真剣で居合ってカッコいい!    作:優柔不断

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六話 戦いを終えて

 

 

 激闘の東西交流戦を終えた翌日。

 週明けの月曜であるこの日は、勉学に励む学生たちにとって最も憂鬱な曜日と言っても過言ではない。

 そんな日の朝。神奈川県、川神市、川神学園通学路にて、いつもは大層賑やかな集団が、日頃と比べると少し暗い雰囲気で登校していた。

 

 その一団の名は、通称“風間ファミリー”。川神学園では、それなりに名の通った集団であった。

 

 男子メンバーは4人。

 周りからキャップと呼ばれる少年『風間(かざま)翔一(しょういち)

 大柄な男子生徒『島津(しまづ)岳斗(がくと)

 前髪で片目を隠した『師岡(もろおか)卓也(たくや)

 軍師と称される知能派『直江(なおえ)大和(やまと)

 

 女子メンバーは5人。

 武神と称される『川神(かわかみ)百代(ももよ)

 その武神の妹『川神(かわかみ)一子(かずこ)

 天下五弓の一人『椎名(しいな)(みやこ)

 金髪白人の少女『クリスティアーネ・フリードリヒ』

 “剣聖”黛十一段の娘『(まゆずみ)由紀恵(ゆきえ)

 

 以上の男女9人が風間ファミリーの構成メンバーである。

 

 現在は、百代と一子の二人を抜いた7人で登校していた。

 そんな彼等が会話している内容は、昨夜に起こった衝撃的な事件に他ならない。同じく風間ファミリーに所属して、皆から絶大な信頼を寄せられていた最強の存在。百代が、敗北してしまった件についてだった。

 

「なぁモロ。新聞にはなんて書かれてるんだ?」

 

 モロと呼ばれた師岡は、今朝の朝刊を手にしながら、その見出しを朗読する。

 

「『東の武神、西の剣神に敗れる!?』だって。

凄いね、昨日の夜の事なのにもう新聞に載ってるよ」

 

 新聞の見出し半面に大々的に報じられている内容は、東西交流戦についてのものだった。無敗を誇っていた武神が、突如現れた刀を使う謎の男子生徒に敗れたなどと、面白おかしく書かれている。

 書かれていることが何処まで真実なのかは分かっていないが、少なくとも川神学園が天神館に敗れたという事実だけは、揺るぎようがなかった。

 

「まさか、モモ先輩が負けちまうなんてなぁ。昨日は驚きすぎて、目ん玉飛び出るかと思ったぜ」

 

「あれには自分も驚いた。まさか天神館にアレほどの使い手がいるとは……世界は広いな」

 

 島津とクリスの二人は、昨夜見た光景を思い出し、今でもその衝撃が抜けきらない様子。そして昨夜の事を思い出す二人に同調するように、モロも同じように思い出し、その表情が引き攣った。

 

「テレビで見てたけどさ、ちょっと……いやかなり怖かったよね。何だか分かんないけど、あの人の近くに寄って行った人たちが次々と倒れていくんだからさ」

 

「ああ、アレには流石の俺様もブルっときたぜ。モモ先輩がやられるところなんか、テレビがバグったのかと思ったしよ。ありゃ下手なホラーよりよっぽど怖ぇぞ」

 

 テレビで放送されていた東西交流戦の様子は、川神学園の生徒達ならば全員が見ている。しかし、そこで起こった刃による蹂躙劇を正確に理解できている者は、一人もいなかった。

 状況を正確に分析しようとしていた大和もそれは同様であり、ここは自分よりも観察力に長けた二人に意見を聞くことにする。

 

「なぁ、まゆっちは見てて何か分かったか?」

 

「私にも、あの人が何をやったのかは正確には分かりません。テレビ越しでは、彼の動きを見切ることは不可能でした。力になれず申し訳ありません」

 

 この一団の中で、百代の次に強いと目される由紀恵からしても、刃の技の説明はつかない。だが、続くようにこれだけは確信を持って言えると、由紀恵の口から刃に対する所感が告げられる。

 

「ですがテレビに映っているにも関わらず姿を捉えられず、モモ先輩がなす術もなくやられる程の技量……。相当な使い手である事に違いありません」

 

 彼女の語り口から察するに、そこに込められているのは純粋な尊敬の念。他の者とは違い、畏怖することなく刃の実力に感心していた。

 

「京は?」

 

「ごめんね大和。私もあの人が何をやったのか、全然分からなかったよ」

 

「二人でも分からなかったんなら、もうお手上げだねぇ」

 

 この中で1番の実力者と、弓使い故に目がいい京でも説明がつかないのなら、もう他に手はないのだろう。大和は仕方ないか、と諦める。

 拭いきれないモヤモヤを抱えたまま、話題は新聞の見出しの内容に戻った。

 

「にしても剣神ねぇ。随分と大層な名前だよな」

 

「たぶんそれは、新聞が勝手に書いてるだけだと思う。姉さんに勝つほどの人が剣神なんて呼ばれてたら、こっちでも少しぐらい噂になってるはずだ。でも、東西交流戦前に集めた情報の中に、アイツに関する話は一つも上がってこなかった……!」

 

 百代のパクリかよと言わんばかりに納得のいってなさそうな島津に対し、大和は悔しそうにそれを否定する。もし事前に分かってさえいれば、百代が油断して負けるような事態にはならなかったかもしれない、と己の情報網の杜撰さに嫌気がさす。

 大和の自責に、暗い雰囲気がより一層深くなったように感じた次の瞬間、それを掻き消すように陽気な声が耳に飛び込んでくる。

 それは、由紀恵が掌に乗せたストラップから発せられた(ような気がする)。

 

「剣神なんてまゆっちのお株を奪うような名前ゆるせねぇー。こりゃあ会った時は、どっちが上か白黒つけなきゃなぁ」

 

「でも松風、モモ先輩に勝つような人に私などで相手が務まるでしょうか?」

 

「いけるいける!自分を信じてまゆっち、お前がナンバー1だ!」

 

「松風!?ありがとうございます!」

 

「まゆっちは今日も平常運転だなぁ」

 

 川神に集まる者達は、一癖も二癖もある変わり者が多い。それは強い者ほどその傾向にあると言える。一見真面目で大人しそうな由紀恵の突然の奇行でも、最早誰もツッコむ者はいない。慣れたものである。

 触れるだけ無駄と判断した師岡は、新聞を鞄にしまい携帯を取り出す。先程の続きとして、刃がネットではどのように呼ばれているのか検索した。

 

「へー、ネットでもいろいろと言われてるよ、『200人斬りの宮本』とか『ジェノサイダー刃』とかって」

 

「どれもこれも物騒だな」

 

 ネットには既に昨夜の東西交流戦を見た人々が、刃に関する様々な憶測を掲示板に書き込んでいた。やれ天神館の秘密兵器や、モブ顔の主人公、一子相伝の暗殺拳継承者などと、一目で嘘と分かるようなモノまである。それはどれもこれも、根も葉も無い噂話の領域を出ないものだったが、それも仕方ないだろう。

 刃の真の実力を知るのは鍋島ただ一人。彼の初の公式戦と言ってもいい戦いが、東西交流戦だったのだから。

 

 だがネットの掲示板に書かれているのは、なにも刃に関することだけではない。盛大に負けてしまった百代についても、色々と書かれていた。それを目にした師岡は、気分が悪いと言わんばかりに携帯を閉じる。自分達が尊敬する人が、見ず知らずの他人に好き勝手言われている様子は、とてもでは無いが気分の良いものではなかった。

 

「モモ先輩はどうしてるのかねぇ、昨日は連絡つかなかったし。ワン子に聞いてみても、川神院には帰ってきてないって話だったよな」

 

 テレビでの生中継が終わった後、風間ファミリーの皆は心配してすぐにでも百代に連絡を取ろうとした。しかし百代は電話にでることはなく、メールの返信すらこない。代わりに一緒に住んでいる一子に連絡をとってみても、川神院には帰ってきてないとのことだった。

 何処かで落ち込んでいるのではないかと心配する一同。だがどれほど考えたところで答えは出てこない。

 そこで、今まで腕を組んで何か考え込んでいた風間は、決めたと言わんばかりに懐から笛を取り出す。

 

「よし!考えてても仕方がねぇ、モモ先輩に直接ってのはちょっと気まずいから……こい、ワン子!」

 

「呼んだー!?」

 

 力強く笛を鳴らす。すると、何処からともなく百代の妹である一子が、犬耳と尻尾の幻覚が見える勢いで駆け寄ってくる。その様子は、尊敬する姉がやられたにしては元気すぎるものだった。

 

「なぁワン子、モモ先輩はちゃんと帰ってきたのか?」

 

「お姉さまなら、今朝お爺さまと一緒に帰ってきたわよ」

 

「そうなのか?」

 

「うん。なんでもあの戦いが終わった後、起きたお姉さまが対戦相手に襲いかかったらしいの。それに怒ったお爺さまが、昨日の夜から朝まで、山奥で滝行させてたんだって」

 

「あのバーサーカーならやりそう……」

 

 3日目の放送は、刃の勝ち鬨で天神館の勝利が宣言された時点で場面が切り替わったため、百代の暴走はテレビに映ってはいなかったのである。

 それに対して皆が思ったことを代弁する松風に、彼らは一様に目を背けた。

 

「姉さんは落ち込んでたりしてなかったか?」

 

「うーん……落ち込んでる風には見えなかったわ。むしろやる気満々と言うか、なんだかいつも以上にギラギラしてた」

 

「面白そうな対戦相手を見つけて、落ち込むどころかむしろ喜んでたのか……」

 

「それはそれで、なんだかモモ先輩らしいね」

 

「なんか心配して損したぜ」

 

 一子の話を聞いた皆は、アホらしいと言うように先ほどまでの暗い雰囲気が霧散する。苦笑いする者や呆れる者もいるが、全員が百代の平気な様子に安心するのだった。

 

「ならもうこの話は終わり!俺はそんな事よりも、今朝ニュースでやってたことの方が気になるぜ!」

 

 彼等の楽しい会話は、川神学園に着くまで止まることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 『武士道プラン』

 今朝のニュースと新聞の見出しで発表された、世界的大スクープ。

 これは端的に言うならば、過去に生きていた英雄をクローンとして転生させるというモノだ。このプロジェクトは、世界的大財閥の一つ、九鬼財閥が主導で行なっていた。その意図としては、昨今深刻化している人材不足を憂いた九鬼が、過去の偉人と共に学び、有望な人材を育てるという事である。

 そしてその武士道プランを実行する場として選ばれたのが、武士の末裔も多く在籍する川神学園だ。今日この日から、川神学園の生徒達は過去の偉人達のクローンと共に、切磋琢磨していくことになる。

 

 朝のホームルームの時間。川神学園では、今日入学することになる生徒を紹介する全校集会が開かれていた。

 入学する生徒は全部で6人で、その内の武士道プランの申し子は4人。他2名は武士道プランに関わる九鬼の血縁の者と、その護衛として九鬼家従者部隊の一人が入学することとなった。

 

 生徒達の興奮は最高潮まで高まり、全校集会を早く終えて、英勇達と話をしたい者で溢れている。だが全校集会で皆に連絡する内容は、まだ終わっていなかった。

 卓上に上がり司会進行を担っていた鉄心は、咳払いをして注目を集める。

 

「ゴホンッ!えー武士道プランで入学する子らの紹介は終わったが、実はもう一つ連絡事項がある」

 

 鉄心の前置きに、興奮していた生徒達はまだ何か驚くような事があるのか、と期待に胸を膨らませた。

 

「なんと先日、東西交流戦で戦った天神館から一名。一週間の短期留学者を受け入れることとなった」

 

 天神館からの留学者という衝撃の告白に、生徒達は騒めきだす。天神館には敗北したという記憶が新しいが、不思議と否定的な声は上がっていない。来るのならば、西方十勇士の一人かな?と天神館の中でも目立っていた者達を次々に挙げていく。しかし、記憶に残るという意味で絶対に話題に上がるであろう人物の名は、誰も口にはしなかった。それはまるで、暗黙の了解と言わんばかりに……。

 

 話を聞いていた大和は、一人心の中で嫌な予感を覚えるのだった。

 

「ふふっ、盛り上がっとるのう。では早速自己紹介と行くか。さぁ、出ませい!」

 

 場の盛り上がりも上々の雰囲気の中、話題の人物は姿を現す。

 しかし、その登場によって先程まで盛り上がっていた生徒達は、静まり返ることとなった。

 

「天神館から来ました。宮本刃です。短い間ですが、よろしくお願いします」

 

 その姿を忘れている者なぞ一人もいない。何故なら、その人物……刃は川神学園に決定的な敗北を与えた張本人なのだから。

 生徒達の大半が言葉を失っていた。とてもでは無いが、歓迎されているようには見えない。彼等の反応に首を傾げる鉄心だが、一部の教員達は手を顔に当てて、やっちまったという風に天を仰ぐ。

 だが当の本人は、ちっとも気にした様子は見られない。どうでもよさそうに、宙を眺めていた。

 

 凍りついたように静まりかえる場だが、それはまた違った意味で凍りつくことになる。

 

「よさんかモモ!その殺気を鎮めんか!」

 

 刃の姿を確認した百代が、溢れんばかりの殺気を放出したのだ。周囲にいた生徒は慌てて百代から距離を取り、腕に自信のある者達は、己に向けられたわけでもないのに臨戦態勢に入る。

 これにはすまし顔をしていた刃も驚き、一歩後ろにたじろぐ。

 そして鉄心の制止を振り切った百代は、一息で刃の立つ卓上に飛び乗った。

 

「随分と早く再会することになったな」

 

「そ、そうですね。あの、一体何を……」

 

「なぁに、お前を歓迎してやろうと思ってな」

 

 満面の笑みを携えた百代は、徐に自身の持つ校章を叩きつけた。

 

「決闘だ。受けるだろ?」

 

 百代の宣言に、静まり返っていた生徒達が再び騒めきはじめる。川神学園流の歓迎の仕方。決闘を今この場で挑んだのだ。

 この事態に、祖父である鉄心は頭を抱え、またある者は昨日のリベンジマッチが早くも見れるのかと、期待していた。

 誰もが刃の返答に注目する中、当然彼が返す言葉は決まっている。

 

「え?嫌なんだけど」

 

 心底不思議そうに、刃はそう答えた。

 

 こうして、波乱の全校集会は幕を閉じたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




おまけ
〜昨夜、鍋島との会話〜

鍋島 「川神学園に留学してみない?」
刃  「嫌だよ面倒臭い」
鍋島 「でも英雄のクローンが入学するらしいよ。
    その戦いが見れんじゃない?」
刃  「行かせていただきます喜んで!」






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