非きこもり、JDを拾う。そして、育てられる。   作:なごみムナカタ

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嬉しいからか筆も進み、投稿間隔一週間という素早い更新です。

タイトルがホラーチックですが、そういうものとは全く関係ありません。
というか、タイトルが適当過ぎるので、もし良いのが思い付いたら変えるかもしれない。


2025.2.9 サブタイトルを修正


非きこもり、着信あり。【前編】

「……がや、……比企谷起きな」

「ん……あと五分……」

「あと一分でプリキュア始まるけどいいんだね?」

「……もっと早く言えよ、起きる起きる」

 

 五大ライフラインの一つ(俺調べ)であるプリキュアにせがまれては起きざるを得ない。俺の起床にプリキュアを持ってくるとは味な真似を。比企谷検定三級くらいの理解度がありそうだ。

 

「はぁ……、けーちゃんと同じ扱いされて情けなくないの?」

「ばっかお前何言ってんだお前、けーちゃんと同じ扱いとかそれはつまり俺がけーちゃん並みの天使と同義ってことじゃねえか。情けないどころか感謝のありがとうが咽び漏れるんだよ。そこ(けーちゃん)からならワンチャンプリキュアになれるかもと希望すら抱きそうじゃねえかいい加減にしろマジで」

「……あー、褒めてくれるのは嬉しいし、情けなくないならいいんだけど、そんなあんたにお金借りてるあたしの方が情けなくなってきた」

 

 喜びと呆れの入り混じった表情で溜め息を吐く。溜め息って時点で呆れが勝っちゃってるんだよなぁ。MAXコーヒーに例えるなら、喜びがコーヒーで呆れが加糖練乳といったところか。……なんでマッ缶で喩えた? それだと呆れが圧倒的じゃねえか。

 

 横になったまま喋っていると、起き抜けの視界に飛び込んで来たのはゆるいタンクトップにショーパンという出で立ちの川崎である。

 まるでグラビアアイドルのSNSにUPされそうなセクシーオフショット。いや、アングル的にこちらのが破壊力は上であった。何故ならショーパンの隙間から見えてはいけない黒のレースが一部露出し、直視した俺の下腹部が鈍く痛み出す。――きつりつしたっていいじゃないかおとこのこだもの ―ヒキタニはちまん(『おとこのこだもの』より)。

 ポエムる間も無意識でローアングルの川崎をエイミングしていたようだ。俺を睥睨する彼女は怒ったような、それでいて仄かに羞恥を宿した表情でぽしょっと呟く。

 

「……………………すけべ」

 

 だから無理なんですって、男の子なんだから。むしろその格好で自衛しない女子側に問題があるとすら思っているぞ、いやマジで。もしくは、夏という季節を作り賜うた神にこそ責任がある。

 神を用いた壮大な責任転嫁をしつつ、プリキュアのOPが室内に流れ始めた。

 

「……お前も見るか?」

「見るわけないでしょ。京華がいれば真面目に見てるところだけど」

「そうだな、京華を俺の膝に乗せて見れたら最高だったな」

「なんで京華があんたの上なの。それってあたしの役でしょ」

「日曜の朝くらい男親が娘とスキンシップを図るもんじゃない、の、か……?」

「あんた父親じゃない、で、しょ……」

 

 誰が母親役なのかを想像してしまい、二人揃って赤面してしまう。

 

「……すまん、冗談にしても失言だった」

「べ、別に、気にしてない……」

 

「……」

「……」

 

「……あ、ちょ、朝食の準備、してくる」

 

 川崎は、そう言い残して逃げるようにキッチンへ向かった。調子に乗り過ぎたかと心中で反省し、そのままプリキュア観賞を続けた。

 しばらくすると、俺のスマホが鳴る。最近は持ち主同様、人並に働くようになった我がスマホには珍しい着信者名が表示されていた。

 

「……もしもし」

『八幡? どう、元気?』

 

 日曜のこんな早くにマイマザー(社畜)から電話とは。この時間は長き眠りの只中にあるはずだが。

 

「なんか用? ってかいつもなら寝てる時間だろ」

『徹夜ついでにちょっと生存確認でかけただけだし、電話したら寝るつもりだからね』

 

 おいおい土曜出勤で徹夜かよ。期待を裏切らない社畜っぷり。どうやら徹夜明けのテンションが電話をさせたようだった。

 

「こっちはいつもと変わらん。母ちゃんも御変わりなさそうで何より」

 

 そちらも社畜のようで御変わりなく、という意味である。社交辞令でなく、ただの事実だった。

 

『ちゃんとご飯食べてる?』

「あー、ちゃんと食ってるよ。自炊もしてるし」

 

 川崎がな。とは口が裂けても言いませんが。

 

『大学はどう?』

「ちゃんと行ってるよ」

 

 ヒキタニという名前で(認識されているが)な。これも言えませんが。

 

『そういえば、あんた今年もお盆に帰ってくるんだっけ?』

「あー? まだ予定出てないが、そのつもりではある」

『そう……うーん、あんた今回は帰って来ない方がいいかもねぇ』

「えぇ……親父に契約書まで書かされて得た数少ない帰省機会なんだが」

『その時期は小町の夏期講習が入ってるみたいだし、お盆くらいはまともに休ませてあげたいのよ。あんたに小町のお世話なんて出来ないでしょ?』

「そんなことはない。小六までは飯も含めてちゃんと小町のお世話をしていたという自負がある」

『今もその頃から変わってないんじゃないの? そんなんで小町のお世話したら逆に気を遣わせちゃうでしょ』

 

 おかしい。川崎にお世話してもらっているせいで家事スキルにレベルキャップがかかっていると何故バレた? さては息子を心配するあまり盗聴器と小型カメラを部屋に仕込んでいるな。……妄想してると虚しくなってきた。事実なら子離れできない母ちゃんがストーカー確定でヤバイ。どちらにせよ救いがないどうも俺です。

 

「あー、俺って帰らない方がいいのか?」

『まあ、あんたがどうしても帰って来たいってんなら止めないけど、用もなくただぐうたらするだけなら小町が受験生の今年くらい遠慮してもいいんじゃない?』

 

 受験といえば、在りし日の小町を追想する。家事が好きと宣い、自分にも出来ることがあると誇り、お世話になりましたと感謝する小町に泣かされたあの日のことを。

 たとえ俺が完璧に家事をこなして小町の面倒を見ようとしても、俺のお世話をしてくるだろう。そんな妹だから小町を休ませるためには帰省を取り止めるしかなかった。

 妹成分を補充できる貴重なお盆だが、それが小町の負担になってしまうなら是非もない。

 

「……分かった。今年は帰省見送るわ」

 

 川崎に大金を貸して通帳残高が乏しいし、ちょうどいいのかもしれない。この夏は社畜化決定だ。まるで”アニメ化決定”みたいなコピーだな。まあ、昔の俺を知る人間が見れば同じくらい大事件なのは認める。

 

「――――朝ご飯できたよ、テーブル拭いとい……あ」

「⁉」

 

 テレビの音で電話していることに気づけなかったのか、川崎の声が入ってしまう。何故外に出ておかなかったのかと悔やまれたが後の祭りだ。

 

『あら? 今の声……ねえ、部屋に誰かいるの? こんな時間に?』

 

 やばい、やっぱ聞こえてた。この部屋の保証人である母には同居する川崎の存在を知る権利があるが、そうなると間違いなく小町にも伝わる。そして、かなり高い確率で雪ノ下と由比ヶ浜の耳にも届いてしまうため、守秘する以外ない。

 心の中でプリキュアに謝りながらこう告げた。

 

「ああ、テレビだテレビ。いまプリキュア見てるから、その声だろ」

『プリキュアって……あんた今いくつよ……』

 

 プリキュアをスケープゴートに誤魔化せたが、母の声は引いている。大学生の息子がプリキュアに夢中と分かれば、そのショックは計り知れない。これから更に頭の痛くなる屁理屈を捏ねるのだから、プリキュアより母にこそ謝罪すべきだった。

 

「それは偏見だ。プリキュアを最も視聴しているのは低年齢層だと思われがちだが、実は二十歳以上の大人は子供の二倍以上も視聴しているというデータがある。むしろ大学生の今だからこそターゲットの視聴層になり得たと言える。つまり、俺が視聴することは制作会社の企業戦略にもマッチしたごくごく自然な行動であり、教育や就労と並ぶ社会の義務にも似た……」

『あー、黙れバカ息子』

「はい」

『……一人暮らし始めてようやく普通になったと思ったのに、一体誰に似たのやら』

 

 嘆いているところ申し訳ないのですが、そんなの(親父)とマリアージュしたのはお母様なんですよ自覚ないのかこの人。

 何はともあれ川崎の声から意識を逸らせたので、強引に話を切りにかかる。

 

「あー、そろそろ準備してバイト行ってくるわ。母ちゃんも徹夜だったんだろ。早く寝とけよ」

『誤魔化し方までアレにそっくりだよ』

 

 アレ呼ばわりはさすがに酷すぎませんかお母さん。って、俺は普段クズ呼ばわりしてたわ。俺の方が酷かった。だが、親父の話題も出たことだし、ついでに礼の一つでも言っとくか。

 

「まあ、その、なんだ。仕送り、助かってる。サンキューな。ついでにアレにもそう言っといてくれ」

『あ、そう。伝えとくよ。あんたも車には気をつけるんだよ』

「あいよ。んじゃ」

 

 クズからアレに昇格した辺り、感謝しているのが伝わったことだろう。やっぱ俺ひでえわ。

 通話を切ると、テーブルには既に朝食が並んでいた。

 

「悪い。配膳までさせちまったな」

「こっちも電話してたの気づかなくてごめん。邪魔しちゃった?」

「いや、単なる生存確認電話だし、声はプリキュアで誤魔化した。相手が小町なら引くほど追及されて自白させられただろうな」

「プリキュアで誤魔化せるとか、あんたが普段どんな生活してるかが窺えるね」

「ブレない男だろ」

「ブレな過ぎて、むしろイラっとする」

 

 ええ……なんで謂れのない謗り受けてるの俺……。そっちこそ少しは取り繕ってくださいよ。俺のこと大志と勘違いしてるだろ。普段から色々チラチラしてて理性ガリガリ削られてんですよ……。

 

 などと不満を漏らせるはずもなく、二人でプリキュアを見ながら今週が始まった。

 

 

「……そういえばさ、さっき帰省がどうこうって聞こえたんだけど、あんたもしかしてお盆は帰省しないわけ?」

「母ちゃんに帰って来んなと言われたからな」

「え」

 

 驚愕の表情を向ける川崎。そんな憐憫の目で見るなよ。冗談だから。それに近いこと言われただけだから。……充分同情の対象だった。

 

「本気にすんなって。小町が受験勉強で疲弊してるから負担をかけないようにって配慮だよ」

「……それ、本気で言ってる? 妹が大事なら負担をかけないよう帰らない、じゃなくて、負担を軽くするために帰ってやんなよ」

「……あー、まあそうなんだが」

「あんた料理は普通に出来るし、確かに片付けは苦手だけどお盆までにあたしが躾けてやってもいいよ」

 

 躾けるとか言い方怖いんだよ、俺は忠犬八公か。

 

「それに、妹に会うの楽しみにしてたんじゃないの? 帰省なんてお盆と年末年始の年二回なんだし、帰ってやればいいのに」

 

 妹に会うという言葉辺りから優しい声音に変わっていく。彼女自身も京華に会うことを夢想したが故の変遷であろう。

 

「確かにその通りではあるんだが……正直な話、俺が小町の傍にいること自体が小町の負担になる要因だからな」

「なにそれ?」

「ん、昔小町にそんなふうなこと言われてな……」

 

 俺はそこまで言うと口を閉ざした。だって普通に恥ずいだろ、妹に泣かされたとか。それに小町の内面に関わることだし、勝手に話すわけにもいかない。

 

「……まあ、あたしが口挟むことでもないけど、お盆までまだ時間あるからもうちょっと考えてみてもいいんじゃない?」

「あー、そーだな」

 

 判断の余地を残すよう諭されたが、小町の性格を考慮して至った結論があるので、つい生返事をしてしまう。

 

「ほんとに分かってんだか……」

 

 川崎は気のない返事に溜め息を吐いていた。

 

 

×  ×  ×

 

 

 夕飯を済ませた俺たちは、前期考査に向けてローテーブルで黙々と勉強していた。時間を忘れて集中し、気づけば22時。切りの良いところで川崎に風呂を勧める。

 次に入浴(はい)る準備を済ませ、まったりとしていたらLINE着信が鳴った。ディスプレイを見ると世界の妹・比企谷小町の名が。

 

「もしもし」

『あー、お兄ちゃん? 小町小町。元気してた?』

「おぉぅ……オレオレ詐欺ならぬ、小町小町詐欺か。いくら振り込めばいい? それとも受け子を寄こす? はたまた電子マネーのカード番号?」

『それ、小町って名乗る時点でお兄ちゃんしか騙せない詐欺じゃん』

「それは違う。そもそも俺は騙されてなどなく、ただ妹に小遣いをやっているだけだ」

『もはや詐欺ですらなくなっちゃったよ……』

 

「ところでこんな時間に何かあったのか?」

『こんな時間って、これでもさっき帰ってきてささっと夕飯済ませたばっかなんだけど』

「ええ……日曜だからってこんな遅くまで何してたの。お兄ちゃんは心配だよぅ……」

『予備校なんだからしょーがないじゃん。もうちょいしたら夏期講習も始まるし、これからもっと忙しくなるよ』

「日曜もこんな遅くまで予備校行ってんのかよ。JK忙し過ぎだろ、労基に通報した方がいいぞ」

『それ、誰を処罰するのさ。保護者? お父さん? うわ、想像したら笑っちゃった』

 

 罪状は虐待かね。実態は猫っかわいがりな親父が冤罪でしょっ引かれる姿は確かに笑える。

 冗談はさて置き、これで夏期講習が始まったらと考えると、お盆に帰省しようなど思えなくなってしまった。

 

『そっちはいま何してたの?』

「そろそろ前期考査近いから勉強してた。もう終わったからちょうど良いぞ」

『おー、家でもそうだったけど、お兄ちゃんほんと真面目だよね』

「留年したら大学中退確定するからな。そりゃ必死にもなる」

 

 おどけた口調で言ったものの、100%事実である。

 

『あー、お父さん留年許さなそうだもんねー。小町も浪人しないようにがんばらなきゃだ』

「いや、あの親父のことだ。小町なら浪人上等、むしろGJ! とか言いそう。なんだったら浪人させ続けて一生家に縛り付けるまである」

『うええ、それ言いそう……ってか言う。小町絶対現役で受かるからね!』

 

 心底嫌そうな呻き声を上げて現役合格を誓う。まーた小町のやる気を引き出してしまったな。

 

「そういえば、そんな忙しいのに何で電話したの」

 

 益体の無い話が続く中、ふと思い付いた疑問を投げかける。

 

『あ、そうだった。お兄ちゃん、お盆は帰省しないってお母さんが言ってたけど、……ほんと?』

「ああ、今年は帰省やめとくわ」

『え、なんで? ……小町に会いたくないの?』

 

 元々帰省を遠慮するつもりだったが、さっきの話を聞かされ益々決意が固くなった。

 しかし、直截に話せば小町を責めているように捉えられるだろう。ここはあくまで俺の都合というスタンスを崩してはならない。

 

「……このところ何かと物入りだったんでな。夏休みはバイトをぎっちり詰め込むことにしたんだわ」

『へ、へー、そーなんだ。……って待って。それで小町小町詐欺にいくら振り込めばいい? とか絶対嘘じゃん』

 

 気づいてしまったか。だが、今出せる金額の範囲で振り込むつもりだったので嘘吐き呼ばわりは心外だ。

 

「たとえ金欠でも30分間250文字で小町への愛を囁き続けながら金を振り込むぞ」

『どこのスパチャなのそれ? 小町小町詐欺のライブ配信とか夏なのに永久凍結待ったなしだよ……』

「その氷を削ってイチゴとブルーハワイのシロップで食べたら俺の愛がもっと伝わることだろう」

『それ5000円の色(マゼンタ)だよ? お兄ちゃんの懐事情が思ったより余裕なのは分かった』

 

 愛情の値段をスパチャで表現する俺に対し、垢BANの凍結に掛けて上手いこと返す小町。やっぱりこの妹は分かってらっしゃる。

 

「ぎりぎりの懐事情からそれだけ捻出しているこの愛情深さを何故理解できない?」

『あーはいはい、小町も愛してる愛してる』

 

 天翔十字鳳を繰り出すサウザーよりも軽い愛してるを連呼する小町。むしろこの扱いは『愛などいらぬ』の顕れかもしれない。サウザーだけに。

 

『でもさ、金欠になるくらいの出費って何があったの? 今のお兄ちゃんはお父さんから多額の仕送りを受け取っていると伺っておりますが』

 

 何でそこに気づいちゃうかな。白状すると『JDに40万貸して月々の利息分で身の回りの世話をさせているんだ』ということ。言語化してみたらTPOに限らず打ち明けるべき事柄ではなかった。なので、それらしい理由をでっち上げなければ川崎の存在が漏れてしまうかもしれない。

 

「主に外食だな。大学のやつらとの遊興費」

『お、お兄ちゃんに友達が出来たの⁉』

 

 ちょっとこの妹失礼過ぎませんかね? 当たっているところがまた業腹なんだがな。

 

「友達というか、合コンだな」

『ごっ⁉』

 

 短く声を上げてから音が消えた。そんなに衝撃的なこと? それも失礼じゃない? 気持ちが分かるのもまた業腹なんだよなぁ。

 

『……そ、そう、なんだ。へ、へー……』

 

 返答に動揺が見られたが、次の言葉には微塵も感じさせなかった。

 

『生活費足りなくなるくらい合コン巡りするとか、これは近い将来お義姉ちゃんが出来ちゃう予感がするよ! 彼女出来たら紹介してよね! じゃあ、小町は勉強に戻るね。お兄ちゃんはバイトと合コン頑張ってー☆』

 

 一気に捲し立てて、一方的に通話が切られてしまう。

 いや、あの、合コンって言っても一回だけなんですけど……まるで合コンに入り浸る生活破綻者のような言い草に戸惑いを覚えた。まあ、帰省せずにバイトをぎっちり詰め込むとか、話の流れからそう捉えられてもおかしくはないか。

 だが、考えてもみてくれ。帰省すれば世界の妹・比企谷小町とただでお喋りできるのに、合コンなんかで無駄金つかうかよと。

 しかし、そう訂正出来ないのがつらいところだ。合コン一回で生活苦とか、どこのグルメチキンレースだよ。最下位食らわないとそんな支出にならんわ。

 

「たくっ、切りやがった」

 

 軽く舌打ちをして溜め息を吐くと、背後の人影に気がついた。

 振り向くと、長い髪で顔の隠れた女が佇んでいる。

 

「ひっ⁉」

 

 声にならない悲鳴を上げて後退ったが、よく見るとバスタオルを巻いて髪を拭いている川崎だった。

 元来、男としては喜ぶべき姿なのだろう。だが、まるで女幽霊そのものな風体に本気で身が竦んでしまい、それどころではなかった。ついにこの瑕疵物件で遭遇してしまったかと肝を冷やす。

 

「なんだよ。服着ろ、服」

「……ふーん、結局帰省しないことにしたんだ」

 

 会話内容を聞かれたのか、余計な気を回してくる。

 

「言ったろ。俺が帰ると小町の負担になるって」

「そうなの? 多分、あんた妹のこと分かってないよ」

「俺以上に小町のことを知ってるやつはいないだろ」

 

 親父は言うに及ばず、もしかすると小町とは母よりも近しいんじゃないか。そんな自惚れを川崎は一蹴する。

 

「今のあんたって、まるで初めて会った時のあたしみたいだね」

「あん?」

 

 初めてってのは屋上で出逢ったあれのことか? 俺は黒のレースをチラつかせたりはしてないぞ。ってか持ってねえよ黒のレース。今じゃ男が穿いてても驚かれない世の中なのにびびる。いやマジです。ニュースにもなりましたよこれ。

 

「なんか胡乱なこと考えてない?」

 

 俺がピンとこない顔で懊悩していると、認識に齟齬があると見抜かれた。それを正して導くため、核心に迫るひと押しを告げる。

 

「案外、単純なんじゃないの。あんたが拗らせてるからそう思うだけで」

 

 それを聞いて、電話での言葉が真っ先に思い起こされた。

 

 ――小町に会いたくないの?

 

 会いたいに決まっている。けど、会えば小町を苦しめるのなら会わない。たとえ小町に乞われようと、それが後々小町のためになるのなら喜んで撥ねのけよう。そういう優しさもある。

 確かに俺は拗らせているのかもしれないが、今回は間違っていないはず。そう自分に言い聞かせ、川崎の言葉を否定する。

 

 向き直ると、未だバスタオルのみを纏い、髪を拭く川崎の立ち姿があった。

 ……俺は座ってんだけど、ヤバいでしょこの位置関係。そんな視線を知ってか知らずか、川崎は手にしたスマホを弄り出す。その時、バスタオルの裾がちらっとするのが気になったのを全力で見ないようにした。なにか黒いものが見えた気がするが、決して見ていない。

 

「……服着てくれ、頼むから」

 

 顔を背けて、きつく目を瞑りながら訴えた。

 

「暑いし。でも下は穿いてるよ」

 

 良かったー、見えた黒いものが下着でホント良かった。ってか今朝も思ったが、黒のレースがもう見られていいセキュリティレベルに位置づけられてんじゃねえか、しっかり隠せや!

 そんな魂の叫びも、口に出さねば川崎の耳には届かない。恨みがましく睨め付けても糠に釘で、身を翻してこう告げた。

 

「あんただけ妹と電話しててずるいから、あたしもしてくる」

「ずるいってなんだよ……」

 

 バスタオルの下に実は穿いてたって方がずるくないですかね?

 隠せやと言ったりずるいと言ったり、理性と色情がせめぎ合い、俺の情緒はもう訳わかんねぇよ。

 

 

 

つづく




いかがでしたでしょうか。
20話にしてようやく小町が登場しました。電話のみですが。
小町が出てくると八幡とのやり取りが書きやすい。普段からキャラ崩壊しないよう注意してるので、沙希があんまりにも八幡とテンポよくコントすると不自然な気がして無意識にブレーキかけちゃうんですよね。小町だとそんな心配もなく、好き放題出来るのが助かる。

これから夏のイベントを取り扱っていくつもりですので、ご期待ください。

それでは次もお楽しみに。
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