非きこもり、JDを拾う。そして、育てられる。   作:なごみムナカタ

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かなり長めです。読みにくかったらごめんなさい。
できれば前後編に割りたかったのですが、どうやっても区切りよく割れる気がしなかったので諦めました。
今年中に24話投稿できて良かった……。
それではどうぞー!


非きこもり、JDとバーで恩師に出遭う。

「う、うぅ……ひぐっ……」

 

 俺たちは過去に訪れたことのあるこの場所――蝋燭の灯りのような淡い光で照らされたバーラウンジ―― で、意味のわからない状況に巻き込まれていた。

 目の前のカウンター席には、突っ伏して泣き続ける元恩師。その姿を元教え子たちが温度のない目で見下ろしている。地獄か。

 

 どうしてこうなった……。

 

 

 ――――――

 ――――

 ――

 

 

『紹介するバイトってここかよ……』

『時給いいんだし、なんか文句あんの?』

『いえ、ないです……』

 

 ――エンジェルラダー。かつて奉仕部の三人で潜入した高級バー。それが今は川崎の側に立ってグラスを磨く日々を送る。人生とは斯くも面白いものだと内心笑ってしまう。

 

 

 寝かせたピザ生地を伸ばして成形していく。一〇枚ほど作ってから火にかかる鍋を見るとくつくつと煮立っていた。鍋を火から下ろして牛筋とゆで汁を分ける。黙々と牛筋を切り分けて鍋へと戻し、こんにゃくと調味料を入れて再び火にかけた。

 

『こっから弱火で三〇分……と』

 

 ちょうどフードドライヤーで調理していた牛肉の乾燥が終わり、ジャーキーが完成する。それをジップロックに詰めていく。

 別の鍋に入った肉じゃがをかき混ぜている最中、低温調理器のタイマーが鳴り、豚の角煮が完成した。それをタッパーに小分けで詰めると、セパレータで卵の黄味と白身に分ける。

 隣では川崎がカクテルに使うフルーツをひたすら切り続け、絞った果汁をビン詰めにしたり、タッパーに入れて凍らせたりと地味な作業を繰り返していた。

 

 ……いや、忙し過ぎだろ!

 このバイト、時給はそれなりだが、その分覚えることも多いのが難点だ。俺は仕込みと調理、手が空いたら掃除などの雑用と簡単な接客を担当している。

 まぁ、数日が過ぎて暇を見つける余裕も出てきたが。そもそも物価高や増税に伴う実質賃金の減少によって、このようなハイソサエティー御用達バーの客足は減少傾向にある。

 いや、上流階級はまだしも、少し背伸びをした中流階級が寄り付かなくなったのが正しい。まぁ、うさん臭いギャラリーで絵売ってるお姉さんに騙されてローン組むくらいなら、この店で金を落とした方が有意義ではないか。

 

 営業が始まってしばらく経つと気の緩みも生じてくる。少し慣れると起こりがちなそれを川崎が見逃してくれるはずもなく。

 

『これ、一〇番にお持ちして』

『あいよ』

『……』

『……はい』

 

 冷たい視線で無言の言い直しを要求された。危ない危ない。お客の目もあるし、気を抜くのはよろしくない。たとえ身内が来店したとしても態度を変えないよう気をつけねば。

 

『お待たせいたしました。グラスビールとハイボールです』

 

 一〇番テーブルには男女が向かい合って軽く談笑していた。年の頃は両方とも三十代くらいか。男性にグラスビールを差し出し、女性には後ろから失礼しますと断ってから差し出す。

 

『ごゆっくりどうぞ』

『ああ、ありがとう』

 

 女性のお礼にはどこかカッコ良さを感じる。なんとなく聞いたことがある声な気もしたが、忙しくてそれでどころではない。好奇心に蓋をして仕事に戻った。

 

 テーブルの片付けをしながら各テーブルの様子を窺う。グラスの空いたお客が声をかけやすい位置にそれとなく移動する。

 ジャズピアノの音色を塗り潰すように女性の話し声が流れてきた。

 

『――休日はドライブすることが多いですね』

『――ラーメ……、B級グルメめぐりとか、あとは聖地……観光なんか好きです』

『――ああ、いえ、忘れてください。……えっ⁈ 聖地巡礼をご存知なんですか⁉』

 

 落ち着いた雰囲気から急に色めき立つ女性。窓ガラスの向こうは高層ビルの絢爛たる光が幕張の夜景を彩るこのセレブ空間で、聖地巡礼とか出ていい単語じゃないだろ。そんな会話が主に一〇番テーブル付近から聞こえてきた。努めて顔を見ないようにしていたが、これ絶対知ってる人じゃん。

 相手の男性が軽く手を挙げ酒の要求をする。

 

『グラスビールとハイボール。あと、なにか乾き物以外のつまみもあればお願いします』

『かしこまりました』

 

 軽く会釈をしてカウンターの川崎へ注文を届け、出来合いのつまみでもないか探す。

 氷をステアしている川崎が肉じゃがはどうかと提案してくれた。

 

『お待たせいたしました』

 

 一〇番テーブルに着くと、先ほどと同じ位置関係でグラスと肉じゃがを差し出す。女性の方はなるべく見ないように接客する。見てはいけない気がした。見たら絶対に面倒なことが起こるだろう。そんな意気込みで頑として女性の顔を視界から外していた。

 

『私に足りないものは、なんだと思いますか? 情熱、思想、理念、頭脳、気品、優雅さ、勤勉さ、そして何よりもォ! 酒が足りない‼』

『は、はい、……デニッシュ・メアリーとハイボールを』

『飲むのが遅い? 飲むのがスロウリィ⁉』

『……ブラッドハウンドとハイボールを』

 

 女性側のテンションが上がっていくのに反比例して相手男性の表情が死んでいく謎現象。スクライドのセリフを弄ってがばがば酒を飲まされる男性が気の毒としか言いようがない。お身体ご自愛下さいお客様。

 

 

 ほどなくして男性が席を立った。『今日は楽しい時間でした』という社交辞令を残して。次の約束を取りつけない事実上のお断りである。 

 直接見ないようにしていた女性が、視界の端に黒い染みとして存在感を増していた。

 

 ……やだなー声かけたくないなー。

 川崎は酒を作るので忙しいし、他のスタッフはオーナーしかいない。人手が足りなくてバイトを雇ったというのに、こんな特級呪物の処理をオーナーにさせたら、俺クビになるかもしれん。

 だが、知り合いである俺が対処すると、明らかに事態が悪化しそうな雰囲気もある。黒い染みの死角でそんな葛藤をしていると、それはオーナーが声をかけることで杞憂となった。

 

『お客様、何かお飲み物をお持ちいたしますか?』

『……う、う……い、いえ、もう帰り、ますぅ……お会計を』

『ありがとうございます。会計はご一緒で宜しいでしょうか?』

『なっ、はっ⁈ 奴は自分の分を払わず逃げたのか⁉』

 

 男が女の分まで払う。男女平等を掲げる現代社会において昭和時代の因習と一笑に付されるだろう。無論、この女性の言い分は、現代社会の常識の名の下に自分の分はちゃんと払っていけと主張してるに過ぎないが、素直に同情しづらい。だって、トータルで見ると『自業自得』寄りの『憐れ』って感じだもの。酒のペース早すぎだし、なんでアニメの話を熱っぽく語っちゃうかなぁ。聖地巡礼が通じたからいけるとか思っちゃったんだろうけど、引き際が肝心だろ。ブレーキとアクセル間違える質の悪い高齢ドライバーかよ。

 女性は観念して了承すると席を立つ。完全に油断していた俺の動き出しが遅いせいで、オーナーに指示を出させてしまう。

 

『比企谷君、テーブル片付けておいて』

『……っ⁉』

『……はい』

 

 驚愕の表情で俺を見る女性――平塚静――は泣きそうな面持ちになりながら、オーナーにこう続けた。

 

『……やっぱり、もう少し飲むのでカウンターに移動していいですか?』

 

 ほらな。やっぱり事態が悪化したよ。

 

 

 ――

 ――――

 ――――――

 

 

 ようやく泣き止み、平塚先生が顔を上げた。すると、不意に目が合ってしまう。さっと目を側めるが間に合わなかった。川崎は一心不乱にグラスを磨いていた。さっきまでお前も同じように見てたのにずっるぅ……。

 幸か不幸か、お客が疎らなため、平塚先生の相手を避ける合理的な理由を失ってしまう。やれやれ。

 

「……お前たちがこんなところで働いてるとはな……。知っていたらロビーのカフェで解散していたのに、恥ずかしいところを見られてしまった」

 

 幾分冷静になった平塚先生が落ち着いて話し始めた。高三の時に先生が異動してからほとんど会う機会がなかったので、その再会がよりによってという残念な気持ちになる。

 

「努めて気づこうとしませんでしたからね」

「そうか。そう言ってもらえると……、はっ? え? 今なんて?」

「おっと、仕事に夢中で全く気づきませんでしたよ」

「……まぁいいだろう。君が仕事という言葉を持ち出すと途端にうさん臭く聞こえるがな」

 

 俺の方こそ恩師が振られるところなんて見たくなかったです。出来ればカッコイイ大人のままでいてほしかった。これからもっとカッコ悪いとこ見せられそうで戦々恐々としています。

 

「……そういえば君たちも酒が飲める年になったんだな。私の奢りで一杯飲まないか?」

「勤務中なので」

 

 俺が答えるより早く川崎がきっぱり断る。

 

「そ、そうか……そう、だよな。こんな、男に逃げられるような女と一緒に飲めないよな……くすん」

「あっ、あー、仕事終わってからなら喜んで付き合いますから泣かないでください」

 

 ずーんというマンガ効果が視えそうなくらいの落ち込みように、慌ててフォローを入れる。これ以上カッコ悪くならないで。

 

「助かるよ……とりあえず、何かカクテルを作ってくれないか? それと腹に溜まりそうなものも頼む」

「……カクテルは何にいたしましょうか」

「そうだな、今の気分が晴れそうな爽やかなものがいいな」

「かしこまりました」

 

 川崎は軽く考えてからロンググラスを用意し、作り始める。

 ライムを絞って氷を入れた。ウォッカを注いでスプーンでステアし、そこへジンジャーエールを混ぜる。

 

「……どうぞ。モスコミュールです」

 

 川崎の動作は流麗で、思わず見入ってしまいそうだ。

 なんだこいつカッコイイな。目の前のダメな大人とのコントラストも効いてる。

 

「ほら、比企谷君」

 

 無意識に川崎のことを見つめ続けていたのだろう。オーナーに軽く肘で突かれて耳打ちされた。

 そうだ、なにか腹に溜まるもの作らないと。多めに仕込んでおいたピザで良いか。オーブンにピザを放り込んでカウンターに戻ると、知り合いなのだからと接客を任された。

 普段この人とどういうふうに接していたのか、ブランクがあるせいで戸惑ってしまう。

 

「比企谷君はまだお酒飲み始めたばかりだし、勉強がてら彼女の好きなお酒を訊いたりしてみたらどうだい?」

「酒、ですか。俺はとりあえずビール、くらいの経験しかないし、広がりますかね話題。色々酒の種類聞かされても、はい、そうなんですか、で終わりそうなんですが……」

「んー。あ、そうそう、お酒にはカクテル言葉っていうものもあるんだよ。今回だけ許可するから隠れてスマホで調べてそこから話題を広げてみるといいんじゃないかな?」

 

 そう言うとオーナーは他のお客に接客するため、席を外す。

 ほーん、そんなものがあるのか。俺はスマホの電波をオンにして、すぐ検索できるようにしてから平塚先生に話しかけた。

 

「平塚先生、普段からカクテルも飲まれるんですか?」

「ん? ビールとハイボールが多いな。ああ、一応ハイボールもカクテルだったな」

「カクテル言葉っていうのがあるらしいんですよ」

「ほぉ、それは知らなかったな」

「意外ですね」

「私は日頃から運転するし、煙草のように気軽に嗜むような環境ではないからかもな」

「煙草吸ってるとこなんてカッコイイですからね。思わず惚れちゃいそうですよ」

「えっ、ほんとに⁉」

 

 冗談に決まってんだろ、そんな食いつくな。ダボハゼかあんたは。

 と、これを発言するのはさすがに接客業として酷すぎる塩対応なので、もう少しマイルドにいこう。

 

「でも、婚活だと喫煙者は不利ってデータで出てるみたいっすね」

「ぐはぁっ!」

 

 場末のスナックにいるすれっからしのお姉ちゃんが胸を撃たれたみたいなリアクションだった。やばいやばい、思ったより与えたダメージがでかい。話題を戻そうとモスコミュールのカクテル言葉を調べてみる。

 

「ほ、ほら先生、モスコミュールのカクテル言葉出ましたよ。”仲直り”ですって……ん?」

「うぐぅっ! ……ならばこのカクテルは二人で一緒に飲んで仲直りするものじゃないのか! 男に逃げられた独り身の女に飲ませるとかイヤミか貴様⁉」

「ちょっ、まっ! カクテル作ったの俺じゃねえだろ! おい、川崎ぃ!」

「……」

 

 先生に胸倉を掴まれながらモスコミュール張本人に視線をやると、横を向いてグラスを磨いている川崎。なに我関せず貫いてんだよ、お前が選んだカクテルだろうが! あと、グラス磨きを無双乱舞みたいに使うな。別にグラス磨いてる間は無敵とかじゃねえから!

 責任の所在を明確にしようと試みたが、興奮した平塚先生相手に冤罪を晴らすのは困難を極める。だったら別の話題を向けた方が矛先を逸らせるかもしれない。

 

「そ、そうだ! お相手の男性は、今日払ってもらったので今度は自分が払うつもりで暗黙の約束をしたのかもしれませんよ! まだ振られたと決まったわけでは……」

「っ⁉ そ、そうか、そうだよな!」

 

 そう適当ぶっこいて追及を逃れようとする。ってか、自分に都合がいいからってこんな簡単に信じてんじゃねえよ。詐欺とかに遭ったらどうすんだ。

 ひとまずは窮追を回避できたが、このままだと平塚先生がストーカー行為に走るかもしれない。ストーカー幇助罪とかあったかしら?

 俺が法律に抵触しないか不安を抱いていると、平塚先生は思い付いたことをそのまま口にした。

 

「そうだ! さっきの彼が注文した酒に、なんらかのヒントがあるかもしれん! なんの酒だったか覚えているか⁉」

 

 なにを名探偵コナンみたいなことを……フィクションと現実の区別もつかなくなってきたのか。頭大丈夫かな? 酒なんか好きなもの飲むだけだろ。だいたいどれだけカクテルあると思ってんだ。カクテル言葉に合わせて酒頼んで口説こうとするとか準備万端じゃねえか。ロマンス詐欺の手口だろそれ。俺は親父の英才教育を受けてるから、こういったことには詳しいんだよ。

 平塚先生の精神状態を心配していると、川崎が横槍を入れてきた。

 

「えっと、デニッシュ・メアリーとブラッドハウンドですけど」

 

 うわ、第三者づらして会話に入ってくるとかずるぅ! まだお前のモスコミュール事件忘れてねえからな!

 

「なるほど、感謝する! きっとカクテル言葉でメッセージを残しているんだ! そうに決まってる! 女子が占いとかそういうのを好きってわかってて演出してくれたんだな! そうだよな?」

 

 こっちはこっちで自分のこと女子とか言っちゃってるし。なにが女子だ。アラサーってか、もう確実にオーサー(Over Thirty)だろ。そんな喉まで出かかった言葉を飲み込み、平塚先生よりも早くスマホを取り出す。

 検閲のためにも俺が検索するのが無難だ。おそらくはなんの意味もないカクテル言葉が出てくるだろうが、万が一変な言葉であっても俺がでっち上げてご機嫌をとればいい。

 

 デニッシュ・メアリーは、――『あなたの心が見えない』

 

 ……おーけー、次だ、次。

 

 

 ブラッドハウンドは、――『探さないで』

 

 …………おい、なに見事に最高の皮肉作り出してくれちゃってんだよ。結果的にロマンス詐欺撤退みたいになってるけど。被害額はここの酒代。実にささやかな被害で助かった。

 

 感心ばかりもしてられない。さすがにこの二つの言葉をそのまま伝えるわけにはいかず、なにか代替案はないかと思考をフル回転させる。

 急に自分の中から言葉を出すのは難しいので、他のカクテル言葉から流用しよう。お、『希望』とかあるな、これなんかいいじゃん。そう思って口にしようとする直前、横から口を挟まれた。

 

「デニッシュ・メアリーは、……あなたの心が見えない。だって」

「お、おい……」

「ぐうぅ!」

 

 俺の検閲を突破した声の主は、画面を覗き見していた川崎のものである。胸を押さえて蹲る平塚先生が不憫でならない。

 

「く……まだだ、まだ終わらんよ!」

 

 グリプス戦役の最終戦で出た名言を汚すな。

 

「もう一個の方はどうなんだ⁉」

 

 川崎は、俺のスマホを横からスワイプして該当の項目を探す。

 

「えーと、ブラッドハウンドは、……探さないで。だって」

「ぐはっ‼」

 

 あ……あ……、と断末魔の後に残る呻き声のようなものが、口から洩れている。もうこれ以上はやめたげて!

 平塚先生に聞こえないよう小声で川崎を問い詰める。

 

「(先生に恨みでもあるのかよ)」

「(別に。でも変に気を遣ってストーカーになられたらそっちのが面倒でしょ)」

 

 確かに! 俺もその懸念はずっと抱いてたけれども!

 それにしても容赦がない。結婚できない女の気持ちなんてお前にはわからなそうだもんな。

 そんな「王は人の心がわからぬ……」と離反する臣下の気持ちがわかってしまった俺たちのアーサー王伝説は、肩をがしっと掴む女性離れした握力によって終止符が打たれた。

 

「……比企谷、君は私のことをよく理解する親しい人間だよな?」

 

 急に着地地点の見えない質問がとんできた。ちょっと待って。これ一歩間違えたら俺が婚姻届けに判を押す流れになりませんか? そう考えると迂闊に答えることができない。

 

「さー、どうでしょうね……いて、いでで」

 

 めりめりと音が聞こえてきそうになるほど力が込められる両の手。握力による恫喝である。肩、破裂しないよね……?  握撃? 脳裏に『花山薫』という名が過ぎった。

 

「痛い、強い、力づええ! わかりました! 親しいでいいです! いいですから力抜いてください、爪ぇ、爪が食い込むっ!」

「そうか……!」

 

 ふっと力が抜け、冷静に話せる状態になる。力で親しい人間を作れるなら、結婚もそれを行使したらいいと思うの。あ、だめだ。そうなると力でこのまま俺が貰われてしまう。貰うというか、もはや人攫いのレベル。

 不安な未来を想像しつつ、平塚先生の言葉を待った。

 

「……比企谷」

「はい」

 

「……君から見て、私が結婚できないのはどうしてだと思う? 忌憚のない意見を聞かせてくれないか?」

「……はい?」

 

 逆プロポーズされそうな空気に内心びくついていたが、拍子抜けしてしまう。

 

「先生、そりゃ無謀なんじゃない? こいつってだいぶ特殊な感性してるよ」

「そんなことは私が一番よくわかっている!」

 

 お墨付きいただきました。……意見を乞う側の言い草じゃないよね?

 

「だが! 腐ってもこいつは男だ。ならば私や(川崎)よりも的確な意見が期待できるとは思わんか?」

「はぁ、そんなもんですかね……。まぁ、意見されるのは先生だから、本人が納得してるならいいですけど」

 

 お前ら、俺の扱い雑だな。意見出すのやめようかな……。

 とはいえ、口を噤めば閉店まで泣き続けるか、拳で口を割らされるかの二択だし、俺に選択の余地はない。

 

「……まぁ、俺の考えとネットで拾った情報でよければ、いいっすよ」

「そ、そうか! 遠慮なく言ってくれたまえ!」

 

 そう言いつつ、ほんとに遠慮なく言うと衝撃のファースト・ブリットがとんでくるんでしょ。()に理不尽な社会なり。

 それにしても、よっぽど切羽詰まってるんだな。俺自身とネットがソースの相談なのによく受けるよ。自分で言うのも難だが、正常な判断ができなくなってるんじゃないのか? もう結婚を諦めてるとしか思えん。

 

「比企谷、オーブン」

「おっと」

 

 すっかり忘れていたピザを平塚先生のもとへ運ぶ。まず腹ごしらえをしてからの方が落ち着いて話ができるだろう。

 ピザを口にしながら嬉しそうに話しかけてきた。

 

「むぐむぐ……、旨いな。君たちもどうだ?」

「いや、だから仕事中なんすよ」

 

 腹が減ってると酔いも回りやすい。そう、酔えば力加減もできず、理不尽で短気にもなる。これから相談を受ける俺に全てマイナスとなって返ってくる要素なので、俺の保身のためにも是非ちゃんと食ってほしい。

 

 美味しそうに食べてくれているのを見ると、作り手としてやはり喜ばしく感じる。小町が俺に料理を作ってくれる原動力がこれならば、その気持ちもわかるというものだ。しかも、それが俺限定とくればしばらく妹離れは難しい。

 

 ――閑話休題

 

 

 頃合いを見て平塚先生の相談に乗ろうと水を向ける。

 

「そうですね……まず、今までは婚活パーティーをよく利用していたようですが、婚活パーティーとマチアプは先生に向かないと思うので、結婚相談所に登録するのがいいかと」

「……なぜ向かないと思うか訊いても?」

「それはですね、結婚に対する本気度の違いです。平塚先生はそれが高いので。婚活パーティーはなんとなくいい人がいればとか、マチアプの利用者に至ってはヤリ目すら珍しくない。なので、それらだと先生が必死すぎて逆に相手が引く可能性が高いです」

「ぐぅ!」

「他にも不利な点があるので、ここは主戦場を変えましょう」

「……他に不利な点とは?」

 

 真剣な眼差しで真摯に訊ねてくる平塚先生に、俺も本気でぶつかることにした。

 

「…………年齢です」

「がはっ!」

「仮に二〇歳~三〇歳までの婚活パーティに参加したとすると、人気が集まるのは二〇歳付近の女性です。三〇歳の女性はそもそも相手にされず、会場でお一人様なんてのもよくある話だそうです。参加したことないので知らんけど」

「まぁ、その条件ならそうなるんじゃない?」

「ぐぐ……」

 

 平塚先生は苦悶の表情で呻く。その特性を逆に利用して三〇歳~四〇歳の婚活パーティーにあえて参加して無双する手もある。俺好みの手法だが、相手の年齢層が必要以上に上がってしまいそうだし、結局結婚の本気度が低い人が集まることに変わりはない。

 川崎も深く頷き同意するが、婚活パーティーで無双できるJD(ハタチ)本人からの言葉は煽りとして優秀すぎる。きっと無自覚だろうから流しておくが。

 その点、結婚相談所は男女共に結婚したい人しかいないし、高望みをしなければ基本的に年齢を合わせてくれる。

 

「結婚相談所なら婚活コンサルが付いて成婚できるようアドバイスしてくれますから」

「そ、そうなのか⁉ じゃあ、結婚相談所なら私も結婚できるかな⁉」

「あ、ああ、できるんじゃないですか?」

「本当か比企谷! 適当に言ってるんじゃないだろうな?」

 

 前のめりになって目を輝かせる平塚先生。適当に決まってんだろ、俺の主観と偏見とネットがソースだぞ。と心の声が読まれないかびくびくしつつも、平静を装って返答する。

 

「コンサルの言うことをちゃんと聞くのが前提ですけど。なんなら相談のロールプレイでもしてみますか?」

「いいのか? ……正直、結婚相談所は敷居が高く感じられて不安なのが本音でな」

 

 あれ、ほんとにロールプレイするの? 半分冗談のつもりで呟いたのだが、疑いなく受け入れられてしまった。平塚先生と話すのが久々だから会話にずれが生じてるな。

 だが、これで冗談ですとも言いづらくなったので、流れに任せることにした。

 

「確かに結婚相談所って高額らしいっすね。入会金とか成婚費用でウン一〇万とか」

「う……そんなにするのか。成婚できるなら喜んで払うが、それに見合う成婚率なんだろうな?」

「あー、そこはあんま信用できないみたいですよ。数字盛ってるとかじゃなく、なんか相談所によって計算方法がばらばらとかネットで見ました」

「……入会が怖くなってきたんだが」

「まぁ、そんな成婚率より本人次第じゃないですかね。じゃあ、模擬面接します?」

「ぬぅ……なら頼むとしよう」

「俺もよくは知らないので所々おかしな感じになるのは大目にみてくださいね。では、スペックと希望条件をどうぞ」

「は、はい、年齢は……(ごにょごにょ)で公立高校教師をしています。一人暮らしで煙草は少々。趣味はドライブとアニメ鑑賞。お相手の年収は一〇〇〇万以上でフィーリングが合う方を希望します」

「……」「……」

 

 あまりにも正直で、あまりにも厚かましい要望に俺と川崎は絶句。往生際悪く年齢を暈す見苦しさも兼ね備える。そんな潔いのか悪いのかわからない申告を聞いて、どこからツッコんでいいのか悩む。まぁとりあえず、ここからだろう。

 

「ん、んん。……それで希望年収は一〇〇〇万以上とのことですが、……正気ですか?」

「わ、私も結構年収はある方だと思うので、おかしくはないと思うのですが……」

 

 ほぉ、ずいぶんと自信がおありのようで。確かに若手とはいえ教員の年収は一般企業よりも高めだと聞く。だが、女性の価値とは年収だけに非ずだ。

 

「いいですか? 男はぶっちゃけ女性の年収にあまり興味がないんです」

「えっ⁈ そ、それはどういう……」

「正社員なら年収は気にしないという方がほとんどで、むしろ三〇歳という年齢の方が……」

「違います、まだ二九歳です」

「ああ、三年前にアラサーと聞いていましたので既にオーサー(Over Thirty)かと思ってましたよ、げらげら……ふぉっ⁉」

 

 笑いながら冗談めかして言う。すると平塚先生は顎をガシッと掴んで俺を爪先立ちにさせる。

 

「……小僧、女性に年齢の話をするなと、他ならぬこの私が過去に教えたはずだが?」

 

 ドスの利いた声は恫喝と呼んでも過言でない迫力を纏っていた。

 

「っ、たんまたんま、ロールプレイだからこれ、結婚相談所ごっこ、年齢大事、どぅーゆーあんだすたん?」

「くっ……すまん、あまりにも舐めた態度だったからつい、な」

 

 悔しそうに、そして名残惜しく顎から手を放す。よかった。本番でやったら間違いなく出禁である。俺以外にしないと思うが、万が一したら教師の職を失うくらい大事になってしまう。そんなことになったら今よりさらに結婚が遠退くので是非自重してほしい。

 

「……まぁ希望年収が高望みなのはわかった。希望条件を修正するので続けてくれ」

「ご理解いただき助かります……」

 

 手が出る人だということを忘れてた。この先相談に乗るのは不安しかないぞ……。

 ここは学校じゃないので衝撃のファーストブリットは勘弁願いたい。オーナーが見てたら通報されちゃうから。冗談じゃなく、マジ通報。暴力ダメ、ゼッタイ。

 

「……では、年収は気にしません。ちゃんと働いていれば……」

 

 おいおい、急にハードル下げすぎだろ。思考回路二進数かよ、超デジタルじゃん。だが、そう単純でないのが婚活というものでして……。

 

「そんな条件(年収)で希望するとお客様の収入目当ての男ばかり寄ってきますよ。なんだったら仕事辞めて寄生してくるまである」

「ぐぅ……」

「初めのうちは生活費は折半とか家事分担がどうだとか言っていたのに、結婚した途端なんの相談もなく『仕事辞めてきた』と宣い、すぐ次の仕事を見つけてくるからと調子の良いことを言ってなし崩し的に無職を続け、代わりに家事をちゃんとすると約束したのに一日中ソファでお菓子食べてYouTubeとネトフリ見ながら帰って来たあなたに『飯まだ?』と臆面もなく口にする。こんな生粋のヒモ男、許せますか?」

「う……あ、あ……」

「そんなろくでなしは『待っててね、すぐご飯用意するから』って笑顔で答えながら毒殺するでしょ? お客様なら手料理食べさせればナチュラルに可能ですしね、げらげら……がっ⁉」

「懲りないね、あんた」

 

 ブレーンクローで黙らされる。俺たちの様式美を目にして川崎が呆れながら呟いていた。

 

「アドバイスにかこつけて人の料理を毒物扱いするのは感心せんな、比企谷ぁ」

「……いや、この場合むしろ褒めてませんか? 特別なことしないでも制裁できるって最適解なのでは? 計画的でなく過失で済むかと」

「量刑の心配よりも結婚への最適解を示せ、バカ者がっ」

「わ、わかりました、真面目にやりますから手を放してください」

「……いいだろう」

 

 手を解かれると、気を取り直して面接を続行する。

 

「んん、……とにかく、結婚したら家と車の名義を変更され、離婚したら家具どころか愛車まで盗られて家を追い出されてしまう。そんなヒモ男、許せないでしょ?」

「ぐぅぅ! ……まさか私の経験以上のヒモ男が存在するとは……」

「……苦労してんだね、先生」

 

 うっかり過去の男性遍歴を洩らしてしまった平塚先生を偲ぶ川崎。言ってて難だが、そんなトラウマ思い出させて良心が痛む。

 

「あくまでも想像上のヒモ男ですが。さぁロールプレイを続けますよ」

「わ、わかった……。そうですよね、わかりました。じゃあ、年収は……四〇〇万以上でお願いします」

 

 希望年収を翻意させることに成功したが、待ってましたとばかりにダメ出しを行う。

 

「はい、成婚率低下のお知らせです」

「なぜっ⁉」

「男性は下方婚を望む傾向があり、自分より収入の多い女性との結婚を嫌がることがあるんです……ひぎっ」

「……希望年収が高いからと下げさせ、低くすればヒモになり、間をとっても成婚できないでは八方塞がりだろ‼ 結婚したい適齢期の女性を弄んでいるのかぁ⁉」

 

 再びのブレーンクローで静かに怒りを顕わにする。

 

「が、外聞の悪い言い方せんでください! そ、そういうデータもあるということで……」

「……本当か?」

「ほ、本当です! ……今のはちょっとだけ悪乗りしましたけど、いでっ、いでで」

「あんた学習しなよ」

 

 うっかり洩らした本音を聞き逃さず、咎めるように指に力を籠める。酔いのせいもあってか女性とは思えぬ膂力に少しだけ発言を後悔した。

 実際、女性の年収が上だとプライドが傷つく男もいる。俺からすればなに言ってんだとしか思えない。むしろいくらでも稼いでくれ。そして俺を専業主夫にしてください、割りと切実に。だって俺のモラトリアム(大学生)期間も折り返しなんだもの。

 しかし、専業主夫は別にしても最近では俺のような考えが主流派で、いつの間にかマジョリティー側の人間に属しているらしい。ようやく時代が追いついたとこっそり歓喜する。

 

「さぁ、いいから続けたまえ。今度こそ真面目にだぞ?」

「わかった、わかりましたよ」

 

 つい揶揄い過ぎてしまったが、真面目にとなるとアレ(・・)の話を避けては通れない。

 

「……では、結婚したら共働きを希望しますか?」

「ああ、もちろんだ。教師という仕事はやり甲斐があるし、君のような生徒たちの成長を見られるのは幸せだよ」

「なるほど……では家事は分担という感じになりますが、普段料理は週どのくらい作りますか?」

「う……そ、それは、だなぁ……えと、どこまでが料理に含まれるのかを議論する必要がありそうだが……」

 

 それまでの自信に満ちた口調から、急激に言葉を濁す。その言い方だと買ってきた総菜を皿に盛りつけて料理しました判定しちゃいそう。今さら隠さなくてもいいんですよ。

 

「ああ、俺に友達との予定が入ってるか訊く程度には愚問でしたね……はぶっ!」

「真面目にと言っただろうが……」

「なんれれ(でで)すか、真面目()すよ!」

 

 今度は顎を掴まれ、上手く発音できないながらも懸命に説き伏せようと試みる。

 

あいれ(相手)けっれん(欠点)をただしれき(指摘)するの()はなく、自虐を交え()痛み分けとしながら説明する心遣いを褒()て欲しいくらい()す」

「君に友がいないのと同義に捉えられる『週どのくらい作りますか?』は一体週何回なのだろうなぁ。是非、解説を含めて答えてもらいたい!」

 

 いや、もうこの態度が答えじゃねえか。ゼロだゼロ、『Self Catering/ZERO』だよ。なにそれ、一〇年前から自炊なしの前日譚始まっちゃったわ。一〇年後の本編では二代目(士郎と凛)が参戦するというのに、この(平塚静)物語には二代目が登場しない。なんと悲しい宿命(Fate)か。口に出したら言葉だけで先生死んじゃうかもしれないから絶対黙秘しよう。

 

 平塚先生は俺から手を離してカクテルをぐいっと呷る。

 タンッ、と少し強めにグラスを置くと俺に食ってかかってきた。

 

「だいたい他人にどうこう言えるほど君は料理ができるのか⁉」

「いや今俺関係ないでしょ、完全に論点のすり替えじゃないすか」

「関係大ありだ。結婚相談所のコンサルが未婚ではアドバイスに説得力があるまい。それと同じだよ」

 

 それ言い出したら俺は未婚の上、独断と偏見とネットの知識でコンサルの真似事してるんですけど。この相談自体の全否定に他ならんだろ。

 

「まぁ一人暮らしで不自由がないくらいには料理できますけど……」

 

 横目で川崎を見ると、グラスを磨きながらこくこくと無言で頷く。認めてもらえたようで、内心誇らしい気分になる。

 しかし、平塚先生は信じられないとでも言いたげな顔で反論してきた。

 

「いやいやいや、君が料理などするわけがないだろう。学校の調理実習とは訳が違うのだぞ?」

 

 偏見がすごい。が、これは今までの行いが招いた結果であるため、黙して語らず受け入れるべきと判断した。反応すると話が拗れそうだし。そうなればどのように進行していくかというと、平塚先生が閉店まで居座ることは間違いない。要するにめんどくさい。お帰りいただくためには甘んじて謗られよう。

 

「それに、一人暮らしとなれば毎日の仕事で疲れているのに帰ってから料理を作らなければならん。洗濯や掃除といった他の家事もある」

「はぁ、確かに」

「一人暮らしを始める前に『心配だわ。あんた一人だとめんどくさがって自炊しないでしょ』と母の言った通りにならないよう、どんなに疲れていても作ってはいた。だが、日が経つにつれて一品、また一品と品数が減っていき、使われなくなった冷蔵庫の野菜は溶け始め、肉は刺激臭を放つ。ある日、私は気づいた。あれ? これ、一人分作るより外食や総菜で済ました方がコスパもタイパもいいんじゃないか? と……」

 

 まるで見てきたかのようにしゃべり始めたかと思ったら、やっぱり平塚先生の話だった。一応、最初の頃は頑張っていたものの、あえなく挫折した無念さをこれでもかと滲ませていた。その経験を俺に当て嵌めて硬論を展開する。

 確かにうちの母ちゃんかよって思うくらいに同じようなこと言われたな。だからといって、俺まで同じ轍を踏むと決めつけるのは些か失礼ではなかろうか? 少なくとも、俺は冷蔵庫で野菜を溶かした覚えはない。

 

「効率重視の君のことだ。きっとこの真理にたどり着き、自炊をしなくなったんじゃないのか?」

 

 まぁ、ある意味合ってはいる。実際、一人暮らしの頃は総菜と自炊が半々くらいで、毎日料理していましたかとアンケートされたら『どちらとも言えない』に一票を投じる。ただ、川崎と暮らすようになってからは彼女を師事するのもあって、二人で毎日作っていた。

 しかし、それは二人の秘め事。ここで説明できないし、平塚先生に絡まれないよう大人しく息を潜めて、無難に流そうとした……のだが。

 

「ねえ、こいつ意外と料理できるし、先生と一緒にするのはどうかと思うけど」

「ぐはぁっ!」

「おい……」

 

 カウンター越しのバーメイドが絡み始める。せっかく人が穏便に済まそうとしているのになにを言い出すんだよ……。

 平塚先生はダメージをもらいながら、必死に気力を振り絞って異議を唱える。

 

「し、しかしだな、こいつは高校の頃、将来専業主夫になるなどと宣っておきながら、普段から妹に家事を任せきりだったと聞いている。そんな人間が毎日あんな面倒臭い自炊をするはずがない!」

 

 自覚はあるし反論もしない。なんせ川崎と同居している事実が反証そのものなのだ。できるはずがない。それなのになぜ川崎は……。

 彼女の意図が掴めないまま、次の言葉を待つ。

 

「今年はその妹を逆に世話してやるために帰省したって言ってましたよ」

「なっ⁈」

 

 驚き過ぎでしょ。まぁ、昔の俺が聞いても誰だこいつ? って驚く発言だろうから責める資格がないのがつらいところだ。

 それよりも、この話の内容から平塚先生に疑心を持たれないか危惧される。

 

「妹の世話を甲斐甲斐しく焼く? あの倦怠が具現化した暇さえあれば専業主夫と公言する目の腐った比企谷が?」

 

 ネガティブ形容が豊富過ぎる。ニドキングばりの多彩さだな。

 などと、平塚先生の表現に感心していると、川崎が俺のフォローをする。その語気はなぜか少々荒かった。

 

「……専業主夫目指してるから料理もできるんでしょ。言っとくけど、さっき平塚先生に出した肉じゃがとピザも、こいつが作ったやつだから」

「なん……だ、と?」

 

 まるで、突然現れた故人を目の当たりにしたような驚愕の眼差しを向けてきた。おい、俺はゾンビじゃねえから。

 

「な、なんで⁈ なんで⁉ 料理ができると言ってもなんだかんだで私と大差ないと思ってたのに、なんでこんなに旨い飯作るんだ貴様はっ⁉」

 

 旨い飯を作ったのに非難される理不尽。やっぱ、酔うとこうなるのか。

 

「いや、こういうアルバイトの調理はマニュアル的なものがありまして。誤解を畏れず言うなら誰でも作れるかと……」

 

 謙虚に、そして波風を立てぬよう細心の注意を払って選んだ言葉が、平塚先生の逆鱗めがけてフルスイングしていた。

 

「あ、あー! イヤミ⁈ 嫌味か⁉ このくらい誰でもできますけど先生はできないんですか? って言いたいのか⁉」

「ちょ、そんなこと一言もいってねえだろ! 被害妄想すげーな!」

「いーや、私にはそう聞こえたね! 私が聞こえたと言ったら聞こえたんだ!」

 

 駄々っ子か! 実に酔っ払いとは度し難い。ただ、平塚先生のことだから素面でも同じ帰結に至っていただろうけど。

 このウザ絡みに長いこと付き合わされたらこちらの消耗が激しいので、早く話題を戻してほしい。

 

「いえいえ、平塚先生料理できるじゃないですか。昔、肉もやし炒め食わせてもらいましたけど旨かったですよ?」

 

 ひとまず誉めそやし、ご機嫌をとってから話を本流へ戻そうと試みる。その考えとは裏腹に平塚先生は眉を顰めた。一瞬、川崎の眉もぴくりと動いた気がしたが今はそれどころではない。

 

「――嘘だ! どうせ肉を焼いただけで料理と思ってなかったんだろ!」

「嘘じゃないですって。旨い旨い言って食ってたじゃないすか」

「焼きタレすげぇと言ってたことを忘れておらんぞ! むしろ焼きタレが本体まである、とか思っていたんじゃないのか⁉」

 

 言い返されて自分の顔が引き攣るのを感じた。心を読まれたのかと思ったが、当時の状況を鑑みれば自然とその結論に行き着く。

 

「だいたい、どうやって料理が上手くなったのだ⁉ このバイトを始めたからか? ここで働けば料理が上手くなるのか?」

「全く上達しないとは言いませんが、あまり料理の腕前に寄与したとは感じてませんよ」

「ぐぐ……な、なんだその余裕の応対は⁉ では、私も国語教師ではなく、家庭科の教師になっていたら料理が上手くなっていたのか? いや、料理が上手くないと家庭科教師にはなれない?」

 

 哲学的アプローチで料理上達への道を模索する平塚先生。ファイアーエムブレム(ゲームの昇格システム)じゃあるまいし、家庭科教師にクラスチェンジしたら足りないステ(料理)が自動的に上昇するわけねえだろ。なんで楽して料理上手くなろうと思うかね。俺が苦労して身に付けて……って、どちらかと言えば苦労したのは川崎の方か。現にものぐさな俺がこうして料理を続けていけるのも彼女の教え方のお陰だと思っている。

 

 それにしても困ったな。平塚先生が愚痴モードに入ったようで話が一向に戻らない。もはや本題がなんだったのかすら朧げだ。

 まぁ、バーとはもともとお客さん(平塚先生)にしゃべらせて気分良くなっていただく場所だし、持ち前の社畜根性も相俟って接待に徹するはずだったのだが……。

 

「まあ、これから練習すればいいんじゃないすかね」

 

 無意識に面倒だと感じていたせいか、お為ごかしのような励ましが出てしまう。そんな機微を敏感に察知して、平塚先生は気色ばむ。

 

「なんっだそのどーでもいいような気持ちのこもってない言い方は⁉ 持つ者の余裕か⁉ ノブレス・オブリージュか⁉ なら養ってやる代わりに毎日私に味噌汁を作ってくれ‼」

「は?」

「っ⁉」

 

 どさくさに紛れてなに言い出すんだこの人。雑な逆プロポーズだな。

 ノブレス・オブリージュとは雪ノ下を思い起こさせる。『魚を与えるのではなく釣り方を教えよ』だったな。そういう意味では俺の激励は正しい。逆プロポーズで俺を娶って飯を作らせようなど、魚を与えるのと同義だぞ? 奉仕部顧問ならルールを遵守してほしい。だが、アウトソーシングと言い方を変えれば正しくもあるのが不思議だ。契約の種類が変わっちゃってるけど。

 

 俺があと一〇年早く生まれていたらお受けしていました。ごめんなさい。と割りとマジな返しをしようとした直前に、甲高い音が響いた。

 

 カンッ!

 

「……どうぞ、チェイサーです」

 

 カウンターテーブルにコースターが敷かれた瞬間、冷水の入ったロンググラスが強めに叩きつけられた。

 川崎は隠し切れない渋面でこう注意する。

 

「……それと、他のお客様のご迷惑になりますので声を抑えて頂けると」

「あ、ああ、悪酔いが過ぎたかもしれんな、気をつけるよ」

 

 その圧に縮み込まりながらチェイサーを口にする平塚先生。一〇歳ほども年下の元教え子に叱られる姿を元教え子の俺に見せないでくれ。そんな先生憐れ過ぎて見てらんねえよ……。

 

「あと、こいつはここでバイトする前から料理に慣れてたよ」

「うぐぅ……」

 

 川崎は追撃の手を緩めない。

 

「それに転職したからって勝手に料理上手くなるわけないじゃん。夢見てないで練習すれば?」

「ぐあぁ……」

 

 あの、川崎さん、もうその辺で……。容赦って言葉、知ってる?

 

「……だいたい三〇(みそじ)過ぎてんのに料理もできないってどうなの。それじゃ家事分担とか無理でしょ。一生外食? それとも料理だけ旦那にやらすわけ? そんなんで三〇(みそじ)女もらってくれる男なんかいるわけないでしょ」

「っ⁈ ――――ああ、あぁ……‼」

「うわぁ……」

 

 殺意たかっ! 酔いが醒めるどころか命すら絶ちかねない完全なるオーバーキル。

 川崎さん、どうしてそんなに不機嫌なのかは知らんけど、一応お客様だからね? あと敬語使って?

 

「わ、わ……」

「?」

 

 平塚先生は唐突に「わ」の発音練習を繰り返し始めた。その瞳はどこか虚ろで、経絡秘孔を突かれてこれから破裂する世紀末の雑魚敵を想起させる。……それって、先生もう死んでいるじゃないですか、やだー☆ 三秒後に享年を迎えないでください。

 

「……私はまだ二九だっ‼」

 

 言い返すとこ、そこですか⁉ 料理の腕前で反論してくださいよ。嘘吐かないとこだけは好感持てるけどさぁ。

 

「二九も三〇も変わんないでしょ」

「うぅ……うぁ……」

 

 ねえよ、それはねえ……人の心がねえよ……慈悲が欠落する病にでも罹患してるんかこいつ。

 あんまりが過ぎるので軽く咎めようと口を開きかけたが、先に口を衝いたのは川崎であった。

 

「……こいつはさ、努力してたよ」

 

 静かな呟き。だが、強い感情が籠っていることが窺える。

 

「ここで調理のやり方を指示した時、すぐにわかった。普段から料理してるなって、真摯に取り組んでるんだなって」

 

 この言外に匂わせたものを汲み取れるのは、恐らくこの世でただ一人。

 二人だけの秘め事を共有する……俺だけだ。

 

 ……そうか。

 俺はようやく川崎の機嫌が悪かった理由に思い至り、咎めようという感情が消えてしまう。

 入れ替わりに、じんわりと胸が温かくなっていく。

 

 それは自分の教えを糧に上達している俺への讃美と、その努力を軽んじた平塚先生への憤りを婉曲に表現した言葉。同居に触れぬよう苦慮して選んだものであり、彼女の気遣いの顕れであった。

 

 俺はその言葉に報いようと平塚先生に語りかける。

 

「実は一人暮らしする前、小町に料理を教わってたんすよ」

「そう……なのか……?」

 

 平塚先生は両手で頭を抱えてカウンターに突っ伏すも、なんとか返事をする。

 

「それで小町のやつが『たまには妹にご飯でも作ってやるか、くらい言えないもんかねぇ』って言ってきたから」

 

 もちろん、そんなことを言われたことはない。小町は俺に料理を食べてもらうのが好きだという言質も取れている。

 しかし、あたかもそれを真実のように語り聞かせた。

 

「お盆に帰った時くらいは俺が飯を作ってやるって虚勢張ったんです。そしたら小町のやつ、『じゃ、小町が躾けてあげる』って言ってきてですね……」

 

 ぴくりと、ここで初めて川崎に反応が見られた。ちらちらとこちらに目を向けてくる彼女の様子に愉悦を感じながら、俺はある決定的な言葉を口にする。

 

「『お兄ちゃんには今まで散々勉強教えてもらったからね』って、まるでその”負債(・・)”を返すみたいに料理を教えてくれたんすよ」

 

 グラスを磨いていた川崎の手が止まり、名状し難い表情を見せる。

 平塚先生に語りかけながら、実際は川崎に向けられた偽り言だということに気づいたのだろう。そのために、川崎にしか解らないヒントを散りばめてきた。

 

「……お陰で小町に褒められる料理が作れるようになりました」

「……!」

 

 ほんの一瞬だけ川崎の様子を窺うと、その顔には喜色が浮かんでいた。

 どうやら、この偽り言に出てくる小町が自分(川崎)を投影しているのだと伝わったようだ。

 

 互いへの讃美と返礼を、あえて平塚先生を壁にしたスカッシュで伝え合う拗らせっぷり。

 どうして素直に伝えないのか。もしかしたら、俺たちは似た者同士なのかもしれない。

 

 そうやって俺と川崎が目と目で通じ合っていると、その空気をぶち壊すように平塚先生が割って入ってきた。

 

「わ、私も比企谷妹に教われば上手くなるかな⁈」

 

 目を爛々とさせ問うてくる平塚先生に対して身構えていなかった俺は、ついぽろりと本音をこぼしてしまう。

 

「え、難しいんじゃないすか?」

「っ! なぜだ⁉」

 

 胸倉を掴み上げ、いよいよ恫喝めいてきた。だが、いつものことだと涼しい顔でされるがままである。 

 それにしても油断していた。実に正直に答えてしまったせいで後に続くフォローが思い浮かばない。なにを言おうと酔いの回った平塚先生には煽りか皮肉と受け止められてしまいそうだ。……いや、普段でもそうか。

 なので、ここは潔く諦めて真実を打ち明けるしかない。

 

「……だって、先生にはまだ料理を作ってあげたい相手がいないじゃないですか」

「まぁ、相手探すとこからだよね」

「がはっ……‼」

 

 俺の言葉に補足してダメ押しする川崎の容赦のなさよ。そもそも俺の第一声も大概酷いが。

 平塚先生は実際に吐血こそしていないが、吐き出された鮮血が視えるくらい真に迫ったリアクションである。

 

 元教え子二人の冷情性を示した発言に平塚先生は身構えてしまう。

 

「う……うぅ……好き放題言いおって‼ どうせ君だって相手などいないのだろ⁉」

 

 うわ、こっちきた。そのあからさまな論点ずらしに俺は苦笑してしまう。これが『恋人なんていないんだろ』と問われていたら黙るしかないが、ここでいう相手とは『料理を作ってあげたい相手』だ。生憎と俺にはちゃんと条件を満たす相手がいる。そう受け止めた俺は少しだけおどけた返しをした。

 だがこの時、自身が謀った偽り言の名残に気づけなかった己の迂闊さを後悔することになる。

 

「だから言ったでしょ。愛する小町(・・・・・)のために料理を作ってるって」

「っ⁈」

 

 びくんと川崎の肩が揺れ、グラスを磨く手が止まった。なぜか目を丸くして俺を見ている。

 えっ、この反応なに? 不思議に思ってじっと見返していると、平塚先生がその川崎に水を向けた。

 

「ちっ。シスコンめ。川崎もこいつになにか言ってやれ」

「は、えっ、あたし⁈」

 

 急に振られて動揺に拍車がかかった川崎は、話の流れがつかめずに頓珍漢な返事をしてしまう。

 

「あ、あたしも、……料理、一緒に作るの、好きだけど」

「⁉」「なに?」

「……あ」

 

 これには俺も平塚先生もぽかんとさせられる。俺のシスコンを一緒になって非難してくれるだろうとのバイアスがかかっていた平塚先生は、その意外な返答に理解が遅れていた。

 逆に俺は川崎の言葉をいち早く理解したが、返答にいくつか解釈できる余地があって困惑している。

 

 まず、川崎が自身もシスコンだと容認した解釈。『一緒に作るのが好き』の前に『京華と』が省かれている可能性がある。面倒見の良い姉だし、バレンタインイベントで姉妹微笑ましくチョコ作りをしていた風景を思い出す。確か平塚先生もあの時いたはずだから言葉の意味は通るし、この解釈は最有力候補だろう。

 

 次いで、一緒に料理を作る相手が川崎にもいるとの解釈。先ほどまで話題に上っていた婚活話に引っ張られ、異性関係に意識が向くのは頷ける。

 

 最後に、川崎と一緒に料理を作る相手が俺だとする解釈。だが、平塚先生には感じられない程度の隠微さなので、この受け止めはないはず。もとより俺は小町のためにと口にしているので、その言葉と川崎の発言を繋げることは難しい。結び付けて考えるのは俺たちの同居を知る者に限られる。俺がこの解釈に至れたのはそんな事情あってのこと。大丈夫。平塚先生は気づかない。気づかないはず……気づかないでくださいごめんなさい!

 なぜか口調が一色のようになってしまい、告白もしてないのに平塚先生が振られたみたいになってる。声に出さなくて命拾いしたわ……お互いに。声に出てたら先生は精神的に、俺は肉体的に死んでいただろう。

 平塚先生がどの解釈をしたのか動向を窺っていると、すぐに答え合わせが始まる。

 

「……い、一緒にって、誰とかね?」

「……あ、えっと」

 

 お、誰とってことは二番目の解釈みたいだ。ベストではないがベターというところか。最悪なのは俺たちの関係が明るみになること。それだけは避けねばならない。

 そう安堵していると、平塚先生の追撃によって不穏な方向へと向かっていく。

 

「ま、まさか!」

「……下宿先で、その、一緒に」

 

 川崎さん、なにしゃべってくれちゃってますのん。墓まで持ってく案件をこうも易々と洩らすんじゃねえよ!

 俺は努めて平静を保とうと自制しながらも顔が引き攣っているのを自覚していた。

 

「うがぁああぁぁ――――‼」

 

 いや、うるさいから。ほら、オーナーこっち睨んでんじゃん。そういうとこだぞ。

 平塚先生の断末魔による出禁の心配をしつつ、二人の趨勢を見守る。

 

「ううぅ……し、しかも、料理する男だと? 俄かには信じられん」

「ん……まぁ。一緒にやって教えてる感じです」

 

 やりとりを聞いていると、どうやら川崎は俺の存在を話すつもりはないらしい。これなら平塚先生の解釈が三番目に移行することはないはず。まだ安心はできないが。

 俺がヒヤヒヤしてる中、会話の綱渡りは続いていく。

 

「……そいつは結婚をちらつかせてきたのか?」

「は、はぁ⁈ そ、そんなわけないでしょ!」

 

 平塚先生の突飛な質問に動揺しながら返す川崎。

 

「ならそいつが川崎の家に上がり込んでなし崩し的に同棲するようになったとか?」

「どっ⁈ どど、同棲⁉」

 

 その同居を持ち掛けたのは俺なんですけどね、と心の中で呟く。

 川崎は同棲というワードに慌てふためいて固まってしまい、とても弁明できる状態になかった。

 

「違うのか? じゃあ、合鍵を作られたり自分の荷物を運び込まれたりされてないか⁉」

「えっ、え?」

 

 次々にどこかで聞いたことのあるエピソードをぶっこんでくる。

 

「もし別れたらお前の家の家具まで持って出て行ってしまう男かもしれんぞ⁉ そんな男とは早く別れてしまえ‼」

 

 遂には発言の(そば)から矛盾が生じるトンデモ要求をしてくる始末。おいおい、注意喚起しといて秒で翻すとか、こういうのをマッチポンプというのだろうか? あと俺はそんなろくでなしじゃねえよ。家具も俺のだわ。

 というか、散々川崎を案じておいて最後は別れろとか、結婚できない拗らせ極まってんなこの人。

 そんな理不尽に責められた川崎は、冷静さを取り戻すとすぐに応戦する構えを見せた。

 

「ちょっと、さっきからなに訳わかんないこと言って、……だいたい、あたしの方が転がり込んだ身だし、お金借りてるし……」

「……は?」

 

 今度は平塚先生が驚く番だが、驚く方向性が少しおかしかった。

 

「……部屋に住まわせて、おまけに金まで貸してくれる男だぁ⁉」

 

 もはや激昂と言っていい剣幕で川崎に詰め寄る。

 

「おかしいだろ! 私の同棲相手なんかいつの間にか家に上がり込んで、合鍵まで作られてそのうち自分の荷物を運び込み、別れたら私の家具まで持っていくような男だったんだぞっ⁉」

「……それマジだったんだ」

 

 さっきまでの追及が全て実体験に基づくものだとわかって、川崎はドン引きしていた。

 

「なんで⁉ なんでそんないい男引けるんだっ⁉」

「いや、そんなこと言われても……」

 

 自身の男運のなさに絶望する平塚先生と、そのあまりに必死すぎる姿に困惑気味の川崎。いい男と言われて内心にまにましている俺がいたのは内緒だ。

 

「あぁ……、私もそんな男に出逢えないものか……」 

 

 そう絶望しなくても、既に(俺に)出逢ってますよ。逆プロポーズも(俺に)済ませてますから。それに応えられなかった俺は別の手段で応えることにする。

 

「そのための結婚相談所じゃないですか。あ、ロールプレイ再開します?」

 

 すっかり忘れていたが、結婚相談ロールプレイの途中だった。

 

「そ、そうだったな……たの、む……」

 

 既に満身創痍だが、続けないと俺が娶られてしまう未来が見えるので止める選択はない。

 

「えっと、共働きの家事分担について話してましたっけ。料理は週どのくらいしますか?」

「あー! ど、どうせ肉を焼いただけなんて料理じゃないとか言うつもりだろ⁉」

 

 ああ、ループしたわ。やっぱりめんどくせえよこの人……。

 俺が諦念の境地に至っていると、川崎がグラスを磨きながら怜悧な表情で残酷な言葉(事実)を告げる。

 

「あのさ、もう料理は諦めて別のことで相手見つけたら? 料理するのに拘ってると結婚遠退くよ。あと五年もしたらもっとやばいから」

「がはぁっ‼」

「ひぃ⁉」

 

 今日一の正論パンチに俺まで変な声が洩れた。女性の年齢が大事なのは周知の事実だが、とりわけ三五を過ぎると高齢出産となるため、お見合いが成立しにくくなるらしい。

 しかし、血も涙もねえな。二〇代JDに正論パンチされたら平塚先生でも再起不能なのでは……。

 その心配は杞憂で、平塚先生は強い女であり、

 

「うるさい! 皆平等に年を取るんだ、川崎だって一五年経てば今の私と同じ憂き目に遭うんだからな!」

 

 ……果てしなく大人げなかった。

 その後、オーナーに何度も頭を下げて出禁を回避する元恩師。そんな姿、見たくなかったよ……。

 

 

 

つづく




いかがでしたでしょうか。

帰省後登場キャラ第一弾は平塚先生でした。
なんか平塚先生が一生呻き声しか上げてなかった気がします。原作二巻のイメージのせいですね。やっぱり平塚先生は沙希との相性が悪いw
前回投稿からちょうど一ヶ月程度の間隔で書けたものの、なんと22000文字超えで歴代二番目の文字数でした。
三週間くらいでいけると思っていたんですが、終盤の沙希がチェイサー出すあたりから流れが怪しくなってきて3000文字くらい書いてボツになりまして。結果、一週間全く進まずに足止めされてました。そのトンデモ難産がなければ見積もり期間通りといったところでしたね。
帰省中もう何人か俺ガイルキャラを出す予定なので、ご期待ください。

それでは次もお楽しみに。
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