非きこもり、JDを拾う。そして、育てられる。 作:なごみムナカタ
投稿間隔が開いてしまいましたが、八ヶ月沈黙していた9話目と比べれば早い早い(開き直り)。
本当はここで合コン話を終わらせるつもりでしたが、予定通りにはいかないものです。
2024.5.2 設定変更に伴い、一部追記修正
『……比企谷と帰うかあ、らいじょうぶ……』
この”お持ち帰られ予告”と取れ兼ねない爆弾発言に肝を冷やす。液体窒素がなみなみと注がれたジョッキを一気飲みした気分。それ死ぬやつだろ。そうでなくても数秒後に俺の世間体が死ぬ。
いや、世間体だけでなく物理的にも死ねる気がする。主に男連中からの嫉妬による暴行で。
……比喩ではなく、普通に傷害致死だった。
「か、川崎さん、一緒に帰るって、も、も、もしかして、その、つ、つ、付き合っちゃってる、みたいな⁉」
似戸部、興奮し過ぎだ。吃音症罹患者みたくなってる。ショックなのは分かるが落ち着け。
「ちがふ、
川崎、お前には慎重という言葉を贈りたい。綿毛のように軽いその口を無理矢理にでも塞ぎたくなる。
「え、住み込みって寮とかじゃなかったの? それって、もしかして…………同棲?」
真鶴が恐る恐る呟いたそれは、この場にいる俺以外全員の気持ちを代弁した質問であった。
「ちがふ、ご飯つくって、掃除ひて、洗濯ひてあげうためにふんれるらけ」
周りから悲鳴が上がる。男女でその性質は全く違い、特に男の悲鳴は俺に向けられる怨嗟に等しい。俺の心も悲鳴を上げている。
「あ、うん……、知ってる? それ、同棲っていうんだよ……?」
「ちがふ、ふみ込み」
「はぁ……、そうなんだ。うん、分かった、……もういいや」
諦念を込めた真鶴の言葉は、酔っ払いを扱うそれである。
「で、なんで住み込み? もしかして高校卒業前から予定してたとか?」
さらっと掘り下げようとする真鶴の顔は先程までと違い、にやにやしていた。直截に言わずとも『大学生になったら同棲する約束したの?』という意味の訊き方である。
無論、そんな事実はないし、ただの偶然が重なった結果だ。しかし、込み入った話なのであまり吹聴されても困る。
……まさか答えないよね? 酔ってヘリウムガスより口が軽くなった今の川崎なら、ないとも言えない。机の下で足を蹴ってサインしても、黙るどころか攻撃と認識して蹴り返してきそうなくらい頭メダパニ状態。
そして、まさかの√に飛び込むのが今の川崎クオリティである。
「うぅん、ふつぅに一人暮らししてたんらけろ、バイトさきつぶれたんらよね」
「うわぁ……それ、給料未払いでしょ。悲惨……」
一同がうんうんと頷く。これには俺も含まれた。
「家賃たいのぅして親にも頼れなひから、消費ひゃ金融にお金借りにいったの」
会話が生々しくなるにつれ、川崎を見る目も痛ましくなっていく。口は軽いのに内容がヘビィである。
「そしたら、ひきがゃに声かけられて……、お金貸してくれた」
「……え、どんな関係?」
お金を貸す時点で見ず知らずの仲でないのは察しただろうが、真鶴は本人の口から詳しく聞きたかったようだ。
「……高校の、同級生、らけろ……」
「――ふ~ん?」
川崎は酔いが一段と回ったのか、より一層顔が紅潮する。それを見て、訳知り顔でにやにやと相槌を返す真鶴。他の女子たちも川崎に生温かい視線を送っていた。
え、なにこれ? 女子たちって俺の聞こえない周波数帯で喋ってるわけ? 会話成立しちゃってるみたいだけど、何のことかさっぱりだぞ。
「それでお礼に住み込んで家事をしてると」
真鶴、これ以上掘り下げる発言は控えてくれ。俺のライフはもうゼロだし、なんならその後、
約束されたリンチの刑。なにそれ、
「何も住み込みじゃなくても普通に通えばいーしょっ⁉」
「たいのぅ分払ったら余裕ないひ、時期がハンパで寮も空きないひ……」
「じ、じゃあさ、もし仮に、仮によ? 俺がお金貸したら、俺んちで住み込みとか有り系な感じ?」
似戸部、お前必死すぎだから。必死すぎて言ってることのゲスさに気づいてないし。
「あんらから借りるわけないれしょ」
酔ってても容赦のない川崎である。
「だいたぃ、よんじゅぅ万も用意れきないれしょ?」
「よっ⁉」
「よんじゅぅっ⁉」
その負債額に全員言葉を失った。空気よりも軽い口がどんどん信用情報を垂れ流していく。マジで黙って欲しい。このままいけば俺まで情報漏洩に巻き込まれるのも時間の問題である。
「なっ⁉ それ、ボンボンじゃん! ないわー、金チラつかせるとかないわー」
「えっ! 資産家なの⁉」
お前が言うな。ブーメランぶっ刺さってるぞ似戸部。
真鶴、お前もゲスさが漏れてる。やはり、俺の警戒警報は間違っていなかった。こいつは地雷だ。やべー奴だ。
色めき立つ面々をスルーして川崎は話を続ける。
「らから、利子のつもりで家事してんろ。家じゃ妹の面倒もよく見てたひ」
「‼ 川崎さんも妹ちゃんいるの⁈ っべー! 紹介してくれっしょ!」
あー……、やっちまったな似戸部。アンタッチャブルなんだよそこは。ほら、川崎がこれ以上ないくらい眉根を寄せてるだろ? おまわりさんこいつです。
「……あんら、けーちゃんをどーする気?」
ガタッと立ち上がり、似戸部を睨め付けた。
「妹ちゃんの名前、けーちゃんっていうの? 何系? 可愛い系? 綺麗系? うわやば、ぜひぜひ紹介して欲しい系! みたいなっ‼」
うわやばっ……数秒後のお前がな。
お前が『紹介して欲しい系』ってより、お前を『公開処して欲しい刑』って方がしっくりくる。
「去年卒園した妹を紹介しれ欲しいとか本気れ言ってるわけ……?」
場が凍り付き、全員の視線は似戸部に向いた。似戸ペドさん事案です。
「え、え? うぇーい⁈ 妹ちゃん、小学生⁉ じーまー? ……べー、俺やっちまった系……?」
そうだな。取り返しが付かないくらいにはやっちまったな。
さらば似戸ペド。ようこそ塀の向こう側へ。
普段されそうなことを俺がするのは些か面映ゆいが、あまねく妹という存在を守るため避けては通れない。なにをするかって? 通報に決まってるじゃないですか。まぁ、立件も出来ないからさすがにしねぇけど。
でも、逆に言えば起訴まで持っていけるほどの証拠があれば通報も辞さない。俺もけーちゃんのためなら容赦はせん。
真鶴が興奮する川崎を宥めてなんとか座らせると、女子の一人が誰に言うともなく呟いた。
「でもいーなー、同棲。私もしたーい」
「同棲じゃらいから」
「はいはい、私も同居したいなー」
違いの分からない言い直しを何故か黙認する川崎。
このやり取りだけ見ても相当酔っ払っているのが分かる。
頼むから余計なこと喋って俺を社会的に抹殺しないでくれよ……。屋上で専業主夫志望の紙を拾ってやったらパンツ見られたとか、遅刻したら教室で寝転んでてパンツ覗かれたとか。
……こうして振り返ると、俺の高校生活って割りとギリギリ感あったな。むしろ酌量の余地なく有罪まである。白か黒かと問われれば間違いなく黒だろう。
…………いや、黒って隠喩だからな? 見たまんまとか言うんじゃねぇよ。なんなら白も清純な感じでいいよなぁ……って、こんな思考だから有罪なんだよ、バカ、ボケナス、八幡、出家しろ!
川崎の動向に激しく心かき乱されていると、懸念したのと少し違った方向に話が流れていく。
「ところで、そんな大金ポンと貸してくれるなんて愛されてるよね川崎さん」
「え?」
思ってもいなかったのか、川崎が呆けた声を上げた。俺も声を上げそうになったが、ぐっと堪えた自分を褒めてやりたい。
「だって、そーでしょ。ただの同級生に貸さないよね。40万って多分社会人してても悩むくらいの大金だよ。大学生ならなおさらじゃん」
「あー……、そう、らよね。……れも、そんらころなぃろ思ぅ」
なおも酷くなっていく呂律だが、周りも慣れてきてネイティブ感すらでてきた。
ここまで酷いと酔いもかなりのものだと推察できる。だから、これから川崎の返す言葉にどんな危険なものが潜んでも不思議ではない。むしろ、必然といえよう。
そんなふうに身構えていたが、備えを軽く凌駕するほどの
「
ぴしっ、という場の空気が凍り付く音が聴こえた。
瑕疵物件の元凶たる風呂場に独りで入るのが不安でな!
という、そこに至る経緯や事情の一切をすっ飛ばした告白。敢えて誤解を招くよう恣意的に切り抜いたのではと悪意すら感じられる言葉選びだった。
効果は絶大で、そのあまりの破壊力に皆動転し、次の瞬間、場は蜂の巣を突いたような騒ぎが起こる。
「⁉ ごっほごほっ、ち、ちょっと悪い……」
威力が想定外過ぎて、俺は堪らずトイレに避難した。
「えっ、それって……」
「きゃー、川崎さんだいたぁーん!」
「う、う、うそだ!」
「でも断られたならノーカンだろ」
「断るとかオトコじゃねぇよ……ってか、見せられないほど粗末なんじゃ……?」
席を立つ途中、思い思いの歓喜や嘆きが耳朶に触れた。最後のやつなど俺の息子を測る立派なセクハラである。いや、ヒキ・ハラだった。俺が被害者の方のな。マッスルリベンジャー・マリポーサヴァージョンと言い換えることもできる。
……余計に分かりづらくなった。
まぁ、俺を貶めたくなる気持ちは分かる。川崎と同居し、あまつさえ一緒の風呂を断って恥をかかせた男など恨めしくて当然か。だが、もし一緒に入ったら入ったで、今より悪罵に晒されていただろうことは用意に想像できた。俺にどーしろってんだよ。
どう転んでもリンチ不可避なこの状況、俺はトイレの天井を見つめて現実逃避中であった。
どーすっかなー……会費前払いだしこのままブッチが一番平和な気がする。
……そうだよ! 財布は持ってるし、他に荷物なく身軽なんだからそうすりゃいーんじゃん。あったまイー!(字面は頭悪そう)
しかし、打開策と同時に、酔いどれ住み込みJDの顔が思い浮かんだ。
泥酔状態に近い今の川崎をこの場に置いてとんずらする。そんな鬼畜の所業をすれば罪悪感が自らを蝕む。罪悪感で、小町から呼ばれる”おにいちゃん”が”鬼いちゃん”と聞こえてしまうくらいに心が病んでしまうかもしれん。
成り行きとはいえ、居を共にした俺が果たすべき責任に思えた。
……やはり、奴らの
うわぁ、お持ち帰りとか言っちゃったよ……、俺らしくねぇ……死にたい。
トイレで懊悩していると執行人の足音が聞こえてくる。ノックの後、扉越しに似戸部が話し掛けてきた。
「ヒキタニくん、トイレ済んだ? 話あっから出て来てくんない?」
似戸部の私刑宣告に暗澹とした気持ちになるが、川崎を連れ帰るためにもドアを開ける。目の前にはこの世の終わりみたいな顔した四人がいた。
……全員川崎狙いかよ。真鶴がいるだろ、俺は狙わないけど。絶対に狙わないけど。大事なことなので二回言いました。ついさっきのマジ天使発言をあっさりと翻す清々しさである。
男共は血走った視線で互いを見ていた。これはもうどうやって屠ってやろうかと目で打ち合わせてるのだ。
俺はというと、私刑なら頑張れる。死刑なら訴える。の腹積もり。
……訴えちゃうのかよ。死んじゃったら訴えれねぇし、殺人はそもそも非親告罪だ。
「……で、どんな刑か決まったか?」
似戸部にそう切り出し、自分から促していくスタイル。覚悟が出来ている証左でもある。
「あー……、ヒキタニくんはどうしたいん?」
処する方法を本人に訊いちゃうの? 選択制とか、なんで刑執行が海外方式なんだよ。
慈悲深いのか、それとも俺がどれだけ懺悔しているのかを測っているのか。だとすると随分と残酷な仕打ちである。より苦しむ刑を自ら選んでこその贖罪だと言わんばかりだ。恐るべし、この世の終わり四人衆。
「俺は川崎さんを迎えに来たひきがや? って奴を労う名目で一杯奢ろうと思う」
俺が答える前に松田が言葉を引き継いで話し始める。
ん? ひきがやって奴?
……あっ‼
そうか。俺は自己紹介を
ふふん、馬鹿め! そっちは本名だ‼
……囮にする方、間違ってません?
仕方なく本名を犠牲にしたまま、こいつらに最後まで喋らせようと調子を合わせる。
「その酒に将来外科医の俺が持つ睡眠薬を混ぜてお持ち帰りを失敗させてやろうかと。なし崩しで川崎さんもカラオケに連れて行けるし、一石二鳥だろ? 川崎さんの酔い覚ましのためとか言って薬が効くまで引き止めてやればいい」
普通に犯罪計画だった。というか将来外科医って……薬扱うのは薬剤師だろ。いや、そもそも将来外科医じゃ医者ですらないし、薬剤師だとしても睡眠薬を持ってることとの因果関係もないし、色々とツッコミどころ満載である。その発想から睡眠薬を用意していた本来の目的まで見て取れた。故に思う。こいつはゲスだと。
もし将来この医者に当たったら、担当医変更ありきのセカンドオピニオンを決意する。
「俺はひきがや? が川崎さんに貸した金と返済手段に対して追及する」
弁護士志望の清川らしいアプローチに耳を欹てた。
「大学生で40万も貸すなど窃盗か親からの援助だろ。窃盗なら言わずもがなだし、親の援助であっても川崎さんを買ったという事実から人身売買罪が適用される。むしろ親の援助なら、親が共犯であると訴追することも可能なはず!」
主張が事実無根過ぎて聞いていた時間を返せと怒りが込み上げてくるほどであった。
「返済にしろ、利子にしろ、一緒に暮らして家事で払う? 川崎さんの手料理を毎日食べてたりうらやましい、朝の生理現象を包んだパンツを洗濯させてたりけしからん、お風呂に誘われたり許されない、これを人身売買と言わずして何と言うんだ⁉」
感情を漏らすな。所々私情が混じってて内容が頭に入ってこない。それに訴えるならありもしない私怨塗れの人身売買罪より、清川の睡眠薬混入計画事件にしろ。忖度するんじゃねぇよ。
お前がもし司法試験に合格したらこの計画を暴露証言し、懲戒請求してやろうと心に誓った。
残る山北はスマホを手にしながら、こう言い放つ。
「ひきがや? ってのが迎えに来たら、これで撮りながらあと
こいつもガチだ。ガチの犯罪者がいる。
知ってしまえば容易に対策できる清川睡眠薬混入計画より山北(ユーチューバー志望)の方が大ダメージだった。こいつこそ訴えられて然るべきだろう。是非訴えられるべきだ。お前の動画をネットで見かけたら、必ず運営に報告すると約束しよう。
尾行されたら俺よりも川崎の方が困るだろう。名を偽った意味――こうなると見越してたわけではないが――もなくなるし、何とか妙案はないものか……。
制裁の打ち合わせが終わって個室に戻ると、俺たちにとって、というより俺にとっての修羅場が展開される。
「ひきがゃ、今夜飲み会でご飯いらないっれいっれら」
川崎の発声はますます解読困難になっており、内容も俺の理解を超えていた。だって、俺ここにいるからね?
話を合わせるためにわざとそう言っているならまだしも、本気で別の飲み会に参加してると思い込んでたら普通に心配である。俺の存在が記憶から抹消されてるんだよなぁ……。
「はいはい、それじゃそのヒキガヤくん? に迎えに来てもらうから電話して」
「ん……」
やばいっ!
「またトイレ行ってくる。どうも腹の調子が悪いみたいだ」
この『やばいっ!』はもちろん腹の調子のことではないのだが、きっと他の連中には
外に出ると、ちょうどスマホに着信が入る。発信者は当然川崎。
恐る恐る通話を受けると、いつもの彼女からは想像できない陽気な声が聞こえてきた。
『あ、ひきがゃ、ろこ行っらの? これからデラート食べらら帰るんらけろ』
内容があまりに暢気過ぎて力が抜ける。さっきまでの俺の緊張を返せ。
「あのな、いま……」
『もしもし、ヒキガヤくん? ですか?』
「っ⁉」
舌足らずな口調から、甘ったるい声に変わった。当たり前だがこの声には聞き覚えがある。
『わたし、川崎さんの友達の真鶴っていうんですけどぉ』
「はぁ」
でしょうね。知ってる。
『彼女ちょっと飲み過ぎちゃってて……』
でしょうね。見てたし。
『これから二次会に行くんですけどぉ、これじゃ川崎さんは無理そうだし……』
でしょうね。聞いてた。
『ヒキガヤくんも今日飲み会って聞いたんですけどぉ、出来れば今から川崎さんのこと迎えに来てくれませんか?』
確かに飲み会中だが迎えというか、むしろお持ち帰り可能な場所に居ますけど。
川崎が何をどこまで話したのか分からないが、まだ奇跡的にヒキタニ=比企谷とバレてはいないようだ。
当然、お持ち帰り……ではなく迎えに行きたいところだが、真鶴の要求に応えると俺が比企谷だと確実にバレてしまう。そうなったら何をされるかこの世の終わり四人衆に嫌というほど聞かされていた。
現状を乗り切るためにどう返答すればいいか頭をフル回転させていると、真鶴が強い調子で言い放つ。
『……彼氏ですよね?』
同時に電話口から男共の嘆きが聞こえた。
待て、それは俺よりもこの世の終わり四人衆に効く。迎えに来させようと煽ったつもりなら逆効果だ。こんなこと言われたら(四人衆に聞かれたら)余計迎えに行きづらくなる。
いや、比企谷=ヒキタニと認識されてない以上、真鶴を責めるのは酷というものだが。
『あっ、と……ちょっと場所変えます』
そうしてやってくれ。無駄に四人衆のヘイトを高める必要はない。
『お待たせ。……で、彼氏なら迎えに来ますよね?』
彼氏じゃねぇよ……。
口から出かかるも、次の言葉がそれを飲み込ませた。
『川崎さん彼氏じゃないとか言ってましたけど、住み込みで家事までしててただの同級生とか信じられるわけないです』
客観的に説明され、状況の異常性に初めて気づかされた。
確かに一緒に住んでると聞けば大学生同士の恋愛同棲を思い浮かべるのが自然だ。住み込みJDメイドを雇っていると発想する方がおかしい。むしろ恋愛関係を否定したら、宿を貸し与える代わりに性を搾取する泊め男に思われてしまいそう。これだと外聞が悪いを通り越し、事案待ったなしである。
ここは嘘でも彼氏ムーブしといた方が誤解を生まなくて良いのかもしれない。嘘の彼氏とかいう新たな問題が生まれてしまうが……。
しかし、そうやって偽ると俺は予定通り処されることになる。嫉妬に狂ったこの世の終わり四人衆に。
なかなかの詰んだ状態に辟易していると、真鶴はお構いなしに話を続ける。
『それより、今日川崎さんが待ち合わせ場所に来る時、付いてきた男が合コンにも参加してたんですけど、その人物に心当たりとかありませんか? もしかしてストーカー?』
はい、心当たりありますよ。その人物、俺ですから。と本人が答えるわけにもいかず、黙り込んでしまう。
ってか、俺ストーカー疑惑かかってたのか。そんなのがいる合コンにお前どんな気持ちで参加してたんだよ……、心の底からすみません!
『川崎さん合コンでも人気だし、こんな状態で二次会に連れて行ってなにかあったらと思うと……』
確かに、疑いようのない川崎人気をこの目で見届けた。彼女を気遣うようなその言動に、真鶴を少し見直……
『……こんなに酔ってる川崎さんに甘えられたら、男共は簡単に落とされちゃいます。彼氏持ちでそんなの許されないでしょ、早く引き取ってください』
……すのを思い直した。
こいつ、結局自分のことしか考えてねぇ……。
いや、それは俺も同じか。川崎が泥酔して帰れないのに、男共の制裁を恐れて自己保身に走ってやがるこの俺と。
こんなの彼氏じゃなかろうと迎えに行くしかないだろ。一瞬でも放置しようと考えた自分に激しい嫌悪を抱く。
どんな形であれ、選択を正してくれた真鶴に心の中で礼を言うと、川崎を迎えに行くことへの抵抗はなくなった。
個室に戻ると、全員の視線がこちらを向く。
「あの……どなたでしょうか?」
皆を代表して不安気に問うてくる真鶴に説明する。
「電話で迎えに来てくれと言われた比企谷ですが……」
自己紹介して不審者から比企谷への転身を試みた。この言い方だと、不審者が成長すると比企谷に呼び名が変わる、みたいな誤解を生みそう。実に不名誉な出世魚である。
比企谷と口にした瞬間、電車内で『この人、痴漢です!』と叫ばれた男レベルに注目された。それ、潔白であろうと動揺するやつだから。つまり、俺もちょっとキョドった。
特に男性陣は様々な思惑があるのか、じっとりとした視線が絡みつく。中には、下の方に目線が向く者もいる。いや、粗末じゃないからね。……多分。
そんな中、真鶴は意外にも嬉々として迎えてくれた。
「ヒキガヤくんですか⁉ お待ちしてました! 川崎さん今こんなで、迎えに来てくださって助かります!」
証明の必要もなく不審者扱いは回避。合コンの時とは真逆の歓迎っぷりに、思わず力のない笑みが零れてしまう。
――あの後、俺は囮にした己の名と川崎を取り戻すため、一計を案じた。
腹痛と偽って抜け出すと、変装するための服を買って姿勢を正し、セットしていた髪を乱す。そして、変装といえばメガネだろう。
いつぞやの『意外に似合う、かも』と由比ヶ浜に言わしめたメガネと似たデザインの物をチョイス。高校時代の知り合いならともかく、付き合いの浅いこいつらなら騙せると踏み、”比企谷”に扮したのだ。
結果、俺の見立ては正しかったと証明されたのだが、本人が比企谷に扮するという正気とは思えない作戦を実行してしまうあたり、今夜の俺は酔っていると言わざるを得ない。
まぁ、比企谷に戻ったところで男子受けが悪いのは先の不安通りだが、大学で今後一生ヒキタニとして生を全うすれば問題ない。いや、本来は大問題だが、基本ぼっちな俺の大学生活で関わるのは似戸部くらいなので、似戸部にそう思わせていればいいだけだから、やはり問題などなかった。ぼっちが最強。またしても、それが証明されてしまったな。
とは言え、長い時間滞在すると襤褸が出る可能性は大いにある。俺は目的である川崎――テーブルで突っ伏すポニーテール――を捉えて彼女に近づこうとしたが、それを阻んだのは松田(外科医志望)だった。
「いま川崎さん気分悪そうだし、落ち着くまでちょっとだけ待ってあげてくれないかな? ほら、比企谷くんも迎えに来て喉渇いたでしょ。これでもどう?」
そう言って差し出されたビールには、恐らく睡眠導入剤が混入しているだろう。
「いや、有り難いんだが、俺は客じゃないからこの個室で飲む権利がないんで遠慮させてもらう」
社会規範に則ってやんわり拒むと、松田は悔しそうに俺と酒を交互に見やる。ぶっちゃけ酒に薬入れるとか普通に危険だからやめとけ、マジで。
「川崎さんまともに歩けないっぽくないすか? 俺も一緒に送ってきますよ」
それはユーチューバー志望山北が口にした助勢の言葉。だが、住所の拡散が目的だろ?
「大丈夫、タクシーで帰るから。気遣いありがとうな」
住所漏洩の可能性を一刀両断する。
「タクシーで大丈夫ですか? 結構お金かかっちゃいますよ」
清川(弁護士志望)はそう言って俺の懐を心配するが、金の出処を突きたがっているのは知っている。
「講義以外の時間はバイト入れまくってるから懐に余裕はある。こんな状態の川崎を電車になんて乗せれん」
資金は窃盗でも援助でもなく、愚直なアルバイトだとはっきり教えてやる。おまけにタクシーで迎えに来ることで勤務形態超ホワイトアピール。人身売買などという事実無根を挟む隙は与えない。
悉く狙いを躱す人生二度目のような立ち回り。それを支えたヒキタニの素晴らしき諜報活動に、心の中で賞賛する
後は川崎を起こして連れ帰ればミッション終了。そう思い、テーブルから生えるポニーテールを見下ろし佇んでいた。すると、真鶴が隣へちょこんと寄り添う。
そして、小さく秘め事めいた囁きを俺の耳へ送り届けた。
「……実は、合コンに参加してたヒキタニ? っていうストーカーはお腹が痛いって言って先に帰っちゃいました」
律儀にも、電話で話していた要注意人物(俺なんですけど)の報告をしてくれた。その時はストーカー疑惑だったのに、今ではストーカー認定済みの口振りなのにちょっと傷ついたのはここだけの話。
今後、女子の前でヒキタニと名乗りたくねぇなこれ。でも、男子の前では比企谷を名乗ると身の危険を感じるんですがね。これは、いよいよオタガヤとして再デビューする日が訪れたか……、ってオタガヤは社会的に仮死状態。ヒキハラは……存在が被ハラスメントで名乗りたくねぇし。なにそれ、俺の人生詰んでるじゃん。
どの名前も世間体は虫の息で、人生の絶望に打ちひしがれていると、真鶴の言葉がぽしょぽしょと続いた。
「……引き留めた方が良かったです?」
恐ろしい気の回し方をしないでくれ。引き留めていたらこうして迎えに来ることは出来なかっただろう。
「引き留めなくて良かったと思うぞ。別の問題が発生しそうだし」
主に俺がここに来れない問題がな、とは口にしないが。それは真鶴にとって窺い知れぬ部分だし。
だが、彼女は別の意味に受け取ったらしく、妙に納得する。
「そうですよね、鉢合わせて刃傷沙汰になられても困りますし」
「そ、そうそう……」
返答が物騒すぎて俺の方が言葉に詰まった。刃物はいかん。せめて平塚先生好みの男同士肉体言語で語り合う展開止まりにして欲しい。俺がノックアウトされる展開は避けられないがな。避けられないのかよ。
避けられない世界線を勝手に妄想し、味わわなくてもいい辛酸を舐めていると、未だ吐息がかかる距離に真鶴の顔があった。
すんと軽く鼻を鳴らすと、目を丸くする。
「……っ?」
え、もしかして俺臭かった?
おかしいな。そう思われないために合コン前から小町特選コロンを吹き掛けてきたのだが、これで掻き消せないほどの成長を遂げてしまったのか俺の加齢臭。今年の誕生日も小町特選コロンをプレゼントされるかもしれん。
そんな益体もないお盆帰省を夢想していると、真鶴は驚いた表情で固まっていた。しばらくすると、記憶が呼び起こされたのか、無意識に洩れた呟きが俺の耳朶を打つ。
「……ヒキタニ?」
「⁈」
まさかの一言に、俺の心臓は大きく跳ね上がる。
努めて無反応を装うも、全身の毛穴は開き、汗腺からぶわりと汗が吹き出す。
激しく猛る心音が傍らの真鶴に聞かれないかと気が気ではなかった。
つづく
いかがでしたでしょうか。
またサブキャラたちとのやり取りがくど過ぎないか心配ですが、それも次話では落ち着くんで御辛抱ください。
次回、いよいよお持ち帰り!
……出来るのだろうか?