非きこもり、JDを拾う。そして、育てられる。 作:なごみムナカタ
二ヶ月くらい空いてしまいましたが、訳あっていつもよりちょっと短いです。
それではどうぞ。
2024.5.2 設定変更に伴い、一部追記修正
「ん…………ぅえっ⁉」
目を覚まし、ぼんやりとした頭で辺りを見渡すと、隣の布団には男が眠っていた。いつもと景色が違うことで軽くパニックを起こしたが、すぐ現状を理解する。
そうだ。数日前からロフトでなく
比企谷を起こさないよう朝食の準備を始める。途中、事情を打ち明けられた日のことを思い出す。
「……………………っ」
ぶるりと身震いしてしまう。幽霊だなんて悪い冗談だと思いたかったけど、三万円が引き落とされた通帳を証拠として提示されたら反論もできない。
確かに同居してから今日までの間、別段おかしなことは起きてないが、そんなことを聞かされ意識しないなんて無理だ。
でも、だからといって引っ越す費用も捻出できないわけで、当分はここに住み続けるしかない。
あの日から、あたしはこの部屋で一人になるのを避け続けた。常に比企谷よりも遅く帰ることを心掛けてスケジュールを調整する。夕飯は比企谷が帰ってから作ると遅くなってしまうので、昼間に作り置きしておくことが多くなった。
帰りが何時頃になるかを密に連絡させる様は、まるでふう……。
ぶんぶんと頭を振って考えを打ち消し、自分を諫める。
一緒に暮らして距離感曖昧になってるからって流され過ぎ。あたしはただの同居人。比企谷の温情で住まわせてもらってるだけ。
気を取り直してフライパンに卵を割り入れる瞬間、後ろから声がした。
「……うす」
「っ‼」
肩がびくんと跳ねた拍子に卵の中身が落ちる。フライパンには割れた黄味が白身と混ざってだらしなく広がった。声の主をじとっと睨め付けるが、なんとか落ち着いて挨拶を返す。
「……おはよ」
「お、おお……」
声の主――比企谷――は顔を引き攣らせながら応える。
何でびびってんの? 失礼な奴だね。黄味が割れたのは事実だけど、このくらいで目くじら立てるほど子供じゃないよ。挨拶に心無しか怨嗟が籠ったような気もするけどね。
朝食の準備を再開すると、普段あまり喋らない比企谷が何かと話し掛けてくる。その不自然さを怪訝に思い、当たり障りのない話でも注意深く聞く姿勢を作った。
「……そういえば、明後日の夕方からとか暇か?」
暇か? って、コーヒー飲みに来るどこぞの課長じゃないんだから。急に予定訊いてくるとか、不自然を凝縮したこの質問に意図を推し量る。ここで良い顔すると付け込まれる気がして、意味もなく強がってみせた。
「暇そうに見える?」
「そうか……そうだよな」
朝食を作っている姿でそれ――家事代行――を主張する。まるで、やらされているかのような嫌味な言い方。その意地悪な返答で落ち込む比企谷をみて、後悔の念が浮かぶ。
「ならちょうど良かったな。明後日は帰り遅いから夕飯いらないわ」
……何それ。暇だって言ったら夕飯までに帰って来たわけ? それとも、どっかに誘ってくれたりとか……。まぁ、それはないか。どちらにしろ、この比企谷の言葉に違う意味で後悔していた。
だって、帰りが遅いってことはこの部屋で
この部屋に? 一人で? むりむりむりむり! あの曰く話を聞いてから、おちおち長湯も出来なくなったのに夜一人とか……考えただけでも鳥肌が立つ。
料理の手を止め、身体ごと向ける勢いで比企谷に食って掛かった。
「ち、ちょっと待って、それ何時くらいになりそうなの?」
「飲み会だし、その後は成り行きだから分からん。まぁ、最悪電車なくなる前には帰ると思うが……辞めといた方がいいか?」
心配そうな表情で翻意を匂わせる。あたしの憂懼を見越して、部屋で一人にしておくことを懸念しているように思えた。直接
本心では家で一緒に夕飯を食べたい。というか、夜この部屋で一人にしないで欲しい。
しかし、
大金を借りて、部屋に住まわせてもらった上、自由すら奪ってはいけない。申し訳なさと、あたしの意地が強がりを続けさせた。
「……たまには外で食べるのもいいんじゃないの? 遠慮しないで行ってきなよ」
「いいのかよ。お前は飯どうすんの?」
「一人で作るのもなんだし、あたしも外で済ますよ」
「そうか。まぁ、それがいいよな」
それは一人部屋に取り残す心配がなくなったことへの安堵か、飲み会に行けることへの喜びか。どちらにせよ、あたしの言葉を受け、どこか比企谷の声が弾む。
「帰る時はLINEして。部屋にいるか分からないけど」
「おう、そうするわ」
内心、連絡があるまで部屋に戻るつもりなかったけど、比企谷の気遣いを無碍にしないためにも言わぬが花。問題はそれまでどうやって時間を潰すかだが、観たい映画なんかないし、一人カラオケとかハードルが高すぎる。
それ以上に、夕飯の材料があるのに作らず外食なんて懐具合より罪悪感のが先に立つ。かと言って、今さら飲み会をなしにしてくれとは死んでも言えない。
そんなもやもやを抱えながら、切り替えようと何気なく会話を続ける。
「それにしてもあんたが飲み会とか珍しいじゃん。サークル?」
「あー、いや……」
あたしと同じく人付き合いを億劫としているこいつが飲み会なんて違和感しかなく、実は無性に気になっていた。純粋に理由を知りたかっただけだが、何故か口籠る様子からある疑惑が浮かび上がる。
「なに? もしかして女とか?」
「いや男だ。……違う意味に取るなよ。誘ってきたのが男ってだけだ」
「それ、念押ししてるようにしか聞こえない」
「違いない。日本語って難しいな」
否定の仕方が下手過ぎて、むしろ男色を強調してるのかって返しに顔を引き攣らせる。誤解したままだと感じたのか、比企谷は慌てて詳細を話し出した。
「別に親しいわけでもない同じ学部の奴が、合コンの頭数揃えるために声をかけてきたってだけだ」
「そ、合コンねぇ……」
「いや、俺も本当は行きたくないが、頼まれて仕方なしにだな……」
「……へー」
ふーん。あたし一人を部屋に残してあんたは女と飲みに行くんだ。
……あー、やめやめ。比企谷が誰と飲もうがあたしには関係ない。さっきまでの葛藤がバカバカしく思え、返事の声が一段と低くなる。
「ほ、ほんとだぞ。大体、知らない奴と喋らなきゃいけないなんて単なる罰ゲームだろ。頑張って話そうと思った結果、余計なことを喋るコミュ障あるあるはお前にも経験があるはずだ」
「いや、そんな同類扱いされても困るんだけど。あたしなら頑張って話そうとしないし」
「そ、そうか……。お前の場合、話さなくて済むよう睨んで相手を黙らせそうだしな」
「あ?」
「それな。そーゆーとこだから」
「う……」
つい睨んでしまったことで、比企谷の持論を証明する形となった。
毒気を抜かれ、言い合う気がなくなったあたしは朝食の支度に戻る。そして、出来たばかりの目玉焼きを比企谷の前に並べると、反撃は意図せず成されてしまう。
「じゃ、いただきます」
「どうぞ」
「……ん⁉」
目玉焼きを一口含むと、比企谷は妙な声を上げた。
固まった表情のまま、濁った双眸をこちらに向ける。
「…………あの」
「なに?」
「……なんでもないです」
一瞥すると、比企谷は何か言いたそうにしながらも押し黙る。
なんだろうと疑問を抱きつつ、あたしも目玉焼きを一口含んだ。
ガリッ
「ん⁉」
比企谷と全く同じリアクションが出てしまい、何を言い淀んだのか理解した。手元が狂って黄味が割れた上、殻まで混入したらしい。まぁ、元はと言えば、比企谷が背後から声を掛けてきたことにより混入した卵殻だが、謝らずにはいられなかった。
「…………ごめん」
「え? あ、いや。……別に害はないから問題ないぞ。むしろ、カルシウムが摂取できるまである」
「それサルモネラ菌まで摂取しちゃうでしょ……」
「安心しろ。日本の衛生管理でそれは有り得ん」
万が一あったらやり込められた報復にしては強力過ぎるし、あたしまで返り血浴びちゃってるから絶対そうであってほしい。って、そういうこと言ってんじゃないんだよね。
「……わざとじゃないから」
「分かってるよ。お前は食べ物で遊んだりしないからな。俺がさっき声かけたせいで手元が狂ったんだろ? 責任とって食うから、お前も協力してくれ」
そう言って、真剣な表情で目玉焼きを貪る比企谷に倣い、あたしも食べ続けた。
そこまであたしのこと解ってんなら、何で不機嫌なのかも気づいてよ…………ばか。
「……実質賃金の変化と一時的に錯覚する、これを貨幣錯覚といいます。……えーと、そろそろ時間なので本日の講義はここまでとします。お疲れ様でした」
「…………はぁ」
久々の講義もあまり集中できず、聞き流している間に終了した。総武高校を選んだのも国公立大学進学を見据えてのことなので、中学時代からの念願と言ってもいい。それをこのように消費するなど、本来許されないことだ。
しかし、そんな事情を押してまで漫ろとなるのにも理由があった。
明日、比企谷が飲み会で遅くなる。少し前に、アパートの心理的瑕疵を聞かされてから、部屋に一人で居ることを避けてきた。
まず、バイト先にLINEしてシフトに入れないか相談してみたが、人手は足りてるし急な話過ぎて無理だと返信がきた。かといって、時間潰しのしたくもない遊行をするのも悩ましい。
比企谷から借りたお金は家賃滞納分と大学の教材費に充て、残りを返済にまわした。バイトも始めたばかりだし、その給料も共同生活費としていくらか出してしまっている。正直、無駄遣い出来る金銭的余裕はない。
こう考えると、むしろ瑕疵物件で良かったとすら思えてくる経済状況である。無論、それに感謝することはできないが。
スマホを見ながら単発バイトでも探そうとしていると、背後から声が掛けられた。反射的に肩がびくりと跳ねる。隠し切れぬ動揺を、さもなかったかのようにゆっくり振り返った。
「あっ、急に声かけちゃってごめんねー」
講義でよく見かける女子が軽い調子で謝罪する。目立つ容姿で、他人に興味ないあたしでも覚えていた。
セミロングな髪はナチュラル感のあるグレージュ色に彩られ、ふんわりとしたウェーブがかかっている。くりっとした大きな瞳は小動物めいていて可愛らしい。
初めて話すのに馴れ馴れしいこの感じ。あたし、苦手だ……。
「なに?」
不機嫌さを隠すことなく、低い声を投げ付ける。彼女はほんの一瞬表情を歪めたが、すぐに何事もなかったように笑みを返す。
その笑顔にあたしの警戒が解かれることはなかった。
つづく
いかがでしたでしょうか。
振り返ると次回予告の内容に沿ってないですね。予告詐欺かな?
というか、最初はそこを書いてたんですが、沙希視点がないと唐突過ぎて読者様を置いてけぼりにしそうだったのと、一話の中で複数の視点変更を行うのは避けたかったので、急遽沙希視点の11話を挿入しました。
いつもよりも文字数が少ないのは急いで追加したせいです。
それでは、次回も宜しくお願いいたします。