非きこもり、JDを拾う。そして、育てられる。 作:なごみムナカタ
比企谷八幡と川崎沙希の物語。
ちょっとだけ真面目な展開になっていますが導入の一、二話だけで、基本コメディ要素多めにするつもりです。いちゃいちゃさせれれば言うことなし。
2021. 9.30 利息計算がおかしいとのご指摘をいただき、加筆・修正しました
非きこもり、JDと遭遇する。
清々しい陽の光をその身一杯に浴びながら、街を散策する。
高校生の頃からは考えられないが、こうなったのには少々事情があるのだ。
俺――比企谷八幡――は総武高校を卒業し、無事大学進学を果たした。
驚くことに”あの”由比ヶ浜も合格し、合格発表の日は雪ノ下の目から涙を流させたそうな。
三年になって奉仕部を引退した後も、ずっと部室で受験勉強漬けの日々を過ごしていた成果が出たのだろう。部室での雪ノ下は自分の勉強よりも、むしろ由比ヶ浜に教える時間の方が長かった気がする。雪ノ下ほどではないが協力した俺としても、合格は喜ばしかった。
大学進学と、小町の鶴の一声『出てって』によって一人暮らしを始め二年目。俺はバイトと仕送りで生計を立てている。今日は給料日で、その為の外出でもあった。
わざわざ銀行が混むであろう日に……と言われそうだが、振り込まれたかの確認はせねばなるまい。それに、最近は残高が増えていくのを見ると頬が緩むのが分かった。由比ヶ浜あたりに”キモい”と罵倒される類いの顔だ。うん、それってやばいね。
春とはいえ、汗が滲み出す日差しの強さに身体が水分を欲しがる。
喫茶店かサイゼでもと周囲を見渡すと、腰まで届くポニーテールが目に付いた。青みがかった長い髪と、それを留めるシュシュ。
彼女と最後に会ったのは、もう一年以上前になる。
あれは……皮裂だ。たぶん。音は合ってる。って字面が最悪だったわ。
川裂はちらちらとビルを見上げては俯いてを繰り返す。皮崎がどの店に入ろうとしているのか知らないが、そんなに悩むことか。真昼間から酒でも
――当時の記憶が甦る。
忘却の中から懐古を生み出す見事なパラドックスに、ふと笑みが零れた。
名前を思い出せたことに背中を押されたのか、声をかけようと近づく。
横から顔を確認すると、やはり川崎沙希であることに間違いない。だが、表情を見るとやけに深刻そうであった。
ただならぬ気配を感じ取り、川崎が視線を向けたビルのテナントを確認する。
一階は宝飾品店。川崎のイメージじゃないんだよなぁ。由比ヶ浜とか一色のが似合いそうだ。
二階はマッサージ店。宝飾店より可能性は高いが、入るのに決死の覚悟が必要だろうか。
三階の看板を確認した瞬間、これだと理解してしまう。
(……消費者金融)
出来れば的中して欲しくなかったが、恐らくビンゴだろう。その証拠に、もう一度ビルを見上げる彼女の表情は辛そうで、ひどく痛々しくて、見ていられなかった。
身体を強張らせてビルへと乗り込む姿は、まるでカチコミするかの如くである。
このままビル内に入られたらまずい。掛ける言葉も用意しないまま、反射的に川崎の右腕を掴む。
「っ⁉」
いきなり腕を捕まれた川崎は、こちらを振り向きばっちり目が合った。
驚きでしばし目を丸くしたが、俺のことを覚えていたようで悲鳴を上げることはない。
泣きぼくろが印象的なその表情は、記憶をより鮮明にする。
いつしかの深夜バーで見た時とは違って弱々しく、憂色に染まる瞳は今にも零れ落ちそうなくらい潤んでいた。
「よ、よう……」
気の抜けた声に緊張の糸が切れたのか、瞳から雫が零れ落ちる。
周囲の突き刺すような視線に耐えきれず、なんとか川崎を宥めた俺は近くの喫茶店に連れて行くのであった。
「……」
「……」
かれこれ一〇分近くも地蔵タイムが続いてる。
既に涙も止まっているが、店に入った周囲の視線はえげつなかった。むしろ、場違い過ぎて店を間違えたレベル。
いや、実際間違っていたと言わざるを得ない。人目を避けて下宿に連れて帰った方が良かったかもと思えるほどに。
冷めた珈琲に口を付ける。猫舌の俺を以ってしても飲めたものじゃない代物だった。お地蔵さんはこんなものをお供えされているのか。転生したら地蔵だった件だけはごめんだな。まてまて、そもそもホット珈琲はお供えされねえよ。
下らないことで気を紛らして緊張を解こうとする作戦は、概ね成功したようだ。対面にいる元クラスメイトに目を向ける余裕が出来た。
目の下に薄っすらとできた隈。髪は少し乱れ、艶がない。疲れ切ったその表情は、高校時代密かに名付けた
そこまでいくと怖くて逃げ出したいくらいだが、この重要イベントは回避不可だろう。
やはり、人生というやつはクソゲーだ。
あちらから事情を話してくれるのを待ってみたが、さっきの醜態も尾を引いてるのだろう。俯いたまま微動だにしない。
やれやれ……。
「話、聞かせてくれるか?」
観念してこちらから水を向けてやると、川崎もぽつりぽつりと話し始めた。
大学進学と同時に一人暮らしを始めた川崎は、仕送りとアルバイトでちゃんとやりくりをしていた。
だが、昨年末あたりからバイトの給与未払いが始まったことで、歯車が狂い始める。
「店長が横領でもしてたと」
「してないから。普通に業績が悪化したせいで未払いになっただけ」
そうして、気づいた頃には家賃の滞納で部屋を追い出されるところまで来てしまったのだという。
「別のバイトとか探さなかったのか?」
「他でも働いたんだけど、ちょっと遅すぎた感じ……」
川崎は力なく笑って続けた。
未払いが続きバイト先を変えようとしたが、一人暮らしを始めてずっと勤めていた職場を見切ることに抵抗があったらしい。要するに、雇い主や従業員達の人柄に絆されたというわけか。
そういえば高校時代も体育祭やプロムの衣装を頼まれると、文句を言いながらもなんだかんだ手伝ってくれていた。話し掛けんなオーラ出してぼっちしてるわりに義理堅く、情に脆いところがある気がする。
それで自分が損をするのはどうかと思うが、俺はこういう人間が嫌いではない。
「親が保証人だし、迷惑かけたくないから大家さんに連絡しないで欲しいって頼み込んだんだ。そしたら、滞納分を返済するならって条件つけられて……」
保証人制度は貸し主が未払いを防ぐ為のものだし、当然の処置といえよう。
結局、バイト先は潰れ、給与未払いのまま、親兄弟にも頼れず、あそこで佇んでいたが途方にくれているところを俺に見つけられたというわけだ。
それを聞き、引き止めれて心底良かったと胸を撫で下ろした。
「……お前、仮に借りれたとして、返す当てあるのか? 仕事とか紹介されて強制労働させられる未来しか見えないんだが」
返せる当てもなくそんなところから借金したら、いずれ風俗デビュー待ったなしだぞと言外に匂わす。
「未払い分の給料が入ってくれば大丈夫。ちゃんと払うって言ってたし……」
そういうのを当てとは言わねえよ。払えないから未払いしてんだろ。
友達とか他に助けてくれる人はいないのかと訊くと、大学でも友達作りに失敗したらしく、最低限の付き合いしかない自分にまとまったお金を貸してくれる人などいないそうだ。
「……」
「……ちょっと、黙んないでよ」
「いや、なんかすまん」
「だから謝んないで」
「お、おう……」
とりあえず偉そうに説教してしまった手前、このまま無策で別れることなど出来そうにない。
「……ちなみに、いくらだ?」
「え?」
「消費者金融からいくら借りるつもりだったんだ?」
「滞納分と今月の生活費合わせて、40万くらいのつもりだけど……」
スマホで調べ、一般的な消費者金融の利率で計算してみる。いくら仕送りしてもらってるかは知らないが、バイトで利息を払いながら元本40万返すとか、いつまでかかるんだよ。日々の生活費だってあるんだぞ。
思案してみるが、安全で即効性のある手段はこれしか見当たらない。俺は通帳を取り出して残高を確認した。
「じゃあ、ちょっと待ってろ」
「え? う、うん」
川崎を店に残したまま、最寄りのATMに行って金を下ろす。急いで店に戻って封筒を差し出した。
「待たせた。これで足りそうか?」
「…………え」
この状況で封筒を差し出されてなお、自分に宛てられた物と理解できなかったようだ。分かり易く『⁇』に支配されたぽかん顔で俺と封筒を交互に見やる。
「中、確認しろよ。急いでたから数えてねえんだ。足りなきゃ、またATMに行かなきゃならん」
「……………………!」
長い長い混乱のトンネルを抜け、沈黙の壁を突き破った声は、言葉になっておらず、図鑑とかでしか見たことのない野生動物は、こんな声で鳴くのかもしれない。なんて心底どうでもいい所感を心の中で呟くのだった。
「ちょっ! なんであんたがそんな、えっ⁉」
驚くか批判するかどっちかにしてくれませんかね。要領を得ない川崎の発言に、そう突っ込みそうになってしまうが、茶化していい場面でもないので、ぐっと堪えて話を続ける。
「いや、これが一番効率が良かったしな」
相手が見ず知らずの人間なら『お人好し』を通り越し『愚か』の一言で決着するが、目の前にいるのは川崎だ。元クラスメイトであり、元予備校の同輩であり、お互い妹を持つ上の子であり、同郷者でもある。……最後だけなんの意味もないフィルターだった。冷静に考えると他の括りも
しかし、由比ヶ浜は別格として、川崎に対しても俺は親しみを感じていた。元クラスメイトという括りの中で、この金を貸してもいいと思えるくらいには。
「だ、だって……」
封筒に手を添え、その厚みに狼狽える。だよなあ。まだ社会人じゃない俺らが、500円玉より簡単に立ちそうな厚みの札束に触れる機会はない。こんな金をぽんと出す俺って、見方によっては闇金より胡散臭く映るかもしれん。
「とにかく返済に使ってくれ。お前がバイトで月いくら稼ぐか知らんが、こんだけ借りたら講義休んでバイト漬けしても返済まで相当かかる。それで単位足りなくなって留年とかしたら、それこそ親に負担かけるだけだろ」
「……」
図星を突かれたのか俯いてしまう。
こいつは不器用だが、バカじゃない。そんな簡単なことは織り込み済みで、それでも借りるしかない切羽詰まった状況が今なのだ。家族に言えず困った姿は、初めて出会った頃とダブった。
「……お前、確かあの時に言ったよな? あたしのためにお金用意できるんだ、とか、肩代わりしてくれるんだ、とか」
思ったより挑発的な口調になってしまったが、川崎はその言葉で萎縮するよりも驚いた表情を見せた。
「あ……。そんな昔のこと、お、覚えてたんだ……」
そういうあなたもよく覚えてますよね、と言ってやりたい。
かつて年齢を誤魔化し、アルバイトしていた深夜バー。そこで、俺達が通り一遍の説得をして返ってきた言葉である。
「あの時は出来なかったが、今はこうしてお前のために用意した。なら使ってくれても構わないだろ」
川崎はばつが悪そうに目を伏せる。
やっぱりそうか。こいつの人柄を知っていくほど、あれは単なる強がりというか売り言葉なのだと気づかされた。
仮にあの時、予備校費用を用意してやれたとしても、こいつは手をつけなかったのではないか。全くもって不器用で意地っ張りで捻くれてるけど義理堅い。こうして並べると、ほんと野生動物とかにいそう。つまり、餌を用意しても人間の前で食べず、いなくなったら食べるのかもしれない。このまま俺がいなくなれば、この封筒受け取ってくれるかな……。あっぶね! 40万も入った封筒置き去りにしたら、日本ですら届けられるか分からないっつーの! あ、目の前に川崎さんがいましたね。
「……でも、いつ返せるか……分かんない、し……」
ちょっと待て、それって聞き捨てならんのですが。
そのいつ返せるか分からない金額を、利息付きの消費者金融から借りようとしていたのは何処の誰ですかね。
自分がどれだけ危なっかしいことを言っているのか分かっているのか。こいつの無自覚さに苛立ち、さきほど暈した部分を言説する。
「現状、今すぐお前独力でどうにかするにはパパ活かソープ嬢しかないだろうが」
「っ!」
まるで怒りをぶつけるような険のある言い方だ。その言葉から未来を想像したのか、みるみるうちに顔色が悪くなっていく。
脅すような口調になってごめんな。受け取らせるために必要な儀式だからと自分に言い聞かせる。
「自分のこととはいえ、嫌だろそういうの」
「うん……」
俺も嫌だし……とは気持ち悪いだろうし、口には出さない。
「普通のバイトじゃ、大学休学してフルタイムで働いても返済に半年以上かかるぞ」
「……」
「だったら余計な利子がかからないよう俺から借りて、お前の都合がつく時に返してくれればいい」
今の俺にとって生活さえできれば、預金残高はゲームのスコアみたいなものだ。
……ただ、しばらくはマッ缶を控えねばならないだろうが。
「………………………………わかった、借りとく」
長い沈黙の後、ようやく首を縦に振ってくれた。両手でしっかりと封筒を握り締め、瞑目する。
これで、一先ず問題の解消が出来た。
胸を撫で下ろした俺は、頭の中で
「あ、あの……さ」
「ん?」
恐る恐る御伺いを立てる川崎の様子に昔の面影はない。こいつも丸くなったもんだ。ジャックナイフのように切れ味鋭い高校時代の思い出に……浸るほど交流があった気がしなくもないでもなかった。
「えっと……その……」
おずおずとスマホを取り出し、俺→スマホ→俺→スマホと視線をループさせながらへどもどしている。ふむ、なかなか高度な読解問題だ。『あのさ』『えっと』『その』これらの語句から川なんとかさんが何を訴えようとしているのか答えよ。
……難問じゃね? なんだったら、こいつの苗字で穴埋め問題まで発生してるけど。答えは川裂です。はい、不正解! 同じ誤答で学習能力のなさを露見してしまった。漢字の書き取り間違えるとかケアレスミスを減らさないと大学なんて受かりませんよ。おっと、一年前に受かってたわ。
少し安心したせいか、俺の思考は平常運転だ。常日頃から、こんな果てしなくどうしようもないことを考えてカロリーの無駄遣いしてたのか。そりゃマッ缶も必要だよな。今月は控えなきゃだから、この無駄思考も自重せねばなるまい。
割と真面目に反省していると、川崎の方から正解発表された。あ、正解は川崎でした。
「……連絡先、交換しない? お金返す時、困るから……」
難問どころか、至極当たり前の答えが返ってきた。そういえば、こいつの電話番号知らねえじゃん。
その当たり前に考えが及ばなくなるほど安心感があったので仕方がない。
まず、あれだけ受け取るのを渋ったことから謙虚さと責任感、義理堅さが窺えたし、むしろいらないと言っても返してきそう。いや、いるんですけどね……。
次に、我が最愛の妹・小町はおぞましいことに川崎の弟・大志の連絡先を知っている。メルアドだけなら俺も知ってるが、高二の時にやり取りして以来、音信不通なので、メーラーデーモンさんへと変貌を遂げていてもおかしくはない。
最後に『まだ終わってない』という懸念材料のせいで、このまま別れることにはならないという強い確信があったからだ。
スマホを差し出すと、今日初めて本当の笑顔を見せてくれた。
しかし、その笑みはすぐ消え去ることになる。
……番号登録の操作が分からず二人揃って悪戦苦闘したためであった。
つづく
いかがでしたでしょうか。
タイトルには書いてませんが、この話は導入部の前編で次話が後編となります。
八幡の設定は以下の通りです。
◆比企谷八幡◆
私立大学二年生。高校卒業後一人暮らし。
高校生までと違い、とある理由から家に籠る時間が極端に減り、非きこもり(【非・引きこもり】の意)となる。
外出理由はほぼアルバイト。
高校時代は基本原作通りだが、12~14巻のプロムに介入せず、雪乃を見守ったため、三人の関係には答えがでないまま現在に至る。
プロムが成功したかどうかって? ……さあ?