非きこもり、JDを拾う。そして、育てられる。   作:なごみムナカタ

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メインヒロイン二人が登場。でも準レギュラー枠扱いです。

またも前後編の二部形式になってしまいました。まとめきれない!


JD、非きこもりと薄氷を踏む。【前編】

「ん……」

 

 ロフトで微睡み、ゆっくりと寝返りを打つ。

 

「……」

 

 今日はバイトも大学もない久しぶりの全休。

 その自覚があたしの意識からストレスを取り除いてくれる。

 

 あまり眠れずにいた先月までが嘘のようだ。

 今はこの幸せを噛み締めている。

 

 昨日は日付が変わる時間までバイトに勤しんでいた。キャラに合わない役を演じることと、衣装が少し恥ずかしいのを除けば特に不満はない。

 むしろ働く時間の融通は利くし、時給以外のバックシステムで収入面も優遇されてる。

 ただこの前、比企谷となんとか座ってのが来た時は普段以上の羞恥心が湧き上がって無性にあいつを殴りたくなったけど。

 

 もう初夏の只中というこの時期は布団が暑い。ロフトは熱が籠るため余計に暑く、タンクトップにショーパン姿でも納涼は不十分だ。布団からはしたなく肢をはみ出させているのがその証左である。

 

 こんなにも油断した姿を晒せるのは比企谷がロフトを譲ってくれたからというのが大きい。梯子を登られれば容易く見られてしまうが、あいつはそんなことをしないという確固たる信頼があった。

 

 ……しかし、その信頼はあっけなく破られる。

 

「――川崎起きてくれ、緊急事態だ!」

 

 あいつの切羽詰まった呼び掛けとゆさゆさ身体を揺すられて、あたしは覚醒した。

 

「……なに?」

 

 自分でも驚くほど低い声が出ていた。久しぶりの安眠を妨げられ(むずか)っていたのかもしれない。

 目を擦るとぼやけた比企谷の顔がはっきりと見える。その表情は含羞(がんしゅう)に染められ、はっとなったあたしは両腕を身体に巻きつけた。少しでも比企谷の視線から逃れるために。

 

「~~~~っ!」

 

 くたびれたタンクトップの肩紐は力なくずり落ち、ショーパンは隙間からショーツが覗けるのではないかというくらいによれよれ。早朝のゴミ出しですらこれよりマシな恰好だと確信するほどにだらしがない。

 そんな風呂上りのバスタオル姿にも比肩しえる恰好を比企谷の前で晒す。耳まで熱を帯びて行くのも当然であった。

 

 お互い顔を見合わせては目を逸らす。そんな膠着状態が続いてからこの状況に一石を投じたのは比企谷だった。

 

「す、すまん。勝手に上がって来たのは悪かった」

「……ん、まあ……、いいんだけど、さ……」

 

 ほんとは全然良くはないけど、比企谷のこんなレアな顔が見れたのでチャラにしてあげる。

 自分が女として見られたことで身体が火照るような昂揚を覚え、そんな風に思ってしまった。

 

 面映ゆい空気に包まれた一瞬の沈黙。それを打ち破ったのもまた比企谷の方からだ。

 

「――って、こんなことしてる場合じゃなかった! 川崎、急いでここから出てってくれ!」

「………………………………え?」

 

 心臓が止まるような宣告を受け、先ほどまで辺りを包んでいた空気が霧散した。感情を夢の中にでも置き忘れてしまったような真顔で固まる。

 

「? ――――あっ⁉ すまん、そういう意味じゃない!」

「お、脅かさないでよ……」

 

 慌てて言い直すその声で緊張が解かれた。あと少し言われるのが遅かったら涙目になっていたところだ。

 

「一体なんなの?」

 

 わざとではないにせよ、悪い意味でどきりとさせられたあたしは恨みがましく訊き返した。

 狼狽しながらも事情説明を始める比企谷だが、

 

「実はな、これから――」

 

 その言葉を遮るようなタイミングでチャイムが鳴った。

 珍しい……というか、ここで同居させてもらってから初めての来客である。

 的外れにも大学で家に呼べる友達が出来たのかと軽く驚いてしまったが、問題はそこでないことにすぐ気づいた。その証拠に比企谷の顔は血の気が失せ、見開かれた目はこちらに向けられているのにまるであたしが見えていない。

 

「早すぎる……」

 

 ぼそりと呟く声は絶望に彩られ顔色が更に悪くなっていく。

 

「(隠れてくれ!)」

「え?」

 

 悲鳴にも似た声で、だが囁くその行動の不釣り合いさに首を傾げた。

 

「なんで?」

「(いいから頼む! 訳は後で説明するから!)」

「全くなんなの……あ」

 

 傍で充電していたスマホからLINEの通知音が鳴った。

 緊迫した空気を感じさせる比企谷とは対照的に、緩慢な動きでLINEのメッセージを確認するあたし。

 その呑気さも癇に障ったのか、普段からは想像も出来ない苛立ちの口調で促してきた。

 

「(早くしてくれ!)」

「ひっ⁉ わ、分かったから」

 

 寝起きで頭が働かないので状況が上手く呑み込めないあたしは、剣幕に圧され比企谷の言いなりとなる。

 

「(えーっと……出口は封鎖されてるし…………ここしかないか)」

「(えっ⁉ ちょっと、なに? 嘘でしょ⁉)」

 

 つられて小声で返すあたしをクローゼットの中へ導こうとする。

 

「(冗談、だよね……?)」

「(すまん、今はとにかく時間がない。絶対に後で説明するからしばらく隠れててくれ)」

「(ちょっ! ……んもうっ!)」

 

 強引に押し込められ思わず毒づく。

 実際にこうされた経験はないが、悪戯でもして親にお仕置きされている気分になった。

 

 

 ――――暗い。

 昼間なのに、閉め切られたクローゼットには僅かな光も差し込まない。

 

 いっ⁉

 床についた手で髪を挟んでしまう。長過ぎる髪が無秩序に散乱しているせいだ。いつもならシュシュかヘアゴムでまとめられているのに、そうする暇もなかった。

 

 薄い壁一つ隔てた向こう側から玄関辺りでがさがさと何かを片付ける音と、比企谷が誰かと話す声が聞こえてくる。

 

『……悪い、出るのが遅くなった。風邪引いてるし勘弁な』

『あ、ヒッキー、やっはろー! ううん、全然気にしないでいいから。しょうがないもん』

『あなたを心配してくれる人間などいないのだから、せめて自愛をなさい』

 

 どくん、と心臓が鳴る。

 緩徐にだが微睡みの残る意識から靄が晴れ、現状への理解が追いついていく。

 懐かしい渾名で心配する声と婉曲に諫める声、どちらも聞き覚えがあり高校時代を思い出す。由比ヶ浜と雪ノ下だ。

 

 ……それよりも、風邪ってなに? 壁に耳を押し当てて外の話を窺う。

 

『よくお見舞いに来てくれた。すげー嬉しい。嬉しくて三時間後くらいには熱も下がってるから、二人はさっき言ってたオサレなカフェでスイーツつまみながら久しぶりの再会を喜び語らうのがいいと思うぞ。俺も後から行くから』

『えへへ、ヒッキー嬉しいんだ……良かったぁ』

『私は別に由比ヶ浜さんと会うのは久しぶりでもないし、そうして語らうのはむしろ比企谷くんの方ではないのかしら?』

『いや、確かに会うのは久しぶりだし嬉しいは嬉しいんだが、やっぱりこの部屋にいると俺の風邪が伝染(うつ)るだろ? だから帰れ』

『ひどっ⁉ せっかくゆきのんと二人で看病しに来たのに……』

『他人の厚意を無碍にするなんて将来碌な死に方をしないわよ。いえ、碌な将来が既に訪れていなければいいのだけれど』

『暗にこの風邪で亡くなるのではと示唆してるよね? 死なないから。今日中に治るからな』

 

 話の内容から、比企谷が風邪を引き二人はその看病をしに来たようだ。

 しかし、比企谷は自分で呼んだとは到底考えられない応対を見せた。風邪なんて引いていないことはあたしがよく知っている。

 

 もしかして仮病?

 一体、なんのために?

 

 疑問が頭を埋め尽くす中、手にしたスマホの存在を思い出した。

 直接問い質したい。その一心でLINEのメッセージ入力を行う。

 この時は気づかなかったが、比企谷のスマホのロック画面通知にメッセージが表示されていたら二人に見られていたかもしれない。そうなっていたらと後から肝を冷やした。

 

『あ、ヒッキー、スマホ鳴ってるよ』

『ああ、すまん。自分で取れる』

 

 送ったメッセージに既読と付く。壁の向こうにいる比企谷の行動を目で見ているように錯覚した。

 

[ねえ、なんで隠れなきゃなんないわけ? あたし間男?]

【本当にすまん。実は妹にすらお前のこと話してないからこの二人は何も知らんし、知られたらどんな反応されるか想像しただけで怖い】

[だからってクローゼットに押し込むとか、バカじゃないの?]

 

 どうやら急に連絡が来た上、断るため仮病を使ったらこうなったらしい。

 あたしにも原因があるのでこれ以上責めることはしないが、もやもやが募る。

 

『今日はもう何か食べたの? まだならお粥でも作りましょうか』

『あ、ゆきのん、あたしも手伝うよ!』

『そう。あまり手伝ってもらうことはないと思うけれど、お願いしようかしら』

『作ってくれる気満々なのはありがたいんだが、腹減ってないから遠慮しとくわ』

『キッチンはさすがに狭いわね。とても二人で調理など出来そうもないから由比ヶ浜さんにお願いしようかしら』

『わるい、めっちゃ腹減ってるわ! 是非、雪ノ下の作ったお粥が食べたい。頼んでいいか?』

『初めからそう言いなさい。今から作るから少し待っていて』

『二人とも酷いよっ⁉』

 

 最初、三人の会話の意味が解らなかったが、よく考えてみると由比ヶ浜の料理を忌避していると推察できた。由比ヶ浜の料理の腕前を知らないし、記憶にあるのはせいぜい高二の時バレンタインイベントでチョコを作っていた、くらいのものだった。しかも一緒に作っていたわけではないので理解には程遠い。

 

 雪ノ下がキッチンでお粥を作っているようだ。手伝いを拒否された由比ヶ浜は比企谷の話し相手になっている。

 

『んー、あんま熱はないみたいだけど測ってみた?』

『測ってない。体温計ないからな』

『うっそ⁉ なんでないの?』

『余計な物は極力減らすようにしてる』

 

 そういえばこの部屋には体温計がなかった。余程のことが無い限り、四年間しか住まない住居で体温計を使う機会はない。そう考えたのはあたしだけではなかったらしい。

 

『確かにかさばるかどうかは別にして、下宿であまり使わない物まで持つ必要はないわね。強いて言えば比企谷菌を上回る風邪を患ってしまったことが不運だわ』

『風邪を引いてしまった不幸を嘆いているのか、比企谷菌を褒め讃えているのか判断に困るな』

 

 不幸を嘆くのも抵抗力を褒め讃えるのもいいことなはずなのに全くそう聞こえない。雪ノ下の言葉が不思議でしかなかった。

 

『じゃあ、あたしが買ってきてあげる。熱冷ましとかスポーツドリンクも』

『いや、悪いし勿体ないからいい』

『もったいないってなんだし⁉ 必要なんだからもったいなくないよ!』

『あ、いや、そうだな。必要、だよな……』

 

 つい口にしてしまった比企谷の気持ちはよく分かる。

 熱もないのに保冷シートを額に貼る間抜けさと、むしろ身体を壊すようなその行いにお金を払うバカらしさが言わせたのだ。

 

『じゃあ、行ってくるね! ゆきのん、ヒッキーのことお願いね。ちゃんと寝てなきゃ駄目だよ』

 

 由比ヶ浜は元気よくアパートから出て行った。

 残された二人(とあたし)は沈黙していたが、しばらくすると料理をしている雪ノ下の声が聞こえてくる。

 

『……それにしても、ちゃんと自炊しているのね』

『え?』

『お酒やみりんはないと思っていたのに、置いてあるばかりか使った形跡もあることに驚いたわ』

『……専業主夫志望だからな』

 

 ここには元々お酒もみりんもなく、あたしが家事をするようになってから買い足したものだ。

 雪ノ下の正しい見立てに内心恐怖しているのか、比企谷の声音がわずかに震えていた。

 

『調味料といえば焼肉のタレで全て済ませているものかと思っていたのに……』

『それ、俺じゃないだろ。記憶が改竄されちゃってるんですが。ここにいない平塚先生を傷つけるのはやめて差し上げろ』

『私は平塚先生とは一言もいっていないのだけれど』

 

 あたしにはよく分からないやりとりだったが、平塚先生は料理が得意ではないことだけはなんとなく解った。

 

 その後も取り留めのない会話が続けられていると、LINEメッセージが入る。

 

【今なら雪ノ下一人だし、隙を見て外に出れないか? お前の靴は靴箱の中だ。二人が帰ったら連絡するから】

[出れるわけないでしょ。財布もないし、あたしの格好考えろ〈スタンプ〉]

 

 まるで風呂上りに近い露出(それ)で街を闊歩できる人間だと思われているようで少し苛ついた。

 あんたが見て照れるようなあたしの姿を忘れたのか、と。そんな悪態をメッセージに込めると共に、リアルな猫が『もっとよく考えろ』と冷罵するスタンプを送る。

 返事を待っていると雪ノ下が話し始めた。

 

『さっきから随分とメッセージが来ているようだけど、猫の額ほどに狭かった交友関係が大学生になって拡大されたのかしら?』

『高校時代に比べれば親父の額くらいには広くなってるな』

『……あなたのお父様の後退具合が分からないのだけれど』

『薄毛に悩まされている前提の言い方はやめろ……』

『それともあなたの額から類推すればいいのかしら?』

『やめてくれ……やめてください、お願いします……』

『自分から持ち出した話題で己を苦しめるとはさすが比企谷くんね』

『お前の発言も苦しめる一助になってるんですが、自覚ないんですかね』

 

 かつてのようにする軽妙なやりとりが、あたしの胸をざわつかせる。

 感情の起伏を均す暇もなく会話は続く。

 

『それにしても、あなたの相手をしてくれる奇特な人間なんているのね。本当に珍しい』

 

 噛み締めるように呟く雪ノ下に心の中で毒づいた。

 ……珍しくて悪かったね。それ、あんたにも当て嵌まってるんだけど。

 

『まあ、代返してくれる知人くらいいないと大学で生活できないしな』

『比企谷くんらしい不正ね。姑息だわ』

『割りとポピュラーな大学生あるあるなんだよなぁ。実際に頼んだことはないが』

『頼みを聞いてもらえない、の間違いではないかしら?』

『それで合ってもいるんだが、知人に不正の片棒を担がせないよう気遣いする俺も褒めて欲しい』

『気遣いの方向性が間違っているのだけれど……。まずは不正を前提にしない誇りを持ちなさい』

 

 雪ノ下は軽くため息を吐き、比企谷の方へと歩み寄る気配がした。

 

『……ところで比企谷くん、あなた本当に発熱しているのかしら? 私への応対を見ても特に調子が悪そうには見えないのだけれど』

『っ! 体調悪いに決まってるだろ。さっきより熱が上がってるまである』

 

 久しぶりに会って饒舌になったせいか仮病を疑われた。実際にそうなのだから、看破されそうになった比企谷は取り繕おうと必死になる。

 

『……まあいいわ。由比ヶ浜さんが体温計を買ってくるだろうし、それまで猶予を与えましょう』

 

 比企谷の懸命な訴えも、仮病だと暴かれることが約束されただけに終わった。

 

 

×  ×  ×

 

 

『ただいまー、遅くなってごめんねー』

『悪いな由比ヶ浜』

『おかえりなさい由比ヶ浜さん。手を洗ってらっしゃい』

『うん』

 

 洗面所に向かった由比ヶ浜が何やら比企谷たちを呼んでいた。

 声が遠くなるがワンルームという狭さのお陰でなんとか会話は聞こえる。

 

『……ヒッキー、その……歯ブラシが二つあるけど、これって……?』

『っ⁉』

 

 それを聞いて胃がきゅっと縮む。あんな分かり易い痕跡を片付け忘れるなど、あいつがいかに慌てていたのかが窺えた。

 

『これはだな……小町のだ。たまに飯作って通い妻してくれるんだよ』

『な、なーんだ、小町ちゃんか。だよねー、あはは』

『あなた、一年以上も一人暮らしをしていて未だ小町さんに世話を焼いてもらっているの? いい加減に妹離れしたらどうかしら』

 

 こういう時に妹がいるのは強みだ。逆の立場なら間違いなくあたしも大志を使ってる。

 

『それよりもヒッキー寝てなきゃだめだよ! ほらほらお布団に戻る!』

『お前が呼んだんだろうが……』

『由比ヶ浜さん、体温計は買って来てくれたかしら?』

『うん、もちろん』

『さっそく体温を測ってあげてちょうだい。私は料理の方を仕上げてしまうから』

 

 いよいよ比企谷の仮病が明るみになる時がきてしまう。

 どうすることも出来ないのは分かっていたが、あたしはLINEでメッセージを送る。すると策があるので心配いらないと返ってきた。正直、不安で仕方がない。

 

 体温計の電子音はただでさえ聞き取りづらいのに、壁を挟むことで拍車がかかる。それでも辛うじて耳に届き、比企谷は審判の時を迎えた。

 

『っ⁉』

『どしたの、何℃だった? ――っ⁉ ヒッキー、大丈夫⁉』

 

 あたしの不安が的中したのか、体温計が表示してはいけない数字であったようで由比ヶ浜は泡を食っている。

 

『ち、ちょっと調子が悪いだけだ、主に体温計が。俺の方にそこまで問題はない』

『買ってきたばっかなんだけど⁉ お店いって交換してもらおっか?』

『いや、いい! もう一回測ってみるから』

 

 慌てて制して測り直す比企谷にあたしはまたメッセージをとばした。

 

[なにしたの?]

【摩擦熱で体温誤魔化そうとしたら43℃を記録した】

[バカじゃないの?]

 

 言いつつも比企谷らしいと呆れ笑いをしてしまう。

 二回目は無事に体温調整が出来たらしく、今は布団で安静にさせられていた。

 

 クローゼットの中は昼間でも真っ暗で、長時間いるのは些か心細い。このまま眠る手もあったが寝心地は良くないし、万が一いびきや寝返りで音を立ててしまったら比企谷の仮病が台無しになってしまう。

 

 こうしてあたしのクローゼット籠城が始まる。

 暇を潰せて、辺りも照らせるスマホを持ち込めたのが唯一の僥倖だった。

 

 

『そういえば、ヒッキーちゃんと一人暮らしできてる? コンビニ弁当とかで済ませてない?』

『意外にもその心配は必要ないようよ。ちゃんと自炊している形跡が見られたわ』

『へー。……もしかして小町ちゃんがやってたりする?』

『来ることもあるが最近は滅多にないな。実家からここに来る時間と交通費はバカにならんし、来年受験だし』

『あー、そっかー。そうだよねー』

『そんな頻度なのに歯ブラシや食器を用意して妹を心待ちにしている比企谷くんを見ていると、とても不憫ね。小町さんが。あと気持ち悪いわ』

『不憫までで止めとけよ。最後のはいらんだろ』

『あははー、そうかも! 小町ちゃんが関係するとヒッキー、キモいもんね』

『嬉しそうに追い打ちかけないでもらえます? あと小町が関係しなくてもキモいから』

『自分で言っちゃった⁉』

 

 比企谷の声音は優し気でその内容とはあまりに乖離するものだった。内心では二人を歓迎していることがよく分かる。

 ……百歩譲ってそれはいいとしても、あたしをここから出す努力の片鱗くらいは見せて欲しかった。

 

 たまの休日なのに何が悲しくてクローゼットで息を潜めていなければならないのか。

 本来、今日起きたらまずベランダの洗濯物を取り入れることから始めるつもりだった。昨夜も帰宅が遅かったあたしは、今日の休みに取り込めばいいと干しっ放しにしていた。比企谷には洗濯物に触れないよう厳命してある。

 

 ……そこまで考えると、無意識にスマホを操作していた。

 

[緊急事態! 洗濯物干しっ放し!]

【そうか。昨日帰り遅かったもんな。それが?】

[だから、このままだとあた……]

 

 そこまで打ったところで由比ヶ浜の声が聞こえる。手遅れだった。

 

『あ、ヒッキー洗濯物干しっ放し。あたし取り込んで畳んであげる』

『⁉』

 

 窓の外、ベランダに干してあるそれに気づいた由比ヶ浜が提案した。言われて比企谷はようやく事態が危機的状況であると理解したようだ。

 そう、物干し竿にはあたしたちの衣類、つまり”女物の下着”が吊るしてある。

 あいつの妹とは総武高を卒業してから会っていないが、かなり小柄だったのを覚えている。歯ブラシの時と違い、これ(あたしの下着)を妹の下着だと納得させるのは小町の成長にブレイクスルーでも起きない限り無理筋だ。

 

『あー、その、だな……悪いからいい。自分でやる』

『ダメだよ、ヒッキーは風邪なんだから。ゆきのんはお粥作ってくれてるし、あたしもヒッキーのために何かしたいよ』

『うっ……ぐぅ……』

 

 比企谷は真っ直ぐな気持ちをぶつけられ苦しそうに呻く。由比ヶ浜の善意という刃物に良心が切り刻まれているのだろう。血を吐きそうに青息吐息で言葉を吐く。

 

『気持ちは嬉しいが、本当に大丈夫だから……』

『え、でも……』

 

 なおも食い下がる由比ヶ浜を制したのが、

 

『いや、自分でやるからいい。それとも、俺のパンツを畳みたいのか?』

『はっ⁉ パ、パン……ヒッキーのバカ! キモい!』

 

 単なるセクハラ発言だった。

 

『まったく、やはり碌な死に方をしなさそうね』

 

 雪ノ下が深いため息を吐きながら、先ほどの言葉を反芻するように呟いていた。

 

 

 

つづく




いかがでしたでしょうか。

初めての沙希視点でした。
二人が唐突に来るのが不自然ですが次回の後編で一応経緯を説明します。あとついでに非きこもりになった原因の一つも。納得できる理由かどうかまでは保障できませんが。

隠れた沙希とLINEでやりとりしてツッコんでもらうのは狙い通り出来たと思います。ちょっとお気に入りの展開。

以下、登場人物紹介。


◆雪ノ下雪乃◆

国立大学二年生。高校卒業後実家暮らし。
姉と同じ地元の国立大学に進学し、実家で暮らし始めてからは前よりも家庭関係は良好になる。
進学先が近い結衣とは現在もよく会っている。

原作12,13,14巻のプロムを改変し、八幡との距離を縮めきれなかったため、14、14.5巻のようにデレることがない。むしろ自信を付けて八幡と出会った頃のような強さを取り戻した。


◆由比ヶ浜結衣◆

私立大学二年生。高校卒業後実家暮らし。
バイトを適当にしながら雪乃との関係を緊密に保っている。
三人のままでいられるよう望み、八幡と同じ大学ではなく雪乃との友情を選び地元に残った。


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