非きこもり、JDを拾う。そして、育てられる。   作:なごみムナカタ

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これは比企谷八幡が大学二年生の物語。
八幡と沙希は同居することになり、様々な出来事が起こっていく。

長くなったので前後編に分けました。そのせいで、非きこもり史上最も文字数が少ないです。
しかし、これくらいがSSとしては普通だと思われる。わたくしの感覚がちょっとバグってきてますね……。

2025.3.17 注釈タグを追加


非きこもり、JDと共に帰省する。

「あっつ……」

 

 しまった、もう少し日が傾いてから出かければよかったか。照りつける日差しを手で遮りながら後悔の念を口にした。

 暑さのせいで、アスファルトから陽炎が立ち上っている。前はアブラゼミの大合唱が否が応でも耳に飛び込んできたが、今は静かなものだ。蝉も暑さには勝てないらしい。というのも、蝉は34℃以上だと鳴かなくなるし、なんだったら35℃以上では命の危険すらあるという。

 

 そもそも、なぜ夏期長期休暇が存在するのかといえば暑いからである。この前提条件が崩れることはない。その証拠に夏でも涼しい北海道は夏休みが極端に短く、逆に寒い冬は冬休みが長期に及ぶ。したがって、気候条件によって長期休暇は定められていることが立証できる。

 すなわち暑さから身を守るための夏休みなのであり、本来的には外に出ることが許されていないのだ。つまり文部省が制定したチープ戒厳令とも言える。夏休みに外に遊びに行くとか法的にはグレーゾーンでしょ?

 そんな蝉すら召される酷暑な昨今、夏期長期休暇の規範に則るなら盂蘭盆会(うらぼんえ)は二ヶ月くらい先送りして然るべきだ。きっとその頃には秋が近づき涼やかになっているだろうし、ご先祖様も許してくれるだろう。俺がご先祖様なら喜んでそうする。ていうか、浄土に引きこもって現世に戻らないまである。

 

 駅の構内に入ると人口密度が増したせいもあって確実に温度が上がっていた。やはりこの時期に帰省はすべきでないと断言できる。

 この猛暑では実家に辿り着くより前に浄土へ召されるであろう、蝉と共に。……こう言うと俺が共に逝くほど蝉をリスペクトしているのか、蝉並みの生命力しかないことを嘆いているのか判断が難しい。どちらにせよ人としての在り方がおかしいことに異論はないけどな。

 そんな益体のないことでも帰省の助けになる。なにせこの猛暑。気を紛らわせていないと苦しみで下宿にUターンしてしまいそうだからだ。

 けど、可愛い妹のためなら帰省はする。しなければならない、愛ゆえに。

 それも本当に妹のためになっているならいいのだが……。

 

 

 ホームに着くとこの時期にしては人が疎らだ。帰省時期を早めたせいもあるが、上り線なのが関係しているのだろう。東の都を跨いで千葉に帰省とかもはや小旅行に匹敵する。

 ちょうど出発直前の電車に飛び乗ると扉が閉じた。ふぅと一息つき安堵して顔をあげると、氷のように青く澄んだ瞳と視線がぶつかった。

 

「……」「……」

 

 お互いに無言。

 向こうは青みがかったポニーテールを慌ただしく揺らして動揺を見せたが、やがて挙措を正して向き直る。

 川崎沙希。数奇なめぐり逢いにより再会した元同級生であり、ほんの十数分程前に行ってきますと挨拶して部屋を出た同居人であった。

 川崎が睥睨する効果か、俺は身動ぎ一つ出来ない。石化の魔眼かよ。聖杯戦争ならライダーとして召喚されそう。

 

 電車が動き出してからも膠着状態が続く。そういえば高校の修学旅行で東京駅集合の時も、こんなふうに川崎とばったり出くわしたのを思い出した。

 結局、挨拶するタイミングを逸してしまい、東京駅まで三十分間無言のまま過ごした苦い経験である。川崎も覚えていたのか、同じ轍を踏まずに話しかけてきた。

 

「……ちょっと。なに黙ってんの」

「いや、そりゃ黙るだろ……」

 

 十数分前に家で別れた相手と電車で再会するとかどんな確率だよ。気まずいなんてもんじゃないだろ。こんな類いまれな状況でする会話のストックなど持ち合わせているはずがない。

 

「なんで同じ電車……あんたストーカー?」

「おいやめろ、周りが聞いてマジで誤解する深刻な冗談をこんなパブリックスペースでしゃべるとか俺を社会的に抹殺したいのか。だいたい目的地が同じなんだから電車が同じでなんの問題もないだろ。冤罪反対」

「冗談さ。でも一緒に帰省したいならそう言えばいいのに」

「だから俺が一緒に帰省したい前提で話を進めるなよ。一人で帰るっつーの」

「そ、帰るのが嫌なわけじゃなくて安心した」

 

 その指摘に思うところがあり、一瞬眉根を寄せる。川崎はそれを見逃さずに詰問してきた。

 

「もしかして、あんたまだ帰るの迷ってんの?」

「……」

「あんたは妹に会いたい。妹は労働力に帰ってきてほしい。なにが問題なわけ?」

「人を労働力扱いするのやめてくんない?」

「家事しに帰るんだから似たようなもんでしょ」

「まぁそうだが言い方ってもんがな……」

「あんたにそれ言う資格あんの?」

「ないです。ほんとすいません」

 

 40万円貸した時に『使い倒せる労働力*1』と言った言葉を揶揄していると気づき、神速で謝った。まさかここで意趣返しされるとは思わず、閉口するしかない。

 

「……真面目な話、なんでそこまで帰るの渋ってんの。妹馬鹿のあんたからすれば有り得ないんだけど」

 

 この前、母親から電話があった日にも似たようなことを訊かれたが、小町のために明言を避けた。そのせいで納得してない川崎は不満げに言葉をぶつけてくる。

 

「いや、まぁ、ほら……、何、お前が言ってた”妹のこと分かってないよ”ってアレがやっぱ気になっててな……」

「ああ、そう……。まぁここじゃ何だし、千葉に着いてから話聞くから」

 

 確かに電車内で話す内容ではない。その提案には大いに賛同する。だが、その話題を封印された俺たちは千葉に着くまでの間、無言で過ごすことを余儀なくされた。

 車窓から覗く街並みが見慣れたものに移り変わっていく。その変遷が千葉に近づいていると実感させた。

 

 

×  ×  ×

 

 

 千葉に着くと、比企谷家でも川崎家の最寄り駅でもなく稲毛海岸駅で降りる。なんとなく総武高校を眺めてからどちらともなくカフェに入店した。

 そこはマリンピア出口のすぐ横、通りに面したサンマルクカフェ。高校時代、俺と川崎が街中で偶然出逢った店。

 何の気なしにカフェラテとチョコクロワッサンを頼んで席に着く。後から着いた川崎がそれを見て薄っすらと笑みを浮かべる。口には出さないが川崎も覚えているのかもしれない。俺は悪戯心でこう告げてみた。 

 

「……食べるか?」

「っ!」

 

 あの時を再現した科白に反応する川崎。……言ってから気づいたが、もし彼女が当時のことを覚えていなかったらただ自分のチョコクロワッサンを分け与えるお兄ちゃんムーブでしかない。しかも川崎相手にだぞ? だとしたらかなりの恥ずかしさであり、俺の黒歴史に新たな一ページを刻むエピソードとなり得る。

 いや、他ならぬけーちゃんも一緒にいたあの頃の思い出をこのシスコンが忘れようはずがない。そう確信めいたものを感じつつも、やはり保険として記憶を呼び覚ますためにもう一言添えてみた。

 

「それとも半分こにするか? けーちゃんには内緒だぞ」

「……ぷっ、なにそれ」

 

 当時の科白に少々のアレンジを加えた俺のユーモアに川崎の表情が綻ぶ。

 

「ふふ……、ていうかさ、そういうの、ちょっと困るんだけど」

 

 いたずらっぽい笑みを浮かべて、あの時の科白をなぞる。覚えていただけてたようで何より。

 しかし、何も知らない第三者が聞いたら『俺が彼氏ムーブでシェアを提案したものの、そんな関係性じゃないからと拒否する川崎の図』にしか思えないだろう。なにそれつらい。これを狙ってやったのだとしたら川崎のユーモアには芸術点の高さを感じる。

 

「お昼もまだだし……ぷっ、く、」

 

 えっ、この茶番まだ続けるわけ? ていうか自分で言っててウケてんじゃねぇよ。

 なんだか妙に楽しそうで何よりである。そんな彼女に水を差すのも気が引けるが、そろそろ本題に入りたいので真面目な顔で切り返しておく。

 

「……そのお昼を作りに実家へ帰らなきゃならんのだが?」

「ん、そうだったね」

 

 返事の意図を察し、川崎は居住まいを正す。

 

「……で、あんたが帰ると妹の負担になる、だっけ?」

「まぁ、そうだな……」

「それはあんたが労働力になるなりで解決する話でしょ」

「俺がいないお陰で勉強捗ってるって言われたら帰ることに臆病にもなるだろ」

「はぁ? あの妹だよ、そんなの強がりに決まってんじゃん」

「……なんでそう言い切れる?」

「え?」

「根拠はなんだ?」

「えっと……」

 

 ――小町に成績不振の疑いがある。

 

 そう大志の報告があったが故に強がりと断じたのだろう。だが、川崎の決めつけたような言い方に、ほんの僅か自分の語気が荒くなるのを自覚した。兄の俺以上に小町を理解しているかのような口振りが苛立ちを誘起する。

 

「……小町のこと、よく知りもしないくせに」

 

 二人の間の空気がピりつく。既に千葉くんだりまで来ていて帰省を中止する選択肢などなく、小町の本音がどちらであろうとこのまま実家へ向かう未来は変わらない。なのに、感情の発露が止められない。

 おそらく俺は川崎の言葉をただ否定したいだけなのだ。帰省する理由をもらうだけでなく、妹の心の内までも川崎に先んじられるようでは肉親の立場がない。そんな一七年の重みと矜持を懸けたせめてもの抵抗。特に深い考えがあるわけでもない脊髄反射のような反発。

 だから、ちゃんとした答えなど初めから期待していなかった。

 それなのに、この川崎家の長女は瞭然と――。

 

「……解るよ」

「あ?」

 

 そして、謎めいた答えを告げる。

 

「だって、あんたの妹はいまのあたしみたいだからさ」

「は?」

 

 いまの川崎? お前いま受験生じゃねぇだろ。

 元総武高校コミュ障三銃士が一人・川崎とコミュ強の小町。姉と妹という似ても似つかぬ、むしろ真逆と言っていいくらいに違う二人。

 背格好も雰囲気も何もかもが違い過ぎる。ある女性的な部分など特に……いえ、なんでもないですごめんなさい。

 心の中の小町に謝りながら共通点を見つけようと必死になる。あ、料理上手があったな。それにトマトが嫌いなことを知っていながらトマトを出してくるとことか。お前ら俺の母ちゃんかよ。

 だが、逆にそれ以外なにも共通点を見出せない。

 内容を頭の中で咀嚼し、自分なりに解釈しようと試みるも成果が得られることはなかった。

 

「……おい、適当にもほどがあんだろ。小町のどこがお前と似てるってんだよ」

 

 全く、こいつはいつも俺に難問を突き付けてくる。やっと『初めて会った時のあたしみたい』に一定の解が得られたと思ったら今度はこれだ。俺にとってこいつは理解不能な人間であると再認識させられた。

 いや、妹の気持ちすら満足に理解出来ないのに他人を理解出来る気でいるのは些か傲慢すぎか。

 

 そう自嘲気味に思弁を放棄すると、川崎は再びいたずらっぽくこう呟いた。

 

「……あたしはブラコンの気持ちは誰よりもわかるからね」

 

 なんのことか一瞬理解できなかったが、どこか覚えのある言葉。しかも、記憶が確かならそれは川崎本人の発言ではなく、俺の発言を(・・・・・)オマージュしたものだ。もっとも、俺が大志の思考を言い当てた傍証発言は『シスコン(・・・・)の気持ちは誰よりもわかる』であったが。

 俺から仕掛けた茶番劇で答えをはぐらかされるとは思わなかった。

 

「それはどういう……」

「――さっ、そろそろ行こっか。帰って妹にご飯作るんでしょ」

 

 ブラコンて誰のことだよ。あ、お前か。じゃあ、気持ちがわかる相手ってのが……小町になるのか。

 はぁ? 小町がブラコン? 有り得ないだろ。アゴアシ持ってようやく嫌々我慢してデートに付き合ってくれる妹なんだぞ。てかこれデートっていうか兄活じゃん、援の助な交際なのでは?

 まぁ、七割くらいは小粋な冗談だと信じているが、残り三割は結構割りとマジで超うざがられてる可能性が無きにしも非ず。三割はプロ野球なら一流バッターの証みたいな希少性だし、やっぱり小町流小粋なジョーク(七割のほう)だわ。……そうだと信じたい。

 

 脳内でゴチャゴチャとツッコんでいる隙に川崎が席を立ち去ってしまい、追及する暇もなかった。周りの視線も気になったので俺も逃げるようにカフェを後にした。

 

 

 

つづく

*1
第二話80行目参照「利子分なんかよりも高い労働力と効果が期待できるからな」発言を指す




いかがでしたでしょうか。
原作12巻のサンマルクカフェイベントをふんだんに利用したシナリオ構成でした。
逆に言うと原作12巻読んでない、または覚えてない方はなんのことだかさっぱりかもしれないので116頁あたりから復習することをお勧めします。

本当は帰省して小町とのイベントがあって終了となるはずが、そこまで書くと15000文字を超えそうだったので割りました。
今までもそれと同等か20000文字超えの回もありましたが、前話から一ヶ月以上過ぎているのでとりあえず溜め回として短めに出します。
推敲も出来てないので誤字や表現の直しなど、投稿後に修正するかもしれません。

次話はやっと比企谷家に到着です。
割った残しで7000文字以上あるので、そこまでお待たせしないと思います。……しないと信じたい。


それでは次もお楽しみに。
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