非きこもり、JDを拾う。そして、育てられる。 作:なごみムナカタ
前回の不安が的中し、予想より文字数が増えたので前中後編の三部作になりました。
見返してみると全く誕生日エピソードらしくないですね、これ……。
まだ、しばらく沙希でません。八沙なのに申し訳ない。
沙希は『一方その頃』的な感じで別話用意してます。
小町を除けば、生涯二度目のデート。相手は一色。ちなみに初めてのデートも一色。
これだけ聞くと一色のことが好きすぎる俺アピールが酷い。いや、嫌いではないが好きかと問われるとよくわからんといったところか。そのよくわからん女の子とこれからどこへお出掛けしようか、懊悩するのは仕方のないことである。
「ところで暇潰しが終わったらどんな予定があるんですか?」
「……別に大したことじゃない」
まさかこの流れで誕パとは言えず、咄嗟に誤魔化してしまう。迂闊に報せると誕プレを強請っていると受け止められかねない。俺と一色の関係性でそれは起こり得ないと思うが、誤解を招く発言は控えるべきだ。
「へぇ……」
一色の態度はとても納得などしておらず、胡乱な目で見つめてくる。追及を躱すため、思い浮かんだデートスポットを提示してみた。
「……とりあえず、カラオケとかダーツとかビリヤードとかボウリングとかバッティングセンターあたりか」
さすがに過去に行った卓球は除外して、前回の提案内容をそのままリストアップしてみた。
「うーん、カラオケは定番すぎるので
「おう……歌う前から採点されちゃったよ。厳しいな」
「先輩今どきの歌とかあまり知らなそうですし、手持ちがなくなってからのアニソン連投とか聴いててきついかなって」
「お、おう……それは、合ってるな……」
「でしょー? その流れのまま、この曲は某アニメのあの場面で流れた伝説的な曲で~なんてべらべら蘊蓄たれだすとこまでがセットな未来まで視えてますから」
「あ、いや、そんなことは、ない、と思うんですけど……」
なぜか敬語になってしまうあたり、深層意識下で心当たりがあったのかもしれない。
「んじゃダーツはどうだ?」
「ルールよく知らないんで却下で」
「食わず嫌いじゃねえか」
「先輩のが食わず嫌い多そうですよ? 食べ物でも、人でも」
「う……小町と同じこと言いやがって」
「うえー、お米ちゃんと一緒とか高度なメンタル攻撃しかけてきますね先輩」
「お前小町のことなんだと思ってんの?」
比企谷家のプリンセスに対してあまりに不遜な口ぶり。もし今手元にMAXコーヒーがあったらそれを糖分補給にでなく、一色に罰として飲ませていたところだ。
「ビリヤードは……似合わないからNGだったな」
「身の程を弁えてるじゃないですか~☆」
先読みで否定してみたら、褒めるようでいてしっかりとこき下ろしてきた。
「あとはボウリングだが、これはどうやって断るんだ?」
「なんで断られること前提なんですか……。でも、わたしってお箸より重いモノ持ったことないじゃないですかー?」
「うわっ、でたよ非力女子アピール。荷物くらいは持ってやるがボウリングの玉まで持たせる気? 俺が俺と勝負する究極の一人遊びになるんだが……」
「独りボウリング勝負……これは痛々しくて見ている側からしてもきついですね……」
そうなんだよ。一人で練習してる姿と思えばそこまでおかしくはないのかもしれないが、スコア表に二人エントリーされている異質。その両方で俺が得点を積み重ねていくという寂寥感しか生まれない悲しみのゲーム。この訓練法はボウリングの腕を鍛えるというより、精神修行の側面が強いと思う。
「リストに挙げといてなんだが、バッティングセンターはちょい遠いからなしな。小町から連絡きたらすぐ帰れるようにしときたい」
冷静に考えると悠長にゲームをしている時間なんてあるのだろうか。気合を入れて誕パの準備をしてくれているにしても、そこまで時間が掛かるのかいささか疑問だ。
「なら、とりあえずウインドーショッピングでもしましょうか♪」
「今までのやりとりなんだったんだよ……」
先ほどまでの相談全てが徒労となる提案のせいで、出かける前から疲労感で一杯になった。
俺たちは駅を出てすぐのショップに向かう。この暑い中で外を歩く苦行から逃れられたことに喜ぶも、女物の売り場を眺めて回るのは違う意味で苦行であった。
これでいろはすファッションショーが始まってしまったらと思うと、むしろ外を歩いた方が楽だったのではと感じてしまう。
「これなんか似合いますかね?」
「ああ、いいんじゃねえの。知らんけど」
「真面目に答えてくださいー」
一色が指差したのは意外にも大人っぽいコーデだった。彼女のイメージからかけ離れすぎて、着ているところを想像するのも難しく、曖昧に返すことしかできない。
……こういうのは、背が高くスラっとした川崎に似合いそうだなと、ここにいない人物を思い浮かべる。
「……」
「先輩?」
「……ああ、わりぃ。なんだっけ」
「むー……、今別のこと考えてましたねー?」
「ソンナコトハナイデスヨ……」
あっさりと見抜かれてしまったばつの悪さが、発言を棒読みにさせてしまう。
「はぁ~、これが似合いそうな違う女のことでも考えてましたか?」
エスパーかこいつ……。
いかん、黙っていると認めたことになる。早くなにか返さないと……。
「ちげえよ、お前にはこういう大人っぽい服より今の姿のが似合ってるな、って思った、だ、け……」
「え」
誤魔化さねばとの意識が強すぎて、しれっと俺らしくないことを口走っていたのに気づいた。普段なら、思っていても屁理屈を捏ねて捏ねて捏ね回して、よくわからんこと言って結局うやむやにするのだが……。
目を見開いて驚きを隠そうともしない一色。なにを言うのか固唾を飲んで見守ってしまう小心者な俺。
「はっ! なんですかもしかして今わたしのこと口説いてましたかショップで試着しようとした服より今着てる服を褒めるなんてありのままのわたしでいてくれよって意味ですかちょっとくらっときましたけどせめてこのデートが終わってからにしてくださいごめんなさい!」
「はいはい、よくわからんけど終わったらな」
いつものやつで安心した。それにしても今日だけで三回も振られちゃってるんですけど。
この暇潰しが終わるまでにあと何回振られるのか想像もつかない。もしかするとギネス記録に認定されるレベルかもと内心震える。
「うわー、テキトーなやつだ……」
その受け答えに一色は呆れながらも、それ以上の駄目だしはしてこなかった。
「まぁ、真面目な話、ちゃんと褒めてくれたのはポイント高いですよ……」
ぽしょぽしょと呟く一色の表情は心なしか機嫌が良さそうに見える。
「……そろそろ出ましょうか。ここにいてもしょうがないですしね」
内容とは裏腹に一色の足取りは軽やかだ。知らないうちに正解を選択していたらしい。
しかし、次の行き先をまた決めねばならないのは気が重い。ただ暇潰しをしたかっただけなのに、常に選択肢が発生し続けるストレスに晒されようとは……。
店を出ると強い陽射しが容赦なく照りつけられ、蒸した熱気がまとわりつく。
「あっつ……」
「真夏だしな。もっとショップ内見て回ってればよかったんじゃねえの。涼しいし」
「……先輩がこの服褒めてくれたせいですよー」
「ええ……俺のせい……」
これはあれだ。翻訳すると、俺が服を褒めてくれたから他の服を買う必要はないってことか。てっきり俺の褒めた服なんて着ていたくないんですけど、って言われるかと思ってたのに、今日のいろはす聖母かな?
「そうですよー、責任とって面白い話で暑さを忘れさせてくださいー」
「……それ、たとえ面白い話でもすべらせる魔法の雑振りなんだが?」
「まぁ本当になんでもいいですよ。先輩が高校卒業してからの話とかでも」
俺の話なんて聞かせて面白いもんでもないし、答えに窮していると一色の方から水を向けてきた。
「先輩、通学ってご実家から通われてるんですか?」
「いや、一人暮らしだ」
「えっ⁉」
ちょっとー、いろはすー? その『えっ⁉』は悪意あり寄りのありなリアクションでしょー。
「驚き過ぎだろ。独り最高だし」
「信じられません。あの妹さんに面倒みてもらわないとご飯もまともに食べないような先輩が一人暮らしなんて……なんでしたら、今度ご飯とか作りに行ってあげましょうか?」
「間に合ってるんで」
「なっ、酷くないですか⁉ こんなに可愛い子が甲斐甲斐しくご飯作りにくるとか男子にとって夢のシチュエーションじゃないですか!」
朝起きたらご飯を作って起こしてくれる同居人(あくまでも同居)がいるので、既に夢シチュエーションは享受中だ。
「そういうのは相手をちゃんと選んで言った方がいいぞ。俺じゃなきゃ勘違いしちゃうだろ」
「む~……」
「あざとい」
「あざとくないですー」
このやりとりに懐かしさを覚えていると一色が続けて質問してきた。
頬に人差指を当て、きょとんとした表情で小首を捻る。こいつ、狙い過ぎだろ。一色を構成する成分はお砂糖とスパイスと理不尽だけじゃなかった。あざとさも追加で。
「まさかとは思いますが……自炊、してるんですか?」
「あ? まぁ、そうだな」
「うっそだー」
俺の否定をゼロフレームで否定し、疑惑の目を向けてくる。
「⁉ う、嘘じゃねえよっ⁉」
あまりにもシームレスだったため、ちょっとへどもどしてしまう。この反応が悪かったのか、一色は先ほどまでのあざとい表情から口角をあげて厭らしいものへと変わっていった。
「……なるほど。ふっふーん、わたしの目は誤魔化せませんよ?」
頬に当ててた指を俺に向けてながら自信に満ちた表情を見せる。今の返事でなにか掴んだのか。
え? まさか……、俺が同居していることに気づいた?
今までの受け答えの中に同居(あくまで同居)を想起させるようなものがあったか? そんなものは何一つないはず。自分の言葉を顧みながら、審判を待つ気分で身構えた。
そして、ついに一色の唇から断罪が下される。
「……コンビニ弁当とかで済ませてるんでしょ?」
え? あ、そうか。そっちの意味で悪い顔してたのか。それならそれで、むしろ好都合。一色の揶揄いに乗ってやればこの話題も終わるだろう。
「あ、ああ。よくわかったな……」
「……?」
俺の表情を訝し気に覗き込む。
「……なんだよ」
「……なんか先輩、変ですね? いや、普段から変ですけど」
「変ってなにがだよ。確かに俺がこうして外に出てることは変かもしれんが」
「そーゆーことじゃないです。自炊の嘘を言い当てられて素直に同意するのが変なんです。いつもの先輩なら『いいか一色。自炊する時、醤油や味噌を使うがそれらを自分で一から作るか? つまり加工品だ。その加工品を用いても自炊は成立する。よって、コンビニ弁当という加工品を用いた食事は立派に自炊と呼べるのではないだろうか?』とか、頭おかしい屁理屈で悪足掻きしてると思うんですよね」
器用に俺のしゃべり方をモノマネしながら疑念の根拠を口にする。客観的に聞いてると我がモノマネながらすげーうぜぇ……これは雪ノ下が息をするように罵倒したくなるわけですわ……ってか、なんだ
っていうか、普段俺がなにかごねるときは頭おかしいって思ってたのね。その真実は知りたくなかった。
「なにか隠してませんか?」
おっと、一色が思っている真実を知ったショックで本題を忘れかけていたが、俺の不審な態度で一色から疑われているんだった。川崎に関しては完全なるノーヒントでも、いろはすにありとあらゆる手練手管を駆使されたら、俺が勝手に自白してしまう可能性が普通に高い。ここは話を変えて誤魔化すのが無難にして最適解だ。
「そうだ、暑いし次は猫カフェに行ってみないか?」
「は?」
うわぁ……ちょっと怒ったような呆れ返ったその声音は、真夏なのに俺を凍りつかせる迫力があった。
話題変えが雑すぎて、さすがに切れさせてしまったか。これから賜わるであろう一色いろはのありがたいお小言に戦々恐々としていたが、意外にも別の事柄についての説諭であった。
「行きませんよ……せっかく先輩が褒めてくれた服が、猫の毛だらけになるじゃないですか」
「あ、う……、おう……」
しゅんとしおらしく、まるで大切なものを恥じらいながらそっと見せるように、自分の中に潜めていた俺の言葉を打ち明ける。
後輩の思いがけぬ言葉と態度にどぎまぎしてしまった。
「そもそも先輩、猫カフェ行きたかったんですか?」
「いや? 猫はうちにいるからな」
カマクラが俺に癒しを与えてくれるかと問われれば少し疑問の余地があるが、飼っている以上、猫に不自由はしていない。
「じゃあ、なんでわざわざ……はっ⁉ もしかして、わたしのためですか! なんですかそれ口説いてるんですかお前の価値は猫の経済効果と同等の二.九兆円だとでも言いたいんですか高く評価してくれるのは嬉しいですけど神輿と同じでわたしに値段をつける不敬を自覚して告白は崇め奉ってからにしてくださいごめんなさい」
最後はぺこりと恭しく一礼。挙措は謙虚で丁寧なのだが、内容は著しく尊大で自身が崇高であると辞さない。この世に在りながら阿頼耶識に目覚めちゃったか? 処女宮を守護してなかった? いや、一色なら白羊宮だな。
一色の誕生日まで思いを巡らせて白羊宮で締める。益体のない思考ここに極まれりだ。
「はいはい、次からは手を合わせてあざとい姿を悼みつつ、ご冥福を祈ることにするわ」
「わたしを亡き者として扱わないでくださいー」
うーん、さすがに不謹慎だったか。やはりお盆ゆえに偲ぶべきだな。八幡反省。
「それで、なんで猫カフェなんですか?」
「いや、女子には定番かなと……」
小町や雪ノ下は言うに及ばず、川崎も猫アレルギーさえなければ喜ぶ鉄板スポットのはずだ。当然、一色もそうであるだろうと考えていたが感触は芳しくない。
「へぇ……定番ねぇ」
俺の顔を覗き込み、表情を曇らす。まるで心の中まで見透かされているような錯覚に陥る。
「……確かに猫は可愛いですけど、こっちも本気で可愛いって思ってるわけじゃないですからね? 猫可愛がってる私可愛いアピールできるから猫カフェは便利だなーって」
「お、おう……その計算高さは薄々感じていたが、直接言われると現実を思い知らされるな……」
我が妹と似たような言説にげんなりしていると、当の後輩はふっと息を吐いて自然な笑顔を向けてきた。
「それより先輩の行きたいとこに行きましょう」
「えぇ……ほんとに?」
過去に一色と出掛けた際、店選びで『なんでもいい』と言われてサイゼが却下された記憶が影を落とす。今回も絶対になんらかの含みを持たせた『行きたいところ』なのだ。俺はもう騙されんぞ。
警戒しながらじっと一色を見つめていると、ぽしょぽしょと呟いた。
「……今日くらいはそこがいいんです」
その言葉の意味が理解できぬまま硬直していると、俺のスマホにLINE通知が届く。
『しゅぽっ』
「……!」
「っ⁉ え、まだ……」
この通知に事態を察した一色が慰留しかけるも言葉を飲み込む。
俺にLINEを送る人間は川崎か小町しかいないし、このタイミングならまず間違いなく小町だろう。普段なら席を外して確認するが、今は最優先事項と言えた。なんせこの暇潰しを終了するお知らせかもしれないからだ。
「……見ても?」
「……どうぞ」
一色は神妙な表情を作り、手でジェスチャーする。少し顔を強ばらせながら緊張気味に答えた。
案の定、差出人は小町。帰宅許可が下りればこの
だが、しかし……。
【お兄ちゃんごめん。ちょっと、ってか結構というか、かなーり準備に時間かかりそうなんで、なんならお昼も食べてきちゃってくれると小町的にはポイント高いのであります……(猫が手を合わせて謝るスタンプ)】
……嘘だろ?
俺はスマホ画面を見てその内容を反芻し、絶望に打ちひしがれた。
「……どうしたんですか?」
不安そうに訊ねてくる一色にありのまま伝える。
「もうしばらく暇を潰してろってよ……」
「‼」
それを聞いた一色は色めき立ち、口元に手をやるも上げた口角を隠し切れず覗かせた。
そして、俺に聞こえない声量でぽつりと呟く。
「……お米ちゃんもたまには空気読んでくれるじゃん」
俺たちは受付を済ませて指定のレーンに案内された。
結局、あの場で灼熱の陽光に焼かれ続けるくらいならと、前回お世話になったボウリング場へ足を運ぶ。さすがに卓球でなければいいだろう。
「空いててよかったですねー。隣のレーンに人いると落ち着けないですもん」
「それな。特に操作ボタンとこの椅子なんてカップルシートかってくらい近いからな。あの距離感は絶対に他人と座ることを想定してない設計だぞ」
ボウリング場あるあるで意気投合しつつ、俺たちはレンタルの靴を履き替えた。一色が靴を履き替えるところを見るのはこれで二回目となる。
前回は冬だったのでタイツを装備していたが、この真夏の服装は想像以上にやばい。丈の短いキャミワンピからすらりとのびる生足に嫌でも目がいってしまう。俺は見ていたのがばれないよう慌てて目を側めた。
「準備おっけーでーす」
「……おう」
動揺を見せぬよう努めてぶっきらぼうに返す。それがご不満だったのか、眉根を八の字にして抗議する。
「なんかテンション低いですー。いつものことですけど、今日くらいはもうちょっと楽しそうにしたらどうですか⁉」
「いや、だから今日くらいってなんだよ」
「むー……」
唇を尖らせ、なにか訴えようとしていたがそれを飲み込み、代わりに別のある意味懐かしい話題を持ち出してきた。
「んんっ、では楽しくなるよう前みたいに勝負しましょう!」
びしっと俺に指を向け、宣戦布告する一色。
「ふむ、ボウリング勝負か。勝ったら昼飯だな。いいだろう」
「あ、いえ……別に欲しいモノとかでもいいですよ? もちろん、あんまり高いのは駄目ですけど……」
「はぁ? そんなこと言ってプ〇ダのバッグとか買わせる気だろ」
「そ、そんなことしませんよ! ……買ってもらうとしたらお財布くらいです。……じゃなくて!」
「こえぇ……財布っていう現実的なチョイスに本気度が滲み出てしまっているところが怖い」
バッグなら冗談で済むが、財布だとワンチャン狙いであわよくばという意図が透けて見える。もし叶えてしまったら、来月は水だけで一ヶ月黄金伝説を達成させられそうなので断固として拒否する。
「もー、どうして負けた時のことばかり心配するんですか。先輩が勝つ可能性もないこともなくはないじゃないですかー」
「なにそれ引っかけ問題? もう可能性がどっちなのかわからねぇよ」
「ごちゃごちゃ言ってないでわたしに勝てばいいんですよ。勝って先輩の欲しいものをわたしに買わせてみてください」
「……え」
この言葉はあまりにも意外で思わず声が出る。なぜなら、前回の賭けでは一色が負けたが、言質がとれていなかったのをいいことに奢りから逃れた。今回もその流れを踏襲するのだとばかり思っていたのに、一色の方からあえて言質を与えてくるとは……。
「いいのか? そんなこと言って」
「いいですよー。わたしが勝てば問題ないですから」
両手を腰に当てて「えっへん」と高校時代より少し成長した胸を張る。偉く自信がおありのようだが、途中で大差がついてしまったら全く楽しくないし、なによりも気まずい。仮に俺が勝ち側でそれが起こりそうになってしまった場合、全力で接待プレイに切り替えるつもりでいる。それがお兄ちゃん気質というものだ。
そんな誓いを胸に秘め、第一投。かこーんと響いた後、俺のスコアには『三』が記された。
「うわぁ……い、いいですいいです、その調子。まだ一投目なんだし、これからですよ! むしろ、わたしが勝つ確率が上がってうわぁーいありがとうございます、みたいな?」
煽り一択だと思っていたのに、掛けられた言葉はまたずいぶんとお優しい。これ自体がフォローを装った新手の煽りなのかもしれん。ここは武士の情けで黙していてほしかった。
開始前には手加減もやぶさかではないと考えていたのに、恥ずかし過ぎて軽く死にたくなる。
「あの……フォローか弄るかはっきりしてくんない?」
「それならガーターかストライクかくらいはっきりした結果残してください。その本数に的確なツッコミは難しすぎます」
違いない。悪いのは俺だった。
反論のしようもない醜態を晒した俺は、逃げるように第二投を放る。
「……」「……」
再び『三』が記された。冷房が効き過ぎて凍えそう……というわけではない薄ら寒い空気。
開始早々、酷く盛り下げてしまってすまないと顰めた眉根で語る俺に、一色はある提案を持ち掛ける。
「……じゃあ、緊張感を持たせるためにこうしましょう。オープンフレーム*1だったら訊かれたことになんでも答える。嘘は吐かない。答えはイエスかノー。いかがですか?」
「新たな罰ゲーム追加ってわけか。変な質問じゃないなら、まぁいいか」
「決まりですね。一フレーム目から開始でいいですか?」
「さすがにそれはずるすぎるだろ。俺の罰ゲーム確定しちゃってるじゃん」
「冗談です♪」
いや、これって俺が首肯したらあわよくばそうしようって絶対思ってたやつだ。わざわざ言わんけどな。不毛だし。
気軽に承諾したが、後にこの判断が誤りだったと苦悩することを俺はまだ知らない。
「ではでは、いきますよー」
普段のあざとさ全開でてくてくとアプローチを歩く。その姿に投球モーションを思い浮かべる者はいないだろう。
「えいっ」
「っ⁉」
素人フォームで動きが小さく楚々とした投げ方。ぼんやりと眺めていると前傾姿勢になった瞬間、忘れていた懸念が呼び覚まされた。
俺の顔が紅潮し、斜め上に首を向けて天井を見た。まるで千堂武士のスマッシュを首捻りでいなしたくらい勢いよくである。
かこーん☆ という気持ちの良い音の後、一色の歓喜が聞こえてきた。
「やったー! どーですか先輩、ストライクですよストライク!」
すごいけどそれどころじゃない。俺はまともに一色の方を見られず、知らない天井を見上げていた。
「せんぱぁーい、ちゃんと見てました?」
見れないので恐らくだが、きゃっきゃと喜んでいるであろう一色が距離を詰めてきたのが気配でわかる。どう対処していいか困っていたら、訝し気にこちらの様子を窺ってきた。
「見てましたか?」
「あー見てた見てたすごいすごい」
いかん。この『見てましたか?』は『ストライクを取るところを』でいいはずだよな? どうしても他の含みが感じられてしまう。そのくらい今の俺は心が穢れている。
「ほんとに見てましたか?」
「だから見てたって。ほんとほんと」
疑いの目を向けて訊き返す一色。答えが適当すぎて嘘だとばればれのようだ。そして、察しの良い一色ならその真相にすぐたどり着く予感がした。
「先輩? なんか顔、赤くないです、か……っ‼」
「アカクナイヨー」
一色の言葉が途中からぎこちなくなっていき、最後は無言になる。
幾ばくかの時間それが続き、再び言葉を口にした際の声色は温度のないものであった。
「……見てましたか?」
「だから見てたと言って……っ⁉」
ちらりと視線だけ戻すと、彼女は両手でスカートの裾を押さえながら顔を赤くしている。いつの間にか間柴がフリッカージャブを放つくらい間合いをとっていた。それ、会話する距離じゃないよね?
「
あ、これは……。声音に含まれるニュアンスから、間違いなく別の『見てましたか?』ですね。
問われた内容の変質に気づいた俺は、さっきまでの『見てた』をあっさりと翻した。
「見てない見てないほんとほんと」
「……へぇ、見てないんですかぁ?」
俺の態度から『投げる』に関してではないことに一色も気づいているだろう。なぜなら、最初の質問に見てないと答えたら怒るものだが、今の彼女は怒るというより詰問口調に変わっていた。それがなにを意味するのかと言うと……。
「み、見てません……」
「へぇ……」
怖っ! たった一文字の発言がこんなにも恐怖を植えつけてくるだなんて、これぞ日本語の妙というやつか。
その不服そうな返事はなにかの前触れのようで、続く冷静さがより一層怖さを際立たせた。
「……つぎ先輩の番ですよ」
「お、おう」
促された二フレーム目も動揺のせいか、オープンフレームで終える。さっそく罰ゲームの発動だ。
「では先輩に質問します」
「な、なんで、しょう……?」
「さっき、
わずかに訊き方が変わった。たった一文字の違いだが、この言い方はストライク投球に対して使われる言葉でない感じがする。むしろ、俺が危惧した方の可能性が高い。
「……わたしが二フレーム目終わるまでにちゃんと答えてくださいね。ああ、嘘は駄目ですよ☆」
そう言って、おもむろにカーディガンを脱ぎ出す。クーラーの利いたボウリング場でそれだと逆に寒いのでは? との懸念は、カーディガンを腰に巻いて縛ったことで納得した。
これについてですからね! としっかり無言で念押ししてきやがった。ここまでされては誤魔化すことなどもうできない。
二投を終え、今度は一色もオープンフレームだった。あれ、この場合ってどうなる? 二人とも罰ゲームで相殺されるのでは?
「変な期待しないでくださいね♪ この場合は『二人とも質問に答える』に決まってるじゃないですか」
あわよくばこのフレームを無効で凌げれば、残り最後までスペア以上でフィニッシュして質問させない、なんて淡い期待を抱いてたんだがな……。一色は容赦なくその芽を摘んだ。
「さぁ、もう一度訊きます。見ましたか?」
「んぐ……」
これ以上、引き延ばすのも誤魔化すのも無理。ついに観念し、渋面で真っ直ぐ答えた。
「わるい、見えた」
「……ふーん」
なんだよその反応は。川崎なら『バカじゃないの?』か腹パンであっさり解放してくれるんだが、一色はきっちりと貸し扱いして『責任、とってくださいね』と小悪魔ならぬウシジマめいた笑顔で取り立してきそうなんだよなぁ。
この場にいない女子を照らし合わせて対処法を模索するも、わかったのはタイプが全く違うということだけだった。
「……嬉しいですか?」
「っ⁉」
蠱惑的な微笑みを湛え、挑発的に訊ねる一色にどきりとさせられた。
「……二回目の質問はルール違反だな。答える義務はない」
手遅れかもしれないが動揺を覚らせないため、普段の軽口で煙に巻く。余裕ぶってはみたものの、内心はパニック一歩手前だ。
「じゃあ、次のフレームで答えさせてみせますね」
ぱちーん☆とウインクして、あざとく敬礼。もはや芸術的ですらある流派一色礼法の挙措であった。
「では先輩からも質問どーぞー」
「あ」
すっかり忘れていたが、二人ともオープンフレームだったので俺にも質問権が与えられていたのだ。とはいえ、特に訊きたいこともないのでパスでもいいかと思ったが、こういうのは乗ってやらないとまた盛り下げる原因にもなる。
軽く思案して、最初の疑問に立ち返った。
「んじゃ、今日はほんとに予定なかったのか?」
「っ⁈」
一色は余裕たっぷりの態度から一転して、当惑した表情になる。
何気なく訊ねたのだが、こちらが驚くほどに彼女の狼狽えっぷりは尋常でないものだった。どうやら急所を突いてしまったようで、今度は彼女が答えに窮してしまう。
やはり予定ありだったか。そもそも無理があったんだよ、そんなばっちり男受けする服で着飾って暇してましたーなんて。
しかし、答えるのを躊躇うのは意外だったな。罰ゲームで『嘘は吐かない』と言ったが、どうせわかりゃしないんだから嘘で誤魔化せばいいのに。人を揶揄ったりはするくせに、変なところで拘りが強いというか真摯というか。
……そういうところ、嫌いじゃねえがな。
「あー、どうなんだ? 大学で女友達はできたか?」
「えっ」
質問に答えられなかった場合は代わりの質問を用いる。新たなルール追加ってことで俺の中で勝手に決めさせてもらった。
まぁ、さっきの質問はNGの時点で答えわかっちゃうんですが、そこは触れないでやるのがお兄ちゃんの嗜みである。
急激に質問内容が健全になったどころか、食卓で思春期の娘にコミュニケーションをとろうと不器用に話しかける昭和のお父さんそのもので、牧歌的ですらあった。ってか、こんなこと質問する側が罰ゲームだろ。発言内容がコテコテすぎて自分の頬が染まっていくのを実感する。
普段ならこんなわけわからん父親ムーブに対して冷やかにあしらわれるはずだが、唐突に質問が変わった意図を察したようで、俺の起こしたビッグウェーブに乗ろうと食いついた。
「は、はい、当たり前じゃないですかー。前と違ってむやみに女子のヘイト取るような行動は慎んでますので、結構上手く溶け込んでますよ」
「お、おう、そうか……」
一色は明るく話すが、前の経験から起こった生徒会会長案件を知る俺には悲しみが伝わり過ぎて笑えない。なんなら、それを聞いた
「まぁ、さすがに合コンに誘ってくる子はいないですけどねー」
「……だろうな」
さも当然のように返事をすると、心外とばかりに釘を刺してくる。
「……ハブられてるわけじゃないですよ、ちゃんと仲良いですし。むしろ仲が良いから呼ばれないだけで」
俺も、もとより関係性の心配はしていない。『幹事MAXの法則*2』に照らし合わせると一色が合コンに呼ばれないのは必然と言えよう。そういった諸事情を踏まえての返しだったつもりだが、一色にはいらぬ勘繰りをさせてしまった。
「そんなのは勘案済みだ。あの界隈には幹事MAXの法則というものがあって……だ、な……⁉」
途中まで答えながら、その発言の行き着く先でどのように受け止められるのかわかってしまう。ここまでしゃべってしまっては止めても手遅れなのだが、それでも自然と言葉が
「えー、なんですか……、それって……」
呼び方に耳馴染みがないだけで、幹事MAXの法則は理解していたのだろう。その後の展開も彼女の中で遅滞なく行われ、無事俺の懸案に達したようだ。
みるみるうちに得意気な表情となっていく。彼女は実に愉快そうに、糖度増し増しの甘ったるい声で、その真意を問い質してきた。
「……ふふーん、なぁんですかせんぱぁい、その『幹事MAXの法則』ってどういう意味なのか教えてくださぁい♪」
……こいつ、わかってて言ってるだろ。失言を悔やみ、やさぐれた面持ちで適当な返事をする。
要するに『わたしって可愛いんですよね?』と訊いてるわけだ。しかも、既に俺が幹事MAXを認めてしまっているため、その結論を否定できないことがわかってて訊いている。言葉狩りに命懸けてる野党第一党かお前は。もはや小悪魔でなくただの悪魔と呼んでいい。
「……二回目の質問はルール違反だな。答える義務はない」
俺は歯噛みしながら逃げ口上をリピートする。
そして、この先絶対にスペア以上を取り続けようと心に固く誓うのであった。
つづく
いかがでしたでしょうか。
今回もがっつり一色回でした。
前話と合わせると文字数がなんと19000文字。後編が5000文字切るとは思えないので、この誕生日話を一話としてまとめたら確実に歴代最長の文字数となってました。分割してよかった。
当初予定してた流れとは大きく変更されていて、今も手探り状態で執筆中なので、ちゃんと完成できるよう祈っていてください……(汗)
帰省中もう何人か俺ガイルキャラを出す予定なので、ご期待ください。
それでは次もお楽しみに。