「じゃあ、お大事に」
「はい先生」
自然と冗談が言えるようになった綾波に別れを告げて、ワシとケンスケは駐車場に向かっていた。赤木博士も。
事情を話して、アスカから連絡があったらこちらにもまわしてほしいと伝えていたところ
「私も街に一緒に行っていいかしら。アスカの行く末を見守りたいわ。」
とのことで同行することになった。ケンスケの緊張が感じ取れたが、ワシら男二人だけで行っても力不足だと思った。
駐車場で乗ってきたバンの前で、赤木博士が眉をひそめていた。
戦争時でもないし、これからくる新しい世界に迎え入れるにはいささかマッチョすぎて、あまり理解されないだろうとは思っていた。環境水準に適していれば、大型バスで来ていた方がまだ反応が良かったかもしれない。
想像できた反応だったので、軽く弁解をした後、後部ハッチを開けてシートに案内した。博士はすんなりと座ってくれたが、座ってからシートや運転席をしげしげとみていた。
急に居心地の悪くなった車内で、なんとか取り繕おうと話しかけた。
「すんません博士。乗りにくいでしょうけど、他に車がなかったんですわ」
ちょっとした嘘なのだが、ケンスケも口を挟まなかった。
「ガソリンエンジンでしょ?感心しないわね。」
「いや、まぁ、えぇ、そうでしょうね。」
シートの硬さや、反動について、両手で感覚を得ようとして少し前かがみに座っている赤木博士の眉はまだゆがんでいた。
「すごい音」
「すんません。」
「街中で捕まったりしない?」
「いや、そこまでではないですよ。職務質問はもしかしたらあるかも・・・」
「そうでしょうね」
どんどんバツが悪くなって、ケンスケと視線を交換した。
この車を選んだのは失敗だったか。
「でも」
「はい」
後ろを見ると、赤木博士が少し笑ってこう言った。
「お姫様を迎えに行くにはちょうどいいかもね。」
ケンスケと目を合わせて、声を出して笑った。
「かぼちゃの馬車ね」
「ヒヒーン」とワシが言うと
「ハイドー」とケンスケがハンドルをまわした。
赤木博士も静かに笑っていた。
「トウジ、今度はどこに連絡とってるんだ?」
「ん、サクラにメールしとこ、思って」
サクラと会うのも久しぶりだ。
かいつまんだ状況をメールで送っておくことにした。
アスカがシンジのところへ向かったとして、何か動きがあったらすぐに本人から連絡があるだろう。アスカがシンジ以外の誰かに連絡をとって、のっぴきならない状況が伝わったとしたら、おそらくサクラに連絡がいく。サクラは、今でも旧知の友とのつながりが強いからだ。
そう思って、連絡をした。
ケンスケのメンツを考えて、直接シンジには連絡をしていなかった。
「そっちにアスカが行ったかもしれないから、来たら連絡して」
という内容は、さすがに送る気にならなかったし、気の回るシンジのことだから、もしそうなったらどのみち連絡をくれると思ったからだ。ケンスケにもその方針を話すと納得していた。
しかし、ワシの本音の一つだが、万が一式波が直接シンジのところにいって、シンジが連絡をよこさなくても、それはそれでいいんだろうと思った。
修羅場の一つや二つにはなるだろうが、何かの決着をつけるには必要なことかもしれない。
ケンスケには言わなかったが、そう考えていた。横目で運転しているケンスケを見た。
私鈴原サクラは今マンションで一人暮らしをしている。
うら若き乙女がマンションで一人暮らし。恋人はいない。
悠々自適なライフを過ごしているが、一人の時には自分の住んでいる部屋はいささか大きすぎる。テレビもソファも5人暮らしで対応できるほど豪華だ。キッチンも広いし、シアター用のプロジェクターと大型スクリーンもある。
最後の戦いが終わり、ヴィレから離脱することになって、今後の身の振り方について面倒を見てもらった時に、戦線から離脱するような人たちにはある程度自由な賞与が与えられたが、その時に自分はわざわざ住まいについて贅沢を言わせてもらった。
世界が変換されたとはいえ、人の生活が変わるわけでもなく、とにかく生きて、食べて、働いて、寝なきゃいけないので、現実問題として待遇やら、ぶっちゃけた話お金等については希望をそのまま伝える人がほとんどだった。お金も物資もあるところにはあるのか、それとも世界が変換されて余裕が出たのかわからないが、希望の多くは叶えられ、自分もその恩恵にあやかることにした。
豪華な生活がしたかったわけではない。ただみんなと別れるのがさみしかった。共通の目的を持った仲間、同じ釜の飯を食べた仲、戦友、親友。そう呼べる人たちと別れることがさみしく感じたので、その後にくる新しい生活を見越して、誰かの家に集まれるようにしたい、と思い、この住まいを提供してもらった。連絡先を交換して別れた仲間たちとは、ことあるごとにこの大きな部屋にみんなを招待している。メンバーはその都度様々だ。特に北上ミドリさんとは頻繁に会っている。ミドリさんは家族と一緒に住み、街でコスメを扱う企業に就職した。重要職にもつけたようだが、自身の希望で外部団体とコンタクトをとったり、店員として現場に出たりする役職になっていた。年々奇麗になっている。
私の仕事も斡旋してもらった。今は国立の医療センターで研究員をしている。現場活動を主にしていたが、新しい世界では日々の医療現場において現場を主導していく立場としても生きるようになった。世界とともに自分も成長しなければならない。
ヴィレクルーと一緒に、エヴァンゲリオンパイロットの方にも声をかけ、たまに集まることもある。だけど、碇さんはあまり姿を見せなかった。最後の戦い直前の関係性を思うと、それも仕方がないと思われた。クルーの碇さんに対する恨みのような感情は、戦いを終えてほとんど無くなっていて会いたがっているクルーも多かったが、碇さん自身がこちらの気を使っているのか、パーティとしての集まりには数回しか参加しなかった。初めての時には、入れ代わり立ち代わり、握手を求める人や話をしたがる人、ハグしたがる人でパーティの中心になってしまった。ミドリさんは隅でふくれていたから、あとで話をした。それ以後碇さんはほとんど集まりに参加することはなくなった。ただ私はお兄ちゃんを通じて何度か話をしたり、メールでやり取りをしていた。
意外、と言うと失礼だが、綾波さんは出来る限りパーティに参加している。ヴィレが発足されたときには関係性が無かったわけなので、どちらかというと知らない間柄の人が多いわけなのだが、その前から付き合いのある人たちと話をするためなのか、無理がないとき以外は必ずと言っていいほどパーティに参加していた。パーティを楽しむような性格には見えないのだが、ただニコニコと幸せそうにみんなの表情をながめている。すごく奇麗な人だ。
アスカさんはその次に参加するメンバーだ。綾波さんと仲が悪いのかもしれないとはじめは思っていたが、割と近くに座って望んで会話をしているようだし、優しい笑顔で小さく話す綾波さんと、ときおり眉間にしわを寄せてもなんだかんだ言って楽しそうに話しているアスカさんの姿を見て、険悪と言うわけではないようだった。
「昔だったらあまり考えられない組み合わせだよ」
と、日向さんが言っていた。素敵だな、と思った。クルーのみんなと、これからも良い関係を築いていきたいと思った。人や関係性が変わっていくのだろうけど、仲が良く信頼しあっている、ということは変わってほしくないなと思う。
碇さんは、世界を変えた張本人の碇さんは、私が小さいころお兄ちゃんから話を聞いていたときはお兄ちゃんと同じ年齢だったわけだが、エヴァの呪縛と呼ばれていた現象のせいで私は碇さんの年齢を通り越した。その後直接会って、いろいろあって戦いが終わった後に、今度は碇さんが私を通り越していった。でもお兄ちゃんほどの年齢には追い付かなかった。
赤木博士があるとき言っていた。
「もしかしたら、精神の年齢にも合わせてるのかもしれないわね。自然の摂理に乗っ取った年の重ね方と違って、彼らは神様に認められて年を重ねるのかもしれないわよ。」
とのことだった。
その理屈なら碇さんたちは、心の成長に合わせて大人になった、ということなのか。それだと不思議なもんで、私自身の年齢はもう通り過ぎたのだろうか。
自然の摂理では、世の中には子供のまま大人になってしまう人もいるし、碇さんたちのようになったら大人びた少年少女はそれに合わせてあっというまに大人になってしまうのだろうか。
私は年相応に成長しているつもりだが、子供みたいだ、と言われることもある。そんな自分と比べて大人びた碇さんを見るたびに、自分の体は精神に合わせて、大人になれていないんじゃないか、と思うことがある。背もこれ以上は伸びないだろうが、平均以下のまま止まってしまった。
なんやの。なんか軽く腹立たしい。
とはいえ、大人になった碇さんは、そうなったのはちょっと前のことなのに、体の変化通りに精神的に大人になってしまったような気がする。いつも優しい笑顔を浮かべていて、悟りを開いた菩薩のような、子供の面倒を見る大人のような印象を受けるようになった。はじめて会った時には、年相応の身勝手さや、不満が体から出ていて、自分の力の大きさに自覚もないまま走り出してしまうような危うさがあったのに。
その碇さんから連絡があった。ちょっと困ったことがあって、部屋に迎えてほしい、知り合いもいて、その人たちと集まりたいのだが、外だと都合が悪いので一緒に話を部屋で聞いてほしい、とのことだった。
意外な連絡だったので詳細は聞かず、とにかく快諾した。まもなくうちに着くようだ。
もともと家の掃除などは苦ではないので散らかってはいないのだが、女の部屋に大人の男性がやってくるのだ。なにか不備がないかもう一度確認する。大丈夫だ。恥ずかしくない、できる女の部屋だ。飲み物やお菓子もある。
ただ話というとなんだろう。
マリさんと結婚するのだろうか。ただ私に相談というとしっくりこない。
そうこうしていると、マンションエントランスホール入口のインターホンが押された。モニターを見ると碇さんがスーツ姿でカメラの前に立っている。隅に見えるのはたぶんマリさんだ。腕を組んで立っている。
「いらっしゃい。今開けますね。」
「ありがとう。」
「7階の706です。玄関まで来てください。」
「了解」
了解、という言葉は、世間の人もよく使うのだろうけど、碇さんやアスカさん達から聞くと、ちょっと昔を思い出して、身が引き締まる思いがする。そのたびに少しおかしくて、平和になったのだと実感する。
数分後に玄関の前に立つ男性のために、もう一度部屋内を確認することにした。
問題なし、だ。たぶん。
それからちょっとして、ドアのチャイムが鳴った。
「碇さん!お久しぶりです!」
ドアを開けると、背の高い碇さんが笑顔で立っていた。
「久しぶりサクラさん。」
自分よりも大人びた人にさん付けされて呼ばれるとなんだかこそばゆい。いつも通りの優しい笑顔だ。
「どうしたんで、す、・・・」
よく見ると、碇さんの笑顔は苦笑だった。困ったような、恥ずかしいような表情だった。私の第六感が働いた。
ドアの裏側をのぞく。そこにはポケットに手を突っ込んで仁王立ちの、式波・アスカ・ラングレー元戦時特務少佐殿がおり、その後ろには腕を組み不満げの真希波・マリ・イラストリアス元パイロット殿。二人とも何かご不満を抱えていらっしゃる。
「あぁ・・・。」
碇さんに向き直ると、頬をかいて笑っていて、つまり、まぁそういうことなんだろう、とぼんやりと事態を把握した。
「あ~~~~・・・」
なんとも言いようがないので、同じ表情で声とも言えない声を発した。
「ま、まぁ立ち話もなんですし、中でお茶でm」
「お邪魔しまぁす」
言い終わらないうちにアスカさんが私と碇さんの間を通り過ぎ、靴を脱ぎ終わってリビングまで歩いて行った。
「い、いらっしゃい」
「ごめんね、サクラさん。助けてほしいんだ。」
申し訳なさそうに話す碇さんだが、両手を組んだままのマリさんが碇さんに近づいて横から見据えている。碇さんは見てないふりだ。今の二人の関係を考えると、マリさんが不満に思うのも、むべなるかな、と言った感じだ。きっとアスカさんを発端に、何か動きがあったんだろう。
「いや、まぁ何か事情があるんでしょうし、私は構いませんけども、大丈夫ですか?」
「頃合いを見て、第3村に送りに行こうかと思うんだけど、今から行くと遅いし、たぶん素直には戻らないと思うんだ。」
「まぁ、そうでしょうね・・・」
「話があるってことなんだけど。」
「・・・話?」
「サクラァ」
「は、はい!」
私の発言を聞いていたのかもしれない。声が跳ね上がった。
「このゲームやってい~い?」
テレビにはわかりやすいように据え置き型ゲーム機が置いてあって、コントローラーも複数置いてある。人がきたときに遊べるようにしてあって、ダウンロードしてあるソフトも、大人数で遊ぶものがほとんどだ。
「あ、はい。どうぞ~」
「グン〇〇ないのぉ?」
「ありませんよ」
相変わらず、昔のゲームがお好きなようだ。一人用だし、古くてうちにはない。
「と、とにかく二人とも中にどうぞ」
と言って、二人を招き入れた。マリさんの不満げな表情が、痛々しい。
「おじゃまします」
小さくそう言ったマリさんは相変わらず奇麗だったけど、碇さんがおそらくアスカさんの言うままに動いているのを不満に思っているのに違いなかった。そのあたりは、なんとなく想像がつく。
「あのぉ差し出がましいようですが、いくらアスカさんのこととは言え、なんでもかんでも・・・」
「バカシンジィ」
「なに?」
「ちょっと碇さん・・・」
相変わらずだ。いろいろな人から、昔の碇さんの印象を聞いた時、人の顔色を窺って表面を取り繕う性格でスレてた、でもお人よし、というのが導き出した総評だ。戦いが終わって大人になった今では、まっすぐ正直で強くなった印象が強くなったけど、やっぱりどこか少年のころの面影がある気がする。
「明日仕事終わるの何時?」
「7時くらいかな。今日よりちょっと遅い。」
「仕事終わったら来なさいよ。ゲーム付き合って。」
「わかった、いいよ。」
え?泊るの?
「ねぇっ。怒るよ。」
業を煮やしたマリさんが、小さい声で碇さんの服をつまんで不満をいった。これは修羅場の予感がする。仲の良いお二人だけど、男を取り合うとなると、これはもう争いは避けられない。
正直言って、私の心ははずみだしていた。
「コネメガネ」
真面目な口調でアスカさんがそういうので、緊張してアスカさんを見た。マリさんも。
「このゲーム勝負しなさいよ。あんたが勝ったら今すぐ村に帰ってあげる。」
コントローラーを振りながらいじわるそうな笑顔でいうアスカさん。
帰ってあげる、というのも、どうかと思うが、マリさんがしっかりと乗っかっていた。
「っっっっホント!?」
「ホント」
「二言はないな!」
マリさんは、ちょいちょい古いテレビの人が言っていたようなセリフを言うことがある、変な人だ。すごい奇麗なのに。パイロットとして優秀だったけど、わからないことも多かった。上の人は何か事情を把握していたのかもしれないけど、私たちのような末端のクルーは、なんだか変だけど悪い人じゃない、という認識で一致していた。
ずんずんリビングに歩いて行ったマリさんを見て、私と碇さんはキッチンに近いダイニングチェアに座った。私がコーヒーを持っていくと、ありがとう、と言って、コートを畳んでおいて静かにテレビ前の二人を見守っていた。視線は優しかった。
「碇さんって・・・割と女たらしちゃいますのん?」
「え、なんで?」
心底意外という顔をしている碇さんの顔を見た。自覚がない、というのはある意味厄介なのかもしれない。または、全くとぼけているだけの、本当におんなたらしなのかもしれない
これだから若い男は
伊吹整備長がたまに口に出していた単語を頭の中で反芻してみた。
「相田さんやお兄ちゃんに連絡とらなくていいんでしょうか?」
「うん、でも来てすぐに連れ戻したりしてもね。」
「ここにいるってことは、言っておいた方が」
「うん、あとで連絡しておくよ。」
煮え切らない。
これはあれだろうか。
碇さんは碇さんで、相田さんに思うところがあるのだろうか。
全く、これだから若い男は
そのうちに私の携帯端末にメールの通知が表示された。お兄ちゃんからだった。
画面の内容を確認して、私はテレビゲームに興じる二人の姿を確認して、それからそれを碇さんに見せた。
「碇さん、これ」
メールには、お兄ちゃんと相田さんと赤木博士が、そろって街に向かっている、と書かれていた。やはり詳しい内容はわからないが、まぁそういうことだ。
クレイディトの研究所から向かっていて、あと30分くらいで着くということだった。まもなくコンタクトする。
当事者の一人になるであろう碇さんは、割とのんびりと構えていた。
そんなんでいいのかしら
「じゃあ、ここで待たせてくれるかな?二人には、ゲームを続けてもらったりして。」
「そうですね。お兄ちゃんにもメール返しておきます。」
「うん、おねがい。」
これは任務だ。
アスカさんに感づかれることなく、この場に留めおく。そして来る決戦の場をセッティングする。重要な任務だ。
この部屋がいいだろうか。二人っきりで話すなら、他の人は離れた部屋で待機だ。
碇さんと相田さんは顔を合わせて修羅場になるだろうか。
あかん、ちょっと楽しい
あかんあかんあかん
気を取り直して、コーヒーカップを手に、テレビの前の二人に近づいた。熱くなっているマリさんと、冷静そうなアスカさん。相変わらず仲は良さそうだ。
でも、間に男の人が立ったら、どうなんねやろ。
いや楽しんでへんよ?
ゲームは対戦型のロボットゲームで、ゲーム内の効果音が激しく響いていた。その対戦の内容が、今後の修羅場の方向性も決める気がして、いつも以上にゲーム画面に見入ってしまった。
ゲームを進めているうちに、マリさんがチラッとアスカさんを見た。
「姫、知ってる?」
「なにを」
「昔からね、女の恋は上書き式、男の恋はフォルダ式、っていうらしいよ」
痛いところをつかれたのか、アスカさんはすぐに反応せず無表情のままコントローラーを操作している。ゲーム画面では二人の成績は拮抗しているようだった。
「いつまでも昔のことを考えてるのは男の愚かな性だよねぇ。姫はそんなことないもんね?」
まだ無表情のままコントローラーを操作しているアスカさんを見て、マリさんのいじわるそうな目が眼鏡越しに良く見えた。本当にきれいな人なんだが、その分いたずらしようとしているときの表情が本当に悪そうだ。
「ケンケン君と何があったんだい?この私に相談してごらんよ。愛する姫のためにひと肌でも二肌でも脱いじゃうよん。」
わざと相田さんを愛称で呼ぶあたりいじわる心なのだろうが、マリさんは勝ち誇った顔でコントローラーから手を離して手首を曲げて、指先を自分に向けた。ゲーム画面も優位にすすめて、ちょっとした隙間時間に、目線だけをアスカさんに向けていた。
「その理屈で言ってさ」
完全に無視してアスカさんが話し出した。無表情のまま。
「女の方の気持ちがすでに上書きされてたらどうすんだろ」
顔を完全にアスカさんの方に向けて、驚愕、という顔のままフリーズしているマリさん。眉間にしわをよせて口が半開きだ。
「男はフォルダ式でずっと思ってるんでしょ?」
今度こそ目が本気になったマリさんの目は見開かれて、それでも開いた口からは何も言葉が出てなかった。眉間のしわが深まって、一瞬の間ができた。ゲーム音だけ響いていた。
わたしは手を口に当てて、行く末を見守った。
控えめに言って、ドキドキしていた。
あかん、修羅場になる。
「あ、ラッキー」
そう言われて慌ててマリさんと私がゲーム画面に目を戻すと、アスカさんが操る機体がゲーム内の重要なアイテムを独占した状態だった。ほとんど王手になるようなアイテムもある。
悲鳴を上げてマリさんが自分の扱う機体を再起動させても時すでに遅しだ。状況はどんどんと劣勢になり、マリさんの機体が粉々になってしまった。
勝負あり!
と画面にでかでかと表示され、マリさんは怒りの表情で震えて、勝ち誇った顔のアスカさんがコントローラーを振りながら目だけマリさんを見ていた。
「さて、と。」
ハッとすると、アスカさんがまっすぐわたしを見ていた。
「鈴原からメールがきたんでしょ」
ドキッ。
さすがの洞察力と判断力。なぜわかったのか。
「なんて書いてあった?」
「いや、あの・・・こっちに向かってるって。」
「誰と。」
怖い。
「・・・相田さんと、赤木博士です。」
「リツコが?」
「たぶん、研究所に寄ったんじゃないですか?」
「・・・チッ。」
怖い。
アスカさんは下を向いて何かを考えていた。それから大きく息を吐いて、何かを覚悟したようだった。コントローラーを持ったままムムムムの形をしているマリさんの方を、アスカさんが向いて言った。
「コネメガネ、5分あいつ貸して。」
あいつとは。おそらくあの人だろう。ダイニングで呑気にコーヒーすすってる。恐ろしい修羅場が待ち構えているはずなのに。わたしは3人の顔を順番に見て、おびえていた。
「勝負に負けたわけだし、いいでしょ?」
「・・・何話すの?」
「内緒」
「グッ」
「でもそれだけ。それだけしたら、すんなり帰る。あんたたちに横やり入れる気もない。」
数秒二人は互いを見つめていた。マリさんはまだ納得できかねる顔をしていたが、勝負事に負けたことと、おそらくアスカさんへの優しさもあって、少しため息をついたあと、あきらめたように言った。
「わかった。いいよ。姫の仰せの通りに。5分だけだよ。」
「ありがとう。」
それ以上余計なことを聞かないマリさんの器量に、わたしは感服していた。明るくていつもふざけてるように見えるけど、時折垣間見えるマリさんの雰囲気は、なぜか大人びていることがあって不思議だった。
大人になるために自分に足りないのはこういうところじゃないのか、と感心して見ていた。
「玄関の外で話すね。」
「え、隣の部屋とかでもよくないですか?」
「嫌よ。聞くでしょ。」
「聞きませんて。」
「嘘つくんじゃないわよ。」
怖い。
アスカさんが碇さんの方へ歩いていく。
小さい声で話して、うなずいているようだ。碇さんが立ち上がって、一瞬マリさんの方を見ると、マリさんは顔をそらした。
あかん。
楽しい。
今思えば、サクラさんが文章で説明しすぎのような気がしないでもないです。あと、割と人気なんだな、って印象があとから知りました。本家の撃つシーンは、何回も見たんですけどね。好みなのでその辺は。キャラクターが動いて話が転がるのが、楽しいな、と思い始めました。