アスカの待つ家に戻り、僕は二人分の軽い食事とコーヒーを用意していた。
昔から使い古している、木のテーブルにはキャンプで使うような食器に軽い食事がおかれ、僕が選んできたコーヒーをアルミのカップに入れている。アスカは対面に、行儀が悪いのだが膝を折って座っていた。
僕と言えば、あまり食事がわかず、コーヒーだけにしていた。
「ねえ、今度料理してあげようか」
「料理?」
「そう。いつもと違うちょっとした料理。」
「いいね。」
「そうでしょ?」
「でも、村の人も減って、物資も少しずつ減っているから、街から供給されるものから選んでみようか。村のおいしい野菜はいくらか分けてもらえるかも。」
「魚とかでもおいしい料理を作ってみたらきっと楽しいわ。お弁当にしてもいいし、どこかでかけない?暇でしょ?」
「暇じゃないよ。」笑って答える。
「何よ。ちょっと時間作ってくれてもいいじゃない。」
「いやまぁ。うん、そうだね。」
「たまには仕事をしない日も必要よ。車で出かけようよ。お弁当でも持っていくと楽しいじゃない。遠足って感じで。」
「昔海洋研究所で食べたみたいな?」
「・・・そうね」
アスカは表情を変えず笑顔で答えた。それでも彼女が即答しなかった一瞬の間が、まっすぐ二人の間に一本の線を引いたようだった。顔を横にそらしたアスカの表情をみて、バツが悪くなって、食器を流しに持って行った。
今日アスカは村での寄合で、些細な意見の食い違いで怒って帰ってしまった、と聞いた。たまたま僕はその寄合に参加できなかったから様子を聞くだけだったが、非は向こうにあるから気にしないでください、と、村の若い衆が苦笑して言っていた。
アスカは、村での生活を望んでいた。それでも時折住民と衝突することがあった。昔と違い、深刻な衝突は起きていない。ただ、ちょっとしたことで、アスカは村で横柄な態度をとる人物と喧嘩をして、帰ってくることがある。
そのこと自体は、いつものことだったが、ここ最近は自分の心がざわついていた。彼女に不満があるわけではない。人と衝突することがあっても、それは彼女の正直すぎる性格が原因で、本当は心の優しい子なんだと僕はもちろんほとんどの住民は知っている。アスカのことを実の娘のように扱ってくれる人も多くいる。
彼女が優秀すぎるのも一因だった。当たり障りなくすればいいのにと思いながら、竹を割ったように人と話をしているうち相手の理論に不備があるとそれを正直に指摘し、たまに誰かと衝突する。容赦もない。そのたびに苦笑しながら間をとりもつのも日常の一つになっていた。
ただよく思わない人もいる。環境も少しずつ変わってきて、若くて声の大きな男がことの決定権を求めて、以前に決めた慣習の不満を口にすることが増えたように思う。
社会として効率を求めようとして何かを犠牲にする余裕ができてきた証だろうし、人の心にあり余った大きなエネルギーを使って物事を推し進めることも悪いことではないが、村の男たちの声が大きくなるのは、いささか自分の力の誇示にしかなっていないのではないかと思うことが増えた。
アスカは正面からそうした若い意見も古臭い理論も論破してしまう。無くなったはずの住民との溝は、声の大きな若い男のせいでまた作られ、人当たりのいいお母さん衆側とこちら側に分かれて溝を作ってしまっている。
昔はやらなきゃいけないことがはっきりとしていた。今を生きるために団結して、日々のタスクをただ協力してこなす。老若男女分け隔てない一体感があった。
ネオンジェネシスと呼ばれた大きな事象が世界を覆って、海や大地が戻ってきた。エヴァが消え、消えた人が戻り、戻らない人がいた。
本当に奇跡のようなことが起きたのだ。誰もが待ち望んでいた世界が、碇シンジの力もあってもたらされた。
昔を忘れる人がいて、覚えてる人がいて、巣立つ人と、残った人ができた。エヴァンゲリオンを覚えているのは、ニアサーを経験した後生き残った人たちで、戻ってきた人たちはぽっかりとそのころのことを忘れてしまっていた。それ以前のこともあいまいになっていたが、取り戻された大地や施設を使って今を必死に生きなければならなくなり、気にもしていられなくなった。とにかく今ある目の前の困難を乗り越えるために、皆が団結して日常を取り戻そうとした。ニアサーを生き残った人の一部も今は街に生きていて、エヴァンゲリオンも無かったことのようになっている。遠い昔の遺跡のようになった、一部取り残された首無しエヴァの残骸撤去も、非コア化された土地の修繕復興も進み、日常というものが変化していた。
最後の決戦から3年たっていた。クレイディトや残された暫定政府の活動で、経済流通やインフラの整備が正常と言えるほどに回復していた。娯楽産業によって生活基盤を作っている人も多くいる。封印柱に守られながら、村の中で野菜を作っていたころからは、考えられないほど大きな変化だ。
街はどんどん大きくなり人口は自然とそちらへ流れていった。村にいた人の多くも街に移動し、新しい活躍の場を求めて若い人からいなくなっている。子供たちの教育や生活のために家族ごと移動することも多い。
村のことを悪く思っている人はいない。街に出た人も、機会を見つけては村に戻って、楽しく話をしている。それでも自然と千人ほどいた人口は、日に日に減っていった。にぎやかだったのは、皆が集まらなければならない必要性があったからだ。その必要性が解消された今、村が村として寂しくなるのも当然で、街で幸せに暮らす人が増えたことは喜ばしいことのはずだった。
村に残ってやるべき仕事をしていた僕は、残された人たちとのコミュニティを大事にしながらも、丘の上の我が家で生活をし一定の距離を保っていた。それは昔からそうだった。丘のふもとや村の暮らしが変化していっても、直接当事者として対応することはあまりない。それでも変化を感じ取り、少しさびしくもある。
変わらないものはなく、多くの変化は喜ばしいものなのかもしれない。
なかには、変わるとわかっていても変わってほしくないと願ってしまうものもある。
幸せな生活はその一つだ。
何事もないよう取り繕っていても、自分でコントロールできない予感があった。優しい笑顔を張り付けたまま、距離をとらないといけないと思った。
食器を洗うことなどいつもしているのに、面倒なことのように思える。
「何食べたい?」
「ねぇアスカ。村で無理に生活しなくてもいいんじゃないか?」
振り返らずそういった。口をついて出た言葉は自分でも意外に思うものだった。唐突で冷たい言い方だ。それでもアスカは動揺するでもなく、笑いながら返してきた。
「なんでよ。話聞いたでしょ?今日はあのおっさんが悪いじゃない。」
アスカが今日モメたのは、村に残った大工の棟梁だ。昔気質の人で、今の時代には生きづらいような価値観を大声で話す人だ。悪い人じゃないが、女性が笑顔で受け止めてくれるのを期待して、今では男尊女卑ととれることを笑いながら話すことがたまにある人だ。アスカとは絶対に合わない。
「責めてるんじゃないんだ。アスカが悪くないのはよくわかってるよ。」
「じゃあなによ。」
一息ついてから、話を始めた。
「村はだんだんと小さくなってる。街が復興して村は過疎化しているから、多くの人が街に流れていってるよ。」
「村の暮らしが良いって残ってる人もいるわ。」
流しから目を離さず、背中越しに話していた。正直な気持ちを面と向かって話す気にはなれず、それらしい理由を並べていた。
「そうだけど、若い子はどんどん街の方へ流れてる。それ自体自然なことで、村がなくなることはないけど、人がどうしてもここに残らなくても、今は大丈夫になったよ。」
「ケンケンも残ってる。」
「僕はここでの仕事がまだ残ってる。最後までいるよ。」
「なんであたしは街なの?」
「その気になればいつでも会える。アスカにはもっと大きな仕事ができるじゃないか。もったいないよ。街の復興や発展に貢献できるじゃないか」
「興味ないわ」
「誰よりも教養があるのに」
「興味ないわ」
繰り返し冷たく返す言葉。いつもと違う空気を感じ取っていたのかもしれない。たがが外れていく予感がしていた。
「なに?なに怒ってるの?」
「怒ってないよ。」
「怒ってるよ。」
「怒ってないって」
軽く笑って振りかえり、アスカの表情をみた。眉間にしわを寄せてにらんでいる。
エヴァの呪縛と言われた現象で、中学の時と同じような体をしていたころと違い、今は見た目には20代の半ばに見える。ネオンジェネシスのあの時、エントリープラグに乗って家の前に僕のパーカーを着て戻ってきたとき、すでに大人のようになっていた。だが不思議と自分と同じほどにはならなかった。どういう理屈か理解もできないが、そういうものだと受け入れるしかない。
アスカは、アスカだ。
帰還を喜び、住まいを同じにしようと二人で決めてから今の今まで、その気持ちは変わらない。式波、ではなくアスカ、と呼ぶようになってからも、それなりの月日が経過した。
だがそれでも、生活をしていくうちに、違いを感じるようになっていったのは、予想できなかった。生活していた月日は同じだから精神年齢は同じなわけなのだが、やはり見た目から受ける印象というものも付きまとう。自分より5,6歳は若く見える彼女は、実際にその年のように健康で美しいだけではなく、それ相応に若い感覚というものが宿っているように思う。自分が老けたからなのか、アスカ本人の性格がいつまでも若いままだからなのか、やはり自分よりも若い女性に話している感覚が今もある。
まるで若い女性に説教している年配のおじさんのようだ。年齢差を感じているのか、性格の不一致と呼ばれるものなのか、違う感覚を持った者同士だと実感しているようで、どうにももどかしさを感じてしまう。自分も村の男たちと同じで、優秀な頭脳を持つ自分より若い女性にイライラしているのかもしれない。
いや、いらつく理由は、他にある。
わかっては、いる。
洗い物に視線を戻して皿を洗い始めた。何か別の話題にしなきゃいけない。それもできなければ黙らないといけない。説教している状況なら、まだいい。本音をぶつけて、互いの違いを浮き彫りにしてはダメだ。
分かってはいたのに。
言ってはいけないことを言った。
「村よりあいつのそばの方が良いんじゃないか?」
返事がなかった。構わず皿を洗った。
大した量じゃない。いつもより集中して洗っていた。振り返って彼女の表情を見るのが怖くなっていた。
「あいつってだれ」
抑揚のない声で返事をされても、振り返らず皿を洗った。ついに洗うべきものがなくなりシンクも洗ってしまった後、縁に手をついて一呼吸をおいて、覚悟を決めた。
「アス・・・」
カン!
振り返りながら言いかけたところで突然カップを投げつけられ、直撃はしなかったが、手で払ったおかげではねたそれが、並んでいた別の食器に当たり、落ちて割れた。
明るい茶色の長い髪の間から見える目は吊り上がっていた。泣いているのかもしれないが、視力のせいか直視できないからか、よくわからない。
「だれよあいつって!」
「アスカ・・・」
何か言い訳をしようにもできず、素直に謝れるようなことでもなく、言いよどんでしまった。
間違ったことを話してしまった。
彼女の前でこそ正直で正しくいたいのに、正直に話すと間違ったことになる。
肩を上下するほど興奮していたが、いつものように言葉で罵倒してはこない。それほど怒りが強いということだ。歯を食いしばって、興奮で少し赤みがかっているように見える頬を見て、動悸がすると同時に、反対に他人事のようにぼんやりとしていた。
ただ黙って、自分が起こした嵐をやり過ごそうとしていた。不誠実である自覚があっても、どうしようもない袋小路に入ってしまった気がして、身動きもできなかった。
椅子にかけていたフライトジャケットをひったくるようにとって入口に向かっていく彼女を目の端でとらえても、動こうとしなかった。
「あんたのそういうところ、ホントだいっきらい!!」
捨て台詞を吐いて乱暴に引き戸を閉じた。ガラスが一部割れて落ち、足音が離れていった。
追いかけなかった。
口を開いたままトウジは動かないでいた。軽快な話し方が村の住民の心を癒し、体の治療以上に村を支えてきた部分があるが、さすがに言葉が見つからない、という表情だ。
「・・・お前それはあかんやろ」
「・・・うん」
丘を降りて、村のどこかにいないかと歩いて回った。聞いて回るわけにもいかなかったが、僕がその時間にうろうろとするのは珍しいことだから何人かに何かあったのかと聞かれてしまった。適当に答えたものの、事情を察した人もいるかもしれない。
観念してトウジの自宅を訪ねた。ヒカリさんとツバメちゃんのもとに来ていてくれないかと淡い期待も残っていたが、ダメだった。
仲睦まじい夕食の場に不穏な空気を持ち込んだだけだ。
事情を話すため、トウジと二人で診療所へ移動して家でのことを話した。
「男の嫉妬はみっともないでぇ」
「そうだね。」
「そもそもあの二人はもう終わってんねやろ?」
「そうだね」
「中学の時は仲良うしとったし一緒にも住んでたけど、付き合ったわけでもないんやろ?」
「うん。」
「・・・浮気しとったんか?」
「いや、全くそういうこともなかったよ。」
「余計格好悪いやん」
「そうだね。」
正論だ。どうしようもない。わかりきった良くない結末に自分から歩いていっただけだ。誰も救われない。
「ガッと抱きしめて可愛がってあげりゃえぇやないか」
笑顔で両手を抱くようなしぐさをして話すトウジ。調子が戻ってきたか、それ以上に面白がってきた気もする。
僕もつられて幾分笑ってしまったが、そうしてもいられない。辺りは山だし、これから本格的に暗くなる。インフラが整ってきたとはいえ、この辺りはまだまだド田舎のままだ。
「難しいんだよ。そういうタイプでもないのはわかるだろ。」
「タイプ気にしてウジウジして、逃げられてたら意味ないで」
「そうだね」
さすがに正論とはいえ針のむしろで笑われているようになったので、席を立つことにした。
「悪かったな。夕食の邪魔して。」
「待った待った待った待ちいな。これからどこ探す気や?」
「行き違いになっているかもしれないから、周りをもう一度探してみるよ。あとは車で・・・」
そうだ。車だ。なぜ忘れていたのだろう。
「・・・何や?」
「うっかりしてた。車を使ったのかもしれない。」
「何や。家出たときに確認しなかったんか」
車は普段自宅の前に停めているが、メンテナンスのため数日前から少し離れた所に駐車させていた。おかげでタイヤの音を聞き逃した。ガソリンエンジンではないし自分が思った以上に動揺していたこともある。
「せやかて車でどこ行くんや?あてなんかないやろ。」
「まぁ大人だから、どこへでも行ける。」
「金は。」
「クレイディトから支給されてるカードは持っていたと思う。村で使うことはなかったけど」
「そしたらもうお手上げや。帰ってくるの待つしかないで。」
立ち上がってからその推論にたどり着いて、途方に暮れて、髪をかいた。やはり直後に追いかけるべきだったか。
でも追いついたところで何て言えばよかったんだ。みっともないことを話してしまったのは間違いだったが、弁解したところでアスカがすぐに聞き分けてくれたとも思えない。何より、自分の中で膨らむ嫉妬心が、結局のところ邪魔をして大した言葉も伝えられなかっただろう。
嫉妬心。
碇。今さら君に嫉妬している。
心を読んだのか、トウジが言った言葉に、激しく動揺した。
「シンジのところに行ったんちゃうか?」
碇シンジと、エヴァパイロットだった真希波・マリ・イラストリアスの二人は、今は街で暮らしている。同じ職場で、今までとは全く関係のない企業で働いている。
最後の戦いの後、サードインパクトに続く事象が起こされるところだった。ニアサーやその後の世界を生き延びてきた経験から、もはや何が起ころうと、最後は神の御業に身をゆだねるしかなく、運命と呼ばれる大きな力が自分たちを覆いつくすまで、せめて人として生ききるしかないと覚悟していた。
最後に神として決定権を持ったのは、碇だった。本人が最初から望んだことではないことでも、碇ゲンドウの息子として重大な役割を持たされて生きてきた子供は、最後は自分の意思でその役割を全うしたようだった。
彼が最後に選んだ世界とは、直すことも戻すこともしない、ただエヴァのない世界にするというものだった。すべての事象を書き換える力もあったのだと思うが、そうはしなかった。海と大地が取り戻され、ニアサーで失われかけた命が戻された。そこから先は、ただ前を進むようにする、と決めたようだ。彼らしい選択だと思った。
戻ってきたアスカから短い説明を聞いて、最後に聞いたセリフが、今別の意味で思い起こされている。
「ケンスケによろしく、だって。」
診療所からでて、共同の広い駐車場にいた。村にある大きい駐車場で、主に村人が共同で使うための車や作業車などを置いている所だ。普段使っているジムニーは、確認したところやはり無くなっていた。アスカはそれに乗ってどこかへ行ったわけだ。扉を開けるときに鍵を持ったことに気が付かなかった。
「俺も行ったるよ。明日は診療も寄合も無いさかい。それに親友の大大大ピンチやからな。」
わざと子供らしい言い方をして笑っているが、心を落ち着かせようとしてくれている冗談だとわかっていた。それがとてもありがたく、ヒカリさんやツバメちゃんには悪いが厚意に甘えることにした。
追いかけるにしても車が必要だが、トウジが普段使う車は小さく、万一見つけて連れ戻せても、道中少し狭い思いをさせてしまう。
何か代わりになる車がないか、家の中を見た時に、いくつかある代わりの車の中から、楽しんでいる場合ではないはずだが、万一連れ戻せるようになった時に彼女が笑ってはくれまいか、と思い、ある車のカギを手にとった。車の前に立って、トウジが楽しそうに笑った。
「これ動くんか?途中で止まったり」
「大丈夫だ。中身をほとんど入れ替えて、動かせるように整備した。」
「贅沢な時代に戻ったなぁ。えぇ趣味やで」
「まぁね。燃費は悪いし、部品はほとんどないし、音はうるさいしエアコンの効きは悪いままだ。」
「でも味があって恰好えぇ」
「そうだ。」
「お姫様をお迎えに参上仕るにはこれ以上はないで。」
「その通り」
ダッジのラムバン。アメリカ製で、色はオリーブグリーン。年代は忘れたが、とにかく古い。後方のシートを収納に特化させても、就寝スペースにしてもいい。こういう車がまだ使うことができた時代に作られ、使う余裕がなくなった時代に廃棄された車だ。極端な歴史をまたいできた車である。骨董品並みのものだが、趣味で車いじりをしていたところ、知り合いが見つけてきた。昔はそんな余裕もなかったわけだが、復興が進んでこうした車を実際に路上に出すことができるようになった。
ただ、今の時代にわざわざこんな車を選んで乗っているのは、よっぽどの道楽者か、周りとの違いを見せつけて男としての箔をつけたい思春期まっさかりの青年や、大人になり損ねた男だろうか。
きつい現実から抜け出るために、少しのおふざけを考える。そういうことも大事なんだと、大人になって実感することがあった。
アスカは怒るだろうか。でも笑ってくれるかもしれない。
「ええね。まだ助手席に誰も乗せてないやろ?ええか?あたしなんかがはじめての女で」
「えぇ光栄です。あなたのような美女を乗せることができて。」
ガハハと笑いながら、助手席にトウジが乗り込んだ。
笑っている場合でもないのだが、トウジの軽口に付き合って自然と声を出して笑った。本当にこういうところは希少な素晴らしい才能だと思う。
「じゃあいこか。うちに立ち寄ってや。ヒカリに言わんと。」
「あぁそうだね。俺からも言わないと。」
「それから、街に行く前に研究所に寄ってや。」
研究所というのは、村と街を結ぶ道中に位置する、クレイディトの研究所のことだ。今はネオンジェネシス後の始末や、コア化したインフラについての問題を処理するための研究施設兼対応施設兼職員用宿泊施設になっている。
赤木リツコ博士はそこに住んでいる。クレイディトの研究責任者として。ミサトさんの遺言を守るため、残された子供たちの母親のような立場で、日々その研究所で働いている。
綾波レイもそこにいる。
アスカや碇と同じように同じ中学校の同級生として一緒に時間を過ごしたが、のちに聞いた話では、彼らの中で一番複雑な生い立ちがあるようだった。とりわけその身体構造には注意が必要で、赤木博士の診察を必要とするらしい。
村でそっくりさんと呼ばれた、同じ体をもった女の子の最後を聞いたから、戻ってきた綾波レイが赤木博士と変わらず交流していると聞いて納得していた。
「研究所に?」
「頼む。道中連絡を取るが、もしかしたらそこに寄っているかもしれんし、その後寄るかもしれん。渡す記録もあるしな。それに。」
「綾波の様子を見たいってことだろ。もちろんいいよ。ちょうど道中だ。」
定期的な診察と連絡さえあれば、離れて暮らしていくのも問題はないのだが、今は特別な事情がある。
綾波のおなかに新しい生命が宿っていた。相手は渚カオルという、同年代の男性だった。エヴァのつながりで、良い縁があったらしい。詳しくはわからないが、アスカに言わせると
「バカシンジのことが好きなんじゃない?」
ってことだった。あまりにモテすぎじゃないか、と二人で笑った。
あの時はアスカから碇の話題が出ることに何も違和感を持っていなかった。
トウジはこれまで何度か医者として、多くの人の出産に立ち会ってきた。当たり前のことではないが、自然のことと思ってきた子が生まれるという事実を、正式な医者ではないものの正面から向き合うようになってからは、生命の誕生そのものが、そのたびに奇跡が起きているということを理解するようになった。
流産、死産を目にするたび、自分の無力さを痛感する、とトウジは言っていた。直接関わったわけでもないのに、トウジの落胆を見るたびに、同じように心を痛めてきた。
「そっくりさんがいなくなった後、ツバメがえらく泣いててなぁ。」
「何ができたわけでもないんやけど、帰ってきた綾波の姿を見るたびにツバメに接してくれていたあの少女の姿を思い出すんや。」
悲しい遠い目をして僕にそう話してくれたことがある。
綾波のおなかに新しい命が宿っていると聞いてから、最後まで見届ける義務を感じていたようだった。ことあるごとに面会に行き、話をするようにしている。
「じゃあ、まず家まで行こうか。」
キーを回してエンジンを点火した。
シンエヴァを見て、何か書きたいと思って、ほぼはじめて小説らしく、二次創作とはいえ、作り出した文章です。僕なりの解釈と、こうだったらいいな、こう続いてほしいな、という願望からです。だいたいの二次創作はそうでしょうけど。次の話の、アスカとシンジが再会するにあたって、さて、どうしましょう。やっぱモメてほしいな、というところでしたけど、そっから広げた感じです。今思えば、焼け木杭に火をつけて、でもやっぱり戻って、っていうことしかしていないんですけど、ストーリーとして形を整えようとした気がします。その上で、TVシリーズを見て、旧劇、新劇を見て、アスカが救われるみたいなシーンが見たい、っていうのも願望としての原動力でした。承認欲求とか、居場所とか。