非きこもり、JDを拾う。そして、育てられる。   作:なごみムナカタ

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比企谷八幡と川崎沙希の物語。

今回は、八幡がどうして脱ひきこもりを果たしたのか説明されてます。
原作の八幡は大人びていたけど12巻で大学の学費をよく知らないみたいな描写もあったので、それを利用しました。

2024.5.2 設定変更に伴い、一部追記修正


非きこもり、JDを拾う。

「ところで、さ……あんたも一人暮らししてる、でいいの?」

 

 かつての二年F組の人数以上いるであろう福沢達を指で弾きながら、目線を合わせず訊いてきた。

 女子ってなんで他のことしながら話したり出来るんですかね。俺なんて脳内で捻くれ思考展開中は他人の話を拒絶する。なにそれ、絶対不可侵領域(ATフィールド)じゃん。ぼっちが捗る。

 

「そうだな。それで合ってる」

「ふーん……」

 

 女性店員がちらちらとこちらを見てる。珈琲のお代わりを注ぐタイミングを窺ってるのか、川崎の数えてる諭吉達を見ているのか。

 いや、十中八九後者のようだ。女とは金から目を離せない呪いにかかった生き物である(最低の偏見)。俺は目が腐る呪いにかかっているが(ただの事実)。その因果を捻じ曲げるためにもお代わりを頂いた。

 

 川崎がパチンと音を鳴らし札を数え終えた。札勘が様になり過ぎだろ。この後、扇みたいに広げて(横読みで)ダブルチェック始めちゃったらカッコ良過ぎて危うく惚れてるところだわ。

 

「ん、ちゃんと40万あるね。ありがと」

「おう」

 

 封筒を仕舞うと、川崎も珈琲のお代わりを貰う。女性店員は珈琲を注いだ後、まだちらちらと俺達を見ていた。

 

 ……手切れ金支払ってるように見えちゃってます?

 

 いや、俺が川崎に金渡して別れてくれなんて有り得ねーだろ。川崎から借りた金を俺が返済してるダメ男って感じなら分かるが。

 うわー、それある! だよねー、なんか真実よりも事実っぽくてウケる! 俺自身この金って貸したんじゃなく、返済してるって錯覚してきたもん。って、なぜか唐突にさばさば系JD(多分女子大生してると思われる)が憑依した。

 

 女性店員は他の店員のところまで行くと、トレーで口元を隠しているのにダダ洩れな声でひそひそと話し始めた。

『ねーねー、あれってもしかしてパパ活?』

『男が若過ぎるし、パパ活であんな出さないでしょ』

『あー、だよねー。じゃあ、男が逆ナンされて絵とか壺とか買わされた感じ?』

『それあるー! ってかそれ以外ないまであるー! ウケる!』

 などと、俺の中のさばさば系JDが伝染したような口調で、好き放題のゴシップが咲き乱れていた。

 あの、もう少し音量絞っていただけませんかね。親父のありがたい教育を思い出しちまったよ……。

 

 

 

 お昼も近くなり、何か頼もうと考えていると川崎が席を立った。

 

「あ、そろそろ行かなきゃ……大家さんに返済しなきゃいけないし。ここ払っとく。ありがと」

 

 伝票に伸びた左手に俺も手を伸ばす。川崎の手に俺の手を添える形となった。

 

「あ……」

 

 アスファルトに落ちて消える一片の雪のような儚い声が漏れる。

 触れた手はじっとりとして冷たい。自律神経の乱れがこの冷えを生んでいるなら、今も多大なストレスを感じているのだろう。

 やはり、川崎にはまだ懸念材料が残っているようだ。

 

「……」「……」

「……ねえ」

「……ん?」

「離してくれないと、会計できないんだけど……?」

「あ! ああ、すまん、わざとじゃない。っていうか俺まだ頼むし、まとめて払っとくからいい」

 

 手を離すと、自分の左手を押さえて俯く川崎。心なしか顔が赤い。まずい、怒らせたか。奢ると言って怒られるパターンは想定していなかった。小町なら喜んでポイント高いと連呼しそうだし、一色なんて奢りと分かると追加注文してきそうだ。ってかする。

 

「でも……」

 

 大金を無利子で貸してもらったせめてものお返しにと、そんなところだろう。

 だが、それだとこちらとしては困るのだ。これから家賃の返済で多くの諭吉達が命を落とすことが分かっているのに、こんなところで彼等に無駄な血を流させたくない。この先、川崎には物入りな未来が視えていたからだ。

 

「利子代わりとか思ってるなら全然足りんから無理するな」

「……あ」

 

 ……ちょっと酷い言い方だったか。

 気落ちさせちまったようだし、フォローしといた方がいいな。

 

「それならお前に家事とかやってもらった方が全然助かる」

「なっ⁉」

 

 川崎は両腕で身体を抱くようにして、背もたれ一杯まで後ずさる。

 俺にとっては、奢られても大して益がないと比喩したつもりだが、少し気持ち悪い発言だったかもしれん。加減が難しいな……。

 なんとかしないと通報されちゃうぞ☆ という、それこそ気持ち悪い囁きが脳内に響き、さっきのフォローを捻くれ思考でアレンジし、ブラッシュアップする。

 

「言い方は悪いが、もともと無利子で返済義務がないのに、対価として元本返済までお前を使い倒せるとしたら利子分なんかよりも高い労働力と効果が期待できるからな。助かるを通り越して丸儲けと言わざるを得ない」

「ほんとに言い方悪いんだけど……」

 

 警戒レベルは下がったが、俺の人間レベルはもっと下がった。川崎の視線からは呆れを通り越し、蔑視すら感じられる。

 

「……ま、あんたらしいかも」

 

 ふっと笑みを見せ、川崎は席を立つ。

 

「……助かるよ、御馳走様」

「おう」

「今度、なんかお礼するから」

「……じゃあ、落ち着いたら後で電話くれ」

「え?」

 

 俺の言葉をどう解釈したのか、眉根を寄せて見つめてきた。

 もしかして、せっかく下げた警戒レベルまた上がっちゃうのでは……。

 

「……なんで?」

「お前がその金でゲームやフィギュアを買ったりしないよう監視の意味も含めて、大家さんに確認を取っておきたいからな」

「だ、誰が! そんなの買うわけないでしょ! あんたと一緒にしないで!」

 

 それは違う。ゲームはともかくフィギュアを買うのは材木座だ。

 この前など「限定フィギュアの抽選に漏れたが、その直後にメルカリで買えたのだ! これぞ我が強運!」などと心底どうでもいい自慢話をしてきた。本当に強運ならまず抽選に当たるだろうが。むしろ、メルカリで割高購入したのだろうから不運でしかない。そんな雑音で俺の記憶領域を侵さないで欲しい。

 アドレス帳からあいつの番号を削除したら本人も召されないでしょうか、心臓麻痺かなんかで。Deathマートフォンかよ、なにそれ欲しい。だが、俺のアドレス帳は登録数が少ないので、やはり新世界の神にはなれなかった。

 

「まあ、一応アフターケアまでしておかないとって感じだな」

「……そう」

 

 含みのある言い方に釈然としない表情で応える川崎。

 出来ればこのアフターケアは杞憂に終わって欲しいと願うのだった。

 

 ……あと店員さんたち、俺がなにも受け取らなかったのを見て「パパ活の方だったかー」とか「後日、壺とか発送されるんでしょ」とか分析しなくていいですから。

 

 

×  ×  ×

 

 

 一旦、アパートに戻った俺はカレンダーを眺めながら、今後の予定を確認する。

 勢いで40万も貸しちゃったが、結構な大金だよな。またバイトを頑張らねばならない。

 

 俺の高校時代までを知っている人間からは考えられないだろうが、こうなったのにはそれなりに理由があるのだ……。

 

 

 このままでは兄が一生実家暮らしをしかねないと危惧した小町は、妹離れを強要するため「出てって」と後押ししたのだ。決して比企谷兄妹不仲説から端を発したわけではない。ないよね?

 

 そして、これに賛同したのが両親である。

 特に親父は力強く同意し、二度と俺が帰って来ないよう破格の仕送りで実家から遠ざけようとした。

 小町の歓心を買いたきゃ俺を金で追い出すより他にやりようあるだろ。だが、そうしないのは俺の親らしく、捻デレであるがゆえなのだと気づいた。

 

 俺が一人暮らしをすることに母ちゃんは多少心配だったようだ。高校を卒業する前あたりから、具体的な金に関する話を聞かされるようになる。

 一人暮らしの生活費を試算され、受験が終わった後にバイトを勧められた。

 

 今までバイトを長く続けたことがなかったので、一ヶ月みっちりと働いて得られた結果に愕然とする。

 給料の少なさに見合わない労力と拘束時間。

 入学料に始まり、後援会費やら同窓会費やら保険やら教科書やらパソコン教材やらと、挙げれば切りがない大学費用。

 俺の一ヶ月のバイト代などなんの足しにもならんような金額がずらりと並んだ。

 一般的な金銭感覚は持っているつもりだったが、表面しか見えていなかったことを思い知らされた。

 大学とはクソほど金が掛かる悪魔の様な搾取施設であったのだ。

 

 こんなのを見て金の重みを知った後で、あの破格の仕送りが俺を遠ざけるためだけのものだとは思えない。これは小町を理由にしてその実、俺の仕送りを増やす親父の捻デレなのだろう。俺はその意図を理解した上で、ありがたく享受した。

 

 一方で、俺から小町との生活を奪う目的も確かに含まれていたため、あまり心は痛まなかった。なんせ盆暮れ以外で迂闊に帰省しようものなら逆に罰金を取ると契約書を書かせてきやがったからだ。感謝と憎悪の入り混じった極大消滅魔法で親父を消滅させたいくらいだが、仕送りも消滅するので我慢した。

 

 こうして金の価値が身に染みた俺は、仕送りで余裕があろうとも安物件を選び、バイトにも精を出した。

 結果、それで川崎を助けることができたのだから、小町と両親には感謝しかない。

 

 

 

 prrrrr...

 

 高校時代までほぼ鳴ったことがないスマホが鳴る。

 最近では、バイト関係者からまあまあ電話がくるので驚きはしない。

 この着信は川崎からだった。

 

「はい、どちら様でしょうか」

『あ、あたしだけど……』

「壺なら間に合ってますんで」

『は?』

 

 ついさっきの女性店員さんがしゃべってた内容がちらつき、妙な返しをしてしまう。

 

「あ、いやすまん。名乗らないから詐欺かと思って」

『詐欺って……名前登録したでしょ』

「電話の持ち主と電話してきた人物が同一とは限らんだろ」

『……屁理屈』

 

 こういう心構えが未然に詐欺を防止するんですよ、と言ったら呆れられた。あれ、内容は至極真面目でまともでしたよね。解せぬ。

 

 律儀に電話をくれた川崎は、ちゃんと返済した旨を伝えてきた。

 もちろん使途に疑いはない。連絡させたのは他に知りたいことがあったからだ。

 

「そうか、良かったな」

『うん、ほんとに助かったよ、ありがと……』

「まあ、なんにせよこれで一件落着、か」

『……あ、あの』

「なんだ?」

『……』

 

 川崎は言い淀み、口を噤んだ。

 電話でそれやられると、連絡網で次の女子宅へ電話した際に「あ……」「うん……」の二言しか返ってこなかった中学の頃を思い出すからやめてほしい。

 だが、急くようなことはせず、川崎が話し始めるのを待った。

 

『えっと、あのさ……』

「……」

『……っ』

 

 へどもどする様子から、俺が予想していた事態に陥っている可能性が高そうだ。もうこちらからはっきりと訊いてしまおうか。

 

「……大家さんとトラブったか」

『っ⁉』

 

 電話越しでもその動揺は感じ取れた。

 先程と同じように待つこと数十秒。川崎はようやく話し始める。

 

『……あんたって、なんでも分かっちゃうんだね』

「なんでもは知らないわよ。知ってることだけ」

『……なにそれ、キモいよ?』

 

 冷やかな返しに身体の熱が下がる気がした。

 知らないかー、羽川翼。川崎はサブカルに詳しくなさそうだしな。それよりもなにより間が悪い。今は真面目な話なんだから茶化していい場面じゃなかった。

 

「悪かった。ちょっと調子にのったわ。それで、どうなったんだ?」

『……その、実は……ううん、やっぱいい、忘れて』

 

 ここまで引っ張られてやっぱいいとかないわ。俺を悶えさせたいの、この子?

 

「そこまで話しといて『忘れて』とか、むしろ気にしろって言ってるようなもんだろ」

『……だよね、ごめん』

 

 観念したのか、ぽつりぽつり話し始める。

 その内容は俺の想察通りどころか、予知レベルに的中してて怖くなった。

 

 家賃滞納の原因はバイト先の倒産による給料未納状態が続いたせいであり、今後も未納分を回収できる見込みがない。つまり、今回こんなゴタゴタを起こしたにも拘わらず、以降もしばらく家賃滞納が続くことは確実である。

 しかも、こんな時のための保証人である親への連絡を嫌がるのだから、大家さんに地雷借り主と認定されてもおかしくない。このままでは同じ下宿には居づらくなるのは目に見えていた。こうなると最悪……、

 

「……ひょっとすると、まずい感じ……なのか?」

『……できるだけ早くに……って言われた』

 

 二人ともしばらく無言になる。

 最悪のケースだが、話を聞いていた限り想定できたことだ。

 三、四ヶ月分滞納していて保証人が機能しないとなると、法的措置で強制退去させられても文句がいえない。

 俺も一人暮らしを始める前はかなり入念に調べたからな。追い出されないまでも、大家さんの不興を買うと住みづらいし。それもあって、物件選びの条件は家賃ただ一点に絞って吟味した。絶対に滞納しないよう安い物件を探しまくったのだ。

 

『……っ』

 

 時折り、すんっと鼻を鳴らす音が聴こえる。

 泣いているのだろうか。そう思うと街中で遭遇した川崎の姿が浮かぶ。

 

 今後、川崎は実家へ帰るしかない。

 しかし、彼女の家庭は裕福ではないのにわざわざ金のかかる一人暮らし選択をした。ということは、実家通いより相当のメリットがあったのだろう。一人暮らしを断念したとなると、親に知らせず口止めしたことがマイナスに働くし、実家に帰ってもひと悶着ありそうだ。

 

『……あの』

「あ? ああ、なんだ?」

 

 思索に沈潜していると、川崎の方から声がかかる。

 

『えっと、その……せっかくお金貸してくれたのに、こんなことになってごめん……』

「あ、いや、気にすんな」

『……実家ならお金かからないし、年内には必ず返せると思うから……』

「……」

 

 お金がかからないという好内容に相応しくない声音が、惜しむ気持ちを顕していた。

 

「実家に戻るのか……」

『……他にどうにもできないからね』

「別の下宿は探さないのか? 俺への返済はいつでもいいんだぞ」

『……出来るならそうしたいけど、早く退去しないといけないから探してる時間がない、かな。それに……』

 

 大学二年次は単位取得に忙しくなるだろうし、バイトの時間も減るだろうから、経済的にますます下宿先の選択が狭まりそうだと、力なく答える。最後の方は消え入りそうな声であった。

 

 やはりこの手しかないのか……。

 喫茶店で別れる前から考えていた問題の解決……いや、解消方法。

 一番効率がいい方法ではあるものの、お互い譲歩が必要となる。

 

『……あの』「あのな……」

 

 切り出しが被ってしまい「あ、どうぞ」『あんたからでいいよ』という『道でぶつかりそうになってお互い同じ方へ避ける現象』が発生してしまう。

 

「……」『……』

「……お前の下宿先ってあそこから近いのか?」

『え? あ、うん、歩いてすぐだけど』

 

 ということは、こことも近い。物理的な障害はないことが確認できた。

 この部屋で一人暮らしを始めた日のような決意で、川崎に提案する。

 

「……次の下宿見つかるまで……うちに泊まるか?」

『……っ⁉』

 

 次の下宿先が見つかるまでの期限付きなら……川崎にとって悪くない案だと考え抜いた末のアフターケアである。

 無論、男女同じ屋根の下で生活する問題はあるが、ほとんど寝に帰ってくるだけの下宿で間違いなど起ころうはずもない。

 

 川崎さえ了承してくれれば、その間は無賃で寝食する場を提供してやれるのだが、やはり無理か……。

 

『……』 

 

 ゆっくりと返事を待つつもりだったが、冷静に振り返るとあまりに気持ち悪いことを言っている自覚があったので、やっぱりなかったことにしようとする。

 

「あー、……悪い、やっぱ無理……」

『……利息』

「え?」

『……あんた、言ってたよね。利息は家事をやってもらった方が助かるって』

 

 さっき喫茶店でおどけて話した戯言だが、ここへ来て蒸し返されるとは思わなかった。

 

「言ったけどそれは、」

『……あたしが家事してあげる』

 

 冗談だったと続けようとしたが、それを無力化する一撃を放ってきた。

 

「いや、でも……」

『そ、その代わり、あの、』

 

 口調はしどろもどろであったが、核心部分はクリアに届いた。

 

『……す、住み込みでも、いいなら……』

「え、あ……」

 

 予想外の返答に、今度はこっちがへどもどしてしまう。

 かろうじて返事をした俺の言葉は、

 

「お、おう……ま、その、……よろしくな」

 

 なんとも頼りないものであった。

 

 

 ――比企谷八幡、大学生活二年目の春。

 ワンルームアパートで、住み込みJDメイドを雇うことになった。

 

 

 

つづく




いかがでしたでしょうか。

これで導入は終了です。
明確にプロットを用意していたのはここまで。見切り発車ですからね。

次話から念願の八沙同棲生活がスタートします。
今後は不定期更新&のんびりでやらせていただきます。

沙希の設定は以下の通りです。


◆川崎沙希◆

国立大学二年生。高校卒業後一人暮らし。
バイトに明け暮れていたが、給料未払いが続き、一人暮らしの継続が困難になったところを八幡に救われた。
八幡に対して意識しており、まだ気持ちが残っていた。
今回の出来事で再燃する。

高校時代は原作通りの設定。


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