日本には、全国を代表する有名な高校が二校存在してた。一つは東の川神学園。もう一つは西の天神館。この二校は、生徒一人一人の個性を尊重するために様々な取り組みを行なっている。自由な校則、ユニークな行事も多々あるが、1番の特徴と言えるのは決闘と言われるシステムを導入したことだ。
この決闘とはそのままの意味で、生徒同士での決闘行為を推奨すると言うモノ。論争の決着や単純な修行行為としても頻繁に行われ、二校が武道に力を入れていることが見て取れた。それもそのはずで、二校の学長をしている者は、双方共に武術界にその名を轟かせる伝説的な人物なのである。
川神学園学長、川神鉄心。その人は川神院という有名な拳法寺の総大であり、四天王、天下五弓の選出など、武道を嗜む者たちにとってその名を知らぬ者はいない程の有名人である。
そして天神館は、学長である鍋島正が師である川神鉄心の教えをより多くに広めるために、川神院を似せて作られた学校なのだ。故に二校が似た校風である事は至って自然な事であり、世間で比較されるのもまた自然な流れであった。
「ねぇ、やっぱり本当みたいだよ。修学旅行で川神に行く時、川神学園に決闘を申し込むって話」
「みたいだな。へッ、最近川神学園の奴ら、東高西低なんて呼ばれて調子に乗ってるようだからな。その鼻っ柱へし折ってやるぜ」
場所は天神館、三年生の教室。
昼休み食事を終えた生徒達が、ガヤガヤと食後の会話に花を咲かせていた。その中の一つである二人の男子生徒は、近々行われるであろうと噂されていた決闘について話し合っていた。
「でもさぁ、向こうにはあの『武神』がいるんだぜ?倒した人間をラーメンにして食べたなんて逸話があるほどの凶戦士だよ!?」
「だが逆を言えば、その武神さえ何とかしちまえば後はこっちのモノって事だろ?どうせ川神学園なんざ、武神のワンマンチームでたいしたことねぇって」
「そ、そうかなぁ……?」
威勢よくそう吠える男子生徒に、気弱な男子生徒は懐疑的な視線を向ける。しかしそれも仕方なく、何処ぞの超人のように噂される武神、川神百代は、名高い四天王でも最強と謳われる存在だ。何千回と言われる決闘の数々を連戦連勝、現在も無敗を誇り世界からもその動向を注目されているほどに。
そのような存在が相手なのだ、彼の弱腰の姿勢には威勢の良い男子生徒も一部共感する所はあった。でもそんな心配は杞憂だと言うように、自慢げに天神館の戦力について語り出す。
「武神のようなエースがいるのは何も川神学園だけじゃねぇ。ウチにだっているだろ?我らが西方十勇士がな!」
「そ、そうか!?確かに彼等なら武神にだって、きっと対抗できる」
「おうよ。例え俺たち三年が敗れたとしても、十勇士全員が全て揃ったキセキの世代、二年生達がいれば絶対に勝てる。
なぁ、お前もそう思うだろ──宮本?」
同意を求めるように威勢の良い男子生徒は、隣に座っていた男に話しかける。最初から話の輪に入っていたわけではないが、隣に座っていたせいか会話の内容は否が応でも耳に入ってきていた。
そしてその突然話しかけられた男とは、小学生の時からすっかり成長した男子生徒、天神館3年生の宮本刃であった。
机に片肘をつきながら、どうでも良さそうに答える。
「ん?まぁ、そうだな。勝てるんじゃない……たぶん」
「ほれ見ろ、宮本だって勝てるって言ってるじゃねぇか!」
「そうだね。武術マニアの宮本君がそう言うなら、僕もだんだんそう思えてきたよ」
「コイツは武術は全くやらねぇが、人の実力を見抜く力は確かだからな。説得力があるぜ」
明らかに適当に答えた内容で、異様に盛り上がる二人。
自身のせいでああなっていると言うのに、その様子は刃の目にはちっとも映ってはいない。だが、今彼の頭の中にあるのは、隣で騒いでいる二人と同じ内容であった。
刃は先日あった話を思い出し、面倒な事になったと嘆息を吐く。その表情は、あからさまに嫌なことがあったと言う風に顰められているのだった。
∞
「絶対に無理だね」
天神館学長室。
厳かな雰囲気漂う空間に、二人の人間が対峙していた。一人はこの部屋の主人である、天神館学長鍋島正。もう一人は、神妙な顔つきで鍋島に否定の言葉を叩きつける宮本刃だった。
昨今噂となっている川神学園との決闘話、あれは真実である。その話が噂となって学内に広まる前に、鍋島はその内容を刃に話していた。
「川神学園と戦う?あの武神に勝てる奴なんて、此処にはいないだろ!」
「そうかぁ?俺はウチの生徒だって、向こうに負けてねぇと思うがなぁ」
今回、我らが天神館が川神学園に決闘を申し込んだのは、互いに切磋琢磨するというお題目を掲げてはいるが、それがただの建前であると刃は見抜いていた。その真の理由は、鍋島が師である川神鉄心に自身の生徒自慢したいだけのことだった。
故に、ただでさえ勝ち目の無い戦いなのに、そんな自分勝手な理由で自身を決闘に連れ出されると言う事態など、刃には到底許容することはできない。何とかして、考えを改めさせなければいけなかった。
「それじゃあ鍋島さんは、川神百代に勝てる奴がいるとでも?ちょっと耄碌しすぎじゃないですか?」
「お前なぁ……いくら俺とお前の仲とは言えちょっと言い過ぎじゃねぇか?たく、昔はあんなに慕ってくれてたってのによぉ。俺は悲しいぜ」
「話を逸らさないでください!こっちは下手したら命懸けの戦いを強いられそうになってるんですよ。アンタのせいでね!」
「でもお前、いざ戦いになったら適当な所で降参して逃げるつもりだろ」
「それの何が悪いって言うんですか?」
「開き直りやがったぜコイツ……」
ここ天神館に於いて、宮本刃と言う存在は少々異質であった。個人の個性を尊重する校風の天神館ではあるが、在学している者の殆どが少なからず決闘による武道に携わっている。その中で刃だけが、表向きは一切の武道に関わりを持たない生徒と認識されていた。ではなぜ刃が天神館などと言う武術を教育の一環として推し進める武闘派の学校にいるのか、それは幼少の頃から自身の才に惚れ込んだ鍋島の強い説得もあったが、天神館に在籍していることで質には問題あれど、自身の趣味の一つである格闘技の観戦が、学校にいながらできると思ったからである。
だから、決闘絡みの問題には決して関わろうとせず、傍観者に徹してそれを観賞するようになった。他の生徒からは、腑抜けや腰抜けなどと揶揄される事もあったが、仲のいい友人間では武術マニアなどと呼ばれ、頼りにされることもあった。
「確かに、お前らが武神に勝つのは難しいかもしれねぇが、今三年の連中が練習してる技が完成すればワンチャンあるかもしれないぜ」
「それは……確かに、ボクもあの技の完成を見たことは無いのでハッキリしたことは言えませんが、そんなに凄いんですか?」
「もちろんよ!ありゃ習得するのがとびっきり難しい妙技だぜ。それもかなりの規模になる予定だからな。アイツらの頑張り次第だが、充分可能性はある。それに、お前が一番戦ってるところを見たいんじゃねぇのかよ?」
「うッ……」
「ほら、図星じゃねぇか」
三年生が練習中との技は、大勢が集まって初めて漸く形となる、非常に習得難易度の高い珍しい技である。その希少度は、今まで沢山の格闘技を見続けてきた刃ですら、資料でしか知らなかった程の物。武術マニアとまで呼ばれる刃にとっては、是が非でも戦っている光景を目にしたいと思っていた。しかもその相手はあの武神だ。最高にカッコいい物が見れるだろうと、想像するだけで胸が踊った。
説得に来たはずが逆に説得されそうになっている状況に、釈然としない気持ちになりながらも、心は既に受け入れる方向に傾いている。
「……危なくなったら、速攻でリタイアしますからね」
「おう、構わねぇよ。ってことはだ、賛成ってことでいいんだな?」
「……はい」
我が意を得たりと、ニヤリと笑う鍋島。
「それじゃあ、お前が三年の大将ってことで決まりだな」
「……はい!?ちょっ、何が一体どうなってボクが大将なんて話になるですか!?」
「だってお前、どうせあの技の練習参加してねぇんだろ」
「そ、そうですけど」
「なら戦いに参加せず、安全に後方から戦闘を観察できる奴は、お前しかいねぇじゃねぇか」
「だからって、みんな納得するわけ……」
「そこは心配いらねぇよ。大将が一緒になって最前線で戦うなんてアホなこと、ちょっと説明すればアイツらなら直ぐ理解するさ」
妙に自信満々にそう語る鍋島の表情は、まだ何か問題あるのか?と言っているかのようにニヤニヤとしていた。
「くっ……今回はそう言う手でくるんですね。でも大将になったって、ボクは戦ったりしませんからね!」
「まぁ、そうかもな……」
実を言うと、こうして鍋島が刃を表舞台に引き摺り出そうとしたことは、今回が初めてでは無い。過去幾度にもわたって説得を試み、刃を決闘の場に引き摺り出そうと躍起になっていた時期もあった。
天神館入学当初はそれはもう酷い物であり、毎日のように勝手に決闘のスケジュールを作られていたほどである。数にして100もの決闘が行われたが、その全てが刃のリタイアによる敗北に終わっている。その結果、同学年では最早刃に決闘を申し込む者はいなくなってしまった。
これには流石の鍋島も誤算だったのだろう。周囲から腰抜けなどと言われ続ければ、流石の刃もいつかは諦めて本気を出すと踏んでいたが、まさか此処まで他人の評価に無頓着だとは夢にも思っていなかったのだ。
その後も学校行事を利用して、戦わせる事に
だがどんなに妙な策略を仕組まれようが、自身が戦う気にならなければ無意味だと言うことを刃は理解している。今回もまた、危なくなればリタイアすればいいのだと、己を納得させた。
「わかりました、やりますよ!どうなっても知りませんからね!」
如何にも憤慨していという風に、バンッと扉を閉め、刃は理事長室から出て行く。
静寂の訪れる室内。触り心地の良さそうな椅子に体を深く沈め、鍋島は天井を見上げた。先程の挑発的な雰囲気から一転、何かを憂うようなそんな表情で、これから先刃に降りかかるであろう困難に頭を悩ませる。悔恨を感じさせる声色で、こう呟く。
「……俺の勝手なエゴだって言われても仕方ねぇが……悪りぃな刃、やっぱりお前は、表に出るべきだぜ……」
刃にとって、いや、世界的に見ても大きな分岐点となるであろう川神学園対天神館の一大決戦。
東西交流戦は、目前へと迫ってきていた。