非きこもり、JDを拾う。そして、育てられる。 作:なごみムナカタ
文字数がどうしても抑えられなくて中編に変更。三部作決定。
2024.5.2 設定変更に伴い、一部追記修正
「……黒のレースか」
そう一人呟きながらベランダで女性物のショーツを畳むDD。
字面が既にヤバイが、その原因がもっとヤバイ。
由比ヶ浜が取り込もうと言った洗濯物に川崎の黒レースが干されている事実。
俺は慌てて彼女を止め、自分で取り込みベランダで畳んでいた。部屋で畳むと黒のレースを見咎められると思ったからだ。
畳み終え、籠に入れてようやく気づく。
……黒以外のもあるのか。
当然といえば当然なのだが、今まで見たのが黒のレースのみだったので軽く驚いてしまう。
「……黒の時はラッキースケベってジンクスでもあるのか……」
思わず自首してしまいそうになるくらい気持ちの悪い独り言が口を衝いた。
ちなみに、LINEで川崎に送ったメッセージへの返信がこれである。
[洗濯物は畳んでロフトに置いといた]
【変態】
……え、ベランダでの独り言、聞こえてた? 違うか。川崎の黒い布を畳んだことに対してか。びびった。
待て待て、そうだとしてもこんなのしょうがないだろ。どうしろってんだよ。
そもそも論として二人を家に招かなければこんなことになってないんですよね。ほんと、すみません。
どうしてこうなっちまったんだ……。
――
――――
――――――
朝のプリキュアをオンタイムで鑑賞し、歯を磨き始めた。
大抵の人は食後にするだろうが、実は虫歯を予防するには何かを食べる前の方が効果的なのだ。虫歯菌を除去しておけば食物が歯に付着しても、それをエネルギーにして歯を攻撃する要素自体が存在しないからである。
そんな講説を誰にともなく(心の中で)かましてしまったが、目的はどちらかというと口臭ケア。
歯磨きを終えてコップを戻す。そこには俺の分ともう一つの歯ブラシ――川崎の分――が目に留まる。
川崎と暮らし始めてしばらくが経ち、気づけば部屋に同居を意識させる物が増えてきた。特に歯ブラシはそれを象徴している。まるで同棲じゃないかと何度も考え、その度に頭を振った。
――いやいや変な考えを起こすな! これはただの同居。川崎はルームメイト、ルームメイドサキサキだ。濁点入れたら著しく意味合いが変わってしまった。不思議だ。
当の本人はまだロフトで寝息を立てている。
少し前までバイト先の倒産や引越し。最近は新たなバイト先に俺が訪れたりと色々疲労が溜まったのだろう。俺よりも遅く起きたことがなかった川崎の姿を見せられ、自然とそう考えるようになる。
利息の代わりに家事をすると言っていたが、俺の方からやる分には問題ない。たまには朝食を作ってやろうかという出来心で冷蔵庫を開いた。同居前にはなかった酒やみりんが並ぶ。
それまでは料理の『さしすせそ』すら揃っておらず、川崎に苦笑いされてしまった。
なお、焼タレだけは買ったら負けな気がしたので置いてない。嫁度対けっ……う、頭が……!
そもそもバイトの賄いとがあるせいであまり自炊する必要がない。調味料が少ないのは俺のせいではないのだ。
冷蔵庫の中身から何を作ろうか思案していると、スマホに通知が届いた。
高校時代は目覚ましにしか使っていなかったが、今はその頃より人並に近づいている。
スマホを覗き込むとLINEのメッセージが通知されていた。差出人は世界の妹・比企谷小町である。
【おはよー、お兄ちゃん。今日あたり雪乃さんと結衣さんからお誘いがあると思うので、ちゃんとお出掛けするように】
は?
は?
はぁ⁉
今日?
今日ってなんだよ?
妹が何を言っているのか分からない件。
頭の中で反芻していると、既読を確認したようなタイミングで着信が入った。
【☆★ゆい★☆】
おいおいマジかよ。
電話に出ると久しぶりに由比ヶ浜の「やっはろー」をお見舞いされ、
『ヒッキー久しぶり! 元気してる?』
「あー、まあ元気? なのか?」
『なんで疑問形⁉』
「それよりもわざわざ電話してくるくらいだし、なんか用でもあったのか?」
小町の予告済みだし、確実にあるのは知ってたが一応とぼけて訊いてみる。
『そ、それなんだけど……えと、……ヒッキー今日って暇?』
その狡猾な訊ね方に警戒心が増した。
本来ならば用件次第で「今日はちょっとアレだから……」とか「バイトが……」と断りを入れるのが俺であるが、先に暇かと問われてしまうとこの手法は使いづらい。
いや、ちょっと待てと。それよりもこの質問に対する疑念が頭を擡げた。
小町にはここへ訪れやすいよう普段からバイトのスケジュールを送っている。事前通告の内容から、由比ヶ浜(と雪ノ下)は先に小町と接触しているはずだ。今日はバイトが休みだというのも聞かされているだろう。
あぶねっ! バイトとか言ったら偽証罪に問われて何かしかのペナルティを負わされるところだった。
俺が面倒がって断るのを織り込み済みということか。
外堀を埋めるようなやり口、嫌いじゃないぜ。
「なんかあるのか?」
トラップだと察知した俺は質問に質問で返す。用件次第で普通に断るつもりだった。例えば、『アパートに来る』とか。
『実はさー、今ヒッキーが下宿してる最寄り駅のちょっとオシャレっぽいカフェにいるんだけど……あ、住所は小町ちゃんから聞いたの』
「そうか。で、どした?」
『ちょっとさ、出てこない? 今ゆきのんも一緒にいるんだけど、あ、ゆきのんに替わるね。ほら、ゆきのん』
『ちょ、由比ヶ浜さん⁉』
マイクに流れ込んでくる声は酷く懐かしい。
総武を卒業してから、こうやって連絡を取ろうとしてくるのは由比ヶ浜であり、俺も雪ノ下もそれに便乗する形で会うくらいだった。
お互い極度のコミュ障なので、この結果はむしろ納得すらしている。
『……んん、ひ、久しぶりね比企谷くん』
「……おう、そうだな」
ぎこちない挨拶を交わし顔が綻ぶのを自覚したが、すぐに無言となった。
これ人選ミスじゃないの? なんでコミュ力オバケのガハマさんから元総武高コミュ障三銃士の一人と替わったの?
ちなみに、コミュ障三銃士の残り二人はこのアパートにいる。なにそれ、コミュ障はコミュ障と魅かれ合うのかよ。スタンド使いみたい。
受話器から雪ノ下の声ではなく、周囲の雑音が聴こえてきた。どこか喫茶店にでもいるのだろうか。
「……な、なんだよ?」
我慢できずにこちらから水を向けた。気の利かないあまりに無様な物言いだったが。
『あ、ええと、実はあなたのアパートの近くに来ているのよ』
「それは由比ヶ浜から聞いた」
『そうだったわね。それで提案なのだけれど、駅まで出て来てくれないかしら? 三人でお昼を食べてからショッピングやカラオケに行って、その……夕飯をあなたのアパートで作らせてもらおうと思っていたのだけれど』
「……⁉」
当日飛び込み予約って、どんだけ不人気旅館だと思われてるんですかね。こちとらワンルームに二人住まいで客室稼働率200%。忌避すべきお宅訪問のせいで人気の宿っぷりを披露できないのがつらい。
『バイトに精を出していて懐の心配がないのと、今日は用事がないことは小町さんから窺っているわ』
休みのスケジュールだけでなく懐具合まで熟知しているとは。やはり外堀が埋められていた。
しかし、その外堀の内側にもう一つの内堀、川崎という存在までは知られていない。小町には話していなかったし、知ってたら会う機会を作っていないだろう。わざわざ修羅場を演出しようとするほど俺の妹はアホじゃない。
ただ、こうなると金が無いからという断り方が封じられ返答に困る状況となった。さっきまでの会話で断る理由として使えそうなものはなかったか反芻していると、
あー、まあ元気? なのか?
なんで疑問形⁉
というやりとりが思い浮かび「これだ!」となる。
「あー、悪いが今日はあまり体調が良くないみたいでな、風邪かもしれん」
『え』『え⁉』
由比ヶ浜の驚く声まで混在してきた。スピーカーモードか耳を当てて二人で聞いていたのだろう。
『本当に?』
『か、風邪なの? 大丈夫?』
訝る雪ノ下と心配する由比ヶ浜の温度差が凄い。疑うことを知らぬ純粋なコミュ力オバケと猜疑心しか持たぬコミュ障という図式。この二人を見ていると、コミュ力とは心の清廉さに比例してると思う。いいえ、妹曰く俺と同類なクズい後輩もコミュ力が高かったですね。はい、証明失敗。
「そうなんだ。だから悪いが今日は……」
『じゃあ、あたしたちが今から行って看病してあげる!』
『え、由比ヶ浜さん?』
『いーじゃん、ゆきのんも行きたかったくせに! ってか結局夕飯作りに行くんだし予定が早まっただけじゃん!』
「え、ちょっ⁉」
『じゃー、今駅前だからすぐ着くと思うよ』
「え、いや、待っ、」
そして、一方的に電話は切られた。
――――――
――――
――
冷静に考えると、言われた通り素直に出て三人でお茶でもしてれば良かったと後悔する。外出すると了承しておけば時間的余裕はあったのだし、アパートに来られても証拠隠滅と川崎を外に逃がすことができたはずだ。
俺の迂闊な嘘でそのチャンスを両方とも潰してしまった。
悔悟の念に苛まれていると心配そうな由比ヶ浜の声で我に返る。
「ねえヒッキー、ほんとに大丈夫?」
「……平気だ。ちょっとあちぃけどな」
つい本音が漏れてしまった。
風邪でもないのに冬の布団に包まれ汗を出し、ありもしないウイルスを殺そうと体温を上げていた。
観客二人、賞品なし、名誉もなしの一人我慢大会で比企谷菌が死にそうです。誰得なのか。
クローゼットの川崎は無事だろうかと不安に思うと、心を読んだようなタイミングでLINEが入る。
【こっちも暑い。我慢しな】
[すいません許して下さい]
あっちはあっちで狭い空間の中、多環芳香族炭化水素を嗅ぎながらかくれんぼに耐える川崎。
俺の一人我慢大会とどちらがマシかと思えるほどには過酷だった。
安易に嘘をつくものではないと後悔しつつ、なんの落ち度もない川崎には非常に申し訳ない気持ちになる。
それにしても暑い。風邪じゃなくても汗だくになっていた俺は着替えようと布団を剥がした。
「あ、ヒッキーだめだよ、布団掛けなきゃ!」
「いい加減暑いし汗だくだから着替えるわ」
上着とTシャツを脱ぐと、由比ヶ浜は慌てて顔を背けた。
「き、急に脱ぐなし!」
「え? あ、なんかすまん」
上半身裸くらいで狼狽えるなよ。可愛すぎかお前は、とは口が裂けても言えんけど。
「堂々とセクハラをするのはお辞めなさい。羞恥心を家にでも置き忘れてしまったのかしら」
「それなら羞恥心は持ってるだろ。ここも俺の家だしな」
「はぁ……なら羞恥心が機能していないのね。やはり通報するべきなのかしら……」
あらかた料理の終わった雪ノ下は火を止め、会話に入ってきた。
通報されたとしても自宅で公然猥褻罪は成立するのだろうか。公衆の目に触れないので無理な気がする。
そんな的外れな疑問に思考を奪われていると、いつの間にか洗濯籠を手にした由比ヶ浜が目の前にいた。
脱いだのが急で本当に驚いただけなのだろう。さっきまでの過剰な恥じらいなどなかったように、平然と脱いだ服を籠に入れる。
「じゃー、洗濯しちゃうよー?」
「え、ああ、悪いな。頼むわ」
何も警戒していなかったが、これは俺の窺い知れぬことであり仕方なかった。代わりに危機感を持っていた川崎からまたもLINEメッセージ。
【洗濯機もやばい、止めて!】
この家ヤバイもんしかないわけ? なんて一瞬他人事みたいな考えが過ぎるがすぐに緊急事態を自覚した。
だが、川崎が気づいてからLINEでメッセージ打って届いて俺が認識して、というこれだけのタイムラグが生じてて間に合うわけがあるはずもなく。
「洗濯機に水入ってないよね、どれくらい入れればいい、か……な?」
洗濯機の蓋を開け、洗濯物の量と水量を確かめようとする由比ヶ浜が固まる。その反応を見て俺も固まる。
相当ヤバイもん入ってたのか? なに入れたんだ川崎。あ、洗濯物っすね。口調が大志みたいで軽く死にたくなった。けーちゃんは元気かなー、などと現実逃避まで起こるくらいにはテンパっていた。
「……ごめん、これってなに? ヒッキーこんなの着る?」
ヒッキーこんなの着る? こんなのヒッキー着る? こんなヒッキーKILL? 俺、殺されるの? って身の危険を感じた。
「なにがあったの?」
由比ヶ浜の問いかけに雪ノ下も加わった。
あ、雪ノ下への問いかけだったんですね。こんなヒッキー
中身は分からないがこの洗濯機は希望の入っていないパンドラの箱なのだろう。なにそれ、禍100%じゃねえかよ。
俺の精神が絶望に染められていると、空気を読まず再びLINEメッセージが届く。差出人住所はこの部屋のクローゼット。しゃべれば伝播する距離でなんて電波の無駄遣い、などと詰まらない駄洒落で己の緊張を解した。
【ごめん】
洗濯機の中を表した力強い三文字をいただいた。
いや、ごめんじゃ分からねえよ。洗濯機に何入れたんだよ。中身も気になるけど、どう言えば取り繕えるかのが重要なんだよ。模範解答を示してくれ。
「これって……ハロウィンとかの衣装?」
由比ヶ浜が洗濯機の中から取り出したのは背中に蝙蝠の羽がついた黒いコスチューム。彼女は具体的にそれが何なのかまでは分からないようだが、俺には分かった。分かりたくなかった。分からないまま死にたかった。
「ハロウィンまではまだ半年もあるじゃない。もしかして日付も分からなくなってしまったの……?」
小首を傾げて、心配そうに俺の顔を覗き込む雪ノ下。その眼差しは幼気で純真、なのに薄っすらと悪意が見え隠れしていた。お前もその衣装着て『魔界の憩い』デビュー出来るぞ。その眼差しは小悪魔そのもの……いや、新人から大悪魔スタートでいける。姉が既に魔王だしな。
LINEメッセージの返信を打ち込んでいた俺は、「ちょっと待て」と二人を制した。言い訳を考える間が欲しかったためだが、指は自然と動きメッセージを送っていた。
[悲報・小悪魔セラがうちの洗濯機で衣服を残して消滅した件]
【あんた殴られたいの?】
良かった。
しかし、謝罪の後ですかさず恫喝とか感情のジェットコースターがエグすぎない?
思えばこの時から、俺は妙に開き直っていた気がする。
そして、返信する前から思い浮かんでいた弁明を二人に始めた。
「それ、プリキュアの円盤に付いてた初回特典の衣装なんだわ」
口に出してから改めて思う。
……なにその言い訳。脳に糖分足りてる?
絶望的な交渉材料を提示した俺であったが、雪ノ下の反応は違った意味で芳しくない。
「えん……ば、ん……?」
雪ノ下は呪文でも唱え聞かされたように俺の言葉をなぞり、きょとんとしている。どうやら円盤がDVDやBDだと認識できないのだろう。本題前から早くも齟齬が発生し、この交渉は開始前から難航するだろうという予感をひしひしと感じていた。
「……あー、円盤ってのは映像DVDとかBDのことを指すんだ」
「そう……それはいいのだけれど」
さして関心もなさそうに返事をする雪ノ下。あまりの無関心さに俺の説明が間違えているのではと錯覚するほどだ。
「それがこの服とどう関係するのかしら?」
なるほど。単語の説明より本題を説明しろということだったらしい。
だが、円盤で躓いてたら本題も理解できないだろ。英単語の意味も知らずに英文を訳せると思っているのか。などと、元総武高校学年一位に勉強の積み重ねが如何に重要かを講じようとする、そんな身の程知らずなどうも俺です。
「つまりアニメ特典ってやつだ。その衣装だな」
「……無駄な物は置かないのではなかったのかしら?」
あまりにも正論過ぎて二の句が継げない。
自らの発言が己を苦しめる。人、それをブーメランと呼ぶ。心の中で呟いたが、当たり前すぎて口に出していたら赤面待ったなしであった。俺が誰かって? お前たちに名乗る名前はないっ‼
こうなったらゴリ押しで通すしか……!
「何言ってんだ。日本の五大ライフラインといったら電気、水道、ガス、通信、プリキュアだ。無駄な物なわけないだろ」
「は?」「へ?」
返事ともつかぬ間の抜けた声を上げ、俺を見つめること約五秒。ネイティブな日本語を知覚するのに充分過ぎる時間を与えられ、なおも二人が取った行動は”ぽかん”であった。
「えっと……一体何を言っているのかしら?」
「ヒッキーおかしなものでも食べたの?」
雪ノ下はその表情を言語化した疑問を投げかけてきた。
由比ヶ浜はお前にだけは言われたくない言葉をぶつけてきた。
プリキュア生活必需観について来れない二人の視線が痛い。確かにプリキュアは好きだが、川崎を匿う目的がなかったら俺だってここまで超理論を展開しないからな。
しかし、ここで引くわけにはいかない。真実が暴かれれば川崎の住まい以前に俺の命すらも危うく、運が良くても社会的に抹殺されるレベル。そんな悲劇を避けるべく、俺はプリキュアの伝道師として滔々と語った。
「女と生まれたからには、一生の内一度はプリキュアを観ているはずだ」
まるで『男と生まれたからには、一生の内一度は夢見る地上最強の男』みたいなフレーズのプリキュア版である。
二人は呆れ顔から顰め顔へと推移していく。きっとクローゼットの中でもそれは起こっているだろう。
「そして、テレビに映ったひたむきに生きる女の子の『真っ直ぐな想い』を目の当たりにし、いつしか観るだけでは飽き足らず『プリキュアになりたい』と強く思い焦がれるようになる。そうだろう? 俺もなった」
「……」「……」
自分で言ってて気持ち悪さを自覚する演説を黙って聞いていた二人だが、表情からは如何なる感情も読み取れない。まさに無である。最強の力! 世界を支配する力! 無の力だっ‼ ……おっと、俺の中のエクスデスが迸ってきちまったよ。
どうも誤魔化し方を間違えたのではないかと激しく後悔が襲うが、ここまで来たらもう立ち止まれない。
「……そんなプリキュアになれる特典衣装が無駄な物だろうか? いや、必要に決まっている」
二人は目を細めて俺……には焦点が合っておらず、俺の後ろの虚空を見つめていた。ハイライトさんはもちろん仕事放棄。逆に俺の汗腺は働きまくり。冷や汗が止まらん。勢いに任せてとんでもないことを口にしたという認識もしていた。
だってそうだろう? プリキュアの特典衣装を欲しがる人は存在するので商品として価値がないとは思わない。俺は一般的な意味でそう言ったつもりだった。
しかし、この流れだと、特典衣装を必要としているのが俺なのだと受け止められかねない。そして、その懸念は現実のものとなる。
「誰にとって必要なのかしら……」
「どうしよう……昔よりもずっと心が病んじゃってるよ……」
憐憫と悲しみの表情をそれぞれ浮かべて、ため息を漏らす。
「ところで、記念品って洗濯するものなのかしら?」
雪ノ下が痛いところを突いてきた。相変わらず容赦のない女だ。
俺は何食わぬ顔で一般的な意見を述べる。
「新品の服は洗濯して使うだろ? それと同じだ」
新品の衣類だからといって衛生面が保障されているわけではない。また、新品ゆえに糊がついている場合もある。そのための洗濯なのだと、さも当然のように答えた。
その服の使用感を見て、こんなこと語れる俺はある意味凄いと思う。
「それだと着る前提なのだけれど」
ですよねー。俺もそうとしか考えられません。ってかどう見ても使用済みですし。これほどまでに勢いよく墓穴を掘る人間を俺は知らない。俺以外に。
このままでは衣装を着るのは俺、という前提で話が進んでしまう。
だが、それを否定するには部屋に小悪魔セラがいることを肯定しなければいけない。
前門の虎、後門の狼状態な俺、逃げ場なし。
「あなた、本当にそれを着るつもり? 頭は大丈夫? 男の子はプリキュアにはなれないのよ? 現実を見なさい」
女の子でもプリキュアにはなれねーよ。なにその女尊男卑。雪ノ下の間違った認識に自分の立場も弁えず是正しそうになる。
しかし、後に引けない俺は話に乗り続けなければならず、このまま道化とならざるを得なかった。なにそれ、しんどい。
「……知ってるか? 『現実なんて変えてみせるもん!』ってキュアドリームの言葉なんだぜ?」
「現実よりもまず性別を変えなさい」
ため息交じりにモロッコへの医療渡航を推してくる雪ノ下。なぜ女子ならプリキュアになれると頑なに信じているのかソースが知りたい。
そもそも本当はプリキュアになりたいわけではない俺が、どうしてこんな目に遭わねばならないのだろう。やはりこれは業なのか。掘った墓穴が深すぎて這い上がれる気がしない。
「ヒッキー……ちょっと会わない間に中二みたいになっちゃったんだ……」
失望を伴う由比ヶ浜の声音だが、ここでも是正を必要とする誤解が生じていた。材木座はゲーヲタ、アニヲタであってプリキュア願望はない。いや、これは是正する価値もないことだからどうでもいい。是非、誤解したままでいてくれ。
「家庭を守る専業主夫よりも、世界を守るプリキュアを目指す。これは紛れもなく上昇志向ではないだろうか?」
ドヤ顔で恐ろしい持論を展開するが、俺の心は悲鳴を上げていた。
「それは上昇なのかしら……三次元から二次元へ下降しているのに滑稽ね。大人しく専業主夫を目指しなさい。……まさか専業主夫を勧める日が来ようとは夢にも思わなかったわ」
「えっと、中二でも目指してないと思うよ……プリキュア」
『しゅぽっ』
諦念の声と憐れみの表情で、俺の臓腑がきゅっとなった。
川崎にはあの時のことを心の底から謝罪しようと固く誓う。
だが、届いたLINEメッセージには、
【あたしのせいで、なんかごめん……】
と逆に謝罪されてしまい、罪悪感で軽く死にたくなってしまった。
つづく
いかがでしたでしょうか。
前編よりちょっと文字多いくらいだったら後編が長めでも完結させようかなと思いましたが、前編と同じだけ文字書いても予定したプロットが三つくらい残ってて、このままだと前編の二倍になる、という危機感から中編に変更しました。
次こそはちょっと長くなっても後編として出します。
次話で初めてアンケートでもとってみようかなと画策中。
このまま現在のコメディ(保険でR-15)のままでいくか、R-18を含むコメディに移行するか、という感じ。
R-18が望まれていなかったら、番外編として別で立てて書いてもいいかなと考えています。
濃厚にエロいの書きたいとかまではないのですが、大学生の男女が同棲しててエロい展開にならないなんてナニコレって。
相手が陽乃とか結衣とかいろはならちょいエロ展開にしていきやすいけど、沙希だから……。なんだったら男友達同士みたいになりそうでそんなの望んでない!
なのでコメディフォーマットのままではエロ無理と判断し、R-18というタグ引っさげて覚悟をしないとこの二人はエロれないんだなーと。
後はちょっとエロ書きたかったというのもそうですが、この健全コメディのままだと展開がマンネリになりそうで、テコ入れ狙いという意図もあります。
何回エロ言ってんだ……。
それでは次回後編も宜しくお願い致します。
お気に入り、感想、ここ好き、誤字報告などありがとうございます!