであった。
だが、その考えが彼の両親が言ったように人に向き不向きがあるのと同じく、宮本刃と言う少年には奇跡的には合っていたのかもしれない。
そして、肝心の練習する技についてはもう既に決めてある。それはあの日テレビで見た、最もカッコいいと感じた技――『居合抜き』だ。
居合、もしくは抜刀術などと称されるその技術は、鞘に収められた日本刀を瞬時に抜き放つことであり、ゲームなどでも良く用いられるなど日本に於いてはかなりメジャーな技の一つだ。これは日本刀のような流線的な刃物ならどれでもできそうに見えるが、この鞘から抜き放つと言う動作の一つが、居合という独自の技となるまで発展したのは日本だけである。
鞘に収められた武器、構えていないからと油断した相手を気づいた次の瞬間には抜刀した刃で切り捨て、納刀と共に地に崩れる。その様は、確かに子供が憧れるにたる華があるだろう。
その練習の為にも、まずは道具が必要だった。だが、日本刀など家には無く。そもそもあったとしても、重くてまともに持つことすら出来ないであろう。そこで彼が選んだのは、100均で売っているプラスチックでできた、オモチャの刀だった。
「よーし、これで毎日練習だ!」
休日、父親に買ってもらったオモチャの刀を手に、彼のそこそこに大きな家の中にある庭でそれっぽく構えた刀を勢い良く抜き放った。
「わぁ!カッコいいねぇ」
「……ッ!?カッコいい……」
庭先でオモチャの刀を振り回す彼を窓から覗いていた母親は、微笑ましそうに頬を緩めながら褒める。
彼女には何かのごっこ遊びにしか見えなかったそれは、その何気ない一言が切っ掛けとなり、まるで終わることのない狂気のような修練へと変わっていった。
50回、居合を続ける。30分経過。まだまだ余裕でできる。
100回、居合を続ける。1時間経過。母は夕飯の支度のためいなくなるが、楽しいので続ける。
少年は、楽しくて仕方がないと言った風に、狂ったように同じ動作を繰り返す。
こんなに楽しいならば、いくらでも続けられると、息が切れる体に反して笑顔で繰り返していく。
通算200回。3時間経過。
日が沈み暗くなり始めた頃、オモチャの刀は根元から折れてしまう。
呆然としたように、呟く。
「壊れちゃった……」
気力は十分、まだまだ続けたかったが、しかし限界が来たのは体よりも先に道具の方だった。
だが、それも当然だろう。力任せに、何の技術もなくただ抜いては納めるを繰り返していれば刀にも限界は訪れる。ましてや使っているのはプラスチックでできたオモチャの刀なのだ。壊れても仕方がなかった。
今日はもう練習することはできない。それを認識すると、どっと疲れが押し寄せてくる。それも仕方なく、小学一年のその小さな体にはこれだけの長時間の運動は、自覚してない以上に疲弊しているのかもしない。
疲れた体を押し、落ち込んだ様子で庭から家に戻ると、リビングで寛いでいた父が壊れた刀を見て、呆れたように笑う。
「おいおい、それ今日買ったヤツだろう。まさかその日の内に壊すとはなぁ」
「ご、ごめんなさい」
「仕方ないなぁ、また買ってやるよ」
「いいの!」
父の優しさに甘え、また同じオモチャを買ってもらう事を約束してもらった。
数日後、買ってもらったオモチャの刀を手に、あの日と同様に庭先で居合の構えをとる。頭にあるのは、今度こそ壊さないように丁寧に扱うことだった。だが、丁寧に扱おうとするほど居合の速度は落ち、カッコよく無くなっていると感じた。だから、壊れないように丁寧に扱いつつ、それでいてカッコよさを損なわないスピードを意識する。
その日は、前の時よりも倍近く居合抜きを行うことができた。しかし、結果としてまたしてもその日の内に刀を壊してしまうのだった。
案の定と言うべきか家に入ると、父が壊れたオモチャの刀を見て、苦笑いする。
「まぁ、あんだけ使ってれば、そりゃあ壊れるか……」
今日初めて見た、我が子の
何かに集中して取り組むことは、良いことだ。それもこれだけ長時間夢中になって続けるなぞ、たとえ好きな事であっても容易ではない。
落ち込む刃を見て父は、よしッ、と膝を叩く。
「そんなに好きなら、もっといっぱい買ってやろう。お父さんは稼いでるからな!」
そんな気前のいい言葉と共に、翌日30本ものオモチャの刀を父は買い与えた。少年はとても太っ腹な父に感謝した。これでまた、居合の練習ができる、と。
それから一ヶ月。その30本のオモチャの刀は、無惨にへし折れていた。
これには流石の父も動揺を隠せない様子で、刃を信じられないような目で見ていた。やってしまったとは思うが、仕方がない。だって楽しいんだから。
少年はまた買ってもらえるように、必死に父の御機嫌をとるのだった。
今作は復帰作と言うことで、リハビリと今までとは少し文章の形態を変えてのお試し投稿です。なので、テンポよく短めにしようと思ってます。
6話か、反応が良ければ全12話程の予定。
あと、急にマジ恋熱が燃え上がったからです。